病院へ運ばれた僕
「お、気づいたかい?」
どれくらいの時間が経っただろう。目を覚ますと、白衣を着た初老の男性が視界に入った。
「だいぶ重症だぞ、その様子じゃ」
初老の男性は、医師だった。
正木は病院内のベッドの上で眠っていたようだった。
「あれ、僕は…」
「そちらの女性が連れてきて下さったんだよ」
医師が手を向けた方を見ると、細身で背の高い女性が居た。
「だいぶ苦しんでいたのよ」
「あ、すみませんでした…あれ?」
「覚えてくれていた?」
女性が笑顔を見せた。正木は横にハンガーでかけられているジャケットのポケットに手を入れ、中から一枚の名刺を取り出した。
「社会保険労務士 福寿紗知…さん」
正木が名刺を読み上げた。
「社労士さんだったんですか」
「そう。あなたといつも同じ電車でね。ちょっと様子が気になっていたの」
「様子…ですか」
「だいぶ疲れているなって。普通じゃなかったのよ」
福寿が正木の顔を覗き込む。
「いや、気合の問題です。大丈夫です」
「それよ。気合とか根性とか…会社で言われてる?もしかして」
「はい…」
図星だった。
「あ、でももう大丈夫ですから」
正木は荷物をまとめてベッドから出ようとする。
「ダメダメ。今、お母さんがこちらに向かっているから。君の手帳、悪いけど見させてもらったよ。連絡する必要があったからね」
医師が正木を止めた。
「もう痛みも無いし、大丈夫です」
「それは薬で治まっているだけ。後日また診察に来て。きちんと検査しよう。当分安静にしたほうが良いね」
医師が言うと、ドアが開いた。
「圭一、だから言ったじゃないの」
母親が到着し、医師が経緯を説明した。合わせて福寿を紹介し、名刺を渡した。
「先生、明日は出勤して大丈夫ですよね」
正木が確認をする。
「安静が必要だよ。今無理させるわけにはいかん」
「休むわけにはいかないんだ…」
正木がうつむく。母親が一旦廊下に出て、福寿を呼ぶ。
「実は、だいぶ仕事で無理しているようでして…このままだと過労死するんじゃないかって。どなたか相談したいと思っていました」
福寿が電車で見かけるようになってからの、正木の様子を母親に伝えた。それを聞き、母親はハンカチで目を押さえていた。
「詳細は分かりませんが、法規がほとんど無視されている環境と見て、間違いないと思います」
福寿は唇をかみしめた。そして一言言う。
「正直に申しあげます。ここまで来ると、もう異常です」
「あの子を…助けてください…お願いします」
母親が深く頭を下げた。
「分かりました、頭を上げて下さいね。大切なのは、正木さんご自身の意志なんです。彼がいかにおかしな環境におかれているのかを知ることから、はじめなければなりません」




