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魔導士は静かに世界を編む~プラチアーナ公爵領~

「勇者の聖戦」から71年後。


初代公爵ベルフラワー・プラチアーナが亡くなって、1年。


今や公爵位は、彼女のひ孫にあたる者へと受け継がれていた。


けれど――


プラチアーナ公爵領を本当の意味で支えていたのは、公爵その人ではない。


イオニア。


初代公爵とのあいだに、500年だけ公爵家に仕えるという契約を結び、代々の公爵を支え続けてきた大魔導士である。


もちろん、その500年という数字には意味があった。


生まれ変わるご主人様のもとへ、再び駆けつけるためだ。


それまでのあいだ、イオニアは「イオニーア」という名で、プラチアーナ公爵領において、公爵に代わって采配を振るうことを決めていた。


もっとも、彼女のやり方は周辺貴族たちとはまるで違っていた。


領地を広げることには執着しない。


だが、いったん敵と見なした相手には容赦しない。


そして何より、イオニアが重んじたのは――


内政を充実させ、領地そのものを強くすることだった。


プラチアーナ公爵領には、他の土地にはない特色があった。


領民の多くが、魔法の強さや魔力量の多さを重んじていたのである。


初代ベルフラワー・プラチアーナの影響で、魔法使いたちが数多く住みついていたからだ。


イオニアは、その力を見逃さなかった。


土属性の魔法使いには土地へ魔力を注がせ、土に活力を与えることで食料を増産させる。


水属性の魔法使いには水を生み出させ、それを蓄えて上水として領内へ行き渡らせる。


さらに、エリューシオン教会を取り込み、聖女を確保するという荒業までやってのけた。


また、冒険者ギルドを創設し、クラレット――通称「赤髪の騎士」をその代表に迎え、多くの実績を積ませることにも成功した。


その結果、中央平原の各地にいた冒険者たちが次々にギルドへ加入するようになり、プラチアーナ公爵領には大勢の冒険者が押し寄せることになった。


冒険者の多くは屈強であり、必要とあれば領地の私兵として召し抱えることもできる。


そのうえ、冒険者たちは各地のダンジョンで素材を採集する。


それを公爵家の支援のもと、ギルドが買い取る仕組みを整えたことで、その素材を目当てとする商会も集まるようになり、経済発展の要因にもなった。


街は栄え、人は増え、領都をはじめ複数の大都市が育っていく。


周辺貴族が領地を奪い合うなか、プラチアーナ公爵領だけは、魔法と制度によって静かに豊かになっていたのである。


これらの政策のおかげで、プラチアーナ公爵領は豊かになり、領都をはじめ、いくつもの大都市を抱えるまでに成長した。

しかも、そのどの都市も、周辺貴族の領地にある街より人口が多く、街並みも発展していった。


周囲の貴族から見れば、まさに垂涎の的だった。


イオニアが公爵領の差配を始めてから数十年。


その間、じっくりと内政を積み重ねたことで、プラチアーナ公爵領はここまで発展したと言ってよい。


そして、イオニアにはもう一つ特徴があった。


長年の功績と信頼から、領民と公爵家の者たちから「魔導士」という名で呼ばれていることだった。


この「魔導士」という言葉は、中央平原のどこにも存在しなかった称号である。


通常、魔法を使う者は「魔法使い」と呼ばれる。


回復魔法を使う者には「治癒士」という呼び名がある。


ところが、桁外れの魔力量と、地を割り山を裂くほどの強大な魔法を操るイオニアを見て、ある魔法使いが「魔導士」という称号を贈ったのだ。


とても、自分たちと同じ「魔法使い」とは呼べない――そう考えたからである。


それ以来、「魔導士」という称号は、プラチアーナ公爵領に住む魔法使いたちの憧れの呼び名となった。


そして年月が経つにつれ、イオニアはさらに他の追随を許さぬ存在として、「大魔導士」と呼ばれるようになっていった。


大魔導士イオニーア。


この呼び名は、ここから始まったのである。


それとは別に、プラチアーナ公爵領で魔法研究を続けている家の一つに、マリーゴールド子爵家がある。


かつてこの家は、空の勇者パーティの一人であったキース・マリーゴールドが、ベルフラワー・プラチアーナのもとへ家臣として傘下に入ったことに始まる。


キース・マリーゴールドはすでに他界していたが、その子孫たちが跡を継ぎ、魔法研究を続けていた。


キース・マリーゴールドが重点的に研究していたのは、防御結界の魔法だった。


