72 on doit tout oser si on aime vraiment 3
こう言ってはアレだけど、『布の国』への道のりは快適そのものだった。
急いでるはずなのに馬車は全然揺れないし、泊まる宿はどこも私ひとりじゃ手が出ないほどの高級宿ばかり。
私たちはこれから戦場に行くのだから、気分が弛むことはないが、なんか、誰に向かってじゃないけど「真面目にやれ」って声が聞こえてきそうな。
「いかなる状況であろうと、私の立場で安い馬車や安宿なんて使えないのよ」
よく分からないけど、お嬢様はお嬢様らしくしないといけないらしい。
どんな時も余裕でいなきゃとかそんな感じの。
実際パルラスも浮かれた顔など一度も見せなかった。
急いでるはずなのに、立場のある人間だから、立ち寄る町などのお偉いさんには欠かさず顔を出す。
忙しいんだなぁって思った。
これでミアにあれこれしてなければ素直に頑張れって言えるんだけど。
「この町はまだ平和ね」
「そうだね。なんか皆連邦側が勝ってるって言ってるし」
「不自然なくらいにね。まぁ、分からなくもないけど」
例えば、特定の商品を売りたい時は口コミで良い評判を撒くらしい。
そうすれば皆が信じるんだって。
パルラスが不自然と評した町中の雰囲気も、そういう作為的なものがあると言っていた。
「誰だって侵略されそうって状態で生活していたくないものね」
つまり、住民を安心させて疎開とかをさせないための町側の策略だという。
人がいなくなったら町は死ぬ。町長とか土地の貴族とかはここでしか生きられない……権力を翳せないから、意地でも人は手放さない。
嘘でも本当でも、この町は安全だと住民に意識付けたいのだ。とパルラスは結論付けた。
うーん、よく分かんないや。
そんな町は道中いくつかあって、それは『布の国』に近付けば近づくほど多くなっていったけど、隣国まで来ると一変した。
連邦軍は負け続けだとか、既に『布の国』は陥落してるとか、次はここだとか。
ひどいところだと、まさに人々が逃げ出し死んだ町もあった。
「これも意図的なものね」
自然な流れではあるけれど、これは反連邦側も一枚噛んだ状況だとパルラスは語った。
前線は『布の国』だが、そこまでの補給路や兵站などは、隣国を始め近隣諸国も他人事ではない。
でもこうして町レベルで麻痺してしまったら、補給路が乱れてやりにくくなるとか。
だから逆にまだ『布の国』は陥落してなくて、反連邦は搦手で攻めてきていると。
うーん、これもよく分かんない。
「……まぁ、難しいことを理解しろとは言わないわ」
パルラスは職業?柄そういう見方をしてしまうだけだから、私は話に付き合ってくれるだけでもいいと言った。
うん。ほえーって顔しかできないからね!
「さて、長旅お疲れさまと言いたいけど、本番はここからよ」
本当に長旅だった。
用事や仕事がある以外のパルラスと顔を合わせていたせいで、普通に打ち解けてしまった。
ミアへの仕打ちの件があるから心は開かないけど。開かないけど!
とはいえその原因は1年生の時の話。人が成長するにはじゅうぶんな時間が過ぎていると思う。
成長って言い方はなんか偉そうだけど、とにかく、パルラスは自身を顧みて「短慮」と恥じていた。
だから、まぁ、ミアに会ったら謝ってくれるでしょ。
もう私から言うことは無い。
『布の国』に入った後は、出たとこ勝負なところもあるらしい。
前線にいる個人を探すんだから、そりゃそうだ。
表向きには、パルラスはインフィーフィヴ家の使い。
国有数の商人だから、彼女の家が連邦を支援するとのことで、私たちは補給部隊のようなものだった。
なるほど、だから途中からどんどん荷馬車が合流してきたんだね。
ちなみにそんなだから野盗とかが襲撃してくることが何度かあった。連邦の治安は戦争のせいで割と低くなっているらしい。
私も雇われ冒険者と一緒に迎撃に駆り出されることもあった。そこで人を殺すことも。
これから戦場に行くのだから、人の死や殺しに慣れておけと言ったパルラスの手が一番震えていた。
そりゃお嬢様だもんね。
仕方なく、握ってあげた。仕方なく。
とまぁそんな平坦じゃない道のりを乗り越えて、私たちは前線にやって来たのだ。
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この戦いは、結構な膠着状態らしい。
敵味方ともに援軍も来てて、こっちには『準勇者部隊』までいる。
しかもシェリア魔法学園からも魔法使いがやって来ているとか。勇魔大会の代表もいるとかいないとか。
それでいて膠着状態というのは、それだけ反連邦の兵力が凄いということだった。
