70 on doit tout oser si on aime vraiment 1
人柱のように選ばれた生徒たちが学園を出てから、教室の――学園内の雰囲気は変わった。
このような徴兵が一回きりで終わるのか、また誰かが選ばれて連れていかれるんじゃないか、学生まで駆り出すなんて戦況はどうなってるのか。
直接戦火が『柱の国』を襲ったわけじゃない。けれどみんなの感情は止められない。
不安、焦り、そして恐怖。
故郷に帰ろうとする生徒を、学園は止めなかった。休学という形で、この戦争が終わってまだ通う気があるなら受け入れるということで、籍だけ置いたまま学園から離れられる。
聖剣氣を持ってるってだけで集められた生徒たちだけど、みんなにはみんなのこれまでの人生もあって、故郷も家族も、学園生活よりも大事だっていう人がほとんどだった。
全校生徒の約7割がいなくなって、私のいる3年第3クラスも、半分以上の席が空いている。
私は学園に残った。
故郷の村はこの『柱の国』にある。わざわざ帰ることもない。
もう3年生だけど、私は一度も村に帰っていない。
お父さん、お母さん、2人の弟、たったひとりの妹。それに村のみんな。恋しくないわけがないが、戻らない。
どうして、うん、理由は単純。
「クレア、お昼」
「えっ? あ、あーうん」
教室でぼーっと座ってたらいつの間にかお昼の時間になっていたみたい。午前の授業はまったく覚えていない。
カルネラに話しかけられるまで、授業が終わったことすら気付かなかった。
テッテ、カルネラ、ニンネ。普段から特に仲良くしてて、この前の修学遠征でも一緒だった3人には、ここ数日ずっと気を遣ってもらってる。
理由は、うん、ミアとの、あれこれ。
ミアとは恋人だった。2年生の終わりまでは偽りのだったけど、それからはずっと、本当の、恋人だった。
でも別れた。
周りに気を遣われるくらいには沈んでいた。今だって立ち直ってるわけじゃない。
本当に好きだったんだ。
行き先は戦場だから、弱い私は死ぬかもしれない。
ミアがそれを思って敢えて突き放したのは分かる。
だから決闘までして、勝って私は一緒に行くんだって証明しようとした。けどできなかった。勝てなかった。
学園で訓練を積んで、強くなった気でいた。実際に強くなったと思う。私だけじゃなくて、他の生徒も入学前に比べたらみんな。
でも、それだけじゃ駄目だった。私には資格が無かった。
それを思い出すだけで、自然と涙が出てきた。ほとんど毎日、何回も。
どうすればよかったんだろう。それも考えたけど、どうにもできなかったことばかり突きつけられる。
引き留めても、決闘を挑んでも、私の手はミアに届かない。最初から届いてなかったのかもしれない。
結局お昼も、味を感じなかった。食べたかどうかさえも覚えてない。
教室に戻る途中、ニンネがお菓子を口に突っ込んできたのは覚えてる。味は覚えてない。
午後は休んだ。
動けるような状態じゃなかったし、ローリス先生も許可してくれた。
友達の3人が部屋についてこようとしてたけど、ひとりになりたいと言うと尊重してくれた。
彼女たちには起きたことを話しはした。けど、それだけ。
愚痴のように、他の女子がたまに話す「振られた~!」という会話をすればいいのに、できない。
この胸の中の気持ちを、素直に明かせない。大事だった。彼女たちが大事じゃないわけじゃないけど、なんか、こう、友達相手にも明かしたくない思いだった。
3人も根掘り葉掘り聞いては来ない。心配してないってわけじゃないとは思う。だからこのそっとしてくれる気遣いがありがたかった。
私はこんなに重い女だっただろうか。
自分で言うのもなんだけど、私はどちらかというと明るい方で、こんなんじゃなかった。何日も沈むなんてらしくない。
もし過去に戻って入学前の私に自分はこうなると言っても信じなかったかもしれない。それくらいには……なんだろう。
変わったのだろうか。私は。
好きで好きで仕方ないくらい、どこへでもついていきたいくらい、好きだった。『だった』じゃない、好き。今も。
ミアも同じくらい苦しんでいるのだろうか。そうだったら嬉しいな。そう思う自分が嫌になる。
ぐぅとお腹が鳴った。どうやらお昼は食べなかったようだ。道理で食べた記憶がない。
もう午後の時間で、食堂には誰もいない。
私が起こしに行かない日のミアはいつもこういう、無人の食堂でひとりで食べてたんだろうな。たまにスーヤ先輩がいたっけ。ちょっと羨ましい。
「すみません、ご飯、あります?」
残っていたのか、お昼のメニューがそのまま出てきた。食べる気力はいまだ起きないけど、体は食事を欲している。本能的な部分が私の手と口を動かした。
「先輩?」
「えっ……」
不意に声をかけられて、ゆっくり頭を上げると、そこにはかつてよく見た後輩の顔があった。
「レンファン……外、出れるんだ」
「最近ようやくね」
私と同じくらい無気力そうなレンファンの隣にいた、いつか見た黒髪の少女が代わりに答えた。
「といっても部屋と食堂の往復しかできないんだよね。それも数日に一回くらいの頻度で。クレアちゃん、だっけ?」
「あ、うん……えっと」
「ナギサ。前に会ったよね? そんなに話せなかったけど、ミアの恋人さん」
「今は……違うよ」
「えっ、でもミアは何も……」
ナギサはミアから戦争に行くこと自体は聞いてたけど、私と別れたことは言われてなかったみたい。
って、行くことを話しはしたんだ。ふーん。
「フられた」
「嘘!? だってミアは――」
「でも、本当」
「……そ、そう」
まぁ、そうなるよね。別に私自身がこの人と仲いいわけじゃないし。他人のフったフられたなんて興味あるはずない。
「ナギサ、さんって……」
「ナギサでいいよ。こっちもクレアでいい?」
「うん……」
「っとその前に、レンファンのご飯持ってくるね。ほら座って」
レンファンは促されるまま、無言で着席した。
ちらちらと視線は感じるけど、話しかけてくることはない。ナギサが戻ってくるまで、気まずい時間を過ごす。
だって彼女と仲が良かったのはミアだから。私はどちらかというとほとんど付き添いだったし。話せないわけじゃないけど、ミアに比べたらやっぱり距離感はある。
というか、一時期はレンファンに嫉妬してたから、話しかけづらい。演技だっていうのは分かったんだけど、今さらなんというか、うーん。
「おまたせー! はい食べて」
「量多くない?」
「料理長さんと仲良くなって残り物貰えるようになったからねー。こっちは私の分。レンファンが残したのも私が食べる」
「えぇ……」
「必要だから仕方ないの!」
上流階級が泊まるホテルのようなレベルの料理が出てくる食堂で、普通に食べようとしたらかなりの金額が要求される大量の料理をタダで食べられるのは、ナギサの役得なのかな?
