赤髪の騎士クラレットのその後~冒険者ギルド創世記 第1話
「クラレット。創造神たるわたくしが、あなたに命令を与えます」
「その代わり、わたくしからあなたへ新しい名を与えましょう」
「そう、気に入ってくれて嬉しいわ。え?それとは別に二つ名も欲しい?うーん、そうねえ・・・・なら、”赤髪の騎士”というのはどうかしら?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
かつて、魔王討伐に大きな功績をあげた英雄がいた。
ゴールド王国の王太子、クラレット。
”英太子”の二つ名をもつその英雄は、魔王討伐を終えたのち、表舞台から忽然と姿を消したと伝えられている。
その理由を知る者は少ない。
どこへ行ったのかも、なぜ消えたのかも、長らく語られることはなかった。
ただ、魔王討伐という偉業と、そののちに姿を消した数奇な運命ゆえに、民衆は彼を「悲劇の英太子」と呼び、惜しみ続けたという。
――だが。
その真実を知る者は、ほんのわずかしかいない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ぼくの名はクラレット。
かつてはゴールド王国の王太子でした。
けれど、魔王討伐のあと、ぼくは自らその身を表舞台から消すことにしました。
理由は二つあります。
一つは、「勇者の聖戦」による人族側の戦死者一覧に、ぼくの大切な幼なじみ――ホワイトの名があったこと。
ホワイトが死んだ。
その事実を知ったとき、ぼくの中で何かが完全に止まってしまいました。
何を見ても、何を聞いても、心が動かない。王太子として振る舞おうにも、もう何も手につかなかったのです。
そして、もう一つ。
ぼくはずっと、自分を男性だと思って生きてきました。
けれど本当は、女性だったのです。
・・・・もちろん、好きでそうなったわけではありません。
つい最近まで、ぼくは自分を男だと認識させられていたのです。
だから王太子として生き、王太子として教育され、王太子として義務も果たそうとしていました。
婚約者だっていました。相手は、当然ながら女性です。
いま思えば、おかしな話です。
女性同士では、たとえ結婚しても子は成せない。
ゴールド王国の王太子であるぼくに、後継者を残せない可能性があるとなれば、それはもう個人の問題では済みません。
王家そのものを揺るがす問題になります。
ホワイトを失い、しかも自分の立場までそんな有様で。
――もう、ぼくは表に出ないほうがいい。
それが、ゴールド王国にとって最善だと判断しました。
だから、ぼくは死んだことにしたのです。
婚約者であるクラウド王国のセピア女王にも、ぼくは戦死したと伝えてもらいました。
身分を捨てる以上、中途半端な希望だけは残したくなかったからです。
ぼくが戦死したと聞かされたとき、彼女はひどく嘆き悲しんだそうです。
その後、セピア女王は後継者を育てあげ、その者に王位を譲って引退しました。
そして最後まで独身を貫いたまま、死んだことになっているぼくを弔うように、エリューシオン教会へ入り、修道女となったと聞いています。
最後まで、彼女を幸せにできなかった。
そのことだけは、今でも胸に刺さったままです。
・・・・けれど。
ぼくの人生は、そこで終わりませんでした。
それどころか、そのあと、とんでもないことが起きたのです。
なんと、ぼくの目の前に――
この世のすべてを創造したとされる、創造神エクレアーナ様が現れたのでした。
見た目は人族の女性にしか見えません。
けれど、その身から溢れる神力と魔力は、世界そのものを覆い尽くせるのではないかと思えるほど圧倒的で、本物の創造神であることは疑いようもありませんでした。
そして創造神様が、なぜぼくの前に現れたのかといえば――
なんと、ぼくを使徒に勧誘するためだったのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
創造神エクレアーナ様が、ぼくを使徒にしようと考えた理由。
それは、とても単純でした。
ぼくが、ご主人様であるホワイトを深く愛していたから。
・・・・それだけです。
いや、ぼくとしては「それだけです」で片づけられると、ものすごく恥ずかしいのですが、創造神様にしてみれば、それで十分だったらしいのです。
神の使徒という存在は、もちろん知っていました。
けれど半ば、おとぎ話や伝説の中の存在だと思っていました。
そんな名誉ある立場に、まさかこのぼくが選ばれるなんて。
しかも理由を聞けば、ホワイトを愛し、ホワイトの幸せを願って、恋人同士を引き合わせ、自分は身を引いたからだというのです。
うわ、恥ずかしい。
ぼくの胸の内は、創造神様にはすべてお見通しでした。
しかも、それがいじらしい、とまで言われてしまいました。
さらには、同じくホワイトを愛する者として、仲間にしたい、とも。
――え?
創造神様も、ホワイトのことを愛しているの?
