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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第四章 剣雄編
95/212

73 on doit tout oser si on aime vraiment 4

 俺は志願してこの戦争に飛び込んだ。

 親父の背中を追いかけて……連邦を、無辜の民ってのを守る騎士になろうとして。


 何も分かってなかった俺は、何も考えずに前線に向かった。

 まだここまで連邦に後がなくなる状況よりもだいぶ前だったから、かなり西方だった。

 コネっつーか縁故っつーか、親父と同じ騎士部隊に入れてもらった。聖剣氣持ちは生徒だろうと下手な騎士より強いからな。


 というか、聖剣氣持ちは本当に強いんだよ。

 タダで身体強化ができるからな。


 今になって分かる。騎士ってそんなに強くない。

 ちょっと団体行動ができるだけの、ちょっと強いだけの人間なんだ。

 訓練はしてるけど、戦う相手は冒険者が対処しきれない数の魔物とか反社会組織の同じ人間かだ。


「お前がドゥゲルのせがれか! 将来は騎士になるんだって?」

「羨ましいぜ、聖剣氣ってのはよ。俺も欲しい~」

「生き残ったら無条件で騎士団に入れると思うぜ!」


 親父が所属してた部隊のみんなは、気のいい大人ばかりだったよ。

 隣で命を預ける者として一人前として扱ってくれて、時に褒めて、時に殴ってくれた。

 この人たちが死ぬ光景なんて想像できないほどに、俺は馴染んでいったと思う。



 □□□□□


 初めて戦場で敵と戦った時、俺は動けなかった。放心状態ってやつだ。


 人を殺すなんてこと、やれと言われてすぐできるわけがなかった。

 たとえ絶好の機会が巡ってきても、俺の剣はすぐ振られなかった。


 俺は動揺したよ。

 自分のことにじゃない。周りを見て、だ。


 周りの奴らは、人を殺せてたんだ。

 どうして。何度もそう思ったよ。


 だって、みんな俺と同じはずだったんだぜ?

 やむを得ない時もある騎士だけじゃない。志願や徴兵などで元は町民や農民などの一般人だった兵士、報酬目当ての冒険者。

 敵味方に関わらず、そいつらは普通に殺せてたんだ。


 俺とあいつらの違いは何だ?

 ついこの間まで、戦争なんて知らなかった人間たちが、どうして殺せてる?

 俺は何故躊躇う?

 何が違う?


