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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第五章 兄妹編
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第五章プロローグ

 いまだに両軍が睨み合う『布の国』。

 準勇者部隊と多数の魔法使いの援軍を迎えた連邦軍は、たったひとりの男に食い散らかされていた。


 他の追随を許さない戦闘能力。

 そこに居るだけで士気を上げるカリスマ性。

 血を求めるように縦横無尽に暴れ回る台風。


 これまでの戦場がそうだったように、ここも『戦の国』が誇るガラニカ・カンカリオの独壇場となりつつあった。



「どうしたどうした、そんなもんかぁ!」


 並みの兵士では近付いただけで斬られてしまう。

 避けようとしてもそれよりも速く、防ごうとしてもその上から、圧倒的な力が命を断つ。

 魔法使いがいくら魔法を放っても、そのすべてが彼の固有魔法によって剣へと変えられてしまう。


 手も足も出ないとはこのことだった。


「もっと数で来いやぁ!!」


 ガラニカが地面に手を置き、固有魔法【刀剣化】を受けた土が、数えきれないほどの大量の剣に変化する。


「【風砲】!」


 それらすべてが、空気の爆発を受け砲弾のように射出される。

 土で出来ているとはいえ、【刀剣化】を受けた土はまさしく剣そのもの。石のように固められ、数日研磨したような切れ味を誇り、剣として完全な状態で出来上がっているのだ。

 盾や鎧で防げばいいが、そうでなければいとも簡単に人体に刺さる。


 それを数回繰り返すだけで、ガラニカの前に立っている人間はいなくなった。


「聖剣氣持ちはいねぇか……」


 連邦側の聖剣氣使いたちは、先の無謀な特攻によりほとんどが命を落とした。

 援軍に混じっていたとしても、そんなことを知れば逃げ出す者もいる。

 残っている者もいるが、やはり当初よりも明らかに減ったと言わざるを得ないだろう。

 出会いを期待していたガラニカだったが、残念ながら広い戦場で相まみえることはできなかった。


 しかし、ただの聖剣氣使いでない準勇者部隊の面々は違う。


「貴殿がガラニカ・カンカリオか」

「その服、準勇者部隊か。待ちくたびれたぜ」

「語らいは不要だろう。拙者の手で終わらせてやる」


 長い青髪の女性、準勇者部隊隊長リズ・モアサファイアが、細い片刃剣を抜く。


「後ろのお仲間はかかってこねぇのか?」

「一瞬で終わるのだから、不要というものだ」


 言い終わった瞬間、リズはガラニカの視界から消えた。

 そしてその剣が彼に迫るまで、まさしく瞬きよりも短い時間のこと。


「ほう……神速ってのぁ嘘じゃねぇってわけだ」


 リズの剣は確かにガラニカを捉えていた。

 しかしそれは、間に挟まれた剣によって阻まれている。


「旦那、礼のひとつくらいあってもいいんじゃないですかねぇ? 普通にやられてましたよ」

「くっ、ワイジー……!」

「お久しぶりでさぁ隊長。いや、久しぶりってほどじゃないか?」


 ガラニカを守ったのは、元準勇者部隊のワイジー・ウィスリ。

 その傍らには、同じく裏切り者である残り3人がいる。


「ディギル、スコアルド、クレット……! よく拙者の前に顔を出せた!」


 リズの顔を歪ませながらの叫びと同時に、彼女の後ろに控えていた準勇者部隊が動く。

 彼らにとって、裏切り者は真っ先に叩くべき対象なのだ。

 隊長が部隊を家族のように信頼していたのは隊員全員が知っている。知っているからこそ、裏切った4人への対処はひとつ。斬り捨てるのみ。


 リズと共に行動していたパスパ、ガットロー、ロンディが武器を抜き、駆ける。


「旦那は他に行ってくだせぇ。ここはあっしらでなんとかするんで」

「あぁ? むしろお前らが邪魔だ。どけ」

「旦那がいねぇと連邦が有利になっちまうんでさぁ」


 ワイジーの言う通りではある。

 ガラニカの仕事は暴れることだ。ここで足止めされることは反連邦軍としてはあまり望むところではない。

 ここに居ない他の準勇者部隊の面々だって遊んでいるわけではない。いくら軍として反連邦が勝っているとしても、個人で敵軍を食い破る力を持っているのはガラニカだけではないのだ。

