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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第四章 剣雄編
87/212

65 不退のエレーナ・レーデン

 一夜明け、朝。怪我人の様子見がてら、生き残りが一堂に会する。

 これからのことを話す前に、彼らは重い空気に包まれる。

 安静にしていた4人のうち1人が、夜のうちに息を引き取っていたのだ。

 それもアイリア生徒。キラミルは特に落ち込んだ。


 死体は埋葬するしかない。穴は魔法を使えば一瞬で土を穿てる。

 重く冷たくなった仲間を埋める、その役割は冒険者の筋肉男が担ってくれた。


「もう、帰りたい……」


 沈鬱な空気の中、シフォンの小さな呟きが全員に染みた。

 帰りたい。思わないはずがない。死と隣り合わせという状況には、誰だって慣れていないのだ。


 その後は、村から提供された食事をありがたく受け取り、今後の方針を話し合うことになる。

 このまま逃げるか、それとも軍に戻るか。特攻隊の生き残りは大まかに2つに別れた。


「悪いが俺は脱出したらおさらばさせてもらうぜ。もう命を張るのは御免だ」

「どうせ『布の国』は落ちてる。聖剣氣持ちまで無駄遣いしたあいつらと一緒に戦うなんてまっぴらだ」


 逃げようとする彼らを、止める者はいなかった。

 共に地獄を潜り抜けてきた身だ。それなりに仲間意識も出来ているし、気持ちはよく分かるというもの。

 ならばとキラミルは途中までの道のりを地図で指さす。逃げようと提案する生徒の言葉にも、何も言わない。


「私たちはまず『雨の国』に行くべきだ。『布の国』の北に隣接するここならば、安全だろう」

「(ああ、ここそんなに近かったんだ)」


 『雨の国』という単語に、ミアが内心で反応する。

 ミアはここに訪れたことがあった。といっても1000年前、私用でだ。

 きっと風景などはかつての記憶と異なるのだろうが、そこに行くとなると少し懐かしい気分になる。


「俺たちは異論なしだ。最善だと思う」

「『雨の国』なら攻め込まれる心配もなさそうだしな」


 その後、負傷者を連れていくか置いていくかという議論になり、結果的に置いていくことに。

 行軍速度も下がるし、なによりお荷物。流石に心無い言葉を理由にはしなかったが、村人から「治るまで看病する」という言葉もあり、別れることになった。


 反連邦の追撃部隊も気になったが、そこは村人が守るという。目覚めて回復した後は、好きにしろという言葉だけ置いていった。

 どのみち動けるようになるには時間がかかる。その後に軍に戻るか、故郷に帰るか、村に恩返しするか、それは各々の自由だ。誰も強制できることではないのだから。


 これで残りは8人。実はもうアイリア生徒の他にはシフォンと冒険者の筋肉男しか残っていない。

 筋肉男はセビーという名前だが、彼はもう戦線復帰は考えていない。数日で忘れる名前だろうとミアは思っていた。


「それじゃあ、もう経ちます。お世話になりました」


 代表して大人組のキラミルとセビー、それにシフォンが深々と頭を下げ、生き残りたちは3日の滞在を後にした。

 他の5人、ミア、スーヤ、リーパー、それとアイリアの男子が2人。この2人もセビーと共に『雨の国』で別れる予定だ。


 一行は先日の人狩り部隊のような追撃を警戒しながら、森と谷を抜け、『雨の国』へと向かった。



 □□□□□


 『雨の国』は、文字通り一年中雨が降っている国だ。

 原理は分からないが、1000年前もそうだったし現在もそうなのだから、自然の不思議としか言いようがない。

 常に雨が降っているためか、ここだけ土壌や植生が大陸のどことも違っている。非日常を欲しがる者たちからは旅行先としても有名であった。


