75 停戦
ガラニカ・カンカリオは顔に怒りを滲ませ、盟友を見た。
『戦の国』宰相、カール・ヨモド。彼が自分に確認もなく勝手に停戦を連邦に申し出、本当に停戦してしまったからだ。
『布の国』での大規模戦闘が始まってからひと月弱。優勢だった反連邦は、このままいけば押しきれそうでもあったというのに。
そう言ってみれば、カールは「最善はこれだ」と返す。
「既に帝国を作るにあたっての領土はじゅうぶんだ。これ以上はこちらの被害も無視できないだろう。あの準勇者部隊や『教の国』の魔法使いどもに、貴重な兵力が削られ続けている」
「その分俺があっちを減らしてるだろ?」
「あっちをいくら減らしても、こっちがこれ以上減らされるのは困るんだよ。それに連邦はもう長くない。欲をかくより、ここで止めておくのが最善だ」
カールの目的は、大陸を連邦と二分するほどの帝国を作り上げることだ。
これまで反連邦が奪ってきた領土をひとつの色にすれば、それは人類史上類を見ない大国になる。
確かにこの戦いに勝てば、連邦にはもはや軍として動かせる兵力はいなくなるだろう。
しかしそれは反連邦側も同じことで、時間をかければかけるだけ、帝国を樹立させた後の安定に関わることになる。
せっかく旗を立てても、すぐに折れるようでは意味がない。
強引に領土を拡大させることを優先した結果、連邦からの使者はすべてが潰れた。
ここで反連邦が「戦いを止めてやる」と強気に出ても、絶望的だと思われていた交渉のテーブルに、連邦は座るはずだ。
双方がムキになっては、それは絶滅戦争を意味する。
反連邦としては、そこまでの事態に持っていくつもりはない。
一部の「被差別階級や被差別国」の者たちの心情は、カールは捨て置いた。
戦争が終わった後のことを考えれば、落としどころはここなのだ。
完全に兵力を削ぐ前に、慈悲を見せてやる形となるここが、もっとも有利に立てるタイミングだ。
だからこそカールは自ら前線まで足を運び、急いで使者を送った。
今まで散々連邦の使者を拒み続けてきたのだから、何を今さらと相手にされない可能性もあったが、連邦は使者を受け入れたようだ。
返って来た書状には、「ひとまず『布の国』を暫定的に中立国とし、話し合いはそこで行う」という文面がある。
「相談も無しに使者を送ったのは悪かったよ。だがお前だって勝手に行動しただろう? 一騎で飛び出し数日行方不明になったと聞いた時の俺の顔を見せてやりたかったよ」
「チッ……心配なんぞしてねぇくせに言ってくれるな」
「心配はしているさ。ああそれと、お前に頼まれていた発掘作業だが順調に進んでいる」
「そうか、そりゃ何よりだ」
「しかし驚いたぞ。地下にあんな空間が広がっているとは」
「『柱の国』なんかは下水を捨ててるってよ」
自分たちが何に下水を流してるのか知らねぇんだろうな、と笑うガラニカに、カールはうすら寒いものを感じる。
地下深くに広がる空間。そこに何があるかなど、ガラニカは誰にも話していないのだ。カールにさえ。
何度も訊いてはみたものの、「心配すんな」としか返ってこない。
カールはガラニカを信用している。
戦いを何よりも愛し、いつ命を落とすか分からない戦狂いと名高い彼だが、その実は色々と考えている。なにせ一国の王なのだから。
それを知るからこそ、カールは不満に思いながらも追及することはしなかった。
「『布の国』はこれからも緩衝地帯になるか?」
「おそらくはな。あそこも、自国内が長いこと戦場になったせいで連邦からの独立の機運が高まっている。こちらにつくこともないだろうが、その分中立国という他にない立ち位置になれる」
戦況に合わせてカールが予測した未来は、おおむねその通りになる。
連邦は、樹立して以来最大規模の内乱――を通り越して独立戦争を初めて経験した。
誕生から1000年の間に、大小のそういったことがなかったわけではない。
しかしそれは、連邦史の中でも比較的初期の方だ。
人類は大樹に寄りかかる安定というぬるま湯の居心地を知った。
小を切り捨てて大を尊重するような世界になったとしても、大に当てはまる人々が小を犠牲にすることを選び、1000年もの間続けてきた。
初期の頃に起きていた様々な内乱は、被差別国が決起したものであったり、『勇者』の後継問題であったり、様々な理由がつけられている。
しかしそれは連邦上層部と癒着した天使長の協力もあり、成功した事例は存在しない。
そして、犠牲にされる小の人々は、先祖の歴史や口伝から学び、諦めた。
100年前の『ヨモド事変』は、見方を変えればそのような状況でよくクーデターを起こせたものだとも言えるだろう。
諦めながらも、切り捨てられた怨念を溜めながら、彼らは「いつか、機が熟したら」と狙っていた。これがリャーヴェへの参加に繋がる。
