第2話
こんにちは。
私はプラチナ帝国魔法騎士団に所属する者です。
現在は、第6軍におります。
第6軍は、プラチナ帝国の国境沿いに配置される部隊です。
そして先ほど――
なんと、あの大魔導士イオニーア様が直々に視察へ来られ、訓示までしてくださったのでございます。
ですが、その後なのです。
この、妙に清々しい気持ちになっているのは。
私はもう二十五を過ぎております。
にもかかわらず、いままるで長い眠りから覚めたような心地なのです。
なぜ、こんな気分なのか。
いま私は、第6軍付きの治癒士に診てもらっています。
その方に、これまでの半生を聞いてもらうことになりました。
私はもともと、しがない貧乏男爵家の八人兄弟、その七番目でした。
貧乏男爵家の七番目ともなれば、平民同然――いや、裕福な平民より下かもしれません。
当然、十分な教育を受けさせてもらえるわけでもなく、将来は自分で身を立てるしかありませんでした。
文官として頭を使うか。
あるいは肉体を使って生きるか。
その中で、幸いにも私は魔力を持っていたため、特待生制度を利用して軍学校へ入ることができたのです。
そこでは仲間にも教師にも恵まれ、成績も常に上位十位以内。
大変充実した学生生活を送ることができました。
そのおかげで、卒業する頃には念願の魔法騎士団へ入る資格を得られたのです。
そんな私ですが、どうも容姿が女性受けしやすかったらしく、軍学校時代から手紙をもらったり、差し入れを受け取ったりすることがよくありました。
ですが、私は他の女性に目を向けることができませんでした。
私のまぶたには、常にある方のお姿が焼き付いていたからです。
卒業を目前にした頃、父を通して、ある高位貴族の令嬢から婚約の打診が来ました。
貧乏男爵家の七番目にとっては、奇跡のような話です。
容姿と、軍学校での優秀な成績を見込まれてのことでした。
金銭援助も、実家への支援もするという破格の条件だったそうです。
ですが、私はその話を受けることができませんでした。
父も母も残念がりながらも、私の決断を応援してくれました。
しかし、その令嬢の家は怒りました。
軍学校にも手を回され、私は卒業資格を得られなくなったのです。
当然、卒業資格を必要とする魔法騎士団へも、そのままでは入れなくなりました。
ですが、事情を知った方が気の毒に思ってくださり、せめて魔法騎士団の見習いとして入団できるよう取り計らってくれました。
本来なら正規の魔法騎士として始められたはずなのに。
そう思わなかったと言えば嘘になります。
それでも私は後悔しませんでした。
私の目標は、最初からはっきりしていたからです。
それに比べれば、貴族からの妨害など、むしろ真実の愛を妨げる障害のようなもの。
障害が大きいほど燃える――そんな気分でさえありました。
見習い期間を終えた後、私は第6軍へ配属されました。
本来なら軍学校で上位十位に入るような者は、もっと中央寄りの華やかなコースへ進むはずです。
ですが、あの高位貴族の妨害もあってか、私は国境沿いに回されたのでしょう。
それでも私はめげませんでした。
国境で他国の軍と戦い、定期的に襲いかかる魔物を討伐し、少しずつ功績を積み上げていったのです。
そのせいか、そこでもまた目立ったようでした。
領主の令嬢に声をかけられたり、魔物から救った平民の娘に付き合いを申し込まれたり。
ですが、どうしても私の心は揺れなかった。
申し込みを断るたび、泣かれ、罵られもしました。
ある時、私の姉から手紙が来ました。
同じく口減らしのように奉公へ出された五番目の姉です。
なんと王城で、大魔導士イオニーア様付きの侍女になったというのです。
元気か、と尋ねるその手紙を読んだ時、私は感激しました。
遠い昔に別れた姉が便りをくれたこと。
そして、その姉が大魔導士イオニーア様のお側に仕えていること。
実は私も、幼い頃に一度だけ、遠くから大魔導士イオニーア様のお姿を見たことがあります。
十にも満たぬ子供の頃でした。
ですが、その一目で、私は心を奪われました。
残念ながら男である以上、侍女にはなれない。
だからせめて魔法騎士団に入り、イオニーア様をお守りしよう。
そう心に決めたのです。
そしてある日、思いがけない幸運が舞い込みました。
大魔導士イオニーア様が、私たち第六軍の視察に来られることになったのです。
王族や高位貴族が視察に来ることは、これまでもありました。
それだけ第6軍が重要視されている証拠でしょう。
ですが、よりにもよってイオニーア様ご本人が来られるとは。
第6軍の誰もが色めき立ちました。
もちろん、私もです。
当日、イオニーア様を中心とした視察団が到着しました。
イオニーア様お一人なら転移魔法で一瞬でしょう。
ですが今回は帝国の正式な巡視です。
移動そのものも巡視の一部であり、お供も必要でした。
侍女団、護衛の魔法騎士団、その他もろもろ。
総勢五百を超える大所帯です。
その方々を迎えたのが、我ら第六軍でした。
そして、なんという間の悪さでしょう。
ちょうどその時、魔物が発生したのです。
ですが第6軍は、私を含めて魔物討伐には慣れています。
目の前で見事に討伐してみせました。
大魔導士イオニーア様の前で、自分の力を示せる。
なんという幸運だろうと私は思いました。
ところが、イオニーア様の反応は少し違っていました。
彼女はすぐさま第6軍の団員を集め、詠唱を行い、解呪の魔法をかけたのです。
てっきり、傷を癒すための魔法だと思っていました。
ですが、その解呪を受けた瞬間――
私の心は、ふっと軽くなりました。
そして、今まであれほど恋い焦がれていた大魔導士イオニーア様を、そこまで強く思わなくなったのです。
あとで治癒士に聞かされました。
私は、幼い頃に一目見た時から、いわゆる魅了にかかった状態だったのだそうです。
魅了は精神魔法の一種で、わざとかけたわけではない。
ただ、ごく稀に相性の良い相手には、近づいただけで魅了が発生してしまうことがあるというのです。
治癒士は、少し笑いながら言いました。
「よく考えてみてくださいよ。あなた、大魔導士イオニーア様の素顔なんて見たことがないでしょう?」
「だって、誰もまともには見たことがないんですから」
「なのに、そこまで恋い焦がれるなんて、おかしいと思いませんか。それが魅了の効果なんですよ」
「この数百年で、ちょくちょくそういう者が出るので、大魔導士イオニーア様は、見つけては解呪して回っておられるそうです」
「魅力がありすぎて勝手に惚れられてしまうっていうのも、困ったものですよねぇ」
あっはっは、と笑う治癒士の声が、茫然とした私の耳に響くのでした。