 それが分かっているからこそ、ガラニカも舌打ちだけでその言葉に従った。


「ちゃんと残しておけよ?」

「ご安心を。というかあっしらの方が数減らされそうでぇ」


「逃がすものか!」

「おおっとソレの対処法は流石にわかってまっせ」

「っ、邪魔するなワイジー! どうしてこんなことを……!」


 追おうとするリズだが、ワイジーがそれを許さない。

 果たしてガラニカは簡単に離脱し、残り者同士での場となった。

 丁度4対4の構図になる。

 既に掃除がなされた戦場で、8人の武器がぶつかり合う音が響き渡る。


 連邦最強の部隊という名に違わない強者たちの戦いだ。

 強力な身体強化による動きは、もはや人間の追いつく領域ではなく、その場にいるだけでも余波で死んでしまいそうな光景に、遠目に見ていた兵士たちは思わず息を吞む。あそこにいなくてよかったと。



「ディギルとかいうクソゴミ~! 見るのもムカつくから死んでね! ていうか死ね!」

「はっ! テメェごときが俺に死ねだと? 偉くなったもんだなぁビッチ女が」


 パスパ・アーササイヤはその軽薄さに似合わない、得物である無骨なナイフを裏切り者へと向け、戦闘狂のきらいのある裏切り者は笑って剣で受けた。



「残念だスコアルド。隊長を――部隊を裏切った報いを受けろ!」

「断る。あと顔怖いよ」


 強面のガットロー・アットローが拳甲を付けた自慢の拳で裏切り者を粛清しようとし、かつて部隊員に「思ったことを口に出し過ぎだ」とよく窘められた裏切り者が同じく拳甲で受ける。



「なーんで俺がよりにもよって話の通じねぇクレットさんの相手なんすかねぇ……」

「ヒャハハハハ!! おい! お前! お前いいな! お前いいな! いいぞ! 早く抜け!!」


 ディギルに輪をかけて戦うことを喜びとする、『戦の国』の彼に似たような頭の飛びようを誇るかつての部隊一の荒くれ者。

 その相手をさせられ、裏切り者の放つ鎖鎌を剣で受け流すロンディ・ギフは、勘弁してくれとため息を吐いた。



 『準勇者部隊』というものは、戦闘力のみで言うならば勇者並みの力を持つ者たちが集まった部隊だと知られている。

 本物の『勇者』には、戦闘以外にも立ち居振る舞いや献身性などの"資質"が求められるので、要は資質こそないものの聖剣氣を操り戦うことにおいてのエキスパートが集められる。