そうして平和を享受してきた連邦と、そこに住む民たちは、長く続き生活を蝕む戦争に嫌気がさした。
徴兵され家族や土地と離れ離れになり、さらに命を落とすような戦場という環境に向かわされる兵たち。
大黒柱を失い、行政からの補助金はあるものの家族の帰りか訃報を待ち続ける家族。
高騰する物価で都市部に住む者たちは喘ぎ、貧困の水準が上がる。
そして連邦も一枚岩ではなく、同じ連邦内にも仲の悪い同士の国は存在する。
かつては連邦と天使が目を光らせていたため、今さら紛争に発展することはないが、国や貴族家レベルでの足の引っ張り合いも多々見受けられた。
足並みが揃わない彼らは、そういった意味でも戦下手だったのだ。
さらに長引く戦争で湯水のように失われていく人的資源。
連邦は緘口令を敷いたものの、『布の国』で聖剣氣の使い手をいたずらに特攻させ全滅させたという噂は布に染みる水のように広がっている。
兵士に志願する者も減り、「ウチの騎士団をみすみす捨て石に行かせるものか」と徴兵を拒否する国も出始めた。
予測される連邦からのペナルティを差し引いても、そんな連邦ならばこちらから抜けてやると思った国もあるだろう。
そういった様々な事情から、連邦にはもはや戦争を続ける体力が残っていない。
反連邦もかなりキツイところまで来ているが、こちらは上手く隠している。連邦には隠す余裕もない。
現在の戦場である『布の国』は、国土が荒らされ続ける現状に当然のごとく怒り狂った。反連邦にだけでなく、不甲斐ない連邦にも。
あと少し戦闘が続いたら寝返って反連邦につく、なんて話はこの国の王侯貴族の社交の場でもっぱらの話題にのぼり、暗黙の了解にすらなりつつあった。
『布の国』の他にも、反連邦ではないが共倒れになるくらいならばいっそ自分たちも独立してしまおうという国が現れる前に、どうにかしてひと段落させたかった連邦にとって、停戦の話は何が何でも飛びつきたいものだったのだ。
停戦協定は『布の国』の王都、シピエス宮殿にて行われ、後の歴史書には『シピエスの敗北』という宮殿への風評被害甚だしい名の出来事として書かれることになる。
反連邦はガラニカを始め各国の国主や代表。
連邦からは大統領代理や『柱の国』を主とした首脳陣が出席。
その中には、この場に似つかわしくないリックス少年の姿もあった。
反連邦勢力『リャーヴェ』はここに連邦からの独立を宣言。
集まった国々をひとまとめにし、ガラニカ・カンカリオを皇帝とする『帝国』を建国するに至った。
連邦としては独立した国と認めるなど言語道断であるが、受け入れざるを得ない。
分かりやすい理由としては、反連邦が奪った『穂の国』の広大な穀倉地帯がある。
大陸の麦の2割を一国で賄っているその食料源は、『帝国』を国と認めず断絶状態にあれば、外国との貿易という名目でさえ手にすることができなくなる。
次に、『河の国』。反連邦にここも抑えられたため、物流を運河に頼れなくなったのは非常に不便だった。
奪い返さない限り今後一切使えないとなると、ふっかけられるであろう使用料を払ってでも使いたいのだ。
その他さまざまな弱みを握られ、連邦は交渉において終始不利な立場になった。
『帝国』はそもそも連邦との外交を望んでいるわけではない。連邦というシステムに爪弾きにされた者たちが自分たちだけで国をやっていけるようにした形なのだ。
「別にこちらは連邦の顔色を伺う必要はない」という態度に、連邦側は顔を青くしながらも対応した。
とはいえ連邦の交渉も無能ではない。
飛び地を作らないよう奪われた領土のいくらかを返還、『帝国』で生活することを拒んだ民たちの無事な移住、互いに差し障りない交易をまともな相場で行うこと……
圧倒的不利な中、現実的な問題をひとつひとつ解決していった。
その期間、およそ2ヶ月。
難航に難航を重ねた連邦にとって初めての対等な立場の相手との外交の期間は、長いのか短いのか。分かる者はいない。
ただリックスは「まぁこんなものか」と内心で思っていたという。
2ヶ月もの間に『布の国』は連邦から独立。中立国として緩衝地帯となることを受け入れ、連邦軍と帝国軍、どちらもの軍が駐留する異様な光景となった。
その分、官僚の悲鳴が上がるほどの負担を強いられ、両国に賠償をさせたのは言うまでもない。
戦場となり無惨に荒らされた綿や麻などの畑も、その賠償から復興にあてられる。回復すれば両国と布取引ができるだろう。
他にも先の戦闘で連邦軍が勝利を挙げたはずの『樫の国』も独立を表明し、同じく中立国の緩衝地帯となる。
エデミナ大森林という広大な人類非生存圏を有するかの国は、林業という強みを生かし、連邦と帝国の双方と貿易ができる。こちらは特に何事もなくすんなり独立を果たした。
