第3話
「黒の治癒士」と名乗っていた私がエリューシオン教会の最高指導者となり、『大聖女』または『黒髪の聖女』と呼ばれるようになってから、さらに数十年が経ちました。
ある日。
エリューシオン教会に盗賊が入りました。
狙いは、教会の奥にある宝物庫。
そこに保管されていた魔道具のいくつかが盗まれてしまったのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
盗みに入った盗賊団の首領は、もともとは普通の商人でした。
商会を持つほどでもない。
たまに開かれる市場で露店を出す程度の、小さな商いをする家です。
数年前、その首領の父親が市場で店を出していた時、一人の冒険者から何の変哲もないペンダントを売りつけられました。
その冒険者は装備も表情もぼろぼろで、無茶な冒険のせいで高ランクの魔物に襲われ、仲間を失い、自身も命からがら逃げてきたのだと涙ながらに語ったそうです。
食事にも困る有様だと聞かされ、父親は哀れに思って、その何の変哲もないペンダントを少額で買い取ってやりました。
その冒険者いわく、その品は夜盗の一団を討伐した時に得た、いわくつきの品物だとか。
父親は話半分に聞き流していたのでしょう。
ですが、そのペンダントを知り合いの魔導士に見せたところ、そこに驚くべき付与が施されていることが分かったのです。
身代わりの効果。
そして、常識外れの攻撃力・防御力上昇。
そう。
そのペンダントは、かつて私が持っていたものだったのです。
父親はその力を利用し、魔導士と手を組んで、ペンダントの貸し出し業を始めました。
契約魔法で縛り、高額で冒険者たちに貸し出すのです。
この商売は大当たりしました。
高ランク冒険者の間で評判になり、父親はずいぶん儲けたそうです。
ですが、子にあたる盗賊団の首領は違いました。
彼は思ったのです。
自分でこの力を使えば、もっと儲かるのではないか、と。
父親のおかげで魔道具に詳しくなっていた首領は、この世には魔神具と呼ばれる、神にも等しい力を持つ魔道具が存在することを知っていました。
そして、ペンダントの力を使えば、それを奪えるかもしれないと考えたのです。
魔神具の在り処を調べた結果、その一つがエリューシオン教会の宝物庫にあると突き止め、盗賊団を作って侵入した――というわけでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私――黒髪の聖女は、教会の宝物庫に盗賊団が入ったと聞き、すぐさま行動を開始しました。
『大聖女』と呼ばれるのは恥ずかしいので、エリューシオン教会内だけに留めておきます。
まずは教会内にいる聖女たちを守るため、防御結界を張る。
教会の安全を確保することが最優先です。
その上で、盗まれた宝物を取り返すべく、盗賊団と首領の行方を追うことにしました。
もちろん――私一人で。
盗賊ごとき、楽勝ですからね。
私はすぐに探知魔法を使い、十数名の盗賊団を捕捉すると、そのまま転移魔法で現地へ飛びました。
突然姿を現した私に、盗賊団は動揺します。
私は静かに告げました。
「ここまでです。盗ったものは返してもらいますよ」
けれど、首領だけは余裕ぶった態度を崩しません。
「へへ、そううまくいくかな。なんせオレにはこれがある」
そう言って、自分の首にかけていたペンダントを取り出し、得意げに見せつけてきました。
「・・・・!」
間違いありません。
それは私のペンダントでした。
「90年以上前に失ったペンダントが、こんな男の手に渡っていただなんて・・・・」
「あの時、失くしたペンダントを探さず放置したのは、間違いでした。ご主人様への未練を断ち切るため、あえて追わなかったのですが・・・・まさか、こんな悪党に利用されていたなんて」
私は、ショックを隠しきれませんでした。
けれど、気持ちを切り替えます。
今は取り返すのが先です。
私は盗賊団の首領を捕らえるべく、戦闘を開始しました。
首領は、強力な付与が残るペンダントを身につけている以上、私からでも余裕で逃げ切れると思っていたのでしょう。