道中聞いた勝ちまくりとか負けまくりみたいな極端なことにはなってないようだ。
そんな最前線、『布の国』にある砦に私たちは来ている。
元々は急ごしらえで作ったやつらしいけど、ここでの戦いが長引いたことで増築による増築。
最終防衛線であることから、ここはかなり重要な場所になったらしい。
今日は両軍ともに睨み合いで終わっているようで、大した被害は出ていないようだ。
反連邦も攻めあぐねてるってことなのかな。
パルラスは立場上、物資引き渡しの件で軍の偉い人と話さなければならないようで、私は砦内を歩いてミアを探した。
探してすぐに見つかるわけがないというのは分かってたけど、ミアと一緒に出発したはずの学園の生徒やキラミル先生も見つからないのには首を捻った。
もしかしたら怪我をして出歩けないのかも、という嫌な予想が頭をよぎった。
その先の、全員死んでしまったという最悪もちらついたけど、そんなはずないとかぶりを振りながら、私は野戦病院となっている複数のテントがある場所へと向かった。
砦も不格好に変な増築をしているものだから、テント類も、箱をひっくり返したように無規則に乱立している。この一帯すべてが医療用だ。
どうせパルラスの用事も時間がかかるだろう。私はひとつひとつ調べる勢いで、探し人がいないか中を確かめた。
入って後悔した。
酷い有様だった。
どのテントも怪我人の数に対して医者の数が少なく、瀕死と死体の区別もつかなくて、消毒液と死臭が混じって、思わず手で口と鼻を覆った。
ちょっと耐えられない。出よう。
「っ!」
「わっ、ごめ――」
出入り口で、出ようとする私と入ろうとする誰かがぶつかった。
医療器具を運んでいたようで、ぶつかった拍子に落ちなかったのは幸いだったかも。
「すいません! ……って、クレアか?」
「えっ……? えっと……ラル?」
知った顔と出会った。
第2クラスの男子、ラル・アーバンチ。1年生の時に『港の国』に行った修学遠征で同じ班だった同級生だ。
一瞬分からないくらい背が伸びてて素直にびっくりした。
アイリア学園は学年やクラスが違うとあんまり生徒同士の交流ってないから、私の知るラルは1年生の頃の姿だったのだ。
「何でここに……って、悪い、いいか?」
「ああうん、ごめん。気にしないで」
ここにラルが来た理由は、手に持った物が教えてくれる。
ラルは戦争が始まって結構最初の方に志願したって噂で聞いてたけど、こっちも手伝ってるんだ。偉い。
「ラル遅いぞ! 3番をくれ!」
「すみません! はいこれ!」
「こっちにもだ! 早くしろ!」
「はい!」
医者たちに言われてテント内を駆け回るラルを見て、私は立ち往生した。
どうしよう、一応知り合いだし彼に聞いた方がミアたちを見つけられるかな。でも最悪の想像が本当だったら、実際に告げられたら、そう思うと怖くて聞けなくなりそう。
「クレア、ここに用事あったのか?」
「え、あ……いや、ちょっと探してる人がいて……ラル、後で時間とれない?」
「もうちょっとしたら落ち着くから、そん時でよけりゃ砦に一番近いテントのところで待っててくれ」
「うん。じゃあ待ってる」
思ったより私は不安だったようで、無意識のうちに知ってる顔を頼った。
こんなピリピリした場所にいつまでもいたくない。
テントを出ても、砦の近くにいるだけで、嫌な雰囲気に呑まれそう。
私は黙って待ち続け、日が沈もうかという夕方になってようやくラルはやってきた。
見るからに疲れてる。戦って治療の手伝いもして、そりゃあゲッソリするよねって思ったけど、それは少し違ったことを教えられたのは、もう少し後。
「悪い、待たせた」
「ううん」
「あー……なんか制服以外の服着てるの見るの落ち着かねぇな」
「あはは、分かる」
個人的な付き合いがなかったら、だいたいアイリア学園の白い制服で接するものだものね。
まぁ私自身、今着てる服は落ち着かない。
パルラスに「一緒に旅をする以上、みすぼらしい恰好はさせないわよ」とお高い服を貰ったので、今の私は好意的に見るなら活発そうな中流階級の娘だ。
悪い見方をすれば、服に着られてるといっても過言ではない……
これで槌を振り回して野盗を倒してるくらいには動きやすくていいんだけどね。
「で、探し人って? てかなんでクレアがいるんだ? 志願したのか?」
「ううん、私はパルラス……第1クラスのパルラス・インフィーフィヴと一緒に来たの。補給部隊の相乗りっていうか」
「へぇ、あの豪商の」
今さら隠すことではないので、私は少しでも見つけられる確率を上げるつもりで、ラルに全部話した。ミアが援軍に選ばれたこと、喧嘩して別れたこと、諦めたくないから追いかけてきたこと。
