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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第四章 剣雄編
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68 庇保のエレーナ・レーデン

 前線ではない、手前の自国領内に、敵のトップがやってくるなど誰が想像しただろうか。

 リックスをはじめとした官僚も騎士も、教師も生徒も、ミアも想像だにしていなかった。

 戦場ならいざ知らず、ここは前線の『布の国』に近いながらも『雨の国』。敵兵がひとりでも紛れ込んでいたら問題なのだ。


「よぉ、ミア・ブロンズってのはどいつだ?」


 魔法使い2人の攻撃を避け、さらに反撃する余裕のある男が、不敵に尋ねる。

 ミアを知る者たちが思わず彼女を見て、男は満足そうに笑った。


「なるほどお前がエレ――」

「【雷撃】!!」


 地面を抉りながら雷が迸る。

 ミアらしからぬ本気の魔法だった。それは轟音と共に男へと殺到し、空振る。


 雷を身体能力で避けるなど、通常ならば不可能だ。

 しかし男はやってのけた。そして一気に距離を詰め、ミアを剣のリーチ内に持っていく。

 ミアは動けない。足手まといを抱えている。


 両者の間に入るのは、身体強化で人間離れした動きを当然のような顔で行うリーパーだった。

 ついに男の剣が振られ、ミアを捉える前にリーパーの剣とぶつかる。

 たった一合で、リーパーの口元が歪む。それだけ敵の剣が重かったのだ。剣を手放さないよう余計に集中しなければならない。


「なんだぁ? どいてろガキ」

「ミアさん、早くその人を!」


 ミアはリーパーの時間稼ぎを受け止め、リックスを連れて駆け出す。

 周りに残っていた数名の騎士たちは突如現れた襲撃者に剣を向けようとしていたが、護衛対象を逃がすことを優先した。


「待て、あの男は――!」

「知るか! 早く行きなさい」

「……すまん!」


 騎士たちはリックスを背負い駆ける。先に逃げた集団と同じく、このまま『布の国』に直行するつもりだろうか。どこかで馬を拾えればなんとかなるだろうと結論付け、ミアは激しい斬り合いの音の方へと振り返る。