 さらにこの国の防御は、この雨と国主を務める王家の力もあって異様に堅牢だ。

 ここを経由することをキラミルが提案したとき、周りから賛成を受けたのはそういう理由もあった。ここならば反連邦が迂闊に攻めてくることはないのだ。


 村を出てから一週間。2度の襲撃を乗り切り、街道でないところから『雨の国』に入った一行は、ひとまず町を見つけることができた。

 衛兵に止められはしたが、少人数であることとアイリア学園の制服を着た者がいたおかげで、無事受け入れられ、町長の計らいで村よりもまともな宿屋を提供された。


「2人ともすまない、私は軍に戻る。今後はセビーさんについていけ」


 キラミルは逃げを選択した生徒たちに頭を下げた。

 どちらも大事な生徒であるが、彼女は迷いに迷った結果、危険な場所に再び赴く生徒たちを守るという意思をもって、決意した。


 生徒2人はそれを見て申し訳なさそうにするが、やはり命は惜しい。方針を覆すことはなく頷いた。


「学園に戻るというなら、書状を渡しておくからこれを学園長に見せろ。お前たちが咎められることはない」

「乗りかかった舟だ。お前らが行きたい場所についていってやる」


 セビーはキラミルから生徒を預けられることを快諾した。

 元々ひとりで逃げる予定だったが、極限状態を共に乗り越えた仲だ。放っておけない人情が彼の中にもあった。


 どこに逃げるか、まだ逃げる場所があるのか。そこまでを他人は知らない。

 逃げた先が実家であってもまた別の場所であっても、今生の別れな気がしたからか、誰もまた会おうとは言わなかった。


「お前はどうするんだ? といっても軍に戻ることはなさそうだが」


 キラミルに話を振られたシフォンは、一瞬肩をびくりと震わせて、生徒たちと同じような顔をする。


「わ、私は……ごめんなさい、戻りません……」

「そうか、気にするな。生きることがなにより大事だ」

「っ、あの! みなさん、生きてたら……生きて帰ってきて、それで、えと、『花の国』に来てください! 美味しいケーキ、作るので!」

「そうか、お前は『花の国』だったか。遠いが、帰れるといいな。私も生きて帰ったら、休暇を取ってお前を訪ねるとしよう」


 『花の国』という単語にも、ミアは懐かしさを感じていた。

 大陸の南東側に位置する国で、魔族侵攻に対し比較的早期に陥落した国だ。

 ミアは『魔王の騎士(デモンズナイト)』としてかの国を攻めた記憶がある。王族の固有魔法が鬱陶しかった印象が強い。


「なんなら俺もついていきますよシフォンさん!」

「ばーか俺たちは学園に戻ろうぜ」

「よし3人とも、明日は休んで明後日出発だ!」


 こうして8人は半々に別れ、また別々の道を行く。

 軍に戻るのはたったの4人。それも全員がアイリア学園の者。

 なんの因果か、生徒はミアと知った顔だけになった。


「まぁ、戻ったとして我々は歓迎されるのかは分からんがな」

「嫌なら先生も学園に戻っていいんですよ」

「できるか。私は公務員だ。無断で戻ったらクビだろう」

「そこは学園長が口を利いてくれると思うけど……」



 □□□□□


「ん、んー……」

「どうされましたか?」

「あー……悪ぃ、ちと用がある。俺は別行動をとる。お前らは予定通り『布の国』で味方と合流して敵を叩け」

「はっ、え? しかし」

「戻るまでの指揮はお前がとれ。じゃあな」

「まっ、お待ちくださいガラニカ様! どこへ!」


 ちょうど『檻の国』へと入った反連邦軍の軍列から、一騎の馬が駆けて行く。

 取り残された将官は慌てて周りへの指示を飛ばす。

 『布の国』での戦況が膠着状態に入っている中、ここで後詰の軍が足を止めるわけにはいかないのだ。


 それをすべて部下に託した男は、ひとり別の方向へと馬を走らせていた。



 □□□□□


 最前線の様子は、やはり最前線でしか分からない。『雨の国』の小さな町では、最新の情報など入ってくるはずもなく、噂でしか戦況が分からないでいた。


