67 強襲のエレーナ・レーデン
長い話を聞き、ミアが馬車の窓を開け、換気を図る。
並走するスーヤたちと目が合い、心配そうな視線を受け取った。
傍から見れば、子供とはいえお偉いさんと常に向かい合わせで気付かれしたように見えたのだろう。
一通り風を感じてから、窓を閉める。
風に乗って誰かの耳に入っていいような話はこれっぽっちもしていないのだから。
「まぁ、なんというか……想像もつかないわ」
「よく出来た物語として受け取ってもらっても構わない」
「本にしたら売れるかもね」
しっかりと聞いたつもりだったが、なかなかどうして、眉唾な話だった。
この世界はひとりの不死人間によって操られているなど、けったいな話だ。
笑い飛ばせる妄言だが、それが事実だった。馬鹿正直に受け取るしかない。
「エレーナ・レーデン、これはただ胸の内を明かしただけだ。相談ではない。何を言う必要もないよ」
「そう……まぁ、何も言えないわ」
一応長生きではあるが、それを上回るスケールの話をされると何も言えなくなる。
まさに歴史上の話。
「ただ言うとするならば、矛盾だらけではた迷惑な奴ね。あなたは」
「……そうかもしれない。争いのない世界を目指そうとして、争いを起こしてきた。未来のために、その時の『今』を殺した。同じ志を持つ者でさえも、道を違えたこともあったよ」
リックスの自虐的な笑みに、ミアは口に出せない共感を覚えた。
「連邦内で敢えて差別を作ったのも、小を殺して大を生かすためだった。だから反連邦の彼らにも、まっとうな大義があるんだ」
結局、人の夢とはどこかでかち合うものなのだ。
2つの相反する夢や目的があったとして、叶えられるのは片方だけ。
対峙した人々の夢を、命を、希望を、自分の持つ夢や力が潰していく。それは罪なのか、きっと内容によるのだろうが、絶対的な勝者は、たとえ罪に問われようと夢を叶える。
今は少年の姿をした男が、その勝者で、彼を罪に問える者も、裁ける者も、いない。
「そして今、差し伸べられる手を差し伸べずに、連邦の行く末を他人事のように見守っている。驚くかもしれないが、決心したのはつい最近――ウェンユェ・シンウーに殺されてからなんだ。本気で連邦を廃そうという人々を見て、それもいいと思えたんだよ」
彼が完全に連邦を見限ると決めたのは、リックスになってからだと言う。
それまでは連邦に疑問を持ちながらも、一度叶えた夢を捨てるにはなかなか決心がつかなかった。
言葉の通り、反連邦がきっかけだったのだろう。彼らは図らずも背中を押したというべきか、それで晴れやかに人生の方向転換ができるのは、スケールが小さいようで大きな話だ。
「いやぁスッキリした。人に話すというのはこんなにも気持ちがいいものなんだね」
「受け止めた私は同じくらいもやっとしてるけどね」
「すまない。でも本当によかった。最後の人生で君と出会えて」
「は? 最後?」
「ああ。私はもう魔法を使えない」
魔法が使えなくなった。リックスはそう言った。
さらりと告げられたが、ミアは驚くしかない。魔法使いが魔法を使えなくなるなど、聞いたことがなかったのだ。
「定めた死に方から外れたんだ。仕方ないことさ」
「ちょっと待って、どういうこと?」
「おや、銀魔力を知らなかったか。まぁ知らないか。年の功だねこれは」
リックスはミアの疑問に答えず、意味深な単語を残して追及を躱した。
結果、分かるのは彼はもう魔法が使えず、【憑依】もできないからリックスとして死んでそれで終わりということだけだ。
ミアの頭の中に「手遅れだった」という思いが湧いた。
何が手遅れなのかは分からないが、何か、彼の人生と決定的に交わらなかった。それを惜しいと感じているからこそ手遅れという感想を抱くのか。
「……つまり今のあなたは魔法を使えないただの一般人。証明もできない作り話を延々聞かされたかもしれないっていうこと?」
「おお、そうなるね。そう思っても構わない。だがまぁ、証人はいるよ」
さて、とリックスは空気を変えた。
「私の話したいことは全部話した。君からは……無さそうだね。雑談をする性格にも見えないし」
「ええ。強いて言うなら、あなたはこれからどうするのかってくらいね。連邦を終わらせるのよね?」
