57 火中のエレーナ・レーデン2
2度目の戦闘は、連邦は本当に勝つ気があるのかというほどに酷い有様だった。
司令官のエンバス曰く、援軍を待つとのことであるが、戦線が後退し死者も多数のこの日に、その言葉でどれだけの兵士が奮起できるかは分からない。
乱戦に持ち込まれ、後方にいたアイリア生徒たちにも、初日以上に敵が向かうわけで。昨日の今日で慄きの消えるはずのない生徒たちは、ひとり、またひとりと手を血に染めていった。
やはり1000年前に比べ、人は戦が下手くそになっていた。
ミアはなるべく学友と離れないよう努めたが、1人がどこかへ行き、夕方になって血まみれで帰ってきた。
初日に敵兵を殺していた彼だ。
たがが外れてしまったのか、死線の中で昂揚してしまったのか、もしかしたらそういう素養があったのかもしれない。
ともあれ、「俺が殺しまくれば戦争も終わるんだよな?」と笑いながら呟く彼に、周囲はドン引きした。
リーパーはいまだ剣を抜けていない。
悩むくらいならとっとと帰ればいいのに、とミアは思う。
「あの乱戦で全員生きてたのは奇跡だな……」
いや、聖剣氣持ちならば当然かもしれない。キラミルは言いながら思うが、口には出さない。
目の前にいるエンバスの顔を見れば、軽口を叩けるような状況でない。
「既にこちらは3分の1の兵を失った。たった2日でだ……」
さらに減った軍でどう持ちこたえるか、悩んだエンバスは重々しく告げる。
「すまないが、君たちにも前に出て戦ってもらう」
キラミルは自分ひとりだけが彼に呼び出された理由を察した。
生徒たちに今の言葉を伝えるのは、教師であり監督者であるキラミルだ。
目の前の彼は、死刑宣告にも近いこの命令を、自分の口で伝えることから逃げたのだ。
「君たち聖剣氣持ちを遊ばせるなと、兵士たちから非難が殺到してな」
「他の者たちは? 軍にはわが校の卒業生がいると聞いていますが」
「……その者たちには、重要な役割を与えている」
エンバスの目が卓上の周辺地図に向かう。
味方と、2日間で把握した敵陣が駒として配置されているそこに、エンバスはひとつ追加する。
「これまでの戦いで、多くの聖剣氣持ちが命を落としてきた……あなたに言うのは酷かもしれないが、残った者は半数にも満たない」
教師の目が細まる。
自分が担当した、目をかけてきた生徒のうち誰がその中に入っているか、考えないようにしても「もしかしたら」と思ってしまうのを止められない。
「ここにいる彼らをひとつの部隊にし、敵の指揮官を叩く」
「特攻させるのか!?」
「このままでは援軍が来る前に壊滅する」
「だからといって、卒業生を捨て石にするのを知らせるのか、私に!」
「卒業生……だけではない」
細い首が驚愕に一瞬だけ絞まる。
卒業生だけではない。自分も、生徒たちもこの無謀な特攻に加われと言われているのだ。
前に出て戦うとは、最前線にで他の兵士と轡を並べろという意味ではない。さらにその向こうの死地に赴けということだった。
「ふざけているのか……!」
「ここに連れてきた生徒は、学園の中でも選りすぐりの秀でた者たちと聞いている。それだけで並みの兵士ならば足元にも及ばんのだ。戦力として見るにはじゅうぶんだ」
「力だけならな! しかし彼らは子供だ! いまだ怯えるのもいるんだ、そんな奴らに行かせるつもりか!」
「……ここに来た時点で、そういうのは整えている。こちらはその前提で話をしている」
どうあっても生徒たちまでも特攻隊に加わらなければならないらしい。
まだ20代前半の若い教師は、昔読んだ歴史の教科書にあった『魔族に単身突撃し命と引き換えに敵将を討った』という話を思い出す。
いざ自分も同じ立場になるといかに無謀なのかが分かる。もしかしたらあれは脚色に脚色を重ねたものなのかもしれないと思うほどだ。
聖剣氣持ちを集めて突っ込ませる。確かに意外とアリかもしれない。人よりかなり優れた人々が集まればそれは無敵だろう。
