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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第四章 剣雄編
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69 惨敗のエレーナ・レーデン

 スーヤが悲鳴を上げながら魔法を乱射する前に、ミアの頭はぐちゃぐちゃになっていた。

 物理的にではなく、脳内が。


 咄嗟に庇ったはいいものの、別にこの傷で死ぬわけではない。だが普通の人間ならこの体を貫く剣は致命傷。足下には結構な量の血が脚と靴を伝って広がっている。

 これで数秒後にぴんぴんしていたら、どういうことかと詰め寄られること必至だ。


「いいのか? コイツに当たるぞ」


 現実を受け入れられない、憎い、殺したい、そんな感情を隠さないスーヤの動きがピタリと止まる。

 その隙を突いて、ガラニカはミア越しに手を伸ばし、唱えた。


「【風砲】」


 ドン、と重い音と共に、軽いスーヤの体が飛ぶ。

 ミアはつい自分がいつも使うような自傷度外視の【風砲】の威力を思い出し、「貴様!」と掠れた声を上げた。


「心配すんなよ、ちょっと飛ばしただけだ」


 ガラニカは加減していた。

 というより【風砲】で人を殺そうとするなら自分の腕が粉々になるくらいはしないといけないので、一般的にこの魔法は誰かを殺すことに向いていない。

「変なところ心配するんだな」と笑う男の言葉通り、スーヤの負った傷は吹っ飛ばされた先にある木にぶつかって出来たもののみであった。


「どうした魔法使い、お仲間を盾にされちゃ手が出せねぇか!」

「てっ……めぇ!」


 怒り心頭のスーヤには簡単な挑発ですぐに乗せられた。

 ミアを傷つけないという条件付きで手段を選ばない彼女の魔法に、ガラニカが一瞬だけ余裕を隠す。


「ッ、AMフィールド」


 スーヤの【吸収】は視界内のものであれば大抵はその魔法の範囲に入れることができる。

 自身から元気というか精気が不自然に消える途端にAMフィールドを張った歴戦の男の判断は正しかった。

 減衰してもなお吸われる生命力。常人であれば数秒と持たない。


「面倒な魔法持ってんな……認識できねぇ。それにこっちの魔法はてんで効きやしねぇ」


 ガラニカも何度か魔法で攻撃しているが、不意討ちの【風砲】以外はすべてスーヤのAMフィールドに減衰しきられている。魔法を使っての戦闘において、やはりルーニャの優位は崩れない。

