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福寿の正体

「私の名刺、もう一度見て」


 正木が名刺に目を落とす。


「『特定』社会保険労務士…」


「そう。特定社会保険労務士は、個別労働紛争のあっせん手続に限って、労働局の紛争調整委員会で、正式に代理ができる資格なの」


 正木は言葉を失ったままその名刺を見つめた。あの夜、福寿に出会っていなかったら、今頃どうなっていただろう。

 

 福寿は深呼吸して、力強く言った。


「さあ、反撃開始よ。正木さん、あなたはもう一人じゃないから」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


数日後


 労働局の一室に正木と福寿は居た。白い壁に囲まれた簡素な会議室に、長机が向かい合わせに置かれている。


 正木は、福寿の隣に座っていた。手のひらにはじんわりと汗が滲んでいる。


「落ち着いてね、大丈夫だから」


 福寿が正木に静かに伝える。


 ドアの開く音がした。正木の勤務先の人間が入ってきた。 


 正木が見覚えのある顔。直属の上司である。他に、人事担当と思しき男。上司は正木の顔を見るなり、睨むような目線を送る。


「大騒ぎにしやがって」


 その言葉に、正木の肩が強張った。

 

「まだ委員会は始まっていません。本日は、あっせん手続に関する話合いです。感情的な発言はおやめください」


 あっせん委員が、強く告げた。その言葉で、室内の空気が引き締まる。  


「ふん、クソが」

 

「聞こえませんでしたか!」


 上司は舌打ちをして椅子に踏ん反り返るように腰を下ろした。


「では、これより開始致します。まず、申請人側、主張をお願いします」


 委員が福寿に促す。その言葉に、福寿が静かに一礼する。


「申請人代理人の福寿と申します」


 代理人という言葉に、会社側の人事担当がわずかに眉をひそめた。


「申請人は長期間にわたる、恒常的な長時間労働および休日出勤を強いられておりました」


 福寿は、事前にまとめた資料を机の上に置く。


「こちらがその証拠です。タイムカードの記録、業務メールの送受信時刻、本人のメモ。いずれも一日の総労働時間が極めて長いことを示しています」 


 人事担当が資料を手に取る。


「医師による『就労困難』の診断書提出後も、出社を求める連絡がありました」


 福寿は、スマートフォンを取り出す。


「これが、その録音データです」


 室内に、上司の声が流れる。


「『診断書とか出して逃げるつもりか。あり得ねぇよ、この給料泥棒がよ』」


 室内に沈黙の時間が流れる。


 再生を止めた福寿が、相手側を見据えた後、委員を見る。 


「お聞きいただきました通りです。このような不穏当な発言も含め、申請人の就労環境は著しく不適切を是認している状況です。労働法制及び人権保護の観点からも極めて深刻であり、心身に重大な影響を及ぼしたと考えます」


 福寿は冷静に、しかし確実に事実を積み上げる。




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