71 on doit tout oser si on aime vraiment 2
部屋に戻るつもりが、王都を歩いていた。
夕焼けに染まる王都は戦時中とは思えないほど人がいて、それなりに活気がある。
むしろ戦時中だからなのか、いつも通りの日常を有難がって、敢えていつも通りにするように意識してるのかも。
アテ、無し。とぼとぼぶらぶら。
ミアみたいに買い食いでもしようかと思ったけど、さっき食べたばかりのお腹が許さなかった。
いつの間にか、彼女と歩いた場所へと自然と足が向かってしまいそうになり、ハッとして違う場所を目指す。そうしてるうちに、よく分からない場所に出ていた。
王都って広いから、普段から行かない場所って案外迷う。
もう六の刻が近い。もたもたしているとさっさと日が暮れて門限を破ってしまう。
まぁ、それもいいか。学園は教師まで色々と駆り出されてるせいで生徒指導にまで手が回ってないってローリス先生ぼやいてたし。
「どこだろ、ここ……」
人と物がたくさん出入りしてる気がする。商業地区のどこかだろうか。この辺はまったく来たことがない。
明らかに私のような小娘が相応しくない場所だ。ぶらつくにも場所は選びたいし、とっとと移動を……
「あら? あなた」
「?」
同じく相応しくない、ちょっとだけ覚えのある声の方を振り向けば、相応しい小娘がそこにいた。豪商のお嬢様なわけだし。
私たちのいつもの白い制服ではなく、動きやすそうなドレス姿だった。
「えっと……」
「パルラス・インフィーフィヴよ。確かあなた、ミア・ブロンズの……」
またそれか。
私の学園内での評判くらい承知している。
何故かミアと付き合ってる女子生徒。それが私の評価。
別にいいんだけどさ、釣り合ってなかったし友達はちゃんといたからいいんだけどさ、別れてまでまとわりついてくる称号を今掘り返されるとむっとくるわけで。
「クレア・プレトリアだよ。3年生にもなってお付き合いできてないパルラスさん」
「なによ、生意気ね」
リーパーにお熱だけど全然相手にされてないって有名だもんね。
思いつく最大限の悪口を言ったら効いた。へへん、ざまぁみろ。
お金持ちお嬢様が何でここにいるのかというと、この区画まるごとインフィーフィヴ家の持ち物らしい。お金ってすごい。
「あなたはここで何をしているのかしら?」
「別に、あてもなく歩いてただけ」
「ふーん……どうやらよっぽど手酷く振られたようね」
「……」
「まぁよかったんじゃないの? なにせミア・ブロンズは――」
「ミアの悪口言うのやめて!!」
嫌なことを言われる気配には慣れていた。私と付き合ってる時にも、そういう陰口はよく聞いたから。
気付けば胸ぐらを掴む勢いで詰め寄っていた。
手酷く振られたのは事実だけど、だからといって他人にミアを悪く言われる筋合いはない。
かなり力強く寄ったけど、同じ聖剣氣使いで、向こうは第1クラス。全然怯えてない。
というよりも、何かを思い出したように口を噤んでいる。
「……そうね、ごめんなさい。あなたに話すことではなかったわ」
「なにそれ」
「まぁ、私から言えるのは、あなたはむしろ幸運だったということよ。最初から添い遂げられる相手じゃなかっただろうし」
なんなのこの人。
知ったような口調、気に入らない。嫌な人だ。
私の頭はパルラスが口元に手を当てて「オーッホッホッホ!」と高笑いしている姿を浮かべた。見たことないけど。
「そろそろ門限でしょうし、帰りなさい。今なら間に合うと思うわよ?」
「そっちこそ帰らないの?」
「私はちゃんと届出をしてるもの。それにここは私の土地。家のようなものだし」
お金ってすごい。
言われたけど、私の足は動かなかった。
嫌な人といるよりも、ここから寮に帰るということの方がめんどくさくて億劫だった。
しばらくどうしようかと悩んでいると、パルラスの嫌な人って感じの雰囲気は鳴りを潜め、「一応学友だからお茶くらい出さないとね」と建物のひとつに案内されて、応接室っぽいところに通されてお茶を出された。
嫌な人なのか優しいのか分からないなこの人。いや、嫌な人だ。
