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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第四章 剣雄編
78/212

56 火中のエレーナ・レーデン1

 反連邦組織『リャーヴェ』は、『戦の国』で蜂起した後、常に二面以上の攻勢を続けることで勢力を広げてきた。

 当初連邦側は全土を守る動きをしたが、これが戦線の手薄を招き、敗戦を重ねることになる。

 既にいくつもの国が落ち、現在はガラニカ・カンカリオ自らが指揮する『贄の国』への軍と、防衛軍を残したその他攻勢軍が向かう『布の国』への軍。


 『贄の国』は名前こそ物騒なものの、何の変哲もない国だ。無論不要というほどではないが、ガラニカの軍が向かっているならば防衛は望み薄。かの軍もすぐに別の戦場に移るだろう。

 それならば広大な綿畑を誇り、様々な家畜や蚕を飼い、布の一大生産地と呼べる『布の国』の防衛に専念すべきだ。

 ミアたちも含まれる援軍は、そういう事情で『布の国』へと向かわされた。


「聖剣氣持ちには特に期待している。だが油断するな。向こうにも同類はいるし、誰であろうと油断すれば命を落とす。君たちはまだ学生だ。立場としての私は連邦に尽くせと言うが……危なくなったら自分の命を優先しろ。これは私個人の言葉だ」


 馬車での長旅を終えて出迎えてきた偉そうな鎧を着たハゲの中年男は、『布の国』防衛軍の司令エンバス・バスズ。

 元々防衛など気にする必要のなかった内地にある『布の国』に急ごしらえで作った砦の中で、数日後に一当てあるだろうという話の中での言葉だった。



 □□□□□


 割り当てられた宿舎の部屋は、男女で分けた2部屋。

 そこに移動するまでにも、バタバタと慌ただしくする人々と、ピリピリと張りつめた雰囲気。それにあてられてしまう生徒が不調を訴えたりもした。


 一応監督という名目で来たキラミルが気にするが、彼女自身も戦争など初めてで、大人として振舞うのが精一杯のようだ。

 リーパーでさえ、顔が強張っている。


「なんか嫌んなるな、こういうの」


 一方で普段と変わらないのがスーヤだ。

 元々テンションが低いダウナーな彼女は傍から見ているとそういうのが分かりにくいが、2年もちょくちょく顔を合わせていたミアをしても、変化は感じられない。


「スーヤは何もないの?」

「あるさ、嫌んなってる」

「言葉にしづらいわね」

「そう言うミアこそ、変わんねーな」

「私は……まぁ、それなりよ」


 慣れているなどとは言えない。

 久しく忘れていた空気にらしくもなく緊張する、といったこともない。

 死なない自分は、どことなく他者と一歩、線を引いているような感覚がある。

 ミアはこれを薄情と評したが、例えばスーヤが危機に陥った時などには、焦るだろうくらいには、その線は少し曖昧になりつつある。


「まぁ……なんだ、マジで嫌なら引き篭もってても何も言われないんじゃね? オマエの見た目なら」

「お優しいのね」

「気ぃ遣ってやってんだよ失恋女」

「…………」

「はは、そのブサ顔もっと見てーな」


 スーヤとはそれなりに長い。学年が違うから普段は接点が無いものの、たまの朝食や勇魔大会で顔を合わせた仲だ。

 休日などプライベートな付き合いは無いが、それが気楽で、お互いに踏み込まないからこそ緩く、見なくていい面を見ず、いい面だけを見ていればいい間柄。その距離感がミアは好きだった。


