76 決意のエレーナ・レーデン
いざ再び戦場へ、と『布の国』に戻ったところで、既に停戦していると知り、アイリア学園から送られた者たちはお役御免となった。
色々と気まずいミアは同じ馬車のリックスへの同行を求めたが、「重要な話し合いが始まるから手が離せない。君は休んだらどうだ?」と一蹴され、泣く泣くキラミルの引率下にいる。クレアとは目も合わせられない。
とりあえず何の指令も受けずに勝手に帰るわけにもいかないということで、学園一行は宿を探した。
ここでパルラスが提案する。自分と同じ宿にしてはどうだと。
無論、庶民には手も届かないような高級ホテルだ。
「ここに来る途中、クレアには私と同じ扱いをしたのよ。一度した以上、学友と先生を蔑ろにはしないわ」
パルラスはそう言ってポケットマネーで人数分の宿代を出した。
大人であるキラミルは断固拒否しようとしたが、パルラスも頑として譲らなかったことで、首を縦に振ってしまう。
他の面々も、タダで高級宿にありつける状況に恐縮してしまう。
なので「なら貸しということで」というパルラスの言葉はありがたかった。
ここにきて集団行動をする必要もないので、真っ先にラルが抜けた。
今まで世話になっていた医療班の面々を探すという。あわよくば準勇者部隊にも礼を言うつもりだとか。
戦いは終わっても怪我人がすぐ癒えるわけではないので、また手伝うことになるだろう。
そういう事情もあって彼はホテルに泊まらない旨を伝えた。医療班と同じ場所に寝泊まりするようだ。
次にパルラスも、仕事の続きがあるということで、各方面に顔を出すため抜けた。
家の代表として来ている以上、使った補給物資や兵糧、そして持ってきたが使わなかった物の扱いについても詰めなければならないのだ。
リーパーは怪我を治すため、病院へ。
大きな病院や各軍の臨時テントは床が塞がっているため、簡単に医者は見つからない。
キラミルが同行し、比較的空いている地元の診療所に通院することができた。
入院でなかったのはリーパーの傷が骨折のみであったことと、診療所の医者も国の要請で臨時テントで傷兵を診なければならないので通院しかできないと言われたからだ。
それでも生徒がまっとうな治療を受けられることにキラミルは安心した。
そのキラミルは、学園からの指令待ちのため、ホテルに滞在し日々を過ごすことにした。
自身も怪我を負っていたため、リーパーと共に医者に診てもらうが、こちらは傷が残るものの問題なく回復する。
医者は未婚のキラミルの体に傷が残ることを気の毒に思ったが、彼女は「好い相手を見つけることに期待はしていない」と強がった。
ミアとクレアは、再会を喜ぶよりも気まずさに負けた。
特にミアは生来の銀髪赤目を見られ、どうしたものかと悩む。
それを振り払うように、ガラニカを探した。
反連邦の象徴である彼がここ『布の国』で行われる休戦会議に出ないはずがない。
シピエス宮殿で行われていることを知ったミアは周辺に探りを入れたが、ガラニカを捕まえられる隙は無く、いっそ普通に移動中に話しかけてしまおうかと思うまでになっている。
そういうことで、ラル以外の4人がパルラスに宿代という借りを作った。
そんなある日、滞在が始まって一週間が経った頃だろうか。
ミアは朝からホテルを出ようとしたところを、パルラスに呼び止められた。
あまり良い関係ではないと思っているミアは怪訝な顔をしたが、貴族のお茶会のようなモーニングとティーセットに釣られた。
「こっちのお茶は薄味なのね」
「茶葉すら布の染料にするから、飲用に回すことすら惜しかった時代の名残で、今は薄味の茶が特色なのよ。飲みやすくて何にでも合うという声もあるわ」
商人の娘として情報通なのか、パルラスのうんちくはミアにとって珍しく面白いものだった。
そうして少しばかりのやりとりを経て、パルラスが頭を下げる。
「以前、私は周りの生徒に指示してあなたに危害を加えていたわ。そのことを謝罪させてちょうだい」
「ん?」
一方、ミアは忘れていた。
学園の日常でのことは、それ以外の非日常が次々に降り掛かるせいで些事まで覚えていないのだ。
そのせいで彼女の頭の中の『学園生活』は熱を上げていたクレアと過ごした日々がほとんどを占めている。
が、ミアは一度だけスーヤとクレアに打ち明けたことがあった。
当時はイジメられているのだと断定され、クレアと偽の恋人関係を作るきっかけとなった出来事だ。
ミアはただのきっかけとしか思っていなかったが、もしかして……と口にしてみると、パルラスは「それよ」と再度頭を下げる。
「ああ、あれって組織的なものだったのね」
「……」
「謝罪……まぁ、そうね。受けたわ。じゃあ宿代の借りは無かったということで」
「なっ!?」
パルラスはクレアの時のように責められると思っていたが、あっさりとした結末に拍子抜けさせられる。