 魔法という一点のみにおいて、ガラニカは負けを認め、左手に持った布に包まれた拳大の石らしき物を掲げる。


 途端に、それが形を変えた。

 ただの石ころに見えたそれは、一般的な鉄器に使われる鉱石。一瞬のうちに細長くなり、見慣れた形――剣へと変わる。

 本来なら鍛冶の様々な工程を経て出来上がるはずのものは、既によく研がれているように鋭い。

 見せかけでないことは、すぐに証明された。


「が……っ!」

「ミア!!」


 出来たばかりの剣が、ミアの胸に突き刺さる。先ほどから貫き続けている剣を続いて2本目だ。流石のミアも意識が飛びかけた。


「俺の固有魔法は【刀剣化】。その名の通り、剣を作り出す魔法だ!」


 啖呵を切ると同時に、実践される。

 懐にでも入れていたのか、いくつもの小さな鉱石が瞬時にナイフ程度の大きさの剣へと変わり、スーヤに投げられた。


 魔法ならばAMフィールドで防げるが、ガラニカの作り出した剣は実体を持っている。

 スーヤが瞬時に【烈風】や【水壁】を発動しなければ、そのすべてが体に突き刺さっていたことだろう。


「スーヤ……!」

「おっと防がれたか。だがあの反応じゃもうちょい速くしてやりゃあっという間だな」


 友が危機に陥っているというのに、ミアは葛藤していた。

 スーヤが見ている。下手には動けない。

 刺されたまま、今にも死にそうな人間の演技をすることしかできない。

 ……いや、演技する必要があるのだろうか。


 スーヤの【吸収】はガラニカとて耐えられないほど強力だが、彼が本気を出せば生命力を吸いきる前にスーヤを殺せる。

 例えばこの男がミアを投げ捨て、スーヤを殺すことに注力すれば、数秒で現実になってしまうだろう。

 そんな結末を迎えてまで、【超速再生】を隠すのか。


 疑問から結論まで、時間を要することはなかった。


 スーヤがミアに死んでほしくないように、ミアもまた、スーヤを死なせたくない。

 単純な話、『友のため』という言葉の前に、葛藤が吹き飛んだ。


「なッ――」


 ミアの手に【風砲】の魔法陣が描かれる。

 それを悟ったガラニカが何かを言う前に発動。ミアの両腕を引き換えに、銀の鎧を勢いよく弾き飛ばした。


 スーヤが飛ばされた時とは違い、木々をなぎ倒す勢いで吹き飛ぶガラニカ。ミアのもとには、刺さったままの2本の剣が残った。


「い、っつ……」


 反動で消し飛んだ両腕は瞬く間に再生する。服の袖も同様だ。

 普通の人間ならば簡単に死ぬような威力の【風砲】を撃ったのは久しぶりのことだった。


「ミア…………?」


 振り向くよりも前に、やることがある。

 手の傷など気にする必要はない。握力だけで剣を握り砕き、短くなったところで体を貫く余った刃を抜く。痛い。

 流れ出る血も止まり、後にはドレスだけが不自然に血に濡れた少女が立つばかりだ。


 そこでようやく振り返り、灰色の瞳がスーヤを捉える。

 友の無事を喜び安堵するのではなく、ただただ驚いた彼女がいた。


「スーヤ、街道に戻って」

「オマエ、生きて……」

「敵が彼ひとりだけとは限らない。先生とリーパーを守りなさい」

「何言って」

「奴はまだ生きてる。普通の人間じゃないわよあれは」


 あれだけ戦闘のできる異常個体だ。崖から突き落としても死ぬことはないだろう。

 この手で命の灯が消えるのを確認しない限り、安心はできない。それにあの程度の魔法で無力化できているとは、毛ほども思っていない。


 まだ何か言いたげなスーヤに対し、ミアは説明を放棄し代わりに【風刃】を放つ。

 黒髪少女の足元の地面を深く抉りとった魔法は、近づこうとする彼女を止めるのにじゅうぶんだった。


「早く行け!!」


 有無を言わさぬ剣幕で叫ぶ。

 普段のスーヤならば反論して残っただろう。

 しかし今はミアの現状が意味不明なことと、確かに敵がガラニカひとりだけでないかもしれないという可能性が、安定を崩したスーヤの心を揺らす。普段の判断などできる状況ではない。

