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大将軍シェーラ、五百で五千を破った日~シルバーナ公爵領~

「勇者の聖戦」から40年後。


初代公爵スレート・シルバーナが亡くなって、すでに久しい。


今、公爵位を継いでいるのは、その孫にあたる三代目だった。


だが――


シルバーナ公爵領を実際に支えていたのは、別の存在である。


シェラ。


かつて勇者とともに戦い、今はシルバーナ公爵家に仕える将軍。


初代公爵とのあいだに500年間だけ公爵家に仕えるという契約を交わし、公爵領の一切を取り仕切る者だ。


もちろん、その500年には意味がある。


生まれ変わったご主人様のもとへ、再び駆けつけるためである。


それまでのあいだ、シェラはシルバーナ公爵家を支え、この領地を守り、育てると決めていた。


だから彼女は、公爵領の内側だけではなく、その外――


とりわけ周辺地域の動きに、常に目を光らせていた。


魔王と魔物の脅威が去ってから、40年。


本来なら平和が訪れていてもおかしくない年月だった。


だが実際には、魔物よりも厄介な脅威が広がっていた。


貴族同士の領地争いである。


無論、この周辺でもっとも騎士団の力が強いのはシルバーナ公爵領だ。


だが、それでも油断はできない。


野心が強く、なおかつ能力のある貴族が現れれば、周辺勢力を束ね、大軍を率いて攻め込んでくることもあり得る。


そうした事態を未然に防ぐため、シェラは日々、周辺勢力の観察と計算を続けていた。


この公爵領は神聖ゴールド聖教国に属している。


とはいえ、王都からは遠く離れた辺境であり、王国の権威は届きにくい。


つまりこの地は――


自分たちのことは自分たちで守らねばならぬ、弱肉強食の土地だったのである。


「それでは、そなたたちを我が公爵家の配下となることを認めよう」


「英断に感謝いたします」


また一つ、シルバーナ公爵に味方する貴族が増えた。


去っていく使者を見送りながらも、シェラの頭の中では計算が止まらない。


周辺の戦力を数え、敵対の可能性を洗い、もし今この瞬間に戦争が起きても防げるよう、防衛戦略を組み立てていたのだ。


先ほどの使者は、公爵領周辺の有力貴族の一つ、ポインセチア伯爵家から遣わされた者だった。


ポインセチア伯爵は、シルバーナ公爵の傘下に入りたいと願い出てきたのである。


それを受け入れたことで、また一つ強力な勢力を味方に引き入れた。


こうして外交によって防衛網を厚くしつつ、シェラは内政にも手を抜かなかった。


まず、公爵家に仕える家臣たちの忠誠を確かめる。


さらに、食料の増産と備蓄、利益を生む産業の育成にも力を入れる。


加えて、公爵領内の平民男子には、生産に従事させるだけではなく、並行して兵士としての訓練も施した。


一人ひとりが畑を耕し、物を作り、いざとなれば武器を取る。


そんな領地を、シェラは時間をかけて作り上げていったのである。


そして数年後――


ついに、シルバーナ公爵家へ牙をむく勢力が現れた。


シェラが警戒していた事態が、ついに現実となったのだ。


シルバーナ公爵に反感を持つある貴族が周辺の諸侯へ声をかけ、その呼びかけに応じた家々が私兵を出し合い、連合軍としてシルバーナ公爵領へ攻め込んできたのである。


シルバーナ公爵は、もとは平民、それも孤児出身の成り上がりだ。


そのくせ爵位は高い。


古くから続く貴族たちの中には、それを快く思わぬ者が少なくなかった。


そして今回、呼応したのも、そうした家々であった。


ここに、シェラ率いるシルバーナ公爵軍と、貴族連合軍との戦争が始まった。


だが、シルバーナ公爵軍はわずか五百。


対する貴族連合軍は、五千を超える。


十倍差である。


もっとも、連合軍の中身は、無理やり徴兵された平民や、収穫前の農民たちが多く、士気は低い。


だが、それでも数は力だ。


質に勝るシルバーナ公爵軍。


数に勝る貴族連合軍。


周辺の貴族たちは、この戦いを固唾をのんで見守っていた。