それにしてもよく食べるなぁ。そういえば前に会った時もお店で大量に食べてたっけ。それでいて体型は普通……冒険者だからちょっと引き締まってる。なんで?
「ほらレンファン食べて」
「自分で食べられます……」
「本当にー?」
ナギサが強引に「あーん」しようとして、レンファンが拒んで自分で食べてた。
「あーん」かぁ……やったなぁ……楽しかったなぁ。
思い出さなくていいことを思い出して、軽く自己嫌悪。
だって本当に楽しかったから、未練があってもいいじゃない。って思う自分にもうんざり。
「クレアはさ、ミアのことまだ好き?」
「……話して、意味ある?」
「うーん、恋したことない私が言うのもなんだけどさ、見てらんないし。普通にミア酷くない?」
ナギサはちょっと厚かましい人みたい。
レンファンが小さくため息をついてることから、性分なのだろう。
「私が頼りなくてしつこいから、愛想尽かされただけ……もういいでしょ」
「……それで、いいんですか」
厚かましくないはずのレンファンまで余計なことを言ってきた。
いや伏せってる人が何言ってんの? この子のことよく分からなかったけど、やっぱり好きじゃないって結論づけられる。
今になって思えば最初からミアのこと狙ってて邪魔してくる感じあったし、ベタベタして時間取れなかったし、それでいてなんか色々あって今はこんなだし。
ミアという間があったから、私はこの子を心配する私を演じてた、気がするような気がするような気がする。
よく分からない。まぁ今イラッときてるからこの子のこと好きじゃない。
「いいんですかって何? 関係ないでしょ」
「……そうですね」
「ちょっとクレア、あんまり当たらないで。レンファンも」
思わず苛つきが語気に出てたみたい。ナギサが仲裁するみたいになってる。
私もどちらかといえばナギサな立場になるはずなんだけど、なんでだろう。
「――クレアは刺激されたら弾けそうだね」
「えっ?」
「なんだろ、水を限界まで張ったコップみたいな。ちょっと揺らしたら溢れそう。あくまで私のイメージね」
少し驚いた。そんなに分かりやすかったのだろうか。
確かに、ここ数日は落ち着いたけどナギサの語ったイメージは的を射てる。
感情という水が、ギリギリ零れないでいるコップ。実はよく零れて涙として出てくる。
今は無理やり抑えつけたのと、時間を置いたことで揺らぎは収まってたけど、レンファンのたった一言でグラついて少し零れてしまった。
「いっそ忘れるのもいいよ。私なんて記憶がカラッポだから楽観的ってところあるし。なんてね」
ちょっと何言ってるのか分からなかった。
そしたらなんかレンファンがムッとする。忙しいなこの子。
「それは、私にも言ってるんですか」
「両方、かな。レンファンもクレアも、大切な人がいる。それでいて、本人に突き放された。似てるよね2人は――いだっ!?」
レンファンがフォークで口達者な黒髪少女の腕をつついた。
前に彼女を見た時は本当にやつれてて力なんて出ないだろうと思ってたけど、今はちゃんと食べてるのか動きが鋭い。皮膚を突き破って刺さるほどではなかったみたいだけど。
「寂しいけど、これはミアとクレアのことだから……クレアは好きにしたらいいと思うよ。要はこれが言いたかった!」
結局何が言いたいんだろう。
大して親しくもない人の悩みへの答えとして「好きにすれば?」と答えるのはまぁ分かる。いや相談した覚えないけど。
好きにするって、してるし。私は好きでここにいて、学校休んで、友達に心配されても甘えてなくて、ご飯食べて。
好きでこうしてる……わけ、ない。
「例えば、追いかけるとか」
ナギサの言葉が妙に耳に甘く染みた。
そんなことできるわけ……いや、できる……好きにすれば、いいんだから……
「無責任……」
「私は無責任にしか言えないよ。責任感じてるのは……任されたことだけかな、今は」
目の前でナギサの手がレンファンの頭を撫でていたけど、そんな光景は私の目に入ってこない。
自分で凝り固めていた思考を解されて、手が震えそう。
「……ごちそうさま。それじゃ」
「残ってるけどー?」
「食べたかったら食べ……いややっぱ無理。返しておいて」
私はナギサにお礼を言うかどうか迷って、やっぱりやめておいた。
追いかける……そんなこと、できるわけないよ。
ミアは付いてきてほしくなくて、ああなったんだから。今さら、私にできることなんてない。