頭が追いつかず、ぼくが呆然としていると、さらに驚くべきことを聞かされました。
小さいころから従者としてぼくについていてくれたホーネント様。
あの方も実は、創造神様の命令で、ずっとぼくのそばにいたというのです。
しかも、これからは「ホーネント様」ではなく、「ホーネット様」と正しい名で呼んでよいと許されました。
使徒になるということは、創造神様に正式に認められたということ。
だから同じ使徒であるホーネット様の名も、正しく呼ぶ資格を得たのだそうです。
なんだか話の規模が大きすぎて、ぼくにはまだ半分も理解できていませんでした。
けれど、創造神様の言葉で、一つだけはっきり分かったことがあります。
ホワイトの肉体は滅んだ。
けれど、魂は生きている。
そしてその魂は、いつか再び、この現界に生まれてくる。
ただし、そのときには、ホワイトとしての記憶は失われているだろう――とも言われました。
それを聞いたとき、ぼくは泣きました。
胸が苦しくて、でも、嬉しくて。
もう二度と会えないと思っていた。
永遠に失ったのだと、そう思っていた。
だけど、違う。
記憶がなくてもいい。
名前が違ってもいい。
姿が変わっていてもいい。
それでも、もう一度会えるのなら。
それでも、あの人の魂にもう一度会えるのなら。
ぼくは、その方に仕えたいと思いました。
たとえ相手が、かつてのホワイトではなく。
ホワイトの魂を宿して、この現界に新たに生まれてくる“ご主人様”なのだとしても。
そうしてぼくは、創造神エクレアーナ様の使徒となることを決めたのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
使徒契約を結んだあと、創造神様はさっそくぼくに指示を与えました。
「クラレット。あなたに命令を与えます」
創造神様の声は穏やかでしたが、その瞳は真っ直ぐでした。
「承知の通り、わたくしたちは親愛なるご主人様が健やかに、楽しく過ごせるよう願ってお仕えしています」
「ですから、次にご主人様がこの地上へ生まれてこられたとき、何不自由なく過ごせるよう、あらゆる可能性を想定して準備を進めること――それが、わたくしたちの使命だと思いなさい」
ぼくは息を呑みました。
創造神様にとって、使徒になるというのは単なる名誉ではない。
愛する相手の未来を、何百年も先から整えていくための役目なのだ。
「そこであなたには、中央平原に存在するあらゆる国に対して、どんな権力にも屈しない大きな立場についてもらおうと思います」
「どんな権力にも?」
思わず聞き返すと、創造神様は小さくうなずきました。
「貴族や王族という地位は駄目です。その地位には領土や領民を守る義務が伴います。もちろん尊い役目ですが、それに縛られていては、ご主人様を最優先に動けない場合があるでしょう」
「ですから、王族でも貴族でもない、別の大きな立場が望ましいのです」
そこで創造神様は、さらりと言いました。
「わたくしが目をつけたのは、イオニアが設立した冒険者ギルドです」
冒険者ギルド。
まだ新しい組織ですが、各地の依頼を受け、魔物討伐や護衛を担う者たちの集まりです。
確かに、国に属しすぎず、それでいて国に無視できない力を持つ可能性がある。
「これに協力し、冒険者ギルドそのものの地位を高めなさい」
「ギルドの影響力が強くなれば、平民であろうと、王族や貴族の横暴に対抗できるようになります」
「ご主人様が将来どのような立場で生まれようとも、冒険者ギルドが強大であれば、その力はきっと盾になるでしょう」
なるほど、とぼくは思いました。
王や貴族になるのではなく。
王や貴族にすら対抗できる、別の力を育てる。
それが、創造神様の考えなのです。
「あなたには冒険者ギルドに所属し、功績を立て、ギルドの地位を高めてもらいます。それがあなたへの任務です」
そこで創造神様は、ふっと表情を和らげました。
「もっとも、この任務に取りかかる前に、以前の名であるクラレットは捨てなさい」
「え?」
「王太子クラレットは、すでに死んだことになっているのでしょう? ならば都合がいいわ」
そして、創造神様はどこか楽しげに微笑みました。
「その代わり、わたくしからあなたへ新しい名を与えましょう」
新しい名。
ぼくは思わず息を呑みました。
王太子でもなく。
戦死した英雄でもなく。
ホワイトを失って立ち尽くしていただけの誰かでもない。
新しい自分として、生きるための名。
創造神様が与えてくださったその名を聞いたとき、ぼくは、少しだけ前を向ける気がしました。
「・・・・はい。気に入りました」
そう答えると、創造神様は満足そうに笑いました。
「そう。気に入ってくれて嬉しいわ」
そこで、ふと欲が出てしまったのは、たぶん少しだけ元気が戻ってきたせいです。
「あの、それとは別に、二つ名も欲しいです」
言ってから、自分でも何を言っているんだろうと思いました。
けれど創造神様は呆れるどころか、楽しそうに首を傾げます。
「二つ名も? うーん、そうねえ・・・・」
少し考えたあと、創造神様は、ぼくの髪を見て言いました。
「なら、“赤髪の騎士”というのはどうかしら?」
――その瞬間。
戦死したはずの王太子クラレットではなく、新たな名を持つ一人の使徒としての人生が、静かに始まったのです。