 彼らを逃がしたのは正解だった。聖剣氣を持っていないただの人間では、どれだけ鍛えていてもあの戦いについていけない。居ても死ぬだけだ。


 立ち位置の安定しない剣での近接戦闘に割り込む余地はない。

 残った3人――ミア、スーヤ、キラミルも手出しができない。

 素人なら見ただけで腰を抜かす剣戟がそこにあった。


「筋はいいが、まだ未熟だなぁええ!」


 赤毛男ガラニカ・カンカリオは、リーパーと互角以上に戦っていた。

 ミアたちがリーパーの実力を今さら疑うことはない。聖剣氣量は第一クラスで剣の腕前も実際に見ている。

 そのリーパーと渡り合う彼は、間違いなく強者だ。


 象将軍と戦った時よりも余裕のない顔は、象将軍と戦った時よりも押されている。

 ガラニカの苛烈な攻撃に、次第に防戦一方となっていき、小さな切り傷が生まれていった。


 追い詰められつつあるリーパーは、相手を殺したくないとはいえ身体強化を使わないわけにはいかない。

 使っていて、これなのだ。

 状況から、ミアはひとつの目を背けたい予想を立てる。


 ひとつは、ガラニカも聖剣氣持ちだということ。

 しかしアイリア学園に彼が在籍していたという記録は無かった。連邦が聖剣氣持ちを集める機関が、公の場によく姿を現す元首を見逃すはずがない。

 聖剣氣でないとするならば、ただの人間が身体強化並みの能力を持っているならば――


「また、異常個体か……!」


 ガラニカは変幻自在とも言える剣技を持っていた。

 それは決まった型なのか、戦場で最適化されていった我流なのか、判別し難い。

 実際に剣を交えたリーパーが言えるのはただひとつ。この男は恐ろしいほどに強いということだ。


「利き手は右か」

「ッ!?」


 突如としてガラニカの振り下ろす剣の雰囲気が変わる。

 これまでの様子を見るような剣だったものが、力強く荒々しいものに。

 それを感じ取り、対応しようと剣に意識を集中させた隙を突かれた。


 赤毛男の蹴りが、リーパーの左腕を襲う。

 骨が折れる時の嫌な音は3人にも聞こえてきた。


「がっ、くぅっ!」

「悪ぃがテメェにゃ用は無ぇんだ。寝てろ」


 そのまま腹にも蹴りが突き刺さり、青年は吹き飛ばされた先で木の幹に背中を叩きつけることになった。


 すぐさまミアは駆け出し、魔法陣を描く。

 スーヤも同時に魔法を放ったが、どちらも簡単に避けられてしまう。


「おいブロンズ!」

「2人はリーパーを! 奴は私が!」

「馬鹿! 死ぬ気か、やめろ!」


 死なないから大丈夫などとは言えない。

 ミアは無理やりにでもひとりだけで対峙すべきだと判断した。

 どうせガラニカの目的は、彼のギラついた目が口ほどに語っているのだから。


 ミアはガラニカと一定の距離を取るように魔法を撃ちながら、森へと入っていく。

 男は誘いに乗り、残った2人と気絶する1人には目もくれず、ミアを追って駆け出した。


「あの馬鹿……! 先生悪いが頼むぞ!」

「待てルーニャ! くそっ聞け!」


 スーヤに「待て」は通用しなかった。

 時間と共に沈静化していた彼女の不安は、走り去る亜麻色少女の背中を見て再び膨れ上がる。

 あの男は危険だ。後輩を守るために自分があの男を殺さなければ。

 焦燥に憑りつかれたような黒髪少女が周りの意見を聞くなどしなかったのである。


 結果、キラミルだけがリーパーの様子を見るしかない。

 追いかけたい気持ちはやまやまだったが、既に後手だ。大怪我の気配がある方を優先した。


 意識は無いが、命はあった。

 聞いた音の通り、左腕は綺麗に骨が折れていた。命まで奪うつもりのなかった赤毛男に疑問を持ちながら、教師は安堵の息を漏らした。



 □□□□□


 少しでも街道から離れることを優先に、ミアは走りながら魔法で牽制していた。


「どうしたどうしたエレーナ・レーデン! 離れたままで勝てると思ってんのかぁ!」


 かなりのスピードで移動した。それについてこれる赤毛男に舌を巻くが、置いてきた仲間たちに色々聞かれるよりはマシだろう。


 魔法は木々に邪魔されて当てにくい。

 障害物も関係なく当てられるであろう【氷界】の魔法陣を描く。

 みるみるうちに氷に包まれていく森は、ガラニカと運命を共にする。


 白いような水色のような冷えた空間で、ミアは滑らず器用に凍った人間のいる場所へと急ぐ。

 しかし目に映るのは氷像ではなく、炎の柱だった。


「魔法……!」