後にシルバー王国の歴史家は、この戦いから「大将軍シェーラ閣下の常勝の道」が始まったと記している。



最初の戦いは、シェラが巧みに敵軍を誘導し、遮蔽物の多い丘陵地帯を含むサイネリア平原で行われた。


サイネリア平原は平原と名がついてはいるが、実際には起伏が多く、見晴らしが良いとは言えない土地だった。


こうした地形では、兵数が多いほど身動きが取りづらくなる。


小回りの利く側が有利なのだ。


シェラは五百の軍を百ずつ五つに分け、巧みに敵軍を誘導した。


そして小部隊に分断された敵を、各個撃破していったのである。


五百対五千で始まったはずの戦い。


だが気づけば、貴族連合軍は半数以上を失っていた。


ただでさえ士気が低かった連合軍は、ついに隊列を崩し、ばらばらになって後方へ退却した。


シルバーナ公爵軍の勝利である。


将軍シェーラは、間髪入れず追撃した。


そのため、貴族連合軍は後方の城塞へ立て籠もらざるを得なくなった。


続く第二戦は、シェラ率いる五百の軍が、貴族連合軍の立て籠もる城塞へ迫ったことで始まる。


城塞を相手にする以上、これは攻城戦である。


しかし普通、攻城戦では、城塞にこもる敵を攻めるには相手の数倍の兵力を要するのが常識だ。


ところが今回の戦いでは、その逆だった。


攻める側は五百。


籠もる貴族連合軍は二千。


周辺の貴族たちも、城内の連合軍も、兵数の差から考えて、まさか攻めては来ないと確信していた。


サイネリア平原では敗れた。


だが、この城塞までは攻めてこないだろう――そう考えていたのだ。


この城塞は、最初に声を上げた首謀者、サンセペリア侯爵の領内にある城塞で、難攻不落で知られていた。


その名を、ジギタリス城塞という。


ジギタリス城塞は、天然の地形を巧みに利用して築かれており、城塞へ至る道はたった三本。


しかも、そのどれもが細い道だった。


だが、百戦錬磨のシェラは、この城塞の弱点を見抜いた。


食料備蓄が十分ではない。


そこだった。


その弱点を突くため、シェラは城塞へ続く三本の道を押さえるように三つの砦を築き、周辺から城塞へ食料が届かないようにして、兵糧攻めを仕掛けたのである。


サンセペリア侯爵は、まさか十倍の兵力で挑んだサイネリア平原の戦いに敗れるとは思っていなかった。


だからこそ、ジギタリス城塞へ立て籠もる事態そのものを想定していなかったのだ。


そのため、城塞には連合軍二千を賄うだけの食料が用意されていなかった。


そこを狙った兵糧攻めの効果は、すぐに現れた。


一か月も経つころには、城内は食料難に陥り始めたのである。


その変化を、シェラは城塞の外からじっくり観察していた。


そして、今が策を施す時機だと見たシェラは、偽の食料輸送部隊を用意した。


食料を届けさせると同時に、周辺状況がすでに貴族連合軍にとって不利になっている、という偽情報を流させたのだ。


これが決定打となった。


貴族連合軍は降伏し、シェラは二度の戦いに勝利を収めたのである。


しかも、どちらの戦いでも、シルバーナ公爵軍は五百の兵をほとんど減らすことなく勝利した。


この戦いを機に、周辺の貴族たちは、シルバーナ公爵軍を率いる将軍シェーラの名を聞くだけで震え上がるようになったという。


それと同時に、将軍シェーラは策を用いて敵を打ち破る将軍として認識されるようになった。


もっとも――


それすらもまた、シェラの策略のうちだったのだが・・・・。


後世、この戦いは戦術上の模範として、シルバー王国軍の戦術研究所において数百年にわたり研究され、崇められることになる。


だが当の将軍シェーラ本人は、この二つの戦いに満足していなかったらしい。


後に部下たちへ、こう言い残している。


「こたびの戦いの評価は、下の下であった。なぜなら、五百のうち三十人もの死傷者を出したからだ」


「極力被害を減らし、最大の成果を上げること。それこそが、将軍の務めである」



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