『三者会談』 その1
翌朝――
「……ん……んんっ!? ……おわっ!! な……何!? ちょ……、ちょっと何……!?」
顔に掛かる「何か」で覚醒したショーナは、目をぎゅっとつぶったまま、とっさに両手で顔を守った。しかし、その「何か」は隙間から顔へと流れ、防ぐ事が出来ない。
(な……何だ……!? 水……!?)
ショーナがその「何か」を理解した時には、既にその流れは止まっており、彼は顔を振ったり右手で拭ったりして落とすと、目を開いた。
すると、そこには口に何かを咥えたエイラが立っており、微笑みながらショーナを見つめている。ショーナはぽかんとしながらエイラを見つめ返していたが、エイラは咥えていた何かを床に置くと、ショーナに満面の笑みを向けて口を開いた。
「おはようございます! ショーナ」
「え……? あ……おはよう、母さん……」
挨拶を返したショーナは、エイラが床に置いた物に目を向け、ぽつりと呟く。
「……水差し……?」
そして、ふと気付いて苦笑いをし、エイラに言う。
「まさか……母さん……。あれ……? 例の……『オネショチャレンジ』……?」
「フフ……。今日は違いますよ、ショーナ」
「えっ? だって……」
「今日は、ただ起こしただけですよ。……ほら、よく言うじゃないですか。『モーニング氷』って」
満面の笑みを浮かべて言うエイラの言葉を聞き、ショーナは苦笑いをしながら、呆れつつ言葉を返す。
「母さん……それ……『モーニングコール』だからね……?」
「…………そうそう! そうでしたね!」
「…………」
ショーナは苦笑いをしながら鼻で小さくため息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
「そもそも……『モーニング氷』って言いながら、オレに掛けたの……水だったよね……?」
「あら! じゃあ氷の方が良かったですか?」
「……いや、そういう事を言ってるんじゃなくて……」
相変わらず満面の笑みで言うエイラに、ショーナは呆れながら言葉を返し、右手の指で顔を掻く。そして一呼吸置き、苦笑いしながら彼女に言った。
「その……起こすなら起こすで、普通に起こしてほしかったんだけど……」
「フフ……。ショーナの言う『普通』って、どういうのが『普通』なんですか?」
「え……? それは……、普通に体を揺すったりとか……」
エイラの問いにきょとんとしながら答えたショーナに、彼女は半眼で薄ら笑いを浮かべ、彼に顔を近付けつつ言う。
「もしかして……! 他の動物みたいに、顔を舐めて起こしてほしかったんですか?」
「……えっ!?」
「ショーナはドラゴンの事が大好きなんですから、もしかして……ドラゴンに舐めてほしいって、思ってるんじゃないですか?」
「い……いや、そんな事……!」
「フフ……。書いてありますよ? ……顔に」
「……!!」
ショーナは顔を真っ赤にし、驚愕して顔を引きつらせていた。そんなショーナを見たエイラは、
「フフ……フフフフ……。アハハハハハハッ!」
いつもの様に大笑いしだした。しかし、その様子はいつもと少し違っている。
「い……いたい……いたいいたい……。お……おなか…………おな……おなかいたい……」
彼女は笑いながら、右手で腹部を押さえて痛みにもだえていたのだ。その様子を、まだ赤味の残る顔で見ていたショーナは、少し苦笑いをして呆れつつ思う。
(これは……この反応は……、母さん、筋肉痛だな……? お腹……)
そして再び右手の指で顔を掻き、
(お腹が筋肉痛なら、オレの事……いじらなければいいのに……)
鼻で小さくため息を吐きながら、そんな事を思っていた。
しばらくし、エイラは落ち着きを取り戻した。彼女は満面の笑みを浮かべながらショーナに言う。
「フフ……。あんまり笑わせないで下さいよ、ショーナ。……今日、母さん……筋肉痛なんですよ、お腹」
「オレが笑わせてるんじゃなくて、母さんがオレをいじって、それで自分で笑ってるんでしょ……。いつもの事だけど……」
「フフ……。母さん、ショーナをいじっていませんよ。からかっているんですよ」
「だから……それも前に言ったけど、言い方変えただけでしょ……」
「フフ……。細かい事はいいじゃないですか」
ショーナは呆れながら、苦笑いしつつエイラに答えていた。ここでエイラは一呼吸置き、先の質問を改めてショーナに問う。
