大将軍、法を敷き、王国を護る~シルバー王国への道~ 第1話
「勇者の聖戦」から151年後。
「シルバー公国は、この時をもって神聖ゴールド聖教国より独立し、名をシルバー王国と改める」
この年の独立式をもって、シルバー王国は神聖ゴールド聖教国から正式に独立を果たした。
この宣言を行ったのは、初代スレート・シルバーナ男爵から数えて10代目のスロバキンス・シルバーナ。
まだ二十代の若き君主である。
もっとも、神聖ゴールド聖教国側への根回しを済ませ、禍根を残さぬ形で独立へ持ち込んだのは、言うまでもなくシェーラだった。
シルバー王国を独立させた理由の一つは、領土と領民が増え、従来の体制では国をうまく治めきれなくなってきたからだ。
シェーラの目標は、国王に実権を集中させず、君主として君臨させる一方で、政治は法の下に有能な大臣たちへ任せる体制を築くことにあった。
立憲君主制である。
この後、すでに「大将軍シェーラ」と広く呼ばれていた彼女を最高指導者とし、シルバー王国はゆるやかにその体制へ移行していくことになる。
また、シルバー王国の大きな目的の一つは、平民に無体な真似をしない世を作ることにあった。
シルバー王国は、自国だけでなく近隣諸国にまで目を光らせ、そのような振る舞いをする国がないか監視している。
今日も王城の執務室で、国王が報告書を読んでいた。
「ふむ・・・・このような不埒な真似をする国が、これほど多いとはな」
「この報告を知れば、大将軍シェーラ様はさぞ心を痛められることだろう・・・・」
ため息をつくのは、シルバー王国第十代国王スロバキンス・シルバーナ。
初代スレート・シルバーナ男爵の面影を思わせる端正な顔立ちで、憂いを帯びた表情さえ絵になる男だ。
その姿に侍女や女官たちから密かに人気を集めているが、本人は女性に一切興味を示さない。
「と、言いますか。この諜報活動を命じたのは大将軍シェーラ様ですからね。とっくにご存じですよ」
報告書を持ってきた側近は、少し呆れたように答えた。
「大将軍閣下はすでに麾下の将兵を招集して、報告書に上がった国々を攻める準備を進めておられます」
その言葉に、スロバキンス国王は椅子から跳ねるように立ち上がった。
「なんだと!?本当か!?こうしてはおれん!」
「シェーラ様のような可憐なお方を、これ以上軍事の総大将に置いてはおけない!」
「私が!シェーラ様の!代わりに!軍を率いる!!」
彼の頭の中では、すでに都合の良い未来が描かれていた。
国を攻め、功績を立てれば、シェーラ様も私を見直してくださるはず。
もう、いつまでも子供扱いされる私ではない。
そして、いずれは私の大事な女性として――。
「いやあ、そんなにうまくはいきませんよ」
側近は一刀両断した。
この側近は、国王がまだ幼い頃からの付き合いだ。
もちろん、それもシェーラの采配である。
だからこそ、この若き国王のひどい妄想癖も、大将軍シェーラへの叶わぬ恋慕も、よく知っていた。
「やめとけって言っても聞かないんでしょうねえ・・・・また愚痴に付き合わされるのかなあ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大将軍シェーラは、近隣で圧政を敷く国を攻め、平民を解放しようと考えていた。
思い通りに動かせる兵の数は、ようやく二千を超えたところ。
一国の兵としては少ない。
だが、彼らはシェーラが鍛えに鍛え上げた精鋭中の精鋭だった。
シルバーナ男爵領の時代から、こつこつと領地経営を行い、内政を優先して100年以上。
その結果ようやく整えた戦力である。
貴重な税を、孤児や病人が安心して暮らせる福祉の充実に回した結果、そのしわ寄せは軍備に来ていた。
シルバー王国の兵数は、周辺国の中でも最低水準だ。
それを補っているのが、大将軍シェーラの戦略と、兵一人ひとりの能力の高さだった。
だからこそ、シェーラは兵を無駄に損じる戦い方を取らない。
可能な限り損耗を抑え、最大限の成果を挙げる。
そのためには、将軍として一分の隙もない戦略が必要になる。
・・・・なのに。
そんな自分の仕事を、いつも邪魔しに来る者がいた。
「大将軍シェーラ様!!私も!私も戦場に連れて行ってくれ!!」
目をきらきらさせながら駆け寄ってくるのは、国王スロバキンス・シルバーナその人である。
はっきり言って邪魔だ。
控えめに言っても邪魔だ。
不敬を承知で言っても、やはり邪魔だった。
シルバー王国第10代国王スロバキンス・シルバーナ。
個人として見れば、決して無能ではない。
むしろ有能な部類――いや、歴代でも上位に入るほどの能力を持つとシェーラは評価している。
シェーラは王族の教育の一環として、幼い頃から軍へ放り込み、実地で鍛えるやり方を取ってきた。
その中でも、この王は王子の頃から戦場への適応が異様に早かった。
それだけではない。
内政にも外交にもその才能を発揮し、安心して留守を任せられるほどだった。
それなのに。
この国王は、シェーラが戦場へ出ようとするたび、必ずついて来たがるのだ。
め・い・わ・く。
将軍として有能では足りない。
ちょっとやそっとの有能など問題にならない。
古今絶無――それほどの能力が必要なのだ。
極力兵を損なわず、最大の戦果を挙げる。
それが最低条件という厳しい立場に、シルバー王国はあるのだから。
だからシェーラは、いつも国王へこう告げる。
「また来たのですか、国王陛下。何度申し上げればお分かりいただけるのでしょうか」
「戦場へは、このシェーラが参ります。尊い御身である陛下は、後方にて王城を守っていただくのが最善と申し上げたはずです」
そう言うと、この王は決まってしゅんとした顔をして、
「ごめん・・・・分かっている。でも、でも、私の気持ちを分かってほしくて・・・・」
そう呟いてから、「城へ戻るよ」と言って帰っていく。
シェーラは、いつも頭を押さえながらその背を見送るのだった。
もちろん、この王も幼い頃からシェーラが教育係として関わってきた。
「甘えた態度だけは、小さい頃から変わらないな・・・・」
今の国王が、自分を親のように慕い、師として敬い、さらには男女の情をも含んだ感情を向けていることを、シェーラは理解していた。
だが、その感情に応えるつもりはない。
むしろ、そうした想いを向けられるたびに、彼女はあの日を思い出すのだ。
麗しき主人、ホワイトが亡くなる時のことを。
ご主人様は、最後に彼女たちへこう遺した。
「もう一つは、友人のスレートとベルフラワーを助けてやってほしい」
「二人には、それぞれ返しきれない恩がある」
「彼らは自分の信念で領地を栄えさせようとしている。その手伝いをしてほしいんだ」
たったそれだけで、シェーラはすべてを捧げることができた。
たったそれだけで、使命に殉じることができる。
大切な主人からの命令。
守ることができなかった主人。
「だからせめて、この命令だけは遵守したい」