 そう思って、考えて、生き残ることに必死で、まとまらなくて。


 俺みたいなのは他にもいたと思う。そういう奴から死んでいった。

 俺が死ななかったのは、親父が守ってくれたからだ。


「馬鹿野郎! 動け! 戦え!!」


 血に濡れた剣を持って、俺を殴って現実に引き戻してくれた。

 親父の隣で、統率された騎士の中で戦う俺は運がよかった。

 1人より2人、2人よりもっと多く。それだけで死ぬ確率がぐんと減るんだ。

 連携さえできれば普通の兵士相手に生き残ることくらいはできたんだ。


 そして、俺は慣れた。

 戦場に、殺気に、血に。


 これまで生きてきて、圧倒的に非日常であるのに、慣れた。

 俺はおかしくなったのか、変わったのか。多分どっちもだと思った。


 多分、俺はダメな奴だったんだ。

 慣れてようやく分かった。最初から人を殺せる奴と、殺せず立ち尽くす奴の違いが。

 覚悟とか、そういうものだったんだ。


 単に、俺は覚悟ができてなかっただけ。

 ヘタレだと笑ってくれ。


 覚悟ができてなかった俺は、諦めで人を殺すことができた。

 最初から諦めてた奴は、覚悟ができていた奴と同じだったんだろ。だから人を殺せた。

 やられなきゃやられるから、やるしかない。


 そういう状況に居れば、覚悟も諦めもできるもんだった。



 □□□□□


 戦況は、やっぱり連邦が負けてた。


 俺たちは追い詰められて、親父と同じ部隊の騎士たちもどんどんやられていって。

 軍が今の戦場を捨てて後退するって決まった時、俺はこう思ったよ。

 お偉いさんがもっと早くそう決めてれば……あの人は、この人は、少なくない人たちは、死なずに済んだんじゃないかって。


 で、撤退戦で俺のいる騎士部隊は殿を務めた。

 押し付けられたとも言うな。

 親父は俺だけでも先に逃がそうとしてたけど、俺が親父を見捨てられるわけがない。家族なんだ。

 死ぬなら家族と一緒がいいと思った。


 その時だ。敵の聖剣氣持ちがこっちにやってきてよ、ほとんどなす術なくやられたよ。

 本当に俺はヤツと同じ聖剣氣持ちなのかって思うくらい、ヤツは強かった。

 多分有名な奴だったんだろうなって思う。


 どんどん味方がやられていって、その頃には俺も誰かを殺す経験はできてたけど、怖くて怖くて、怯えた。

 死ぬ覚悟を決めたはずなのに、死にたくないって思って、頭ン中がぐちゃぐちゃになって――


 親父が死んだ。


 俺を庇って、


 腰を抜かして尻もちをついた俺を背に、剣で真っ二つにされた。

 今でも覚えてる……肩から斜めに、腰まで斬られて、体がズレて、落ちる……


 …………悪い、思い出しただけでも、怖いんだ。



 俺も殺されると思った。

 殺されてたんだと思う。


 その直後に、敵の聖剣氣持ちの首が飛んでなけりゃ。



「敵は拙者らが引き受ける! 全軍、敵に背を向けろ! 走れ!」


 何が起きてるのか分からなかったが、とにかく助かったって悟った。

 凛としてよく通る女の声を聞くと、すごく頼もしくなった。

 まぁ俺は腰を抜かして逃げ遅れたわけだが。


「大丈夫?」

「は、はい……」


 そんな俺を助けてくれたのは、別の女の声だった。

 後から知ったが、俺は『準勇者部隊』に助けられてたんだ。


 声をかけてくれたのは、マジ、女神かと思うくらい綺麗な人だったよ。

 今でも記憶に焼き付いてる。金髪の、優しい……

 わり、脱線した。


 後から分かったことだが、『聖女』って呼ばれてる人だった。名前はアントリテ・オンリールビー。

 親父の仇を討ってくれたのは、隊長であるリズ・モアサファイアだった。


「学園の生徒だったのか」


 勇者を除いて世界最強の部隊。その隊長に話しかけられた俺は、どう受け答えしてたかな……「あっ、は、はい……!」くらいしか言えなかったかもしれん。


「よく生き残った。動けないなら連れていってやる」


 準勇者部隊の人たちは、噂通り癖の強い人ばかりだったけど、戦場で全然役に立てなかった俺にも優しかったよ。

 親父が目の前で死んだことも打ち明けて、とにかく泣いた。


「大変だったね……」


 こんな俺の話なんて、戦争ならありふれてるだろうに、アントリテさんは自分のことのように共感してくれて、めっちゃ撫でてくれた。すげぇ恥ずかしかったけど、嬉しかった。


