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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第四章 剣雄編
81/212

59 火中のエレーナ・レーデン4

 聖剣氣持ちが集められた特攻部隊は、スタート地点から目標地点である敵本陣への道のりを既に半分走り切っていた。

 ここまで来ると、敵の防衛も激しさを増してくる。

 敵の一団を切り抜けたかと思いきや、また次の一団に阻まれる。その連続であった。


 これが初日であれば、この作戦はもっと早く上手くいっていただろう。

 反連邦軍は陣形を日によって変えている。

 初日は全軍を攻勢状態とする突撃陣形、次の日は突撃よりも面での侵攻を主とする陣形、そして3日目である本日は、突撃部隊をさらに減らして戦列を整える陣形である。

 既に戦力差は逆転しているため、このままじっくり磨り潰そうという指揮官の采配だった。


 この調子であれば連邦軍は一週間も持たない。度重なる演習で戦慣れしていた指揮官は間違えてはいない。

 とはいえ、連邦側の援軍を考えていない片手落ちのような戦術ではあったが。


 かといって、反連邦指揮官がそれを把握していないわけではない。

 連邦軍が敢えて援軍が来るという情報が流し、動揺させる戦法でもあったためにブラフではないのだろうということも分かっている。

 それでもじっくり戦術を選んだのは、こちら側にも援軍の目途が立っているからだ。


 『戦の国』の首長ガラニカ・カンカリオは、『布の国』方面軍の指揮官にこう伝えていた。

 ――贄の方はすぐに片付くだろうからそっちが会敵する一週間後くらいには合流できる。

 ガラニカの率いる軍か、()()()()が来れば勝利確定だ。

 敵にどんな援軍が来ようと、こちらの王が来るまで戦線を持たせればいい。楽といえば楽な仕事だった。


 報告に上がっている敵の特攻部隊から尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。

 万全を期すならば、本陣を移動させてあの聖剣氣のみで構成された僅か数十人の部隊を彷徨わせ、時間と人数をかけて袋叩きにするのが得策だろう。

 だが逃げ回るのは『戦の国』の――ガラニカの信条に反する。

 誘い込み等の戦術以外で敵に背を向けるのは、なによりの屈辱であり恥辱。逃げて延命して味方を待っていましたなど、そんな報告ができるわけがない。


 あくまで、本陣は動かさず他の部隊に潰させる予定だった。


「各部隊に通達だ。あれは数をもって圧し潰せと伝えろ。少数だからと油断せず、足並みを揃えて対処しろとな。魔法使いも向かわせろ」



 □□□□□


 敵本陣に近付くにつれ、敵の攻撃は激しさを増している。

 目に見える敵兵の数は明らかに増え、ほとんど包囲されかかっていると言っても差し支えないかもしれない。

 走り続けていられるのは、聖剣氣部隊の足が速いからだ。

 完全に包囲されて行き場を失う前に、手薄な個所から突破していく。そんなことを繰り返しているから、本来直線の最短距離で向かうべきなのをジグザグな蛇行を描くようになっている。