もともと防御結界を得意としていた彼は、この結界をパーティの一人二人へ張るだけではなく、もっと大きな規模で展開できないかと考えていたのである。


その最終目標は――公爵領全体。


さすがにそれは夢物語のような話ではあったが、それでも彼らは、少しでも防御結界の範囲を広げる研究を続けていた。


そこに大魔導士イオニーアは目をつけた。


それとなくヒントを与え続け、ついにその研究を形にしたのである。


大魔導士イオニーアは、マリーゴールド家が研究していた防御結界を、完全な形で発動させ、プラチアーナ公爵領を守る要にしようと考えていた。


そして、その機会は思ったより早く訪れた。


プラチアーナ公爵領から少し離れた場所にあるダンジョンから、大量の魔物が発生したのである。


そのダンジョンは、比較的初心者に近い冒険者たちが利用していた場所だった。


ところが突然、高レベルの魔物が大量発生し、その場にいた冒険者たちは、なすすべもなく命を落とした。


この事態をいち早く察知した冒険者ギルドは、すぐさま警戒態勢を最大に引き上げ、近隣の実力ある冒険者を招集した。


さらに、ギルドの切り札であるSランク冒険者「赤髪の騎士」にも依頼を出した。


しかし、間の悪いことに、「赤髪の騎士」は別の重要な依頼に関わっていた。


ここで、大魔導士イオニーアは冒険者ギルドに対し、プラチアーナ公爵領が対応すると宣言した。


その宣言とともに、公爵家の私兵と聖女に戦いの準備を命じ、かねてより計画していた公爵領都全域に展開する防御結界魔法を発動させたのである。


大魔導士イオニーアは、領都全域に響き渡るよう音声拡大魔法を用い、こう告げた。


「みな、安心せよ。ごらんのように、この領都全域を守る防御結界を張った。これで魔物はこの領都に侵入することはできない」


「みなは、公爵領軍が魔物を討伐する吉報を、ゆっくり待っているがよい」


その声は領都の隅々まで届き、人々の不安を静めた。


そして、大魔導士イオニーア自ら、私兵五百と聖女を率いて、ダンジョンからあふれ出た数千の魔物の群れを討伐しに向かった。


私兵五百は、主に冒険者と魔法使いで構成されている。


集団戦の訓練を十分に受けた兵ではなく、個々に魔物を討伐することに慣れた者たちばかりだった。


しかし、個々の実力は高い。


一対一であれば、魔物を討伐できる者たちである。


ゆえに、イオニーアが彼らに求めたのは、完璧な連携ではなく、各自が持てる力を最大限に発揮し続けることだった。


冒険者たちは得意の武器と技で前線を支え、魔法使いたちは後方から魔法の雨を浴びせる。


そこに公爵家の指揮系統を重ねることで、寄せ集めに見えた私兵たちは一つの戦力として機能した。


それでも戦いは苛烈だった。


押し寄せる魔物の群れは途切れることがなく、前線の兵は疲弊し、傷ついていく。


だが、負傷した兵や消耗した兵には、同行していた聖女が回復魔法をかけた。


そのおかげで兵たちは持ち直し、一昼夜を通して戦い続けることができたのである。


大魔導士イオニーア自身もまた、ただ後方で指揮を執っていただけではない。


戦況を見ては魔法を放ち、危険な箇所には自ら出向き、戦線の崩壊を許さなかった。


その姿は、兵たちにとって何よりの支えだった。


最後には、魔物の群れを率いるSランク相当の魔物が姿を現した。


それは他の魔物とは比べものにならないほどの威圧感を放ち、周囲の空気すら震わせていた。


私兵たちはその存在に気圧され、一瞬、動きが鈍った。


だが、その時こそイオニーアは前へ出た。


「下がっていなさい。あれは、わたくしが討つ」


そう告げると、大魔導士イオニーアはただ一人、その魔物の前へ進み出た。


そして放たれた魔法は、まさに大魔導士の名にふさわしいものだった。


圧倒的な魔力が奔流となって戦場を駆け、Sランク相当の魔物を呑み込み、打ち砕く。


その一撃によって、魔物の指揮系統は完全に崩れた。


残された魔物たちは統率を失い、私兵たちによって次々に討ち取られていった。


こうして、大規模な魔物討伐は完了した。


この戦いにより、プラチアーナ公爵領の私兵と、それを率いる大魔導士イオニーアの名は、さらに周辺地域へ響き渡ることになったのである。


そして人々は、あらためて思い知ることになる。


プラチアーナ公爵領が豊かなのは、ただ魔法使いが多いからではない。


その力を見抜き、結び、育て、必要なときには一つの秩序として動かせる者がいたからだと。


――大魔導士イオニーア。


魔導士は、静かに世界を編んでいたのである。

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