豪華な部屋に、ふたりでテーブルを挟んで向かい合って座る。周りには執事が数人。
お手伝いさんが淹れてくれたお茶は驚くほど美味しかった。
「そういえば、慌ただしかったけど何してたの?」
「運び出す荷物と人員の選定よ。しばらくは戻って来られないから」
「あー、休学して帰る的な? お嬢様だもんねぇ」
パルラスはそもそもの家柄が違う。学園に通ってるのは聖剣氣を持ってたからで、本来は家を継ぐんだろうし、こんなご時世じゃ呑気に学園でだらだらできないよね。
って思ってたら「何言ってるの?」みたいな目で見られた。
「何言ってるの?」
「え? だってそうじゃないの?」
「違うわよ。私をそこらの腰抜けと一緒にしないでもらいましょうか」
胸に手を当てる所作がよくお似合いで。
ドヤ顔でそれを言われた私は、まさに雷に打たれたように。
「『布の国』に行くに決まってるでしょう!」
一瞬、どこに行くのか分からなかった。
だって『布の国』って、まさに最前線じゃん。
「なんで……」
「無論、リーパーを追いかけるのよ」
「はぁ?」
ますます意味が分からない。
支えるって、パルラスそんなに強いのかな。
「追いかけるって……追いかけてどうするの? まさか一緒に戦うとか?」
「それができたらいいでしょうけど、行ったところでリーパーは多分気にして止めるでしょうね。実際、彼が王都を出る前に一緒に行くことを提案したけど、ついてくるなって言われたわ」
えーっと、多分ミアのやったことをかなりマイルドにした感じかな?
マイルドっていうか、普通は白熱しても言い争いで終わるかぁ。決闘なんて極端な真似しないよね、はははは。はぁ……
「その時に勢いあまって告白してしまったのよ……あのリーパーといえども戦争で死んでしまうかもしれない。そう思うと2年以上も秘めた思いをぶつけることへの不安や恐れなんてなかったわ!」
なんでちょっと盛り上がってるのこの人。
そんな舞台風に言われても困るんだけど。
「まぁ結果はこの通りなんだけど……」
と思ったら沈んだ。情緒不安定かな?
「あなたと同じようにね」
「一緒にしないでもらえます?」
というか、振られたならどうして追いかけるなんて真似を……
――クレアは好きにしたらいいと思うよ
――例えば、追いかけるとか
「っ……」
そうか、パルラスは、諦めてないんだ。
そして私は、諦めかけてた。
もう絶対に終わりだって思ってた。
拒絶されて、離れて、それでもう、穴はぽっかり空いたままだって。
「ねぇ、なんであなたはそこまでできるの?」
答え合わせがしたかった。
多分、きっとこう答えるだろうという予想を持って尋ねた。
別に家族でもない、言ってしまえば他人のために、どうしてそこまでの労力と命の危険をかけてまで行動できるのか。
その理由を。
「決まっているでしょう。惚れてしまったからよ」
「答えてくれないのに?」
「今はまだ、よ。それに恋は待っていては駄目。押しかけて、押し付けて、奪って、モノにする。障害なんて全部どかして、振り向かせる。悪いことだと言われても、邪魔なものには相応の行動をとる」
堂々と、演説のように立ち上がる。その仕草は妙に様になっていた。
そして、次に彼女が発した言葉で、私も立ち上がることになる。
「例えば、前にミア・ブロンズにしたことのようにね」
「……どういうこと」
「入学して2ヶ月くらい経ってからだったかしら……あなたも相談を受けていたのではなくて? 物を隠したり、部屋を荒らしたり――」
私は無意識のうちに彼女を殴っていた。グーで。
おしとやかに平手で頬を張るなんてことができないのは、そんなことしてる余裕が無かったから。
パルラスがみっともなくソファに倒れ込む。
身体強化はしてなかったけど、感情に任せたから手加減もしていない。多分、すごく痛いはず。
よく覚えてるよ。
あの時、私たちがまだ偽装の恋人として付き合うことになるきっかけになったこと。
ミアは苦しんではいなかった。
けど私は腹が立った。あの時も、そして今も。
私のミアにちょっかいをかけられたのが、自分が思っている以上に頭に来たのだ。
「……ごめんなさい」