「もし、(ぬし)が耐えられぬなら、もう戦いに出るのは避けるが賢明じゃろう」

「できないこと、しないほうがいいよねエルク」

「無理はよくないよね、アルク」

「あ、えっと……」


 事実だった。

 俺はもう、戦えなかった。

 辛い思いをして、死にそうになって、よくしてくれた騎士団のみんなは死んでて、目の前で親父に庇われて。

 心が折れるっていうのは、こういうことなのかって思ったよ。


 だから俺は、逃げ道を作るように説得してくれた準勇者部隊の人たちの言葉に甘えて、前線から退いた。


 でも、帰るなんてこともできなかった。

 志願して出ていったのに、おめおめ帰って、何を言われるか……怖かった。

 俺は命を拾ったのに、ちっぽけな自尊心を捨てられなくて、結局、戦場から離れられなかったんだ。


 それから俺は、ずっと医療班の手伝いをしてるんだ。

 聖剣氣が使えるのを隠して、な……

 俺のことを知ってる騎士団はもういない。制服を着てるわけでもなし、もう俺がアイリアの生徒だって知ってる奴はいなかった。

 だから、その。


 責めてくれ。


 俺は、腰抜けなんだ。

 腰抜けなくせに、助けてもらったくせに、まともに返せもしないんだ。

 手伝いをすることで、少しでも罪悪感を減らしたい、卑怯者なんだ。



 □□□□□


 ラルの話を聞いて、私は彼を責める気にはなれなかった。

 そんなことないよ。

 言うのは簡単だけど、果たしてラルが望む答えなのか、それすらも分からないほどに、彼は本気で、自分を責めている。


 その表情は、どこか、誰かに似ていた。


「いっそ、俺も、俺もあそこで死んでたらって……」

「いいわけない!!」


 私は周りに憚ることなく、声を張り上げた。

 それだけは、生きてるラルが言っちゃダメなんだよ。


「私は、ラルが生きててくれて嬉しい。また会えて嬉しいよ。みんな、そう言うに決まってるよ」

「そんなわけ……」

「悪いのはラルなの? 違う、悪いのはラルじゃない。悪いのは戦争で、ラルがお父さんやみんなを殺したわけじゃないよ。ラルに死んでほしいなんて誰が言ったの? お父さんは、ラルに生きてほしくて、庇ったんでしょ?」


 私は当たり前のことを言っただけ。

 事実と、簡単に予想できることだけを。


「俺は、お、れ……は……!」


 それなのに、ラルはそんなこと今まで考えもしなかった、そんな顔をして。

 蹲って嗚咽を漏らした。

 私はその肩に、私よりも背が高いのにどこか小さく感じる肩に、手を置いた。


「ラルは偉いよ。逃げずに、できることをやってる。みんなを助けてる」

「違う! 俺は逃げてるんだ!」

「本当に逃げた人は、ここにいない。でしょ? ラルは自分を許してあげて」


 私は彼の肩から伝わる震えが止まるまで、手を置いて、ただそれだけだった。

 一瞬、弟にやるように頭を撫でそうになったけど、男子は女子に撫でられるのが嫌いだって友達が言ってたからやめた。


 しばらくして、ラルから「悪かった」と言われて、手を離した。


「ありがとな。俺が聞いてたはずなのに、聞いてもらっちまった」

「ううん。私も聞いてもらったから、おあいこだよ」


 酷い目にあったんだから、まだ完全に立ち直れはしないだろうけど、少しでも前を向いてくれると嬉しい。


 死んだ人のことを考えるのは、とても……あれ、なんなの、これは。


 いや、なんでもない。

 大丈夫。

 私は。


「クレア! ここにいたのね!」


 ぼーっとしていた私をハッとさせたのは、パルラスだった。

 走って探してたみたいで、ふぅと息をついている。


「あら? あなた」

「クレアから聞いてるよ。第2クラスのラル・アーバンチだ」

「やっぱり。見覚えがあったわ。自己紹介する暇も惜しいの。あなたも来る?」

「来るって、どこか行くのか?」

「噂を聞いたのよ!」


 パルラスは偉い人との話を早々に終えて、情報収集をしてたらしい。


 どうやら、私たちが来るより前に、聖剣氣を持つ人たちを集めて敵陣に突っ込ませたという話は本当だったらしい。

 その生き残りっぽい人たちが、この国からすぐ北にある『雨の国』にいるんだとか。

 最前線に行ったのに、どうしてそんなところに? あくまで噂では?