「それで……、ショーナはどう思ってるんです?」
「えっ……? 何を……?」
「もちろん、母さんに顔を舐めてもらう事ですよ」
「えっ!? いや……だから……」
またこの質問をされると思っていなかったショーナは、先程と同じ様に顔を真っ赤にし、言葉に詰まってしまう。
「フフ……。実は……満更でもないんでしょう?」
「…………」
「フフ……。いいじゃないですか。だってショーナは、母さんに一度……咥えられているんですよ? 咥えるのも舐めるのも、そんなに違いませんよ」
「…………」
ショーナは赤い顔で気まずそうにし、黙ったまま右手の指で顔を掻いている。すると、ここでエイラは何かに気付き、それをショーナに振った。
「……フフ。もしかして……」
一旦言葉を切ったエイラは、再び半眼で薄ら笑いを浮かべ、ショーナに顔を近付けながら続きを口にした。
「昨日の朝も……、フィーに顔を舐めてもらって……起こしてもらったんですか?」
「はぁ!?」
「フフ……。ショーナもやりますね~。……じゃあ! 今度から! 母さん、ショーナの顔を舐めて起こしてあげますよ!」
「ちょっ……ちょっと! 母さん……!」
「鼻先がいいです? 鼻筋がいいです? それとも……頬? ……あ! それとも……」
「母さんっ!!」
あまりの恥ずかしさに、ショーナは目をぎゅっとつぶって、大声でエイラを制止していた。すると……
「フフ……フフフフ……。アハハハハハハッ!」
エイラは再び大笑いし始めてしまい、
「い……い……いたい…………、お……おなか……おなかいたい…………いたいいたい……。おなか…………おなか…………」
すぐに腹部の痛みにもだえ始めた。それを、まだ赤味の残る苦々しい表情をした顔で見ているショーナ。
(……お腹が筋肉痛でも、お構い無しでいじって、大笑いして……。まぁ……母さんらしいと言えば、母さんらしいけど……)
そんな事を思いながら、彼はまた右手の指で顔を掻き、エイラが落ち着くのを待った。
しばらくし、ひとしきり大笑いして満足したエイラは落ち着きを取り戻した。ここでショーナは気になった事を問い掛けた。
「ところでさ、母さん……」
「フフ……。何ですか?」
「オレを起こしたのはいいけど……」
そこで言葉を切ったショーナは、小窓の外へと目を向け、
「でも……」
そう呟いた後、再びエイラに目を向けて、少し困惑気味な表情で彼女に問い掛けた。
「まだ朝も早いよ? 朝焼けしてるし、まだ星だって見えるし……。こんな朝早くにオレを起こして、今日……何かあるの……?」
「フフ……。もちろんですよ、ショーナ」
エイラは満面の笑みで答え、一呼吸置いて表情そのままに続ける。
「今日はイベントがあるんですよ」
「イベント……? 聞いてないよ……?」
「フフ……。当然ですよ、誰にも言ってませんから」
「えっ……?」
ショーナは更に困惑していたが、エイラはお構い無しに話を進める。
「フフ……。ほら、よく言うじゃないですか。『寝顔に水』って」
「……それは……『寝耳に水』じゃないかな……」
「…………そうそう! そうでしたね!」
またも言い間違いをしたエイラに、ショーナは調子を崩されてしまい、苦笑いをして右手の指で顔を掻いた。
(……まぁ、確かに……寝顔に水は掛けられたけどさぁ……)
そう思いつつも、ショーナは気持ちを切り替えて、話の本題へと切り込む。
「それで……その『イベント』って……一体……?」
「フフ……。今日は『三者会談』が行われるんです」
「……三者会談?」
「そうです。……独立派、友好派、人間の代表達が集まって、顔を合わせて話し合いを行うんですよ」
それを聞いたショーナは何となく内容を察し、顔をしかめてエイラに言う。
「もしかして……、あのジコウの一件……?」
「そうですよ。……さすがショーナですね」
エイラは微笑んでショーナに答えていたが、ここでショーナは真剣な顔付きになり、質問を重ねる。
「でも、それ……どこでやるの? 母さんも行くって事?」
「フフ……。独立派の長は母さんですから、当然……母さんが行きますよ。……場所は友好派です」
「友好派……」
「独立派と人間の集落の、調度中間地点ですからね、友好派は。……理に適っていますよ」
「まぁ……そうだね……」
ショーナは一旦相づちを打ち、一呼吸置いてから次の質問を投げ掛けた。




