第4話
それから1年後。
エリアルは、エリーとその夫の指導のもとで、めきめきと才能を伸ばしていた。
気づけば、ギルドを引っ張るほど優秀な錬金術師になっていたのである。
本来ならBランク以上の力があるとも言われており、ギルド内では天才ではないかという声まで出ていた。
それにもかかわらず、エリアル本人はCランクのままでいいと言う。
久しぶりにエリーたちを訪ねたぼくを、家の玄関で出迎えたのは、元気なエリアルの声だった。
「お久しぶりです、赤髪の騎士様。一年ぶりでございますね」
「相変わらず若々しいままで、しかも絶世の美貌をお持ちで。本当にうらやましいです」
「いずれ、あなたを研究して、不老で美貌になれる魔法薬を作ってみたいですわ」
にっこりと笑いながら、どこか人をからかうように言ってくる。
その表情を見た時、ぼくは妙な既視感を覚えた。
どこかで見たような――そんな顔だ。
そう考えていた時、事件は起きた。
突然、遠くから家の壊れる音が響いたのだ。
振り向くと、大型の魔物が町を襲っている。
ぼくは即座に駆け出し、その魔物の対処に向かった。
大型とはいえ、ぼくにとっては大きな脅威ではない。
だが、町へ入り込んだ魔物は、それ一匹だけではなかった。
別の方向から、もう一匹。
小型ではあったが、そちらはまっすぐエリアルへ向かって突進していた。
エリアルは目を閉じ、覚悟を決めた。
だが、いつまで待っても痛みも衝撃も来ない。
不思議に思って目を開けると、そこには傷だらけのエリーが立っていた。
エリーが、身を投げ出してエリアルを庇ったのだ。
「きゃああああ!!お母さんがああ!!誰か、お母さんを助けて!!!」
エリアルの絶叫が響く。
その声に、ぼくも周囲の冒険者たちも慌てて駆け寄った。
魔物はすでに追い払われていたが、昔馴染みの冒険者が、怪訝そうにエリーを見た。
「エリーさんよ。あんた、たしか子供はいなかったはずだろ?」
するとエリーは、傷だらけの身体を無理やり起こして言った。
「この子は・・・・妹のアリーの子よ」
その瞬間、冒険者は目の色を変えた。
「アリー? あんたの妹のアリーって、あの魔法薬を作った犯罪者じゃねえか!!」
だがエリーは、血を吐きながらも必死に言い返した。
「アリーのことはともかく・・・・子供には罪はない・・・・っ」
瀕死の状態でなお、エリーはエリアルを守ろうとしていた。
犯罪者の子と呼ばれることが、よほど許せなかったのだろう。
このままでは、エリーは死んでしまう。
そう判断したエリアルは、今こそ自分の錬金術を使う時だと決意した。
その類いまれな才能で、わずかな材料から強力な回復薬を作り上げる。
そして、そのポーションによって、エリーの命は救われたのだ。
意識を取り戻した後、エリーはエリアルへ謝った。
「あの時、とっさにあなたのことを私の妹の子供だと言ってしまったこと、謝りたかったの」
「本当にごめんなさいね」
「私に子供がいないことを知っている人に聞かれたら、そう言おうって、ずっと考えていたの」
「でも妹は・・・・私の妹アリーは、犯罪者扱いされているの」
「そんな人の子供だなんて言ってしまって、本当にごめんなさいね」
それを聞いたエリアルは、号泣した。
泣いて泣いて、泣きじゃくって、それからようやく言葉を絞り出した。
「私こそごめんなさい・・・・私の本当のお母さんは、そのアリーです」
「私は犯罪者の娘なんです」
「そのことがばれたら追い出されると思って、ずっと言えなかったんです」
「赤髪の騎士様に出会うまでは、本当のお母さんがアリーだって知られるたび、追い出されてきたんです」
それを聞いたエリーもまた、泣き出した。
二人で、泣いて泣いて、泣き明かした。
その顛末を聞いたぼくは、強く思った。
あの時感じた“運命”は、間違いではなかったのだと。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
本当に吹っ切れたエリアルは、自分の錬金術を今度こそ、人が喜ぶことのために使いたいと言った。
そして、さらに驚くべきことを言った。
「私、今度は男の人のハゲを治す薬を作ろうと思ってるの」
「いわば、毛生え薬ね。これなら誰も死なないし、成功したらみんな喜ぶと思う!」
ぼくは、その考えに賛成だった。
実は王族や貴族の中にも、頭髪事情に悩んでいる人はかなり多いことを知っていたからだ。
この時から、錬金術師ギルドの目標の一つは、ハゲを治療する毛生え薬を完成させることに決まった。
だが、エリアルほどの天才錬金術師をもってしても、それは容易ではなかった。
錬金術師ギルドと錬金術師たちは、毛生え薬の完成へ向けて、長い長い年月を研究に費やすことになる。
けれど――。
たとえ300年を費やしても、完璧な毛生え薬が完成しないことを、遠くから見ている創造神だけは知っているのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「赤髪の騎士様、あなた様には本当に、本当にお世話になりました」
エリアルは、改まった顔で頭を下げた。
「あの時、あの素材採集の場に私がいたのは、本当は、母アリーの姉であるおばさまを探していたからなんです」
「あの時、母のことが知られて家を追い出された私は、母からいつも聞いていたあの場所へ行けば、何か分かるかもしれないと思ったんです」
「アリーお母様は、姉であるエリーお母さんのことを本当に尊敬していました」
「私の名前は、アリーとエリーの両方を入れてつけたんだって、嬉しそうに話してくれたことを今でも覚えています」
それを聞いた時、エリーの目から一筋の涙がこぼれた。
エリアルは、少しでも礼がしたいと言って、家の倉庫にある高価な宝石を受け取ってほしいと懇願してきた。
正直、ぼくは何もいらなかった。
けれど、そう言うのもエリアルに悪い気がして、とりあえず見るだけは見ることにした。
倉庫の中をぶらぶら歩く。
それなりに広い倉庫で、価値のあるのか分からない剣、魔道具、小ぶりの宝石などが並んでいた。
その中で、ぼくはふと足を止めた。
小さな宝石――の隣に置かれていた、赤い石に目を引かれたのだ。
その石を見た瞬間、ぼくは思い出していた。
かつての想い人であり、ご主人様でもあるホワイトからもらった、あの赤い石を。
あの時、ホワイトは、別れを察して泣きそうになっていたぼくに、こう言ってくれたのだ。
「泣くなよ。これをあげるから」
「おまえの目と同じ色をしているだろ」
「元気にしてたら、また赤い石をあげるから。ね」
ぼくだけの。
ぼくとホワイトだけの、大事な思い出。
ぼくは赤い瞳を閉じ、しばしその記憶に浸った。
・・・・そしてもう一つ、ぼくは気になるものを見つけた。
それは、随分昔に見たことのあるようなペンダントだった。
手に取った瞬間、確信する。
「これ・・・・もしかして・・・・」
間違いない。
あの時、ホワイトが身につけていたペンダントだ。
けれど、本来そこには、身代わり効果をはじめ数々の付与が施されていたはずだった。
今このペンダントからは、何の魔力も感じない。
付与効果も消え、ただの何の変哲もない品になってしまっている。
それでもぼくは、気になってずっと見つめていた。
それに気づいたエリアルは、呆れたように笑った。
「そんな安物を手に取らなくても・・・・本当に欲のない方ですわね」




