第2話
「諸君、軍学校、卒業おめでとう。厳しい教育課程を経て、明日からは兵士と我がプラチナ公国の威信を預かる将軍となる」
「そんな諸君たちにこの話を贈ろうと思う」
大魔導士イオニーア様直々の訓示。
エメラルド子爵家の嫡子である僕も、なんとかこの軍学校を卒業できた。
この半年は辛く厳しいことの連続だった。
そして感動の卒業式。
いまから、訓示を頂けるという。
どんな話が聞けるのだろうか。
「・・・・さて」
大魔導士イオニーアは一度言葉を切り、静かに講堂を見渡した。
わずかに空気が引き締まる。
「ある侯爵家に、一人の青年がいた」
「将来を約束された嫡子であり、魔力も高く、周囲からは期待されていた」
だが――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お前のような地味で魔力もない女と、これ以上一緒にはいられない!!」
青年は、自らの婚約者にそう言い放った。
相手の名は、メビリア。
平民出身で、見た目も地味。魔力もほとんど感じられない少女だった。
「俺は派閥内最大の伯爵家の令嬢と婚約する!それが我が家にとって最善だ!」
そう言い切った青年に対し、メビリアはただ一言。
「・・・・分かりました」
そう言って静かに頭を下げ、その場を去った。
それだけだった。
その数日後。
魔物討伐から帰還した父に、青年はそのことを誇らしげに報告した。
その瞬間――
「・・・・は?」
父の顔色が変わる。
「今、なんと言った?」
「婚約を破棄しました」
次の瞬間。
「結界はどうなっている!!」
怒号が屋敷に響いた。
同時に、報告が飛び込んでくる。
「領地内の結界に乱れが発生! 一部、崩壊が始まっています!!」
青年は、理解できなかった。
だが父の拳が、その理解を叩き込む。
「ばかものが!!」
壁に叩きつけられる。
「・・・・あの娘はな」
震える声で、父は言った。
「大魔導士イオニーア様に懇願し、ようやく来ていただいた弟子の一人で領地全域を覆う“広域防御結界”を単独で維持できる上級魔導士だ」
「我が領、そして派閥の領地全域に張られていた結界――」
「すべて、あの娘が一人で維持していたのだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
講堂の空気がわずかに揺れる。
一人の軍士官が俯いて肩を震わせていた。
ざわめきが起こりかけ、すぐに静まる。
イオニーアは淡々と続ける。
「魔力を感じなかったのは当然だ」
「常時、広域結界に魔力を消費していたのだからな」
「そして彼女は、食事によって魔力を回復する体質だった」
思い出すように、静かに語る。
「・・・・よく食べる娘だったよ」
わずかに、優しい声音が混じる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
現実は残酷だった。
結界は崩れ、魔物が侵入し始める。
本来守られていたはずの領地が、一瞬で危険地帯へと変わった。
父は、冷たい目で青年を見た。
「お前は廃嫡のうえ、除籍だ。いや、魔物討伐に一人でも兵がいる。・・・・連れていけ」
いやがる青年を護衛たちは部屋から連れて行った。
おそらく、命はないであろう。
それだけで、すべてが終わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・・さて」
イオニーアは視線を上げる。
講堂にいる軍士官たちを、静かに見渡した。
「力とは、目に見えるものだけではない」
「魔力の強さ。身分。名声」
「それらは確かに力だ」
「だが――」
一拍置く。
「それだけで人を測る者は、いずれ必ず見誤る」
「・・・・そして、見誤った代償は、必ず支払うことになる」
静寂。
誰一人として、動かない。
「先ほどの話の青年を蔑んだエリート貴族の子息も」
「そして、今の話の青年も」
「どちらも同じだ」
「見ているようで、何も見ていなかった」
イオニーアは、ゆっくりと背を向けた。
「以上だ」
「以上で、大魔導士イオニーア様による訓示を終える!!一同、礼!!」
号令とともに、講堂が一斉に頭を下げる。
顔を上げたとき。
その場に、すでに大魔導士イオニーアの姿はなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
・・・・今の話。
途中からいなくなった“あいつ”の家の話に、あまりにも似ている。
肩を震わせていたのは、あいつのいなくなった後、急に嫡子となったあいつの弟だった。
・・・・事実はどうあれ、貴族とは特権だけを享受する立場でなく責任もついてまわるのだ。
僕はあらためて軍士官と、そしてエメラルド子爵家嫡子の責任を強く感じた。