こんな悲惨な状況になる前に、戦争が始まった時からそうしろという声もあったのだが、連邦は建前上でも勇者の末裔である彼らにだけ負担を強いるやり方を避けた。
世間からの非難を気にした采配だった。結果として現場から「もっと聖剣氣持ちを使え」という声は、今のように噴出し、市民からそういう声も出ているらしいから、政治というものは難しい。
ともあれ、今さら生徒たちだけを後方に置くことはできそうにない。
キラミルは生徒たちに告げなければならないことを想像し、重い足取りで自分たちへのテントに戻る。
ちなみにもう最初に与えられたテントではない。もっと広いものになった。
使う者が激減したため、余ったのを拝借したのだ。
戻る途中、何かから逃げるように慌てて走る兵士たちとすれ違った。
何かあったのだろうかと首を傾げながら歩いていると、見知った顔を見つける。
ミア・ブロンズ。担当クラスの生徒ではないが、修学遠征で一時行方不明になったり勇魔大会の代表になったりと覚えのある生徒だ。
「こんな道端でどうした」
「ガラの悪い人たちに絡まれたので、追い払いました」
「お前の容姿は目を引くからな。そういう連中もいるのだろう」
「聖剣氣持ちなら誰でもよかったんだと思います」
ああなるほど、今の言葉で逃げ去った彼らが自分たちへの鬱憤を溜めていたのだろうと察するに余りある。
強いはずの連中がいるのに、勝てるどころかこんな有様なのだ。怠けるなの一言でも出てしまうのだろう。
「落ち着いているな」
「ええ、まぁ」
「絡まれたのがブロンズでよかったよ。本人の前で言うことじゃないだろうが」
「私も同じことを思っているので。学友が殴られるよりはマシかと」
「殴られたのか?」
「そうなる前に」
「そうか」
「まぁ、レカン先輩じゃなくてよかったの方が大きいでしょうかね」
レカンの名を聞いて、キラミルも「そうだな」と返す。
彼は今回共にやってきた生徒であり、初日に敵を殺し、2日目で進んで殺すようになった。年長者のキラミルでさえ、彼をあまり刺激したくない。
「明日、私たちは捨て石にされるんですか」
「っ、どうして」
「彼らが言ってました。聖剣氣持ちを集めて突っ込ませると」
「……ああ、その通りだ。私も司令に言われたよ」
ミアが黙り込む。
担当でないし、まともに話したのは今回が初めての彼女は、何を考えているか分からない。
ひどく落ち着いていて、キラミルでさえ吞まれそう戦場の空気にも物怖じしない。敵が来ても涼しい顔で殺さない程度の魔法を使って的確に迎撃する。
キラミルは勇魔大会も見ていたし、先日は彼女の決闘の立ち合いもした。こうして援軍に派遣されるほどの実力があるのも確かだ。
頼もしいのだが、少し不気味である。その考えが、思わず漏れる。
「冷静だな。私は今から気が重い」
「仕方ないですよ。先生も初めてのことでしょう」
ああよかった、嫌味な言い方だと感じさせずに済んだ。キラミルは自分の口を戒める。
「決まっているさ。誰だって初めてだろう」
「……そうですね」
初めての会話は、彼女の人となりを掴むことなく終わった。
かのように思われたが、共にテントに戻る途中の彼女の言葉に、彼女の中の何かが見える。
「先生、私たちの中にはまだ剣を抜けないのもいます。だから大人の先生が、彼らを守ってください」
冷たい印象を受けていてたキラミルは、意外な言葉に反応が遅れる。
「無論そのつもりだ。生徒を守る……それがここでの私の仕事だ。お前のこともな」
「先生って影薄いわりにかっこいいこと言うんですね」
「無礼だぞ」
□□□□□
案の定、キラミルの告げた言葉に生徒たちは絶望した。
いくら強いとはいえ、人間がいとも簡単に死んでいく場所に2日もいて、彼らも悟っている。自分たちも例外ではないと。
「冗談じゃない!」「俺たちを都合よく使い捨てるつもりか」「死にたくない!」
3人の男子生徒が喚き、リーパーが俯き、レカンが笑い、スーヤが舌打ちをし、ミアは黙ったまま。
「私も同行し、できる限りお前たちを守る。戦場を走り抜けることになるだろう。私から離れないでくれ」