 そして戦いにおいて、この準勇者部隊は部隊とは名ばかりの集団だった。

 チームワークよりも、個々人が好き勝手に戦う。

 そうしてはぐれ魔物の群れや、時には外魔(がいま)を相手取って戦う者たちだ。


 そういう部隊だからこそ、この場での戦いはやはり1対1を4つ同時に行っている。


「敵に回ると、本当に厄介だな、ワイジー……」

「そりゃどうも」


 リズの太刀筋を見切る者など、世界に何人いるだろう。彼女はかつての仲間の、類まれなる先読みの力に苦戦していた。

 いや、苦戦の理由は他にもある。


 彼女は隊長だ。この部隊での『隊長』とは、もっとも強い者を指す。本気を出せばあっという間に隊員を斬り伏せることなど容易い力を持っているとも自負している。


 それでも、ついこの間まで肩を並べる仲間だった者へ向ける刃は、いつもの彼女らしからぬものだった。


「説得を考えてるなら無駄でさぁ。あっしらは望んでコッチについてるんで」


 リズの細身の片刃剣が振られる先には、やはり待ち伏せのようにワイジーの剣がある。


「そんな苦しそうな顔をするなら、隊長はこの戦場に相応しくない。お逃げくだせぇ」

「舐めるなッ!」


 合金を加工して作られた特注の片刃剣は、細身ながらも恐ろしく頑丈に出来ている。

 リズが意固地になったような乱暴な扱い方をしても、悲鳴を上げるのはワイジーの剣だった。


「やっべぇ……!」

「降伏しろワイジー!」

「お断りでさぁ!」


 剣を犠牲にして作った隙でワイジーが蹴り上げた砂が、リズの顔に飛ぶ。

 感情的になっていたリズは避けられず、目潰しをくらってしまった。

 視界を奪われても問題ない訓練を積んでいたリズだが、動揺して動きが止まる。数秒の間に、ワイジーは離脱していた。


「ははは、隊長やっぱまだ若い。今日のところはここいらで失礼しますぜ」


 待てと呼び留めても、もう部下でもない男が待ってくれるはずもなく、決着はつかずじまい。

 視界が戻ったリズは周りを見るが、残った3人も、やはり上手いこと逃げていた。


「追いますか、隊長」

「追えるの~?」

「いやぁやめた方がいいと思うなぁ」


 ガットロー、パスパ、ロンディは勝手に動かない。

 これが魔物や雑兵相手であれば確認は取らなかっただろうが、相手が相手なため、やはり隊長の指示を仰ぐことにしていたのだ。


「……追わん。それよりも敵兵を減らすことに注力する。ガラニカ・カンカリオは見つけ次第最優先だ」


 ここに居ない残りの部隊員も、最初から同じ方針で動いている。

 相手は『戦の国』の強兵に加え将軍たち、さらにはあの首長。

 いくら魔法使いたちが援軍に来たとはいえ、魔法使いなら敵にもいる。

 余裕などない。


 だからこそリズは、一旦裏切り者4人を捨て置いた。

 本当ならばそれだけを優先したいのだが、隊長として、準勇者部隊として公を取らなければならない。


 そもそもこの戦いは、前提から優劣が決まっているのだ。


 連邦の剣として研鑽を怠らなかった『戦の国』と、言ってしまえば平和ボケした連邦。

 戦術や戦法は、始まる前も、始まってからも反連邦が優位に立っていた。


 闇雲に『進む』と『待機』と『退く』くらいしか指示できない連邦の指揮は、ハッキリ言ってお粗末だ。

 長く続いてる戦争だが、これまで何度挟み撃ちや包囲で自軍が磨り潰されたか、上層部とて分かっているほどに。

 魔法使いと準勇者部隊が来なければ、間違いなく『布の国』も奪われると誰もが思うところだった。

 個人の力に頼る戦争というのも、軍として情けない有様だ。


 大袈裟ではなく、戦線は自分たちが支えている。

 そう自覚するからこそリズは、私情を挟むわけにはいかないのだ。



 仲間たちと別れ、単独行動に出たリズは、劣勢な味方を助けながらガラニカを探す。

 元囚人らしき敵兵や魔法使いなどが立ちはだかったが、彼らはリズの障害にすらならない。


 彼女がひとたび刃を振れば、敵は命を奪われたことすら認識しないまま倒れる。

 『神速』の異名が伊達でないことを敵味方に知らしめながら、広い戦場を駆けまわる。

 結果として敵総大将との再会は叶わなかったが、連邦軍は準勇者部隊の制服を見るだけで勝鬨を上げるほど鼓舞された。



 そうして数日後、ミア・ブロンズが再びガラニカ・カンカリオを探しに戦場に舞い戻るよりも前に、連邦と反連邦の間に停戦が結ばれた。

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