「甘ぇなぁ『魔王の騎士(デモンズナイト)』!」


 馬鹿な、凍ったはずだ。その上で動けるのか。

 ガラニカの鎧に貼り付いた氷が、彼が凍っていたことを示している。

 急いで魔力剣を出すミアだが、男の剣の方が速い。

 肩から腰にかけて一刀両断された。


「カハッ……!」


 痛みに顔を歪めながら、【超速再生】と共にガラニカの攻撃後の隙を狙う。

 魔力剣で腕を切り落とすか、【風墜】で地面にキスさせてやろうか。どちらでもいい。どちらも実行する。


「【風墜】!」

「うおっ! 効かねぇなぁ!」


 間違いなく立っていられないほどの風圧が頭上から来ているはずだ。

 それなのにガラニカは無理やり剣を振り、薄く脆いミアの魔力剣を粉々にした。同時にミアの腕が落とされる。


 やはり異常個体との戦いは一筋縄ではいかない。

 ミアはレンファンと戦った時のことを思い出す。まだ年齢的に未熟だった彼女は御しやすい方だったが、今回は違う。


 魔力剣の脆さは既に知られ、脅威でないとばかりに叩き壊される。

 魔法は避けられ、【風刃】のようなものは剣で叩き落とされる。

 周りを巻き込むような魔法も防がれるか、ダメージを受けようと無理やり攻撃へと持ってくる。

 問答無用で人体に害を与える【風挨】のような最上位魔法を使う余裕は与えてもらえない。


 異常個体との戦闘は初めてでもない。彼らは総じて魔族と対等に渡り合う――もしくはそれすら超えてくるような、まさに異常としか言いようのない人間だった。

 しかしそれらも下してきたのがエレーナ・レーデンだ。

 そのエレーナをもってして、ガラニカに下す評価が決まる。


 手も足も出ないほど、強い。


 身体能力、剣術、駆け引きとその嗅覚、すべてにおいて上澄み。

 戦乱の世でもない平和な時代に、こんな人間が生まれるものかと驚く。


 既に体は幾度となく斬り刻まれ、魔力を糧に再生する黒のゴシックドレスでなければあられもない姿と化していただろう。

 そして一方的な戦いをしているガラニカは、少しばかりの失望の色を見せる。


「おいおい、本気でやってくれよ」

「私は殺し合う気は……!」

「俺はその気で来たんだよッ!」


 ミアの目的は、ガラニカに色々と訊くことだった。

 主に、どうして自分を知っているのか。

 聞き出すためには多少強引な手段も辞さない構えだったが、予想外に向こうが好戦的すぎた。思わず流されるように彼と刃を交えてしまう。


 ミアごと、凍り付いた大木が真っ二つになる。

 どれだけ傷付いても再生するからこそ、彼女は『終着点』として恐れられてきたが、戦闘能力自体は彼女より上の存在は多くいる。

 それがガラニカの肩透かしだった。


「それとも本気でこれか? だとしたらガッカリだよ『魔王の騎士(デモンズナイト)』。お前と戦うのが楽しみで楽しみで仕方なかったってのによ」

「何を……」


 常にミアよりも一枚上手程度で奮われていた刃がゆっくりと下を向く。

 ミアもまた、まるで戦いなど起きていないかのような姿に戻る。


「俺のことは知ってんだろ? だからこうして誘ってきた。俺もお前のことは知ってるぜエレーナ・レーデン」

「ガラニカ・カンカリオね……あなたがウェンユェ・シンウーを……」

「懐かしい名前だな。ああそうだ。俺がアイツに命じた。俺からの恋文は受け取ってくれたようだな」

「恋文ですって? 文のひとつもなく、ただ他人を利用しただけじゃない。『戦の国』が聞いて呆れるわね。最初からこうして正面切って来なさいよ」


 気丈な少女の言い分が気に入ったのか、ガラニカは豪快に笑う。

 少女はとても笑える気分ではない。短い哄笑が終わるまで待ち、続く男の言葉を待った。


「まぁいいじゃねぇか。俺もやることがあったもんでね。だがこうして会えた。会って戦えた。俺の願いは半分叶ったってわけだ」

「願い?」

「ああ。俺は強い奴と戦いたい。とにかく強い奴とな。そんな俺が1000年前に大量に人間を殺した『魔王の騎士(デモンズナイト)』が今も生きてるって教えられりゃ、飛びつくのは自然なことだろ?」

「教えられた……? あなたに教えた奴がいるの?」


 それは秘密だ、とガラニカはおどけてみせた。

 ミアとしては心労が増えるばかりだ。そもそもガラニカがどうしてエレーナのことを知っていたのかを知りに来たのだから、ミアの方も目的の半分は達成しているようなものだが、知れば知るほど深みにはまっているように思えてならない。