教師の言葉は気休め程度にしかならず、時間は無慈悲に進んでいく。
朝が来て、太陽がもっとも高くなる三の刻の頃、両軍は再び対峙した。
反連邦軍は今日でこの戦線を食い破る気だ。夜になっても進行を続けるつもりだった。
そのつもりだから、初日にエンバスが行ったように、敵の指揮官は戦闘前に降伏勧告をする。
武器を捨てて降伏すれば命までは奪わない。
散々蹴散らされた相手の飴に、連邦軍の兵士たちが揺らいだ。
「惑わされるな! 相手はここに来るまでに非道の限りを尽くした魔物に等しい者共だ! そのような者の言葉に従うは、魔物になると同義である!!」
エンバスが馬を駆り、初日に比べて見るからに数が減った自陣に檄を飛ばす。
それでも数人、数十人、あるいは数百人が戦列を離れる。士気も低くなっているのだ。
このままでは瓦解すると踏んだエンバスは先手必勝、敵の指揮官が下がった方向を見逃さずに部隊を展開させた。
展開と言っても戦下手な現代人には進めと戻れくらいしか言えないのであるが。
「よし、君たちは戦闘が始まり、敵が広がったところで突破を図ってほしい」
そこには様々な者たちが集まっていた。
騎士、冒険者、はたまた別の職業。年齢もバラバラである。
彼ら彼女らの共通点はただひとつ、アイリア学園の卒業生であるということ。
加えてミアたち生徒7名と教師1人、計67人。
それがこの戦いの最後の希望だ。
作戦は単純だ。この67人で一丸となって敵を突破し、指揮官のいる本陣に突っ込み、首級をあげる。
そうすれば指揮能力と系統を失った敵は混乱して勝ちの目が出てくる……という作戦だ。
具体的に何をするかというと、ただ敵を薙ぎ払いながら走り抜ける。それだけ。
騎兵も壊滅状態なため馬は余っているのだが、身体強化をして走った方が速い。
聖剣氣持ちはタフだ。アイリア学園の授業では王都を何周も走るような訓練もある。
それと変わらない、敵本陣へのマラソン。
「知った顔いる?」
「いや、そもそもあたしは交友広いわけじゃねーし」
「『無い』の間違いでしょ」
「じゃあなんで訊いたんだよ」
ミアの第3クラスからも志願兵が出ていたような気もするが、残念ながらこの場に見覚えのある顔は居ない。
もしかしたら現役の生徒もいるかもしれないが、生憎と全校生徒の顔を覚えているわけではない。
別に戦場はここだけでないのだから、たまたま一緒じゃなかった可能性もある。
しかし亜麻色の髪のその中の中では、もう戦死したのではという想像が出てくる。
ふと、『死の国の日』のことを思い出す。
2年生の終わりの頃、冬の白いあの日に、クレアと行った礼拝堂でのこと。
戦地へ赴いた息子と孫に、まだ死んでいてくれるなと祈る老婆の枯れ木のような姿。
彼女だけではない、教会には多くの人が同じような祈りを捧げていた。
ここにいるひとりひとりに、そういった存在がいる。
無論、祈ってくれる人がいない者もいるだろう。だとしても、いるのだ。
ならば彼らが死なないようにするのが自分がすべきことなのか。
かつての記憶が背中越しに腕を回してくる。
誰かの大切な人の命を、多く奪ってきた。
罪が消えるわけではない。そもそも当時は罪の意識すら無い。
だが今となっては贖罪の機会すら過ぎ去り、誰かが流した涙は一滴たりとも残っていない。誰も責める者はいない。すべては時間が連れ去っていった。
どうしようもない。後悔も懺悔も、何をする資格も、彼女は持ち合わせていないのだ。
故に、罪悪感から誰かを守ることは何か違う。とも思う。
これはエレーナ・レーデンというパズルに当てはまらないピースだ。
合うピースは、いまだ見つかっていない。
ただ、魔族を退けて掴み得た人類の未来がこれというのは、少し気に入らない。
人と人が殺し合うのは、魔族侵攻前の戦乱の世が続いていた人類大陸そのものだ。1000年前に置いてきたはずのものに、人類は再び直面している。
どうしてだろうか、人類が勝手に同士討ちしている様を喜ぶべきが『魔王の騎士』のはずなのだが。
