クラレット編エピソード3 疎まれ令嬢は近衛騎士を愛さない~とっくに見限って、別の方と結婚しておりますわ~ 第1話
「勇者の聖戦」から101年後。
ぼくに、冒険者ギルドを通して依頼が届いた。
Sランク冒険者「赤髪の騎士」である、このぼくにだ。
依頼主はコバルト王国。
ぼくは以前にも、コバルト王国から依頼を受けたことがある。
たしか100年ほど前だったか。
当時を知る人族は、もう誰も生きていない。
だから、今の王国でぼくのことを知る者はいないだろう。
前回の依頼では、王族の護衛を任され、最終的には王族を狙っていた宰相たちを捕らえ、王国の立て直しまで手伝うことになった。
・・・・だが、今回の依頼内容は妙だった。
なんでも、コバルト王国の近衛騎士団に所属する近衛騎士の婚約者のふりをしてほしいという。
そのうえで、婚約者に振り向いてもらえない不憫な令嬢を演じながら、王女殿下の護衛も務めてほしいらしい。
なんだそれは。
思わず頭が痛くなる。
100年前もそうだったが、どうやら今もコバルト王国の王族は命を狙われているらしい。
しかも今回も、王城内に暗殺者を手引きする者がいるという。
さらに厄介なことに、王女殿下を狙う黒幕が誰なのか、まだ特定できていないらしい。
この状態で、高名な冒険者「赤髪の騎士」を堂々と国内へ入れれば、黒幕に警戒される。
そこで都合よく、婚約者である近衛騎士から疎まれ、ろくに顔も覚えられていない令嬢がいるので、その令嬢に成り代わって潜入してほしい――というわけだ。
あいかわらず、コバルト王国は政情が不安定だ。
王族の振る舞いにも、どうにも問題がある気がしてならない。
ぼくは早くも嫌な予感を覚えていた。
そして、その直感はのちに正しかったと証明されることになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
コバルト王国、近衛騎士団の訓練場。
その観覧席にて。
「まあ、ご覧になって。またあの方が来ていますわよ」
「クスクス」
「いい加減、察して身を引けばよろしいのに。あんな地味な見た目をしているのですから」
「あんな方より、王女殿下のほうがよほど彼にお似合いですわよね?」
観覧席には、訓練中の近衛騎士を目当てに多くの貴族令嬢が集まっていた。
だが騎士を見ている者より、ある一人の令嬢の悪口を言っている者のほうが多い。
どうやら、婚約者に見向きもされない例の令嬢のことらしい。
・・・・まあ、その令嬢、変装したぼくなんだけどね。
本人とはまだ会っていない。
けれど、伝え聞いた容姿に合わせて変装している。
そして今の会話から察するに、例の近衛騎士は王女とかなり親しいらしい。
実際、その近衛騎士は王女殿下にべったり張りついて護衛をしていた。
もちろん、王女が許しているからこそできることだ。
だが、相変わらずこの国の王族は王族らしくない。
王女殿下がきっぱり「近寄るな」と言えば済む話なのに、そうしない。
そういう甘さが王族の品位を下げ、周囲に軽んじられ、命まで狙われる原因なのだろう。
ぼくはそう分析しつつ、周囲への警戒を怠らなかった。
表向きは、嫌われている婚約者の近衛騎士を見に来た令嬢。
だが実際には、王城内で王女殿下を暗殺者から守るためにここへ来ている。
今日もまた、訓練見学に来た令嬢のふりをして王城へ入り込んでいた。
王族用の見学席には、王女殿下の姿もある。
今は護衛の時間ではなく訓練の時間だというのに、わざわざ来ているあたり、本当にその近衛騎士と一緒にいたいのだろう。
ぼくは地味に見えるよう振る舞いながら、周囲を見渡す。
この場にいる王女殿下はもちろん、貴族令嬢たちも全員、護衛対象と見ていい。
そして案の定、周りの令嬢たちはぼくを馬鹿にし始めた。
「ねえ、ご覧になって。あの方、不敬にも王女殿下を睨んでいますわよ」
「振り向いてもらえないからって、王女様を睨みつけるだなんて。女としての魅力に乏しい方のお考えは分かりませんわね」
・・・・はあ。疲れる。
いっそ早く暗殺者が姿を現してくれないかな、などと不謹慎なことまで考えてしまう。
そのときだった。
王女殿下が、こちらへ歩いてきた。
護衛対象が近くに来るのはありがたい。
だが、どうやら話しかけるつもりらしい。
王女殿下はぼくの前で足を止め、顎を上げて言った。
「あなた、たしか私の護衛の婚約者だった方ね。さっきからずっとこちらを見ていて不愉快だったのよ」
「未練がましく彼を縛らずに、さっさと婚約を破棄しなさい!!」
取り巻きの令嬢たちが、くすくすと笑う。
実は、ぼくが成り代わっているご令嬢は、このままではいけないと考え、すでに例の近衛騎士との婚約解消を申し出ている最中らしい。
だからぼくは、これ以上感情を悪化させないよう、静かに頭を下げた。
「・・・・承知しました。不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って、その場を離れようと出口へ向かう。
だが、そのためにはどうしても王女殿下のそばを通らなければならない。
通り過ぎようとした瞬間、取り巻きの令嬢の一人が足を出してきた。
転ばせるつもりらしい。
令嬢の動きなど、ぼくの目から見れば止まっているも同然だ。
さて、これは転んだふりでもしたほうがいいかな――
そう考えたその時。
ぼくから見て死角にいた、別の令嬢が妙な動きをした。
細い針のようなもので、王女殿下の首を刺そうとしたのである。
暗殺者だ。
王女の取り巻き令嬢に化け、ぼくがいじめられるこの瞬間を狙って王女殿下の暗殺を図ったのだ。
ぼくは不自然に見えないよう手を動かし、その令嬢から針を奪い取る。
ついでに、足を出してきた令嬢の妨害も軽やかにかわした。
目の前で見ていた王女も、近衛騎士も、取り巻き令嬢たちも、何が起きたのか分からずぽかんとしている。
だが、これだけでは暗殺者として確保するには弱い。
ぼくは何事もなかったように訓練場を後にした。
早く黒幕を捕まえなければ――
そう考えていたところへ、元婚約者である近衛騎士が近づいてきた。
「まだこんなところにいるのか!! お前の姿など見たくもない」
「王女殿下にも不敬な態度をとっていたし、いつまで私にまとわりつくつもりだ!!」
怒りを露わにしている。
誤解を招いて後に面倒が出るくらいなら、ここで正体を明かしてしまおうか。
そう考えた、その時だった。
「まあ待てよ。そこまで邪険にしなくてもいいじゃないか」
下卑た笑みを浮かべた若い貴族が、こちらへ近づいてきた。
「よく見ると可愛らしいじゃないか。その地味な見た目に、なかなかそそる身体をしている」
・・・・気持ち悪いな。
すると近衛騎士は、鼻で笑った。
「ふん。そんなにいいのなら、お前がこの者を引き取ればいい」
「おお、そうさせてもらうよ。さあ、お嬢さん。そんな男のところにおらず、俺と一緒に行こう。気持ちよくしてあげるからね」
近衛騎士は顔を背け、
「下種が・・・・」
とだけ呟き、そのまま去っていった。
お前も大差ないだろう、と心の中で突っ込みながら、ぼくは近づいてきた若い貴族の意識を奪った。
ただし――
ひどい激痛を伴う方法で。