 ミアたちの離脱からややあって49人になった決死隊は、包囲されかけている以外にも問題を抱えていた。

 それは個人への負担である。


 本来、戦いの規模と負担をコントロールするために部隊や軍隊というものは作られる。

 基本的に兵数が多ければ多いほど、隊というのは強くタフだ。

 それがたった二桁の人数で万を超える敵軍の本陣目掛けて突っ込んでいったのだ。誰がどう見ても自殺行為である。


 反連邦側からすれば、その程度の部隊に縦横無尽に自陣を突破されているのは信じられない光景だ。

 だがそれは聖剣氣という人を超えた力を手にしているが故の奇跡であり、圧倒的な数の暴力の前に、奇跡も幕切れとなりそうなのだ。


 彼らは無限に自身を強化できるわけではない。

 個々人の聖剣氣量にも、戦闘技術にもピンキリの差がある。

 時間をかければかけるほど奇跡の力は失われ、長く剣を持っていない者は日々の訓練もしていない。

 人よりタフでも、それでも人間。

 疲れ、手傷、聖剣氣切れ――

 様々なタイムリミットが近づいている。


 さらに、戦闘の得手不得手によって敵兵とぶつかる者に偏りがある。

 最底辺であっても、まったくの素人でも足手まといでもないが、時間が経つと共にボロが出始めた。


 今はスーヤがその卓越した魔法戦闘を行うことで全体をカバーしている形になる。本来ならばありえない魔法使い運用だ。

 一般的な魔法使いならここまで魔法を連発すればあっという間に魔力切れを起こし、使い物にならなくなる。


 魔法使い自体が地位の高い者であり、そういった弱みを見せたがらないものだから、基本的に魔法が使われるのは一網打尽にしたい時やここぞという時だ。

 一般兵と変わらない、階級の低い魔法使いなどは遠慮なく酷使されて、魔力が切れるタイミングで後方に下がる戦法が多い。


 今のスーヤはそれ以下の扱いだ。自らの意思でやっているとはいえ、周囲の味方は戦々恐々である。

 魔法使いナンバーワン家系であるルーニャ家のご令嬢にこんな真似をさせて後が怖くないか。彼女の魔力はあとどれくらい持つのか。

 大抵の者は後者が頭に浮かんでいるが。


 味方の不安とは裏腹に、スーヤの魔力は尽きることがない。

 弾幕のように連発される魔法も衰える気配はなく、彼女を強力無比の魔法使いであると知らしめている。

 自分の魔法で人が死傷しているという事実にスーヤの顔が歪んでいることを除けば、味方にとって喜ばしいことだ


 様々な魔法がドッカンドッカン飛んでいく中を、それでも縫うように近付いてくる敵兵もいる。

 聖剣氣を持つ超人だ。

 スーヤは非常に優れた魔法使いではあるが、本人は聖剣氣が無ければかなり貧弱である。学園の選択訓練も受けていないために瞬発力も同類に比べると鈍い。

 そんな彼女が範囲攻撃に意識を傾けていて、そこを潜り抜けて近づいて来られると、それは致命的な隙なのだ。


「しまっ――」

「させるか!」


 しかしそこは、部隊という複数人が活きる。

 仮隊長もスーヤを中心に守るよう指示を出し、彼らは自ずと綺麗な陣形を取る。

 今の襲撃でまたひとり倒れたものの、オフェンスとディフェンスを分けたこの方法は、結果的に彼らの命運を分けた。



 □□□□□


 部隊から大幅に引き離されたミア、リーパー、キラミル、シフォンの4人が戻るべき味方部隊を見つけるのは容易だった。

 スーヤが派手にやってくれているおかげだ。魔法がぶちまけられている場所を目指せばいい。


「味方はあそこか。だがかなり不安定だな」

「敵の防御が硬いから何度も方向転換してる……下手に追いつこうとするより、私たちは私たちで進んだ方がいいかも」

「よ、4人で!?」


 ミアの提案に、そばかす眼鏡の一般人(パティシエ)は驚愕する。

 元々の人数でも自殺行為だったのに、4人で進むのはもはや自殺志願だ。

 いくら身体強化しても、その何百倍何千倍とゆく手を阻む数の敵兵を突破できるのか。試した者がいるはずもない。

 それこそ、人類を救った勇者(アイリア)の話になってしまう。


「本気で言っているのか? ハッキリ言うがお前以外に戦える者は……」

「戦う必要はないわ」


 今まで不甲斐なさから口を閉じていたリーパーの腕が、少女の細腕にガシリと掴まれる。


「え、ミアさん?」

()()()先で死なないようにね」


 かと思えば、優男の胸くらいまでしかない背とは思えないほどの力で、足を思い切り地に踏みつけ、振りかぶる。

 キラミルが何かを察し声をかけようとした瞬間にはもう、一回転を経て投げ飛ばされたリーパーは何かを叫びながら宙を舞っていた。

 魔族の膂力に加えて、一瞬だけ身体強化を混ぜたフルパワー人間投擲である。


「さぁ、次はあなたよ」


 絶句する残り2人のうち、選ばれたのはシフォンだった。

 彼女もまた悲鳴をあげながら投げ飛ばされ、残った怪我人は有無を言わさず小さな背中に背負わされる。


「ちょ、ちょっと待てブロンズ! お前急にどうした!?」

「4人ならこっちの方が早いと思いましてッ!」


 おんぶ体勢のまま、ミアは跳んだ。

 投げ飛ばした2人に負けないほどの飛距離で、敵兵の首が痛くなるほど高く跳んだ。

 加えて自分のすぐ下から【烈風】を上向きに出し、滞空時間を少しだけ長くする。


 僅か数秒の空中散歩であるが、先に飛ばした2人が既に地面に落ちているのが見える。

 意外と2人が近い場所にいる。コントロールは上々。

 早速敵兵に囲まれて死にそうなため、上から【雷撃】をばら撒いて援護。

 着地地点の敵兵を気絶という形で一掃し、自らは悠々と着地した。


「こっ、こういうのはやる前に言って~~~~!!」


 文字通り死ぬかと思ったシフォンは涙目で抗議し、リーパーもかなり堪えた様子だ。


「一回で味方を追い抜いちゃったわね。これを数回繰り返せばあっという間に敵本陣よ」

「だから4人で突っ込んでどうするの~~!」

「4人だろうが40人だろうが、目的は敵指揮官の首でしょう。今から帰りたいなら、あっちに投げてあげるわよ。私たちは向こうに行くからここでお別れだけど、ひとりで帰れる?」