結果として、連邦と『帝国』は停戦から、外交関係のある隣人となった。
その中でも、やはりリックスは異質な存在感と発言力を見せたという。
本人に訊けば、「立ち回りとコネでそこらの官僚に負けることはない」と言うだろう。
連邦を終わらせたいリックスは、ひとまずの第一歩として、この展開を内心喜んでいる
今回のことで連邦には大きなヒビが入った。以前までと違い、誰かが本気で崩そうと思えば、数世代で滅んでしまうだろうほどに。
しかし民草を無闇に不幸にはさせたくない。
だからこそリックスは積極的に発言し、なるべく穏便に、両国民が最大限自分たちで暮らしを選べるよう強く進言した。
『帝国』側は「こんな子供がどうしてこの場にいる」という反応だったが、歳に似合わない異様さから、次第に彼をひとりの話し相手として見ることになる。
こうして連邦にとって前代未聞の危機は、ひとまず去った。
『帝国』の顔たるガラニカが終始無言であり不機嫌そうな顔を隠そうともしなかったのは、皇帝よりも彼個人のことだったので誰も触れることはなかった。
数日が経過した頃には、「俺がいなくてもいいだろう」と出席しなくなったという。
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この2ヶ月で、激減した『布の国』の人口が戻るかもしれない。そんな傾向があった。
わざわざ戦場で暮らし続けるわけもない。疎開に移住に、それができるほどの交通網があったのは連邦国民たる彼らにとって幸運であった。
そうして去っていった人々は、危機が去ったとなればやはり故郷で暮らすことを選ぶ。
兵や騎士たちは駐留軍だけ残し、それぞれの国に帰っている。
血気盛んな一部の帝国軍は不満を隠さなかったようだが、連邦軍は正反対。
彼らは煮え切らない停戦という結果に憤るよりも、生き残ったことに安堵し喜んで帰路についた。
アイリア学園から駆り出された生徒の生き残りも、『柱の国』――学園に戻ってくるよう書状が届いていたが、キラミルの表情は浮かない。
なにせ共にここまで来て生き残った生徒――たった2人、ミアとリーパーが一向に帰る意思を示さなかったからだ。
途中で合流したクレアとパルラスとラルにも一応帰還を促してみたが、その3人も戻ろうとしない。
かつての教え子シフォン・コルトナシーと共に別れた生徒たちには、そもそも停戦が伝わっていないかもしれない。
一応シフォンに手紙を送ることにした。あの逃亡劇のさなか、シフォンから『花の国』の職場のことも聞いていたから、送れないことはない。くっついていった生徒たちが『花の国』に到着しても一緒にいるかは不明だが、出さないよりはマシだろう。
「まぁ、私と別れた時点で行方不明扱いだからな。本人たちの意思次第か」
今のところ、アイリア学園の面々は『布の国』王都のホテルに滞在している。
既に徴兵から解放されている身であるから自腹を切らなければならなかったが、そこはパルラスのポケットマネーに頼っている形だ。
かなり上流なホテルに、ひとりひとりにそれぞれ部屋をとっている。マネーパワーの強さを思い知った。
「しかし、いい加減動かなければな……」
キラミルは教師として、職場の命令に従わなければならない。
2ヶ月も戻らなかったのはゴタゴタしていたからと言い訳できるが、それが今後も続くことは避けるべきだ。
それに、誰もこの国に定住しようなどとは思っていないはず。
「一度、腰を据えて話すか」
生徒たちは、まだ生徒だ。
教師として、どうするかを確認しなければ。とキラミルは高級ホテルらしい高い茶葉の紅茶を一口。
「…………いかんなこれは」
戦場は大変な場所だった。
生存率が絶望的な特攻をさせられて、いつ包囲され殺されるかも分からない敵国に逃げて、そこから命からがら『雨の国』へ逃げ込んだ。
間違いなく人生最大の危機だった。
ガラニカの襲撃を挟みながらも『布の国』に戻ってきた時には、また戦場に行かなければならないと思うと、いかに引率の立場にあるキラミルとしても、絶望したものだ。
だが現実は『布の国』に戻ってくると同時期に停戦。
宙ぶらりんのまま、普段なら絶対泊まれないようなホテルで生活する生活。
揺り戻し、というよりも急に訪れた安息。しかも金持ちが全額払ってくれる。
長期休暇でもこんな贅沢などしたことはない。
真面目な教師人生を送ってきたキラミルは、今の生活にハマってしまいそうなのだ。
「もう少しだけ……いや、早く戻らないと……いや……」
何をしているか知らないが、早いところ進退を決めてくれ。さもないとダメになってしまう。
堕落しそうなキラミルは、今日中に話し合いを取り付けようと決心した。