「ともあれコトは単純だ。俺はお前と戦いたい、全力のな。やってくれりゃ見返りのひとつでも用意するつもりだが?」

「戦いたいって……今あなたが秘密だって言ったことにも答えてくれるのかしら?」

「ああいいぜ。本当にやれるのならな。未だに誰かの手を借りなきゃ人ひとりも殺せない甘いミア・ブロンズに用は無ぇぞ」


 突然現れて、勝手な言い草だった。

 そもそも、この男との因縁めいたものは勇魔大会でのあの騒動から始まっている。ガラニカからすればもっと前なのだろうが、短くない間、心に巣食ってきた相手だ。


 その相手が一方的にやってきて一方的に戦えと言ってきた。それも全力でと。

 それだけでいいなら、とミアは受けるつもりである。

 しかし無意識のうちに相手を殺さないようとしていた自分が邪魔をして、ガラニカの求める全力が出せない。

 もし絶好の一撃を与えられる瞬間が訪れたとしても、おそらく手が止まってしまう。そんな予感が彼女の中にはあった。

 

 誰かを殺そうと思えば簡単に殺せる。そういう手段を取ってしまいたくもなる。そう自嘲しては自分を滅ぼしたくなる部分は、平和な暮らしを養分に育っていった。

 殺してはいけないという義務感が染みつき、本心へと変わっていく。

 人類大陸にやってきて約3年。彼女がお人好しの甘ちゃんになってしまうのにはじゅうぶんな時間であったのだ。


「あなたはそれでいいの? 反連邦の旗印がこんな場所でほっつき歩いてて」

「俺が少し空けたとしても、問題なく回す奴がいる。飽きるまで付き合ってもらうぜ」

「あなたに私は殺せない」

「知ってるよ。だから良い。永遠に戦っていられるってことじゃねぇか」


 戦い。それこそがガラニカの求めるすべてだった。

 戦いの国に生まれた彼は、戦うために王位継承を不動のものとし、戦うために外魔に挑み、戦うために戦争を引き起こし、戦うためにここにいる。


 人類に『終着点』と恐れられた強敵との戦いは、彼の心を躍らせる。

 己がガッカリと評したミア・ブロンズではない、伝説上のエレーナ・レーデンと戦うことを、彼は望んだ。


 誰から見ても、豪快で荒々しい男だった。

 燃えるような赤毛と、ギラギラとした目、そして戦場で誰よりも目立ち輝く純銀の鎧。

 戦いを呼び寄せ、戦いを楽しむ者は、その外見に違わぬ性質を持っていた。


 エレーナと戦うためなら、ガラニカは手段を選ばないつもりだ。

 例えば、ミアの名を叫びながらやってきた黒髪少女も利用する。


「スーヤ!? なんで!」

「もし全力を出せねぇってんなら……」

「ッ、やめなさ――」


 ミアの制止を意にも介さず、男はその身体能力で瞬時にスーヤの目の前に躍り出る。

 魔法陣を描く暇も、口頭魔法を唱える暇も与えない。

 仲間の悲鳴こそ、エレーナ・レーデンを引き出す術ではないか。その可能性を試すのみ。


 突き出された刃は、少女の肉を貫いた。

 みぞおちの辺りを貫き、流れ出る血が黒のゴシックドレスに染みていく。


「…………ミア………………?」


 リーパーのようにかっこよくはできなかった。

 せいぜいスーヤに刃を届かせなかったくらいの結果だ。

 それでも本気の速度で間に入ったミアにとっては、守ろうとした対象が無傷なのは重畳だった。


「ほう、結構速く動けるじゃねぇか」

「ガフッ……スーヤ……! 馬鹿……!」


 【超速再生】にとって、この程度の傷はなんてことはない。

 しかし、それを知らないスーヤの目は、現実を受け入れられないかのように見開かれ、半開きになった口からは、言葉にならない声が搾り出されるだけだった。

誤字脱字指摘ありがとうございます

助かります

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