第3話
カリンです。
私は生まれた時から人より魔力が強かったので、冒険者になろうと思いました。
けれど、実際に冒険者になってみると、私の魔力はそこまで圧倒的ではありませんでした。
何度目かの全滅を経験したあと、もう冒険者は辞めようと決めました。
命からがら町へ戻り、そこで力尽きて倒れた時に、昔一緒に組んでいたグレーに保護されたのです。
グレーは、私たちを置いて別のパーティへ行った人です。
その時は恨みもしました。
でも、仕方ないとも思っていました。
実力が違っていたから。
それから私は、身体がよくなるまでグレーと一緒に暮らしていました。
でも、男女が一緒に暮らせば、そういう関係になるのは早かったです。
責任を取るような形で、グレーは私と結婚してくれました。
私は単純に嬉しかった。
この人と一緒に暮らして、家事をして、家を守っていこう。
そう思ったのです。
だけど、ある日気づいてしまいました。
グレーは、私以外の誰かを見ている。
なぜわかるのかって?
視線でわかるのです。
どうやらグレーは、黒髪の女性に視線を向けることが多い。
きっと黒髪の人が好みなのでしょう。私は薄緑色の髪だし。
そんなことを考えていたある日、私たちの家に、とても綺麗な黒髪と黒い瞳を持った女性が訪ねてきました。
玄関でその人を見た時、私は思いました。
――ああ、負けた。
きっとグレーのことが好きで、私を追い出しに来たのだと。
ところが、グレーはその女性を見るなり言ったのです。
「母さん」
母親!?
嘘でしょう。
グレーはまだ20歳前後のはずです。
なのに、目の前の女性はどう見ても17、8歳にしか見えない。
女って怖い。
・・・・私も女だけど。
グレーは、ずっと母親を探していたんだ。
そう思うと安心しました。
でも、それでも少しだけ不安は残りました。
グレーが母親を見る目には、親に向けるだけじゃない、何か別の感情が混じっている気がしたからです。
・・・・ただのマザコンならまだいいけど。
うそ。それも嫌ね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カリンとの結婚を聞いて、母さんが会いに来てくれた。
久しぶりに見た母さんは、相変わらず若くて綺麗だった。
でも、あんなに若いままでいるのは珍しいことらしい。
昔、それを知らずに恥をかいたこともあった。
まあ、それはいい。
カリンは、なぜか母さんを見て絶句していた。
美しすぎてびっくりしたのかな。カリンも十分綺麗だと思うけど。
それから数年が経った。
僕とカリンの間には、男の子と女の子が生まれた。
そしてもう一つ、大きな出来事があった。
なんと、プラチアーナ公爵家が僕の功績を認め、男爵位を授けてくれることになったのだ。
まさか、僕――いや、私が貴族になる日が来るとは思わなかった。
家名も自分で決めてよいと言われた。
何でもいいと言われても困る。
家に帰って、愛する妻カリンの髪を見た。
カリンの髪は薄緑色で、私はその色が好きだった。
緑か。
エメラルド、グリーン・・・・いや、エメラルド男爵家はどうだろう。
妻の髪の色から考えたと言えば、きっと喜んでくれるだろうか。
最近、少し様子がおかしいように感じていたから、叙爵のことを伝えれば喜んでくれると思った。
・・・・思っていた。
けれど、私のそんな思いを知らず、妻は私を裏切っていた。
叙爵式の帰り、予定より早く屋敷に戻ると、妻は見知らぬ若い男と抱き合っていたのだ。
そのあとのことは、あまりよく覚えていない。
気づけば妻はいなくなっていた。
幸い、子どもたちはある程度大きくなっており、影響は少なかった。
だが私は、目に見えて体調を崩していった。
それを知ったプラチアーナ公爵閣下は、特定の記憶だけを失わせる秘薬があると言い、私にくださった。
だが、私は使えなかった。
愛する妻の裏切りの記憶だけでなく、笑顔まで失ってしまいそうで。
だからその秘薬は使わず、せめてエメラルド男爵家の家宝として伝えることにした。
さらに数年が経ち、私は爵位を長男に譲って引退した。
長年仕えてきたプラチアーナ公爵閣下は、とても残念がってくださった。
けれど、もう身体が言うことを聞かなかった。
もっとも、公爵閣下のほうも、すでに初代のベルフラワー・プラチアーナ様は引退されていた。
まあ、あの方の場合は身体のためではなく、魔法のためだったが。
そしてある晴れた日。
私は、なんとなく予感した。
ああ、今日、死ぬのだろうな、と。
50年の生涯は短かっただろうか。
それとも長かっただろうか。
でも、それでいい。
ただ一つだけ、心残りがあった。
母さんだ。
最後に一目、母さんに会いたい。
そう思っていると、ふと思い出した。
母さんからもらったペンダントを、ずっと大事にしまってあったのだ。
私は使用人に命じて、そのペンダントを持ってこさせた。
改めて見ても、何の変哲もないペンダントだ。
けれど間違いなく、母さんから譲られたもの。
そして、自分の命を救ってくれたものだった。
かつては、顔も知らない父親の命も救ったという。
最後にこれを母さんへ返したい――そう願っていた、その時だった。
扉を叩く音がして、使用人が入ってきた。
「旦那様の母親と名乗る若い女性が訪ねております。怪しいのですが、念のためお伺いに参りました」
間違いない。
母さんだ。
なぜ、私が会いたいと願っていたことがわかったのだろう。
私はすぐに、部屋へ通すよう命じた。
そして、母さんが入ってきた。
あの時から、少しも変わっていない。
若くて、綺麗なままだ。
「母さん。来てくれてありがとう。会いたいと思っていたところなんだ」
「これ、返すよ。父さんとの思い出の品なんだろ」
そう言ってペンダントを差し出した。
母さんの白く綺麗な手が、それを受け取る。
母さんは静かに言った。
「グレー。あなたは私の誇りよ」
「最後まで、人を傷つける言葉を使わなかったわ。たとえあなたの奥方があなたを裏切った時でさえ、ひどい言葉を使わなかった」
そうだったのか。
あの時のことは、あまり覚えていない。
でも母さんは、ちゃんと見ていてくれたのだ。
「私は、それがとても嬉しい」
「あの人もそうだった。自分の命を犠牲にしてでも、みんなを守ろうとしたのよ」
「だから私は、あの人を愛したの」
「そして、あの人との子どもであるグレー、あなたのことも。愛しているわ」
私は、いつの間にか涙を流していた。
最後の力を振り絞って、母さんに応える。
「私も・・・・いや、僕もだよ、母さん」
「僕も、母さんの子どもとして生まれて嬉しかった」
「いつも僕を見てくれる、その黒い瞳が大好きだった。ありがとう」
そう言って、私は静かに息を引き取った。
母であるラベンダーは、動かなくなった息子を抱くように見つめながら、静かに言った。
「私のグレー」
「私を、あなたの母親にしてくれてありがとう」
そして、いつまでもその場を離れなかった。




