女将軍、国を鍛ち、闇を討つ~シルバー公国への道~
「勇者の聖戦」から95年後。
「お前との婚約は破棄する!」
シルバーナ公爵領の夜会で、貴族令息が婚約者である平民女性に向かって、そう言い放った。
夜会が凍りつき、平民女性は真っ青だ。
この暴言を聞いたシェラは激怒し、その令息を家ごと叩き潰した。
こうした事件が起きるようになった原因は、今から60年以上前に起きたウィスタリア聖教国滅亡の事件にさかのぼる。
あの時、ウィスタリア聖教国の国民のほとんどは姿を消した。
だが、ごくわずかに生き延びた者たちがいた。
その中には貴族も含まれており、シルバーナ公爵領まで逃れてきた者たちは、そのまま貴族として受け入れられることになったのである。
もともとシルバーナ公爵領は、貴族も平民も身分にこだわりすぎず、素朴で穏やかな気風を持つ土地だった。
しかし、他国の貴族が流れ込んできたことで、その空気は少しずつ変わってしまった。
今回の事件も、その歪みが表に出たものだ。
平民や女性への差別意識を捨てきれない貴族の子息が、優秀な平民女性に恥をかかせようと、大勢の前で婚約破棄を宣言したのである。
当然、シェラはこれまでも再三にわたって警告してきた。
そういう振る舞いは許さない、と。
それでも愚か者は出た。
この事件をきっかけに、シェラはさらなる意識改革を進めることを決めた。
そのために神聖ゴールド聖教国から、ある人物を招く。
「託宣の巫女」である。
託宣の巫女は、ゴールド王国時代から聖教会の教皇に次ぐ権威を持つ存在だ。
元ウィスタリア聖教国の貴族たちも、その言葉なら無視できない。
シェラはそう考えたのである。
同時にシェラは、シルバーナ公爵領を神聖ゴールド聖教国から半ば独立させ、公国として動かすことも考え始めていた。
理由は、法律の制定にあった。
神聖ゴールド聖教国に属している限り、身分制度を大きく崩すことはできない。
だが、公国として半ば独立すれば、高い能力や優れた人格を持つ平民を、貴族へ取り立てやすくする法律を整えられる。
平民出身の貴族を増やせば、もともと貴族だった者たちの力は相対的に弱まる。
それによって、貴族による平民への横暴も抑えやすくなる。
さらにこの法が定着すれば、シルバーナ公爵家そのものも、これまで以上に能力と人格を問われることになるだろう。
だが、それでいいとシェラは考えていた。
シルバーナ公爵家の当主となる者、その兄弟、後継者たちは、みなシェラが直々に育ててきた。
人に優しく、それでいて威厳を失わぬ人格を養うように。
その甲斐あって、現公爵は領民からも家臣からも評判がよい。
でしゃばらず、権力欲に溺れず、人格者として知られていた。
家柄だけではない。
能力と人柄もまた、国を支える柱である。
そんな国になってほしい。
それがシェラの願いだった。
ついにシェラは、シルバーナ公爵領が神聖ゴールド聖教国から抜け、シルバー公国として独自の道を歩むことを宣言した。
ちなみに、この動きには神聖ゴールド聖教国の大宰相ホーネント閣下の内諾もある。
当然ながら、シェラは事前に根回しを済ませていた。
そのため周辺諸国や諸貴族は驚きこそしたものの、大きな混乱は起きなかった。
むしろ、これを機に公国へ属したいと申し出る貴族すらいたほどである。
こうしてシルバー公国は、独自の道を歩み始めた。
のちにシルバー王国へと変わっていく、その第一歩である。
シェラはさっそく法律を整え、有能な人材を登用する道を切り開いていった。
同時に、孤児や社会的弱者を保護することも決めた。
成果主義と社会福祉の充実。
一見すれば相反するようにも見える二つの柱だが、シェラという絶対的な大黒柱がいるからこそ成り立つ政策だった。
そんな中、最近になってシルバー公国でも「闇ギルド」の名が、ちらほら聞かれるようになった。
闇ギルド。
その成り立ちは不明。
非合法の仕事を専門に引き受ける、裏社会の者たちの集まりだと言われている。
シルバー公国には、孤児が多く保護されている。
闇ギルドはそれを聞きつけ、人身売買のために孤児をさらおうとしたのだろう。
中央平原では減ったとはいえ、裏の世界にはいまだ奴隷が存在する。
闇ギルドは孤児を奴隷として売るため、シルバー公国を狙ったのである。
だが、その不穏な気配をいち早く察知したシェラは、即座にシルバー公国軍を動かした。
そして闇ギルドの手先を、拠点ごと徹底的に破壊した。
あまりにも手際が良く、あまりにも隙がなかった。
そのため闇ギルドは、シルバー公国を狙うことを断念した。
同じようなことは、プラチナ公国や神聖ゴールド聖教国でも起きていた。
だが、そちらでも闇ギルドは拠点ごと破壊され、結局は社会の暗がりに潜むしかなくなったという。
のちにシェラは、闇ギルドを調査した際に、ある噂を耳にする。
――もともと闇ギルドは、たった一人の女性を探すために作られた組織ではないか。
それを聞いたシェラは、半ば呆れたように呟いた。
「一人の女を探すために作った組織か。本当なら、その女性もご苦労なことだ」