 ややあって、スーヤは信じられないものを見るような目をしつつ、足を後ろへと向けた。



 ガラニカが何食わぬ顔で戻ってきたのは、それからすぐのことだった。


「嬉しいねぇ。俺のために再生能力を晒してくれるたぁ」

「その自意識過剰な鼻を折ってあげるわ。鼻に限らず、全身の骨もね。二度と戦えない体になってから後悔しなさい」

「それでも命は奪わないってか。お優しいこと、でッ!」


 会話もそこそこに、戦闘は再開された。

 何かを投擲してから走り出すガラニカ。ミアに向かってきたのは木で出来た短剣だった。

 その辺の枝を使ったのだろう。木製とはいえ【刀剣化】にかかればよく切れるナイフが出来上がる。


 避けたり払ったりすれば余計な時間を食われる。ミアはそれを腕で受け、突き刺さったことにも構わず魔法陣を描いた。

 殺すつもりの【雷撃】だ。異常個体のガラニカなら死にはしないだろう威力。


 ガラニカは避けなかった。

 意趣返しで耐えたわけではない。耐える必要もなく、彼はその雷が自分を襲うことがないと確信した笑みを浮かべ、走り続ける。


 一方で魔法を撃ったミアは眉を顰めて動揺を漏らす。

 AMフィールドで防がれたわけでも、避けられたわけでもない。

 問題なく当たったはずの【雷撃】が、ガラニカの手元に留まっている。

 それは彼を襲うどころか、彼の手の中で形を変えていく。


「まさか……!」

「そのまさかよ!」


 ガラニカは握った【雷撃】を振り抜いた。

 固有魔法によって剣の形にされたミアの魔法が、ミア自身を切り裂く。

 石さえ簡単に穿つ雷が剣となり何かを切ればどうなるのか、想像したことなどない。

 感電と、確かに斬られたという感触。ミアの動きが止まった。


「【風刃】! 剣は1本だけじゃねぇぞ!」


 空いた左手に、ガラニカ自身が生み出した魔法が固定化される。

 元々【風刃】はかまいたちのように見えない風の刃。そこに何かを握っているのは分かったが、実際に斬られるまで刃の長さや厚みなどは分からずにいた。


「(コイツ、魔法も剣に!?)」


 しかも自分のだろうと他人のだろうとお構いなしだ。


「この魔法は動物以外なら何でも剣に出来るんだよ。俺の手元から武器が無くなることは無ぇ!」


 ミアとて回避を試みなかったわけではない。

 しかしそこは異常個体が相手だ。戦闘能力で優勢だったらこんな苦労はしていない。


 見物人がいなくなったことで魔法剣も解禁した。

 本人のタフさもあるだろうが、体を切断されたら丈夫だろうがなんだろうが関係ないだろう。上手く斬れば銀の鎧だろうと斬り裂ける。

 一方で薄氷のような剣で鍔迫り合いは望みようがない。

 ガラニカは初めて見るだろう魔法剣にも適切に対応し、その戦闘能力の高さをまた見せつけてきた。


「ほう、面白い剣だ。脆すぎて持ってないのと同じだがな!」


 鉄で作られた剣に簡単に砕かれる。

 赤毛男の戦い方は、剣を使い捨てのように扱うものだった。

 元々の荒々しい動きに、一度振るごとに新しくなる様々な剣。

 彼を剣士と呼ぶには野蛮で獰猛が過ぎる。


 やはり近距離での勝ち目は無い。

 ミアは隙を見て距離を取った。スーヤに苦戦するならば、ミアも魔法戦でなら優位を取れるはずだ。


 彼女も黙って斬られまくっていたわけではない。

 攻撃後の硬直さえ狙えなかったが、【刀剣化】の特徴はなんとなく掴んだ。


 作られる剣の材料はどれも一振りにつきひとつ。

 剣という性質上、手の中に材料がなければ意味がない。

 人間には手は2つしかない。

 ならば一度に作ることができる剣は、2つだけ。


「【雷撃】、【風刃】、【氷柱】……――」


 後退しながら魔法陣を描いては置いていく。

 炎系を除いた様々な属性を、多く、強く。

 いくつか重複もあるが、数秒もしないうちに10個もの魔法陣を描いた。あとは発動するだけだ。


 描いた魔法陣には既に魔力を注いである。あとは術者が望めば、たとえ位置が多少離れていても問題なく発動する。

 ミアは追撃の刃を受けながら、【転移】で上空に移動した。

 特徴的な重い音と共に、ガラニカは突然目の前から姿が消えたと錯覚するだろう。

 しかし彼は耳も良いのか、すぐさま頭上を見つめ不敵な笑みを浮かべる。


 ダメ押しで両手を動かし、【雷墜】と【氷墜】の魔法陣を描きながら口頭魔法も使う。これで計13もの魔法が一度に襲い掛かることになる。


「【風墜】!」


 大出力の風の蓋でガラニカを上から圧する。これで倒れ込まないのはもう異常個体だから今さら驚くことではない。動きは封じた。


 同時に両手の魔法陣と、地面に置いてきた魔法陣が発動。

 四方八方からカラフルな魔法が飛ぶ。

 AMフィールドを張ろうと、【刀剣化】で2つだけ無力化しようと無駄だ。