 そう思ったけど、パルラスは「リーパーはそこにいるに違いない!」と半ば自己暗示みたいに語ってた。


 うん、信じたくもなる。

 私も心細い。

 ミアが生きてるとしたら、きっとそこにいるはずだ。

 私もパルラスに倣って、自分に言い聞かせる。

 嫌な方向ばかり向いて考えてたら、動けなくなるから。


「早く行くわよ! 馬車は準備してあるわ!」

「う、うん! ラルは……」

「……俺も行く。ただ、医療班の人たちに挨拶だけさせてくれ」

「少しだけ待つわ。砦の北で待ってるから」


 常に供をつけるパルラスのようなお嬢様にとって考えられない、馬車1台によるたった3人での旅が始まった。

 旅といっても、長くはならないけど。


 きっと生きてる。

 きっと会える。


 信じて、信じて、数日。

 私たちの向かう方向から、高級そうな馬車が数台走って来た。

 まるで何かから逃げるように、街道を爆走している。


 3人とも、ただ事ではないと考えた。

 護衛の騎士もいたけど、話しかけると「向こうは危険だ! 敵が暴れている!」とだけ返して走っていった。


 なおも馬車を走らせ、今度は数騎の騎士が走って来た。

 そのうち1騎は、後ろに偉そうな服を着た少年を乗せていた。


「君たち、この先は危険だ。引き返したまえ」


 少年は歳に不相応な雰囲気をもって、私たちに警告した。

 何か聞けると思ったパルラスは、とりあえず身分を考えずに訊く。


「私たちは人を探してるの! 『雨の国』から来たなら教えて欲しい。『布の国』の聖剣氣部隊の生きのこりは……!」

「っ、君たちは……?」

「わっ、私たちはアイリア学園の生徒です!」


 すると少年は急かす騎士をなだめ、落ち着き払って話す。


「私は途中まで、君たちの探しているであろう者たちと道を共にしていた。だが襲撃を受けた。彼らが食い止めてくれているが、生存しているかは……」

「リーパーは、勇者の弟は!?」

「勇者の……ああ、いた」


 するとパルラスは目の色を変え、礼も言わずに馬を走らせ始めた。


「ちょっ、ちょっと!」

「幼馴染なのよ」

「はぁ?」

「初めて会った時のこと、向こうは覚えてないかもしれないけど……」


 言い訳、だろうか。

 よく分からないけど、なんとなくパルラスが何でリーパーが好きなのかをちょっとだけ理解できた気がする。

 礼を失したパルラスは、自分でも何を言ってるのか分かってなかったのかな。すぐ「今のはナシ!」と言う。

 私とラルは揃って呆れた。


「おい、アレ!」


 全速力で馬を走らせていると、道の真ん中に木の残骸と、数人の人影が見えた。

 見覚えのある人影だった。


「リーパー!!」


 馬を止め、パルラスは踊り出るように跳ぶ。

 私たちも続いて馬車を飛び出したけど、リーパーは倒れていた。

 しかも、一目見ただけで分かる。左腕が折れていた。


「なっ、お前ら!?」

「リーパー! 目を開けて、死なないで!」


 驚いていたのは、キラミル先生。

 ラルも「先生!?」と驚きながら、すぐさまリーパーに駆け寄る。


「……折れてるだけか。死んじゃいねぇ。パルラスどけ!」

「嫌よ!」

「応急処置するからどけって!」


 ラルはこんなこともあろうかと、医療テントから少しだけ物資を持ってきていた。

 手ぶらのキラミル先生ではできなかったことができる。


「せ、先生、ミアは? 生きてるんですか?」

「プレトリア……ブロンズは……」

「戦ってる」


 森から、誰かが出てきた。

 身構えたけど、それは知った顔。


「スーヤ先輩!?」

「アイツは、ひとりで、あの馬鹿……!」

「どこで!?」

「…………」


 先輩は答えなかった。

 悔しさを隠さない表情だけを返してくる。


 しかし彼女が出てきた背後の森から、音が聞こえてきた。

 自然の音ではない、明らかによくない音だった。


「ッ!」

「待て、プレトリア!」

「……クソッ、アタシも――」


 私は何も考えず、誰も寄せ付けないほどの速度で森の中を駆けた。


 視界の端に映る、プツリと糸が切れたように倒れ込む黒髪少女の姿も気にならないほどに、私の意識は森の向こうへと続いている。


 背負っていた槌を手に取り、身体強化と狩人としての感覚と経験を駆使して、道のない森を抜け、一面氷の世界へと飛び出す。


 そこには、銀色の鎧を着て剣を突きつける男がいる。

 突きつけられている側には、目立つ銀髪しか目に入らない少女。

 見慣れた亜麻色の髪はどこにもいない。


 考えている場合じゃない。体が勝手に動く。

 男に槌を叩き込む。速度と力を最大限利用して、少女を飛び越えるように、男の正面から振り抜く。

 不意討ちになったけど、男は気付いていたはず。なのに避けなかった。いや、避けられなかった?

 一瞬だけ合った目は、見開かれて、私を捉えていた。


 男の体が吹っ飛び、私はさっきまで男が立っていた場所と入れ替わるように止まる。


 多分、少女を守った形になったはず。

 ミア。ミアだよね?

 ミア。ミア……?


「クレア………………?」


 耳朶に染みた。好きな声。

 実際の期間以上に離れ離れになっていた気すらしてくる。紛れもなく彼女の声。


 浮かぶのは驚愕。それしかない表情だった。

 見覚えのある、見覚えのない少女。


 銀髪に赤目の彼女は、私を見て、次に困惑の表情を浮かべた。

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