「そうしたいところだが、連邦を作るのに途方もない時間がかかったんだ。もう【憑依】できない私がこの最後の人生でできることなんて、たかが知れているだろう。だから人類のことは、人類に任せることにしたよ。考えを変えたと言っても、考えを実行できるかは別だったってわけだね」
「それ、考え変え損じゃないの?」
「私の人生だ。私が後悔しなければいい。ただまぁ、障害は多いよ。反連邦はある意味、人類にとって追い風ではあるが、言ったように連邦だけが文明の進化を妨げているわけじゃない」
先ほど語った主な要素の残り2つ。魔法と天使だ。
「天使に関しては、実際に彼らの領域に立ち入った君に訊きたい。彼らはこれまでお節介にもほどがある干渉をしてきたが、今回もしてくるのか?」
「それは無いわね。天使の中でいざこざがあって、この1000年あったような過干渉もう無い……と思う」
「そうか、まさか答えが得られるとは思わなかったが、ありがとう」
質問したと思ったら質問されていることに気付いたミアは、少しだけムッとする。
それよりも、残った要素――魔法。そして魔法使い至上主義を不動のものとする魔法協会だ。
ミアがそこに突っ込むと、リックスは難しい顔をする。
「魔法協会は……ハッキリ言って崩せないのではないかと思っている」
彼の持論では、魔法があるから技術が発達しないことになっている。
便利すぎる故に、それに頼りすぎてしまうその力は、取り上げることができない。
魔法使いが人々の上に立つという常識も、『魔法よりも優位な技術』を生む弊害となっているのだ。
「それに魔法協会を取りまとめているのは、私の肉親だ。彼女が魔法使いの頂点に立つ限り、魔法使い優位の歴史は変わらないだろう」
さらに爆弾を投げ込まれ、ミアの頭は疑問符でいっぱいになる。
肉親というのはリックス少年か、それとも元となった男のか。口ぶりから後者なのだろう。
「待って、ちょっと」
「君の疑問を当てよう。私の姉……姉か? もう忘れてしまった。妹ということにしておこう。さっきの話にも出てきたね。彼女が何故、現在の話に出てくるのかというものだろう?」
その通りだ。
彼の答えは「彼女も【憑依】を使える」というものだった。
しかしそれはおかしい。
通常、兄弟が同時に魔法使いになるのはありえないのだ。
1人の魔法使いに子供が2人以上生まれたとして、魔法使いの素質を持つのは1人だけ。それが自然の法則だったはずだ。
リックスは「言いたいことは分かる」と言いながら、「だが事実だ。私と妹は、生まれた時からどちらも魔法使いで、固有魔法も使えた」と言い切った。
それが事実だと突きつけられれば、反論はできない。何故という疑問しか持てない。
その疑問は彼自身も持っていたようだが、もう『そういうもの』だと考えないようにしたらしい。
ミアも受け入れるしかなかった。
「だから証人とは、彼女のことなんだ。同じ【憑依】が使える者として、彼女は連邦を裏から支配し続けた私のように、魔法使いを支配し続けている」
「それは、あなたと同じ理由で?」
「さぁね。彼女と最後に話したのはずいぶん前だったからね。考えが変わっていなければ、多分そうだ。しかし彼女は、連邦という体制よりも魔法使いこそが世界を支配し、管理すべきだと考えている」
また突拍子もない話だったが、実際に彼女とやらに訊けば真偽が分かるのだろうか。
というところで、ミアは「あれ、私これ知る必要あったかしら?」と我に返った。
もう何のためにこの話を聞いているのか分からない。ああ、ただ聞けばよかったんだった。
「彼女は裏からというよりも、直接支配することにこだわっていた。だから必ず魔法協会の長の座だけは降りていない。今は確かルーニャだったか」
「………………ん?」
ルーニャという名に、ミアは聞き覚えがあった。
というか、ここ最近その名前とずっと一緒にいる。
「え、ルーニャ?」
「彼女は魔法協会と『教の国』の頂点に立ちたがるからね。今はルーニャ家がその地位に就いているから、そうなのだろう」
「……ちなみに今、並走してる馬にスーヤ・ルーニャという魔法使いがいるのだけれど」
「ほう……ならそれは彼女の娘だ」
「その、妹さんは【憑依】のことを誰かに明かしていたり?」
「いいや、それはない。【憑依】は知られてしまうと色々マズい能力だ。他人に教えるなんてありえないさ。弱点を晒しているようなものだからね」
本人のいないところでスーヤの家族の秘密を知ってしまい、ミアは頭を抱えた。