ミアとしてはいかにも高そうなホテル料金をタダにできてご満悦だ。ついでにこの豪華なケーキセットも奢りだろうと踏んでいる。
「クレアに同じことを言ったら、殴られたわ」
「え……あの子人殴ったりするのね」
「よっぽどあなたを好きなのね。ねぇ、これを訊くのは失礼だと承知の上で訊くけれど……クレアのこと、どうするの?」
ミアが悩みに悩んだ問いを、パルラスはかけた。
「そういうこと、訊いてくるのね。それに本音を言うと、謝罪にも少し驚いたわ。人間のあなたは、私を同じ個人として扱ってくるか分からなかったから」
かつては正体を見られ脅し、反抗された人間の女。
あまり構う暇は無かったが、こんなことを訊いてくる彼女はどういう人間なのだろう。ミアは初めて、真正面からパルラスを見る。
「あなたは私のことを、どう思ってるのかしら。私は……あなたのことは、釘を刺しておくべき人間としか思っていなかったわ」
「ハッキリ言うのね……最初は、まぁ勘違いだったんだけど、顔だけ良いのを利用してチヤホヤされたがったり、リーパーを狙う羽虫だと思ってた」
どちらもミアにとってピンと来ない話だったが、思春期の男女が共に過ごす空間というものを学んだミアは、少しだけ顧みる。
「……確かに、一時期タダで皆がストリアをくれるのはチヤホヤされていたと言ってもいいかもね」
「実際浮かれてたの?」
「いいえ。平和に溺れてたのは認めるけど、慣れない環境だったから困惑もあったわ」
「そう……改めて、ごめんなさい」
「あなたに頭を下げられると変な感じね……勇魔大会の時の威勢の良さはどこに行ったのかしら」
ミアの知らぬところで、誰にも語られないところで、パルラスは変わっていた。
学園に入学して、既に3年生となった。それももう半分も終わっている。
アイリア学園の生活の中で起きる様々な特殊な出来事は、一生徒を――ひとりの少女を変えるにじゅうぶんだった。
その生活の間を縫うように、家の仕事も段々と振られ、パルラスは大人にならざるを得ないほどの濃い日々を送っていた。
社会に揉まれて丸くなったとも言う。
「優先順位よ……」
忙しく過ごすパルラスは、魔族というだけで何もしないエレーナという存在を片隅に追いやらされた。
確かに魔族は御伽噺の中に出てくる悪者で、簡単に人を殺せる化け物だ。
それに引き換えミア・ブロンズはどうだろうか。
修学遠征の時、エデミナ大森林でパルラスの班を魔物から助けたのは彼女で、天使の島でも――散々殺す殺すと脅しながらも――崩壊するドームの瓦礫から逃がしたのも彼女。
天使に敵対したことと勇魔大会での試合を除き、彼女が誰かを傷つけるところを見たことがない。
入学初日でとある貴族令息に正当防衛を振るったのはパルラスの知らぬところだが。
最初の内はストーキングや聞き込みや調べものなどを繰り返した。
しかし特にこれといったものが出てこない。
1000年前の知識を蓄えただけとなった。
魔族に特攻を持つ聖剣氣で彼女を……と考えたところで、ミア自身が普通に聖剣氣を使ってるので意味が無いと悟った。
最大の要因は、この前のクレアの態度だった。
パルラスは彼女に殴られた頬に手をやる。思い切りグーで殴られた経験はあれが初めてだった。
クレアは交友関係も広く、明るい。良い子だ。
普段の風評と、短いながらも共に旅をした記憶が、それを裏付ける。パルラス自身も、彼女に対し好感を抱いている。
そんなクレアが、怒りに身を任せ殴った。それはきっと、彼女らしからぬ行動だったはずだ。
そうしてしまうほどに、クレアはミアのことが好きだったのだろう。
彼女とそこまでの仲になるミアが、果たして物語の悪人なのか。
よほど上手く騙しているなら、そうなのだろうが、今こうして向き合う彼女が、自分の目で見た彼女が悪人だとは思えない。
「ねぇ――」
それをそのまま口にすると、ミアは目を伏せる。
そして極めて声色を平坦に努めながら言った。
「その通りよ。私は悪人。指先か舌先を動かすだけで、この街を氷漬けにできるし灰にもできる。そしてそれを1000年前に実際にやってた。私だけでも何万人と殺したわ」
「…………」
「1000年前はね、私も生きてたのよ。あの時代を。生きて、戦って、奪って、そして死んだ」
――だから今の自分は亡霊のようなものだ。
そう言外に含ませた、やはり根底にこびりついたもの。
「今、ここにいる私がいたずらに命を奪わないのは……既に死んだ私が生者を害するべきじゃない。そんなところね。まぁ単純に疲れたというのもあるけど……」
パルラスは商家に生まれ、両親に連れられて様々な人間と顔を合わせた。
やがて自分でも、様々な人間と話すようになり、人には大まかにタイプ分けできるような感覚がある。
しかしミアは、パルラスの会ったどれとも違う。