距離に種族、ふたつの意味で対岸の火事だった戦争には、実際にこの場所に、戦場に来てから、言いようのないモヤモヤが芽生えている。
無関心を貫き通せなくなっている。
結果、どっちつかずの気持ちは宙ぶらりんのまま、流れに身を任せている。
「(いや、余計なことは考えるべきじゃない……)」
ミアは当初の信念を呼び覚まし、雑念の排除にかかった。
不干渉。
今を生きる人類に、古き者が関わるべきではない。亡霊が何をするわけにはいかない。その考えは今でもミアの中にある。
ナギサを助け、一度はクレアと結ばれ、ウェンユェの命を奪った分際で、何を言うのかと自分を嘲笑しながら、それでも不干渉を捨てきれない。
考えを消そうとしたはずが、逆にモヤモヤを強めてしまった。
「ミア、大丈夫か?」
スーヤの言葉で我に返り、いよいよ自分たちが出撃することを知る。
「ビビったか?」
「いいえ。考え事をしてただけ」
「余裕だな。他の奴らは生き残ることを考えるので精一杯って感じだぞ」
確かに、戦闘の音が聞こえてくるこの場所は、いまだ敵兵と接触してはいないものの、空気は最前線のそれだ。
誰もが生きることを考え、死なないために気合を入れている。ピリピリした空気。
「そうね。あれこれ考える前に、今は目の前のことに集中しましょうか」
そうだ、今やるべきことは――
「……あれ?」
考えが四方八方に飛んでいった結果、ここに来た目的を忘れかけていた。
いけないと頭を振る。
目的はガラニカ・カンカリオ。忘れるなど言語道断。
「今だ! 行けぇ!!」
エンバス直々の命令に、67人の決死隊が走り出す。
目指すは敵本陣。
ミアもまた、その先の先に、目当ての人物への道が続いているはずだと足を動かし始めた。
「スーヤ、AMフィールド」
「ああ、分かってる」
矢のように飛び出した一団は、戦場のど真ん中を突き抜けていく。
身体強化を施した彼らの足は速く、目立つ。何事かと注目した敵の中には、目の前の標的を変えた者もいた。
「魔法使いだ! 右から!」
「正面にもいるぞ!」
「前のは任せろ! 横は防御!」
先頭を走る、仮の隊長である冒険者らしき男から指示が飛ぶ。
側面から【雷撃】や【風刃】が飛んできたが、ミアとスーヤの二重のAMフィールドに阻まれ、減衰しきった魔法では彼らに届かない。
正面も同様。それどころか隊長の素早い剣によっていとも簡単に斬り伏せられた。
元々高速戦闘を主とするアイリア生徒は魔法使いに対し相性がいいのだ。それを思い出し、走る彼らは魔法使いなど脅威ではないと意気軒昂。
これだけの数がいれば、ひとりやふたりくらい敵の聖剣氣持ちがやってきても問題ではない。
片道切符だと思っていた彼らは、誰もが超人である自信を取り戻し、超人同士が集まれば不可能なことなどないと猛った。
キラミルはこれならば生徒を守り切れるかもしれないと奮い、レカンは我先に敵兵を斬り、他3人の男子生徒も空気に当てられて鬨の声をあげる。
その中で、リーパーだけが、握りしめた柄を引くことも、離すこともできずにいた。
やがて敵部隊という壁にぶつかる。
方向転換して敵の隙間を縫うような余裕はない。時間をかければかけるほど、連邦軍は削られ、負けが濃厚になるのだ。
正面から彼らを粉砕するしかない。
「なんだあいつら!? 敵か!」
「クソ共の最後っ屁だ、包囲してブッ殺せ!」
敵も当然、迎撃の構えを取る。
『戦の国』の者もいれば、なにやらガラの悪い、噂に聞いた脱獄囚たちだろう者もいる。
先頭を走る仮隊長も負けじと唾を飛ばし、剣を掲げた。
「邪魔だ! どけぇぇァ!!」
超人の部隊と、それよりもはるかに数で勝る敵部隊が正面からぶつかり合った。
金属のぶつかる音と、肉が傷つけられる音。人が死ぬ音、それらに負けないほど大きな怒号たち。
「雑魚に構うな! 目の前を抜けることだけ考えろ!」
人並み外れた力を持つ彼らに、常人ばかりの敵部隊は敵わない。
第一関門と呼ぶべきか。特攻隊は誰一人欠けることなく、突破せしめた。
目指すは敵本陣。このまま無事にたどり着けと、誰もが思った。