 ミアの貧弱な聖剣氣保有量でも、まぁ持つだろうという距離。

 早くしなければ敵もやってくるし、どうせここまで来て帰ることもできない。

 どうしようもない現状に閉口する眼鏡さんたちは、投げられることに甘んじた。


「あ、空中で敵の魔法使いに狙い撃ちされたら諦めてね」


 というミアの言葉にさらに顔を青くさせる3人であったが、幸いにも魔法使いは近くにいないようだった。

 派手にやっているスーヤの方に敵の意識が集中しているようだ。図らずとも陽動と本命のような形になっていたらしい。



 □□□□□


 スーヤのいる本隊――と言っていいのか危ういほどの少人数――は、正面から突っ込んでいるが故の、相応の被害を受けている。

 近付いてくる邪魔者は蹴散らせているのだが、敵の魔法使いの存在が厄介極まりないのだ。

 近くに配置されていた魔法使いが一斉にこちらに向かってきたせいで、敵の壁の向こう側から当たり前のように魔法が飛んでくる。


 さらに厄介な固有魔法【螺旋】を持っている魔法使いがいたのも痛かった。

 スーヤの張ったAMフィールドがこの固有魔法によって捩られ歪められ、隙間から入り込んでくるような魔法を防げず、仲間の一人が腕と首を同時に【風刃】で切り落とされる。

 空間ごと【螺旋】で歪ませてくる不可視の力に、またひとり、体中を捩られ雑巾を絞るように殺された。


「野郎ッ!」


 ダウナー少女らしからぬ焦りと激昂が口から漏れ、【雷撃】が敵兵へと迸る。

 だがそれは雑兵の命を奪うだけで、本命の螺旋魔法使いに届かない。

 最大戦力となる魔法使いを守る部隊陣形を使うのは、敵も同じであった。


「おいなんかヤベェぞ!」

「敵はどこだ!?」

「どこにでもいるわよ!」

「違う魔法使い!」

「おいアンタ頼むなんとかしてくれ!」


 どれだけ走っても、敵の魔法攻撃が止まない。

 聖剣氣持ちもタフなだけで不死身ではない。人が死ぬことをされれば死ぬ。

 AMフィールドを突破されて殺傷力MAXな魔法が飛んでくるとあっては、黙って殺されるしかなくなってしまうのだ。


 いくら同時に多数の魔法陣を構築できる天才魔法使いでも、数の暴力には押されるもので、これまで9割ほどの敵を近づけさせなかった働きをしても、残り1割は部隊に直接攻撃を仕掛けてくる上に、そういう割合計算の外にいる聖剣氣持ちの敵は論外だ。

 スーヤ・ルーニャをもってしても、完璧に味方を守り切れない。

 それが戦場というものだった。


「クソが! オマエら足止めろ! 5秒でいいから敵止めてろ!」


 スーヤからの濃い弾幕がピタリと止まり、部隊の足も止まる。

 当然敵は殺到してくる。

 押しとどめられていた9割がこの機を逃がすはずがない。


 当然、決死隊の面々は死ぬ気でスーヤを守る。

 全方位からやってくる敵兵の攻撃に、また数人が命を落とした。何もしなければ超人でさえもたった5秒も生きられない。


不意に、鋭い【螺旋】の弾丸のようなものがスーヤに飛んだ。

魔法陣構築に気を取られていたスーヤは避けるどころか、気付けもしない。

名前も知らない味方の男が、自らを盾にしてスーヤを庇わなければ、何もかもがご破算になっていたかもしれないだろう。


「クソッ……! 今だ、一斉に伏せろ!」


 即席チームで指揮系統も無いような部隊だったが、命が懸かっている。

 部隊の全員が理由も聞かずに地面に飛び込んだ。


「……!」


 スーヤは歯嚙みする。

 この魔法はミアのような殺さず気絶させるといった加減が効かない。これからの数秒で、平時なら即処刑ものの大量殺人をしなければならないのだ。


 自分たちを中心とし、魔法が届く限りの全範囲へ。

 スーヤをして、完全集中で5秒を要した複雑かつ巨大な魔法陣。


 風の頂点に立つ最上位魔法【風埃(ふうあい)】。

 突風に乗り、目に見えない魔力の塊とも言うべき塵埃が、敵へと送り込まれる。

 相手も人間で、呼吸をする生き物。

 何も知らずに吸い込んだ敵兵の体内で、魔法が爆発する。


 パンッ! パパンッ、パン!