最初は余裕の表情でした。
ですが、すぐにその顔色は変わっていきます。
当然です。
どれほど強力な魔道具を身につけていても、首領自身は素人の域を出ません。
対する私は、かつての空の勇者。
いまは創造神様の使徒として、さらに力を高めているのです。
圧倒的な差があると悟った首領は、正面から戦うのを諦めました。
そして、目についた小さな子供を人質に取るという、卑劣な手に出たのです。
人質の少女を盾にして、これで何もできまいと、首領はにやにや笑っています。
私はその姿を見て、呆れたように言いました。
「人質を取ったつもりですか?いいでしょう。その子を殺しなさい」
首領の顔が引きつります。
私は続けました。
「その代わり、あなたも死ぬ覚悟をしてください」
「ちなみに私は、死後十分以内なら蘇生魔法で生き返らせることができます」
「ですから、あなたのその人質作戦は、私には無意味です」
私の言葉が嘘ではないと悟ったのでしょう。
首領は歯噛みして叫びました。
「く、くそう!この化け物め!!」
ですが、そのまま観念したのか、大人しく降参しました。
・・・・良かった。
私も、本当に少女を傷つけたくはありませんでしたから。
こうして私は、宝物庫から盗まれた魔道具すべてと、あのペンダントを取り返すことに成功したのです。
ちなみに、盗まれた魔道具の一つは、かつて勇者だった頃に魔王カーマインから譲り受けた、強力な回復力を持つ腕輪型の魔道具――魔神具でした。
ですが、その魔神具よりも、私の心を沈ませたのは、ペンダントのほうでした。
なんと、ペンダントにかけられていた付与魔法のほとんどが、消えていたのです。
長年酷使されたせいなのでしょう。
その効力は、もうほとんど残っていませんでした。
盗賊団の首領が途中から正攻法を諦めたのも、それが原因だったのでしょう。
私自身の魔力探査で確かめたのですから、間違いありません。
・・・・分かった時は、なんというか、とても寂しかったです。
あの時かけた付与魔法が消えてしまった。
その事実が、まるで、あの頃の思い出まで一緒に消えてしまったように思えたから。
そんなふうに感傷に浸っていると、先ほど人質にされていた少女が、私のところへ来て、お礼を言ってくれました。
「おねえちゃん、さっきは助けてくれてありがとう。えへへ」
笑っているのに、その目には涙が溢れています。
「ご、ごめんなさい。じつはさっき、おねえちゃんが“殺しなさい”って言った時、すごく怖かったの。変だよね、助けてもらったのに」
少女は泣くまいと必死でしたが、涙は止まりません。
・・・・私は、なんてことを言ってしまったのでしょう。
たとえ助けるつもりだったとしても。
あんな幼い子に、あんな言葉を聞かせてしまった。
私は、自分の不用意さを恥じました。
「こちらこそ、ごめんなさい」
「おねえちゃん、いけないことをしたわ。本当にごめんなさい」
私は少女を抱きしめながら、そう謝りました。
すると少女は、少しずつ泣き止み、やがて本当の笑顔を見せてくれました。
「ううん。私のほうこそごめんなさい」
「あ、あのね。命は助かったけど、代わりに私が大事にしていた首飾りが壊れちゃったの」
てへっと舌を出して笑う少女。
きっと、私を元気づけようとしてくれているのでしょう。
その優しさが、胸に沁みました。
私はせめてもの償いに、少女へこう言いました。
「首飾りを守れなくて、ごめんなさい。よかったら、このペンダントはどうかしら?」
「少し古びているけれど・・・・」
そう言って、何よりも大切だったペンダントを差し出します。
少女は目を輝かせました。
「え?くれるの?やったー!わーい!」
「ちょっといいなって思ってたんだ~」
そう言って、心から嬉しそうに笑ってくれます。
私は少し寂しかったけれど、これで良かったのだと思うことにしました。
かつての幼なじみへの想いを断ち切るため。
その思い出ごと、私はこのペンダントを手放すのです。
「うん。これでいいの」
「これで本当に、さようなら・・・・ホワイト君・・・・」




