クラレット編エピソード2 赤髪の夜に双子は同じ星を見上げ、ひとりは墜ちた。 第1話
「勇者の聖戦」から76年後。
ウィスタリア聖教国滅亡の事件、そしてその後に現れた「創造神がつくりし七つの邪悪な災厄」の一つ、暗黒邪虎。
その討伐から、46年が経っていた。
あれから、メイズ改めメイザリンと、ラベンダー――いまは「黒の治癒士」と名乗っているが――二人と別れたぼくは、相変わらずSランク冒険者として活動を続けていた。
ある日。
創造神エクレア様から、思念でこう命じられた。
「クラウド王国へ行きなさい」
クラウド王国。
そこは、かつてのぼくの婚約者だったセピア女王が治めていた国だ。
彼女は、ぼくが死んだという偽りの報告を聞かされ、ぼくを弔うためにエリューシオン教会へ入り、修道女になったと聞いている。
そして数年前、セピア女王は天寿を全うしたそうだ。
今のクラウド王国は、たしかセピア女王の弟が後を継いでいるはずである。
その国へ行けと、創造神様は言う。
あの方が、理由もなくそんな命を下すはずがない。
何かあるに違いない。
そう思ったぼくは、クラウド王国へ向かった。
懐かしい王都を訪れ、遠くに見える王城を眺める。
街はにぎわい、道行く人々の表情も穏やかだ。
それだけで、この国が今は落ち着いていることが分かった。
――と、その時だった。
「キャーーッ、誰か! 王子を守ってーー!!」
悲鳴が響いた。
声のした方へ振り向くと、金髪の小さな子供が今にも暴漢に襲われようとしていた。暴漢の手には長剣が握られている。
悲鳴を上げたのは年かさの女性だった。
彼女は身を盾にして、二人の子供を守ろうとしていたのである。
二人の子供は金髪碧眼。
身なりも、とても平民のものとは思えないほど立派だった。
王子、と言ったからには、この国の王族なのだろう。
しかも二人は驚くほどよく似ている。
双子か。
ぼくは即座に魔力をまとい、目にも留まらぬ速さで暴漢へ接近した。
そのまま一撃で無力化し、拘束する。
あまりの手際のよさに、年かさの女性も、守られた子供たちも、ぽかんとしていた。
やがて我に返った女性が、慌てて頭を下げる。
「あ、あの、その・・・・危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「ついては、この場では何ですので、どうか王城までご一緒していただけませんか?」
まだ他にも狙う者がいるかもしれない。
そう考えたぼくは、そのまま護衛を兼ねて王城まで同行することにした。
王城へ案内され、改めて事情を聞く。
年かさの女性は王子たちの侍女であり、やはりあの子たちは双子の王子だった。
聞けば、双子の王子は活発で言うことを聞かず、どうしても城の外へ出たいと言い張ったらしい。
侍女はそのわがままを、つい聞いてしまったのだという。
そして案の定、外へ出たところを暴漢を装った刺客に襲われた。
さらに侍女の話では、双子の王子の父である現王は体調を崩して執務ができず、宰相が実権を握っているらしい。
そこまで聞けば、刺客の差し金が誰かは、おのずと察しがついた。
創造神様がぼくにクラウド王国へ行けと命じたのは、きっとこの件が原因なのだろう。
案の定、侍女はどうか王子たちの護衛をしてほしいと頼んできた。
ぼくは、セピア女王の弟の孫にあたる双子の王子たちを護衛することに決めた。
護衛を始めてしばらくして。
護衛そのものに問題はなかったのだけれど、別の問題が起きた。
双子の王子を護衛し始めて一か月も経たないうちに、なんとぼくは双子のどちらからも好意を寄せられ、あろうことかプロポーズまでされてしまったのだ。
双子はまだ10歳。
子供だから大丈夫だろうと思って、ぼくも普段かけている認識阻害の魔法を使わず、素顔を見せていたのがまずかったのかもしれない。