 目を閉じていれば、何が弾けたのかと見たくなってしまうような音。

 しかしそれは、平和に生きている限り見るべきではないものだ。


 頭で、気管で、肺で、失えば絶命する人間の内部で、超圧縮された風が解き放たれ、縦横無尽に周りを食い散らかす。

 そんなことが体内で起これば、当然死ぬ。

 ありえないことではあるが、万が一運よく吸い込まなかったとしても、体のどこかに取り付けば、そこで暴れる風に体を削り抉られる。


 穴という穴から血を流して倒れる者、頭か上半身が破裂する者、手足に胴体に張り付いた埃が爆発して体中が抉れて崩れる者。

 内と外を抉る魔法に、兵士たちは何が起きたかも理解しないまま次々と死んでいく。

 それは近くにいればいるほど早く発動し、上から見ればスーヤを中心として大輪の花が開くように、人間から飛び散る赤が空間を埋め尽くす。

 人の命を奪う破裂音は、まるで万雷の拍手で讃えるようだった。


「すっげぇ……」


 伏せながら頭を上げていた味方の誰かが零す。

 そもそも最上位魔法など、使える者が極端に少ない。使えたなら間違いなく魔法史に名を刻むような、魔法使いからしても雲の上の様な存在だ。

 その暴威とも言える力を目の当たりにして、言葉を失わない方が難しいだろう。


 何百人、いや、何千人が死んだだろう。声が届くような範囲にはもう、生きている人間はいない。

 遠くから鬨の声が聞こえてくるものの、ここだけが無音の世界になったのではないかと思うほどだった。


 と、ここでスーヤが眉を八の字にする。

 魔力切れだ。

 ここまでずっと魔法を使い続け、トドメに最上位魔法を放ってしまったことで、底が見え始めてしまった。

 一瞬にして全力疾走したかのようなどっとした疲労感がスーヤを襲う。


「はぁっ、はぁっ……テメーか」


 辺り一面を埋め尽くし、地面すら見えないほど死体だらけとなった平原に、まだ立っている者がいる。

 咄嗟にAMフィールドを張ったらしい魔法使いが、顔中の穴から血を流しながらも生き残っていた。

 なんとなく、先ほどからちょっかいをかけてきていた【螺旋】使いではないかとスーヤは思う。その予想は当たっている。


「生き残ったところわりーが、餌になってもらうぞ」


 ダウナー少女の底冷えするような藍色の瞳に射抜かれた魔法使いは、自分の死が避けられないものだと察するだけで精一杯だった。



 □□□□□


 一方、本当に敵本陣までやって来てしまったミアたちは、予定通り指揮官を討つ――なんてことができたわけではない。


 今までで一番敵の密度が多いこの場所に悠々と入れるわけもなく、一定の距離を保たれながら完全に取り囲まれていた。

 捕虜一歩手前とも言う。

 4人のうち誰かひとりでも本気を出せば崩れる均衡ではあるが、数に気圧された3人の仲間には難しいかもしれない。ミアは右に倣って何もしないままでおく。


 やろうと思えばこの場を切り抜けるどころか全滅させる方法はいくらでもあるが、それをやったら最上位魔法を晒す以上の危険性があるのは間違いない。

 とりあえず来るとこまで来たんだし後は静観。はやく本隊が合流してくれればいいのにと思うしかない。


「報告は受けていたが、まさか本当にここまでやってくる化け物がいるとはな」


 取り囲む壁の間から姿を現したのは、周りの兵とは違う、一目で偉いと分かる鎧を着た男だ。


「貴様が大将か」

「いかにも、『戦の国』象将軍、テンデ・タタンだ」


 キラミルの震えを隠した呼びかけに応える赤い鎧の長身男。

 彼こそが討つべき敵指揮官。


「ウチのお国柄として、強者は歓迎したいところではあるが……敵同士なのが惜しいな。寝返る気はないか? ってあるわけないか。じゃなきゃここまで来るわけがない」

「悪いが、討たせてもらうぞ」

「ほう一騎討ちか! 全員手を出すなよ、お嬢さん方の出迎えはお前らには荷が重い」


 キラミルが左手で剣を持つ。利き手は絶賛負傷中。

 そんな状態であの『戦の国』の将軍を相手にして勝てるのかどうか、おそらくは無理だろうとミアは考える。

 将軍となれば指揮能力だけでなく、個人戦闘であってもかなりのもののはず。

 となれば手負いの年長者にこれを任せるのは酷だ。


「ほら、行ってきなさい」

「えっ、えっ!?」


 ミアは隣に立っていた同級生の尻を引っ叩いた。


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