長話になったので、途中ラルから水を貰ったりして、なんとか全部話し終えた。
ラルの反応は……まぁ、なんというか、「そ、そうなのか」って感じ。
そりゃそうだよね……振られてもここまで追いかけてくるって重いよね……言ってて悲しくなってきたよ。
「悪い、見てねぇや。俺がいたのは『樫の国』方面だったから、こっちには来たばかりっていうか。ミアやリーパーたちが最初からこっちにいたのかもな」
「そっかぁ……ラルって怪我人見てるんだよね? その中にもいたりしなかった?」
「それも見てない。ほとんどのテントを回ってるから見逃してもないはずだ」
それはいよいよおかしかった。
戦場は既にここ以外には無い。他の場所に行ったにしても、聖剣氣という戦力で呼ばれた学園生たちが分かりやすく前線を離れられるのか。
ミアと私では出発日が離れている。追い越して先に着いてしまったなんてこともないはず。
「……実は、俺もまだ半信半疑なんだけどさ」
ラルは少しだけ小声になった。
それは前に司令官を務めていた人を即解任させるほどの事件だったらしい。
聖剣氣持ち全員をまとめて敵陣に突撃させ、みすみす全滅させたという話。
士気に関わるため緘口令が敷かれてるらしい。でも人の口に戸は立てられない。
ここでの戦いが始まってからまだ生き残ってる兵士が生き証人となり、ラルが言ったような話が本当だと語っているとか。
「俺が来る前の話らしいからなんとも言えないけど、今ここに学園の誰もいないってのは変だと思う」
「け、けどっ、ミアもリーパーも強いし……」
「個人の強さなんて、関係ないんだよ……」
妙に重いラルの言葉に、私は反論できなくなった。
思った以上に、自分がミアを信じられていないことを自覚してしまう。
私とパルラスは、想い人が当たり前に生きてると思って、会えると思ってやってきた。
それは、甘かった。
ミアは強い。魔法使いで、自信があって、それで、も、それでも、ただの人間だ。ただの少女だ。
だからこんな場所、本当は似合わないし、戦争って、似合わない。本当に。
知らない場所で、知らないうちに、死んだ? ミアが?
「いや……嫌……!」
口の中が渇く。
呼吸が浅くなる。
空気をうまく吸えない。
この場所に来て、ここの空気にあてられて、正常でなくなっている。
なんとか希望を捻り出そうとしても、さっきの話が頭から離れない。
本当に死んだの? ミアもリーパーも先生も、他の人たちも。
だとしたら、私は何のためにここに来て、何をしようと……
「クレア、クレア! 落ち着け! 水飲め!」
「ひっ、ひっ……ぁ、んくっ……ぷはっ……」
ラルに背中をさすられ、ぬるい水を飲んで、呼吸が戻って来た。
息を止めた後みたいな荒い呼吸で落ち着きを取り戻す。取り戻せてないけど、息ができる。
「悪い……けど、見てないから、そうかもってだけなんだ」
言葉を選んでくれたのが分かった。
「でも、本当のことなんでしょ? 実際に戦ってた人が言ってたんでしょ? じゃあ、本当のことじゃん! 私はっ、ミア、ミア……っ」
醜い八つ当たりだった。
背中をさする手を払いのけ、ラルを睨んでしまった。
記憶の中より成長した青年の困った顔を見て、あっ、って思った。
「ご、ごめん……私……」
「……いいよ。仲良かったもんな」
「本当に、ごめん……この前までずっと『柱の国』にいたくせに、戦ってるラルも、大変なのに、ごめん……」
いまだにぐちゃぐちゃな頭で、なんとか自分を戒める。
私に睨まれる筋合いは、ラルには無い。お礼を言うべき相手なんだから、謝らないと。
「ラルはすごいね……志願して、戦ったんでしょ? しかも生きてる……騎士目指してるって言ってたもんね。すごいよ」
「それは…………」
不意に、ラルの歯切れが悪くなった。
居心地が悪そうに、肩を小さくするように、こんな状態の私ですらどうしたんだろうと気になる。
「ラル?」
「……俺は卑怯者なんだ。だから生きてる……騎士なんて、なる資格もない」
卑怯者。
修学遠征の時にしか行動を共にしてないけど、ラルに不似合いな言葉だと思った。
悲痛な表情だった。
恥じるような、怒るような、どうしてここまで歪むんだろう。
私に気遣ってくれた人がそんな表情をしていると、少しでも恩返しをしたいと思ってしまう。
「ラル、何かあったの?」
「今はクレアも辛いだろ。俺なんかいいから――」
「辛いけど、ラルも辛そうだよ」
「…………」
こんなこと言えた義理じゃないのだろう。なんでも打ち明けられるような間柄でもない。
でも、こんな場所で予期せぬ再会をした仲だ。
話してほしい。
それを視線に乗せたからか、ラルはため息と共に応えてくれた。
「親父が死んだんだ。俺を庇って」