 たった1人に使うにはやりすぎとも言えるが、もはや致し方ない。たとえこれで殺してしまっても、ミアはそれを受け入れるつもりでいた。


「ハハハハハハッ!!」


 しかし男は笑ってみせた。

 強がりではなく、心からの楽しそうな声であった。


「いいねぇ! そうこなくっちゃってやつだ!」


 ガラニカに殺到していた魔法、そのすべてが彼に当たることなく、集束された。


「は!?」


 ミアはここで見込み違いを悟った。

 【刀剣化】に材料数の制限はなく、手に持ったものでなくてもよかった。

 彼の手が届くか届かないか、その辺りで魔法は術者を裏切り、13もの魔法が綺麗に1本の剣にまとまっている。


「オラァッ!」


 そして驚くべきことに、斬撃が飛んできた。文字通り、空を飛んできたのだ。

 魔法で作られているからか、剣でありながら遠距離攻撃などという掟破りな芸当をこなしている。

 あんなものに当たってどうなるか分かった物ではない。咄嗟に【転移】で地上に移動することで避けたが、転移先でも鳴ってしまう音のせいで、追撃はすぐさまやってきた。


 【転移】にはクールタイムがある。一度使ってしまえば10秒は使えない。

 知ってか知らずか、ガラニカは一切の躊躇なく突っ込んで来た。

 剣のリーチ内に入ってしまったら、避ける術などない。


 一瞬のうちに凍らされ、雷で砕かれ、風の刃で細かく斬り刻まれ、飛ばされる。まさにすべての魔法を一度に受けるようなものだ。

 もはや痛みすら感じる余裕もなく、ミアはたった一度の斬撃を受け、粉微塵に吹き飛んだ。


 ここまで原型を留めていないのは初めてのことだった。主天使にくらった【天墜】は別として、バラバラ度という項目があれば一躍トップだ。


「――っはっ、はぁっ、はぁっ……!」

「んー……こいつはつまんねぇな。一撃で終わっちまう」


 すぐに全身が再生し、服もなんとか切れ端を見つけて魔力を注いで元通りにできた。

 ガラニカはいまだにカラフルな剣を持っている。


「ッ、【氷柱】!」


 大きな円錐状の氷の棘が、悪あがきのように地面を砕きながらに男へと殺到する。

 しかしこれは時間稼ぎにすらならなかった。ミアの魔法を結集した剣を振れば、氷は簡単に砕け散った。


 もう打つ手がない。

 近付けば滅多切りにされ、魔法を撃っても無力化どころか相手に奪われる。

 これほど相性の悪い相手というのもそうそういないだろう。


「終わりか……最後まで本気を見せねぇとはな」

「終わらないわよ。私、諦めが悪いからね」


 ミアは立ち上がり、魔法剣を出し、それを両手で持つように上段で構えた。

 ガラニカは「ほう」と受ける構えだ。

 魔法剣とカラフル剣。勝ち目はまず無い。

 まるで最後の一撃を全力で放つように、ミアは前へと走る。迎撃の構えをとるガラニカへと走る。


「自棄かぁ? 違うよなぁ!」


 このままでは殺されることはなくても、街道にいる仲間に被害が及ぶかもしれない。

 あの3人ではこの男に勝てないし、運よく援軍が来たとしても犠牲者が増えるだけ。

 ここで止めるしかないのだ。たとえ聖剣を使ってでも。


「『ミア』!!」


 ミアの手の中の黒が消え失せ、代わりに白が現れる。

 本人の身長よりも長く、本人の胴回りより幅広い大剣。

 聖剣氣で形作られた模造聖剣ミアが、剣の持つ【砕魔結界】が、辺り一帯のすべての魔法を破壊していく。


 当然、魔法で作られたガラニカの剣も消え去った。

 戦いが始まってから一番の隙が生まれる。


「もらった!!」


 上段から袈裟懸けに斬ろうと模造聖剣を振り下ろす。

 タイミングは完璧。これ以上ないくらいに隙を突けた。聖剣氣の塊は銀の鎧すらものともせず、ともすれば致命傷になる傷を与えることができる。


「――甘ぇ」


 ガラニカが敢えて前に出た。

 1秒未満の出来事だ。


 斬撃の焦点を狂わされ、修正しようとも既に肉薄している。

 赤毛男は徒手空拳でミアの腹を打ち、腕を折り、その手から模造聖剣を奪い取った。


 使用者の手から離れても、模造聖剣は消えない。本人が消そうと思わなければ顕現し続ける。

 ミアが模造聖剣を消そうという意識を向ける前に、ガラニカは奪ったそれを振り抜く。

 逆に真っ二つにされてしまった。


「っ、が……ッ」


 遅れて模造聖剣が消える。

 ガラニカは【砕魔結界】が消えたのを確認するように、懐から取り出した鉄塊を剣に変えた。


「これで終いか」


 最後の手段であった聖剣ですらこのザマである。

 ミアに反撃の手段は残っていなかった。


 振り返ってみれば、この戦いでミアが優位を取ったことがなかった。

 まさに完敗。惨敗だった。

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