双子の王子たちは、代わる代わる熱烈な愛の言葉をぶつけてきた。
いったい誰が、そんな言葉を教えたのだろう。
ぼくは10歳の子供に厳しい言葉を返すわけにもいかず、侍女にも協力してもらいながら、なんとかかわし続けた。
その一方で、ぼくは王子たちの命を狙う黒幕である宰相についても動いていた。
横領の証拠と、双子の王子を襲わせた証拠を押さえ、ついにその罪を糾弾することに成功したのである。
宰相は貴族籍を剥奪され、牢獄へ送られた。
これでもう、双子の王子たちは安全だろう。
他の貴族たちも宰相の横暴を苦々しく思っていたらしく、味方になる者が少なくなかったことも成功の一因だった。
こうして護衛の必要はなくなった。
依頼は完了したとみなし、ぼくはクラウド王国を後にしたのである。
それから10年後。
ぼくは再び、クラウド王国へ足を踏み入れた。
双子の王子たちは、すっかり立派な青年へと成長していた。
もっとも、創造神様の使徒であるぼくは不老であり、見た目はあの頃とほとんど変わっていない。
10年ぶりに会った双子の王子たちは、ぼくを見るなりすぐに思い出してくれた。
すると、兄の王子がすぐに歩み寄り、その場でひざまずいた。
「10年前のお姿と寸分も変わっておらず、驚きました。あの頃と変わらずお美しい」
「私の女神様。どうか、私の愛を受け入れてください」
・・・・プロポーズである。
すると隣にいた弟王子が、すぐに兄を諫めた。
「何を言っているのですか、兄上!兄上には婚約者のリーフ様がいるではありませんか」
「それなのに他の女性に求婚するなど、リーフ様と、リーフ様のご実家であるヘメロカリス侯爵家をないがしろにする行為だと見なされますよ!」
弟王子は、まともに育っている。
そう思って、ぼくは少し安心した。
――だが。
それは大きな間違いだった。
なんと、その日の夜。
弟王子からも告白されたのである。
「本当はいけないことだと分かっています。ですが、私はあなたを愛しています」
「兄上に負けないぐらい・・・・いえ、兄上など比べものにならないほど、ずっと」
「あの時、兄上を諫めたのも、先を越されてしまったという焦りがあったからです」
「私にも婚約者はいます。ですが、この気持ちだけは、どうしても抑えられない」
「どうか・・・・私の愛を受け入れてはいただけませんか」
兄王子の時もそうだったけれど、ぼくはそこで、10年前には飲み込んだ言葉を返した。
あの頃はまだ子供だったから言わなかった、はっきりとした拒絶を。
「王子殿下。残念ですが、私の身も心も魂も、すでに別の方に捧げております」
「この気持ちは、たとえ大地が崩れようと変わりません」
「私があなたを愛する日は、決して来ないでしょう」
ぼくの残酷な言葉を聞いた弟王子は、何も言わずに立ち去っていった。
しかし数日後。
弟王子は自分の婚約者を呼び出し、婚約解消を申し出たのである。
「いきなりですまない。だが、自分の心をこれ以上偽れない」
「あの時、あの人を見てからずっと、頭から離れないのだ」
「こんな気持ちで婚約を続けるのは、君に対しても不誠実で申し訳ない」
「何も言わず、婚約解消を受け入れてほしい」
あまりにも屈辱的な申し出だった。
婚約者は大粒の涙をこぼしながら、それでもこう答えた。
「私はそれでも、あなた様を愛しております。それでも、どうしてもとおっしゃるのなら・・・・」
そうして彼女は、弟王子との婚約解消を受け入れた。
その後、弟王子の元婚約者は兄王子の側妃となり、国のために自分を犠牲にして兄王子を支える道を選んだ。
兄王子の婚約者であるリーフ・ヘメロカリス侯爵令嬢は、正妃の座についた。
双子の王子のどちらも、赤髪の騎士に告白したことは知っていた。
だが、それでも黙って受け入れる道を選んだのである。
そして弟王子は、そのまま国を出奔した。