「何で今さら言うの! 何であんなことしたの! 私に謝ってなにがあるの!」
「あの時は……他の男子たちと同じように、彼がミア・ブロンズに心を奪われると思っていたのよ。そう考えると最高にムカついたわ」
「だから、あんなくだらないこと……!」
「ええ。後になって、ミア・ブロンズはあなたとの交際を公言した。リーパーも相変わらず剣一筋で、恋愛事に現を抜かすこともしなかった。直接謝る機会は……言い訳だけど、事情があってそれどころではなかったのよ」
整理しないと。私の気持ちを落ち着けるためにも。
パルラスがあの時、他の女子を唆してミアに色々とさせていた。ミアは気にしてなかったけど。
理由は、自分が恋しているリーパーを取られると思ったから。なにそれ。意味わからない。
でもミアと私との関係が始まって、ミアがフリーじゃなくなったから、やめた。うん、収まってくれるといいなって思って始めたことだったから効果があってよかったよ。
「最低」
整理した結果、出てきた言葉はこれだった。
「事情って何? そんな簡単に言い捨てられるようなことで……!」
「……言えないわ。これは流石に、あなたに教えるのは酷だもの」
「何が? 何が酷なの……今さら私を気遣うようなこと言って、もう一度殴られたいの!?」
「まさか拳が飛んでくるとは思わなかったわ。平手打ちは覚悟していたけれど」
「はぐらかさないで!」
「本人に直接聞きなさい。あなたにそれができたら、だけどね。私は一応の義理立てのために、言わないであげるから」
やっぱり、嫌な人だよ。この女は。
意味が分からない。
本当にもう何発か殴りたい気分を抑え込んで、私は手を下ろし、腰も下ろした。
「あなたがしたこと、ミアには?」
「言ってないわ。まだ」
「そう……なら、私からはこれまで」
私は自分に言い聞かせるように、すらすらと口を動かした。
「本当はもっと責めたい。けど、やられたのはミアだから。それにあのイジメがあったから、私はミアと、ああいう関係になれた。あれが無かったら、恋人になんてなれなかった。友達のままで、私は、今の私は、友達のままだったらなんて考えられない。だから、そういうのを考えて、一発だけ。これでもう終わり」
「……そう」
それで、とパルラスは続けた。
あんなこと言ったけど、私はちょっと瞬時に気持ちを切り替えるなんてできない。けどパルラスはケロッとしてて、もう違う話の空気が出来ていた。
「あなたは、行かないの?」
「…………へ?」
「ミア・ブロンズのところよ。リーパーと一緒に行ったんだから、リーパーの近くにアレもいるでしょう。あなたは、追いかけないの?」
さっきの答え合わせを、パルラスは差し出してきた。
「こっぴどく振られただけで、あなたはミア・ブロンズを諦めるの?」
押しかけて、押し付ける。
一度振られたからって、諦めない。
「…………」
ははは、カッコいいこと言ってるみたいだけど、すっごい迷惑な人だよね。
相手の気持ちも気遣いも考えてない。
ミアやリーパーは、危険な目にあわせたくないからと距離を取った。それを台無しにしてやるのだ。
迷惑で、めんどくさくて、最低な女だ。
「…………行く」
私も、そういう迷惑な人間だった。
聞き分けなんてよくない、駄々をこねるお子様だ。
ミアのことを、本当に思っているなら、こんな手段はとらない。
でも、恋は言うことを聞いてくれない。
エゴが、気遣いを上回ってしまう。
最低だね、私。
嫌われるかな。愛想尽かされるかな。
拒絶されて、また私は折れちゃうのかな。
「そう。なら一緒に来る?」
「……ムカつくけど、行く。でも、馬車代は払わないから」
「いいわよ。馬車代でも宿代でも食事代でも、払ってあげる。私は金持ちですもの」
「親の金じゃん」
「私も自分の店くらい持ってるわよ。私が稼いだのだから、私の金よ」
ごめんね、ミア。あんなに迷惑かけたのに、またかける。
やっぱり、私はあなたがいい。
私は、ミアを諦めない。
また会った時に、たくさん罵ってくれていいから。
会いたいよ。
会いに行くね。
だから、生きててね。死なないで。お願い。ミア。