おそらく娘のスーヤも知らないであろう母親のルーツだ。そんなのを教えられてもどんな顔をすればいいのだ。
「これ、スーヤに話せることじゃないわね……」
「だろうね」
「はぁ~……」
そしてついにリックスの話は終わった。
まとめると、これまで彼は争いを無くすために連邦を作ろうとして、実際に成功した。
しかしその体制は人類を停滞させ、緩やかな滅びの道へと繋がっている。
加えて反連邦蜂起を見て、今までの考えを一転させ争いを必要とする考えに。
そしたら魔力が消え、【憑依】もできなくなった。
文明の進歩に邪魔な魔法使いを、1回の人生でどうにかできるわけがない。
だからもう、彼はすべてを丸投げした。
もはや世捨て人のようだった。
ミアが抱いた感想は、自分勝手で無責任。
しかし少しだけ、時代を超えて生きる者としての共感はあった。
そして彼を無責任と思うと同時に、自分の考えにも、ほんの少しの引っかかりを覚えてしまう。
今を生きる者に干渉しない。
それはしっかり果たせているだろうか。否。
自分は『干渉しないという考えを持つ』こと自体を、無責任の言い訳にしていないだろうか。
ミアの悩む素振りを見て、リックスは肩を竦めながら紅茶のおかわりを差し出した。
「何を悩む?」
「……少し、人生」
「長生きの先達として余計なお世話を言わせてもらうと、思うままに生きていいと思うけどね。私も無責任にそうしてきた」
そうできれば楽だ。
思いのまま気の向くまま、いたずらに世界に干渉し、関わる命を選別し、エゴでどうするかを決める。
なにも気負うことなくそれができたなら、なんと素晴らしい人生だろう。
まさに完璧だ。それを送れるほど無責任になりきれないミアでなければ。
「ホント、聞くんじゃなかったわ」
「話したかったんだ。許してほしい」
話が終わったのならこのまま馬車から出て、外の風を浴びながら馬に乗りたいものである。
その旨を告げようとしたミアは、皮膚が粟立つのを感じた。
それと同時に右手で魔法陣を展開しながら、席を立ち左手でリックスを抱える。
【雷撃】で馬車の側面を吹き飛ばすと同時に、ミアは外へと跳んだ。今まで自分たちが乗っていた馬車が木端微塵に砕け散るのは、1秒もしないうちだった。
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既に太陽は空の頂点を回り、少ししたらオレンジ色に変わっていく時間帯。
『布の国』を目指していた政府高官と特攻隊生き残り一行は、何かが街道へとやって来るのを見た。
街道脇の森から飛び出してきたのは一頭の馬。鞍は付いているものの、誰も乗っていない馬である。
はて、と思う隙に、もうひとつの影が森から飛び出し、馬車を守る騎士を真っ二つにした。
突然のことに、誰も対応できない。
あっけなくひとりの命が散り、奪った本人は剣を構え、一番豪華な馬車へと跳ぶ。
リックスを抱えたミアが馬車から飛び出してきたのは、その時だった。
たった一振りで馬車を粉砕した襲撃者は、ターゲットを仕留めそこなったと言わんばかりに、しかし楽しそうに舌打ちする。
「敵襲ーー!!」
「ミア!?」
「敵はどこだ!」
「ひとり殺られた!」
馬車が吹き飛ぶ衝撃に巻き込まれたミアは、地面に到達すると同時にゴロゴロと転がり、やがて止まる。
腕に抱えたリックスは無傷であった。
「今のは……」
「頭下げてなさい!」
馬車の残骸に向けて【雷撃】を撃つ。スーヤも同じように【風刃】を飛ばしたが、襲撃者は高く跳ぶことで回避。同時に手に持っていた剣をスーヤへと投げた。
「ぁ……?」
「危ない!」
これはリーパーがスーヤを突き飛ばすことで、事なきを得る。
ただ助けるためにリーパーは乗っていた馬から跳び、スーヤも突き飛ばされて落馬。
キラミルは残ったが、他の馬車は逃げるように先を急いだ。
「あの純銀の鎧に、燃えるような赤毛……まさかこんなところに現れるとはな」
リックスは意外そうに、それでいて落ち着き払って呟く。
「知ってるの?」
「ああ。奴こそガラニカ・カンカリオ。『戦の国』の首長で、反連邦の象徴だ」
本当に「まさかこんなところに」だった。
ミアが会うことを求めた人物。好戦的な笑みを浮かべ、「よぉ」と気軽そうに挨拶をしてくる男こそ、本物のガラニカ・カンカリオであった。