それもそうかと思う。本人曰く死に損なった魔族。抜け殻になりきれない彼女が見てきたものと感じているもの。ただの人間が一朝一夕で察せようはずがない。
ただパルラスが感じ取るのは、ミア・ブロンズとして生きる彼女は、ひどく弱弱しいというものだった。
戦えば強い。それはパルラス含め学園の誰もが知るところだ。
そういった強さ弱さではない。本性とも言うべきか。そういった部分が、到底悪人とは言えない。
もしかしたら、ただ壮絶な過去を持つだけの、ひとりの少女なのかも――
パルラスは心の中で結論付けた。
すっかりぬるくなった茶を口にしながら、この時間も終わりかと息を吐く。
「話に付き合ってくれてありがとう。謝罪を受け取ってくれたこともね」
「ええ。私も、礼を言うわ……ありがとう、私のこと、誰にも言わないでくれて」
「脅しておいてよく言うわ」
「ふふっ、そうね。確かに」
パルラスが誰かに漏らしていれば、また余計な面倒がミアを襲っただろう。
脅しておいて――確かにそうだ。ミアも苦笑するしかない。
それでも、言っておきたかった。
「……スーヤ・ルーニャのことは残念だったわ」
「…………ええ」
「……あと、むやみやたらに人に顔を近づけるのはよした方がいいわ」
「……?」
話を締めようとしているのはミアにも分かる。しかしよくわからないアドバイスに首を傾げざるをえない。
「学園にいて、何度も言い寄られたでしょう? それくらいにあなたは、他人から見て魅力的に映る。変な勘違いをさせないためにも、そういうのはクレアだけにしなさい」
かつての勇魔大会、トイレでの一幕を思い出すと、パルラスは顔が赤くなる。
「って、私は何を言ってるの……!」
「本当に何を言ってるの……って思ったけど、有難く受け取っておくわね」
「そうしなさい! あとリーパーにむやみに近寄らないこと!」
「はいはい」
動作には出さないが、ミアは心の中で肩を竦めた。
「……クレアとは、ちゃんと話しなさいよね。あなたを心配してここまで来たんだから」
「…………」
「なんなら呼びましょうか?」
「お節介よ」
「もし気持ちが離れたのなら、それはそれで仕方ないことよ。でもね、だとしても筋は通しなさい。じゃないとあの子が何のために……」
「分かってる」
気持ちが離れたわけがない。そう叫びたいミアだったが、それを言うとパルラスのさらなるお節介を招きそうだったので喉元で我慢した。
パルラスが去った後で、残った菓子を口に運ぶ。
「……確かに、薄いけど飲みやすくて食べ合わせやすいわね」
目の前の課題から目を背けるように、目の前の菓子を貪ることに時間はかからなかった。
「…………話そう、全部」
パルラスにはバレた。しかし彼女によってミアの正体が露見することはなかった。
ならばクレアも……クレアには、すべてを明かしたい。
これからも彼女と関わるのなら、もう隠し事はできない。
本来の髪と目を見られた。うまい誤魔化し方も思いつかない。
なにより、手酷く振ったのだ。まず謝らなければいけない。
本気で好きだった。今も好きだ。
好きな相手にこれ以上偽るのは、ミア自身が耐えられなくなる。
「結局、私は私がかわいいだけ……」
嘘をつきたくない、誠実になりたい――それらがクレアを思ってのことなのか。
自問自答して、やはり自分に嫌気が差す。
「……違う、私は」
それでも、明かして、謝って、彼女に判断を委ねたい。
許されたなら、ミアは何を飾り偽ることのない、エレーナとしてクレアを愛することができる。そうしたい。
許されなかったら、その時はその時だ。
恐ろしくてたまらない未来だが、そうなったら受け入れるしかない。
「でも、あの子なら……」
2年以上を共にしてきた彼女のことを知っている。
もしかしたら、あのクレアなら、自分を好いてくれた彼女なら、受け入れてくれるかもしれない。
どれだけ自分勝手な期待だとしても、持ってしまう。
それが甘えなのは分かっている。しかし甘えさせてくれるかもしれない。
だからこそすべてを明かしてもなお、クレア・プレトリアという人間がエレーナ・レーデンを認め、共に歩んでくれるか、ダメだった場合を想像すると奮えてしまう。恐ろしい。
しかしその恐怖に立ち向かうことを、ミアは決めた。
泣き虫が顔を出す暇はない。
「まずは場を用意して……」
それからの行動は早かった。
観光用の地図を睨み、いい感じの場所を探す。
カフェがいいか。どこなら重要な話ができるか。
いきなり本題に行くのはまずいか。少し歩いてから……
まるでデートプランを練るようだったが、そんな心持ちではない。
クレアに告白された、あの冬の日を思い出す。
まだ1年も経っていない。
あの日、彼女は決して軽くない思いで好きだと伝えてくれた。
ならばミアも、本気で伝えなければいけない。
一世一代の告白を、こちらからやり直すのだ。