 軍に戻ると決めた4人は、まず情報収集を行った。いざ『布の国』に行ったとして、既に敵地になっていたら目も当てられない。

 なるべく無駄足は避けたかった。


「既に連邦軍には準勇者部隊の援軍が到着してるって噂もあるけど、本当なのかしら」

「人は自分の信じたいものしか信じねー。この目で見ないことにはどれも眉唾だな」

「それ言ったら、ここで情報を集めるのがバカみたいじゃない」

「実際バカだよ。とっとと出発すればいいんだ」


 ミアとスーヤは、あの森や村での一件以降、いつもの距離を取り戻していた。精神的には。

 物理的には近付いている。常に雨が降る町を歩いている中で、1本の傘を2人で共有してるくらいには近付いていた。


 スーヤがあの村の夜に言った通り、おかしいのはその日だけだった。

 それ以降は特に寝床に侵入されるといった事態にはなっていない。

 ただスーヤの魔力回復のために、ミアは度々彼女と降れ合うことになっていた。


 彼女の【吸収】は生命力だけではなく、魔力まで吸えるらしい。しかし一般人や周りの空気や動植物は魔力をほとんど持っていないので、同じ魔法使いから吸うのが効率的なのだ。


 底なしの魔力を持つミアは【吸収】を受け入れ、スーヤの吸収時にミアに触れていたいという言葉にも、「別に触れ合う必要ないんじゃないの?」というツッコミを吞み込んだ。


 村を出て2度も人狩り部隊に襲撃を受けたため、自然と2人はすぐ手の触れる距離にいるようになり、安全圏である『雨の国』に入ってもそれは続いていた。

 というよりも、ミアがどこかへ行こうとするとスーヤも付いてくるのだ。


「スーヤ、お昼食べましょうか」

「お前が腹減ってんならいいぞ」


 2人は手近な店に入り、名物だという川魚の蒸し焼きを食べる。

 昨今、戦争の影響で物価高が続いているが、こうした地元食材を使った料理などはリーズナブルなのだ。

 向かい合って座り、ミアは学園でのことを思い出す。


「まだそんなに経ってないはずなのに、こうしてスーヤと向かってご飯を食べるのは懐かしいわね」


 ミアがいつも寝坊するから、何故か同じ時間に食堂にいるスーヤとたまに朝食を共にした。その光景の中には、2人だけではない。赤毛の少女もいる。

 悲しくなるので思い出すのを中止した。


「スーヤっていつも小食だけど、食べなくて平気なの?」

「ああ。アタシは魔法で色々吸えるからな。ぶっちゃけ食事の必要はねーんだ」

「じゃあなんでたまに食堂に?」

「さぁ……なんでだろうな。食事をするっていう姿勢をとりたかったのかもしれねー」

「なにそれ」


 談笑していると、料理が運ばれてくる。

 近くで獲れた川魚を、これまた近くで採れた何種類かの香草と一緒に蒸したものだ。

 かけるのもまた香草ソース。これで魚の臭みを気にせず食べられるらしい。当然ミアの時代になかった料理。


「じゃあこれも食べないの?」

「食うよ。つっても少しだけ。余ったのはやるよ」

「いやよ。また太……コホン、私も食は細い方だから」

「太ってもいいだろ。それに一日中歩き回ってんだ。食わねぇとやってらんねーぞ」

「…………」

「ミアって体型の話になると急に黙るよな。別にいーだろ細い細い」


 ミアは紛らわすようにバクバクと魚を食べ、骨が口内に刺さった痛みに顔を歪ませた。

 すぐ再生するとはいえ、痛いものは痛かった。



 □□□□□


 半分休暇のような一日を終え、宿で収穫を話し合う。

 スーヤの言った通り眉唾な内容が多かったが、総合して『布の国』での戦闘はまだ続いていると見ていい。


 となると、一刻も早い移動手段が必要になる。

 全員が聖剣氣持ちだから馬を使うより走った方が速いが、国から国への移動は流石に体力を消費しすぎる。対外的にミアの聖剣氣量が歴代一少ないということもあり、結局馬を手に入れることになった。

 また町長に頼ることになったが、町長はこれから戦争に向かうという者に対価を要求することもなく、無償で4頭の馬を提供してくれた。

 アイリア学園には乗馬の授業もあったため、4人とも問題なく乗れている。


 ルートとしては、ここからいくつかの町を経由しての南下。強行軍で4日かかる。


 その途中の街道で、4人はとある豪華な馬車列と遭遇した。

 騎士たちによって厳重に守られた、どう見ても要人のものだ。

 当然、近くに行けば警戒され、身元を確かめられる。そこはキラミルによってなんとかなった。


「失礼、反連邦の手の者かと思いまして」


 騎士のひとりが素直に頭を下げていると、真ん中の馬車の扉が開く。

 ミアたちとしては、偉い人がこんな前線近くで何をしているのかとも言いたくなるものだが、時間が惜しい。

 挨拶すら手間と感じる中、馬車から出てきた人影に、全員が首を傾げた。


「すまない、お忍びだったんだ」


 ご立派な服を着た中年の官僚でも出てくるものだと思っていたところに現れたのは、まだ幼い――スーヤと同じくらいに見える黒髪青目の少年だった。

 着ているものからして、お偉方かどこかの子息だろうか。


「まさか、こんな場所で会えるとは思わなかったよ。ミア・ブロンズ」

「えっ……?」


 いきなり名指しされたことに、全員の目がミアに向く。しかし当のミアは初対面の少年に呼ばれたことに困惑することしかできない。


「知り合いか?」

「いえ……」

「このような道端で立ち話もなんだろう。君たちも随行したまえ。この方向なら、行き先は『布の国』だろう?」

「え、えーっと……」


 なにやらミアが代表みたいになるが、ここは教師に判断を煽った。

 振られたキラミルはしばし考え、疑問を口にする。


「失礼だが、あなたのことを存じ上げない。教えてもらってもよろしいだろうか」

「ああ、これは失礼したね。私はリックス・ハイアサー。連邦政府の臨時即応顧問……まぁつまり、実質的な大統領代理だ」

「っ、代理……? しかし」

「こんな子供が、と思うだろう。しかし事実だ。さぁ来たまえ、急いでいるのだろう」


 子供のお遊びかと思いきや、周りの騎士や、続けて馬車から出てきた官僚らしき人物たちからはふざけた雰囲気は微塵も感じられない。

 ならば彼の言うことは本当なのだろう。キラミルは首を縦に振ることにした。



 □□□□□


「で、なんで私が馬車に……」


 何故かミアだけが、リックスなる子供と同じ馬車に乗せられていた。

 しかもご丁寧に馬車には2人だけ。明らかになにか話があるといった風だ。


「悪いね、時間を取らせてしまって。しかし君とはまた話をしてみたかったんだ」

「はぁ……どこかで会ったことあったかしら……ありましたか?」

「敬語はいらないよ。こんな子供相手には不自然だろう」


 子供と名乗る割には、目の前の少年は、その年齢に不相応な落ち着きを見せている。

 スーヤもかなり大人びているというよりも達観した感じだったが、リックスはそれ以上だ。表情、姿勢、仕草、何もかもが子供らしくない。


「質問に答えよう。リックス・ハイアサーは君とは初対面だよ。ミア・ブロンズ……いや――」


リックスが一瞬だけ、悪戯っぽく笑う。



「エレーナ・レーデン」



 その言葉に、ミアはどの反応よりも前に立ち上がる。

 目は見開かれ、口も半開きになる。その美貌らしからぬ間抜け面になってしまった。


「ぁ……ぁ、な……っ!?」


 ミアの頭の中で様々な意識が高速回転する。

 何故、どこで漏れた、何故知っている、嘘だ、何故ピンポイントに、どうする、何故こんな子供が、殺すか、何故、いや殺せない、まずい、なにが、バレた、どうなっている、何もかも、何故、終わりだ、どうなって。


「君を見ればすぐに分かったよ。実際に見たのは勇魔大会の時だが、髪と目の色を変えても、それ以外はまったく変わっていない」

「どういう、ことっ、なの!?」

「リックス・ハイアサーは会ったことはないが、この名前なら聞き覚えがあるのではないかな。ロフ・カベリーンゲン」


 聞き覚えは、あった。

 それは勇魔大会で殺害された前連邦大統領の名前だ。

 繋がらない、まだ、点は点のまま。


「もしくは、エジェノ・クエノ」

「……………………は?」


 その名前にも聞き覚えがあった。

 点が増え、ますますわからなくなる。


 エジェノ・クエノ、確かに会ったことがある。

 だがそれは、今その名を聞くとはありえないと思っていた名前だ。言われても数秒は思い出せなかった。


「思い出してくれたかな。久しぶりだね、『魔王の騎士(デモンズナイト)』、『終着点』、エレーナ・レーデン」


 その名前は、1000年前の『柱の国』の国王の名前だったのだから。

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