 本来なら話すつもりはなかったが、クレアのことについてはスーヤも偽装恋人の時点で知っていたから、馬車でふたりきりになった時につい報告してしまったのだ。

 あるいは打ち明けられる相手がアデジアとスーヤくらいしかいないというミアの心細さがそうさせたのか、そんな別れ話をスーヤは思いのほか優しく受け止めた。


 ――そっか、だから辛そうなんだな。


 過剰に心配するでもなく、無関心でもなく、ただ聞いてくれた。あの時のスーヤは、間違いなく優しかった。今も茶化しているのはその優しさの延長だろう。

 そのことについ心を許し、ミアの中でのスーヤへの距離感は縮まっている。


「こっちの部屋は女部屋にする。ブロンズ、ルーニャ。いいな?」


 気付けば部屋に着いていた。宿舎とは名ばかりの、倉庫を急いで改修した部屋だが、それを気にする状況ではない。

 7人中、男が5人で女が2人。スーヤとキラミルとの3人で使うと思うと、リーパーたち男子組よりも優遇と言えるだろう。何に張り合う必要もないのだが。


「バタバタしているが、2日後には出陣するらしい。戦場では私もお前たちを守れん、各自、命は大事にしろ」



 □□□□□


 予定通り、『布の国』防衛軍は『檻の国』との国境へ向けて進軍した。

 反連邦軍が迫っているという情報が確かならば、ここから数日の後に会敵するはずだ。

 砦で迎え撃たなかったのは、そこが最終防衛線だからだ。これからの戦いの結果によっては、そこまで下がらなければいけなくなる。


 行軍の間にも、ミアには連邦軍の練度の低さが目についた。

 元々騎士だった者たちは流石に隊列も整っているが、開戦からここまでの間に、多くの本職が死んだ。もはや戦力の大半を志願兵か徴兵で賄っている状態だ。

 素人同然だった彼らは、ほとんど真似事のようなもの。

 人類大陸を統一していた国力を活かし、装備だけは揃えられているが、人材は簡単に揃えられない。


「(これで陣形や戦術は機能するのかしら……)」


 1000年前、人類間での戦争もあった頃では、彼らは勝つために様々な方法を編み出していた。

 まさか完全にそういったノウハウが失われているとは思えないが、今ここにいるのは、元々戦争なんて死語ですらあった人々だ。

 5万という数だけ揃えた軍がどれだけ持つか、その答えは数日後に自ずと晒された。



 反連邦の攻撃軍は3万。予想通り、両軍は国境付近の平原で相対し、司令官エンバスの「反連邦に大義なし」「今からでも遅くはない投降しろ」というのがあってすぐにぶつかった。

 数で勝る防衛軍は、エンバスを狙って突っ込んで来た敵から叩くという戦法を取ったが、やはり陣形も戦術もあったものではない。


 とても全体に細かい命令が行き渡らないほどに、人が密集し、ぶつかり、真正面から暴力と暴力の勝負となった。

 数では防衛軍が勝っているのだが、反連邦軍の主軸は『戦の国』だ。

 統率がとれ、陣形を組み、相手に対し多人数で当たることを心掛けている。


 『戦の国』はその名の通り、戦いを主とする国である。

 本来であれば各国への魔物討伐や、何かの拍子に魔物が人類生存圏に来た時の防衛、もしものことがあった時の連邦の剣として存在する国だった。

 この国に生まれた者のほとんどが兵士の道をとり、死人が出るような厳しい訓練を受けて演習を繰り返している。

 そんな者たちと、平和を享受してきた者たち。万単位の数を覆すほどの力の差が、開戦当初から防衛軍を押していた。



 戦場の様子は、1000年前とさほど変わっていない。

 全員が金属の鎧と武器を持てることから、技術などは流石に進んでいるが、それを扱う者たちは、さほど進化していない。それどころか、使い方を忘れてしまったようなものだ。

 そして、魔法の存在もまた、その立ち位置を変えていない。


 魔法使いは単発火力で言えば、異常なまでの強さを誇る。

 殺意を持って魔法を撃つだけで、剣や槍が届くよりも遠くから人を殺せるのだ。

 とはいえ人間の魔法使いの魔力量は、一日中魔法を撃ちっぱなしというわけにはいかない。魔力量に長けた者でも数時間で限界が来るだろう。そこは軍全体の運用法次第ではあるが。


 彼らが戦場で並外れた強さを持つのには、一般の兵士の装備に飛び道具が無いというものがある。

 これは『教の国』を中心とした魔法協会が、魔法使いの地位を下げさせないために、魔法に取って代わるような技術発展を妨げていることによる。

 太古より人々を支配してきた魔法使い至上主義の体制は、連邦というシステム以上に強固で崩しがたいのだ。


 本来ならばそういった魔法使いを筆頭とする戦力の把握をすべきなのだが、防衛軍はそれを行っていない。

 魔法使いであることを隠していないミアやスーヤの実力を確かめることも、固有魔法を訊くこともしなかった。

 才能に溢れる者であれば、ひとりで戦局のカギになりかねない彼らを軽視するのは迂闊としか言いようがない。



「(さて、適当に済ませなきゃね)」


 生徒たちに配置された場所は、突出してきた部隊を叩く迎撃部隊の後ろ。役割は漏れ出した敵の対処。

 迎撃部隊には多数の味方が加わっているし、同じ場所にも他の部隊がいたため、ほとんど動かなくてもいいポジションだ。

 初陣で、子供もいるということもあるのだろう。


 ミアはできるかぎり魔法の威力を抑え、こちらに向かってくる者しか相手にしなかった。

 生徒たちにとっては初めての戦場だ。動けなくなる生徒もいた。それを責めることはしない。ミアは守るように魔法を撃ち、気絶させるくらいで対処する。

 とはいえ倒れた敵には他の者たちが追い打ちをかけ殺しているのだが、ミア自らが命を奪うということはしたくなかった。

 一思いにやった方が有情なのかもしれないが、こればかりはミアのエゴだ。


「しっかりしなさい。ここに呼ばれたのはあなたが強いからよ。身体強化をしなさい、簡単には死なないはずだから」


 戦場の殺気と狂気に呑まれそうになった男子生徒の肩を揺さぶり、言葉をかける。

 どれだけの効果があったかは分からないが、「お、おう……」と返ってきたことでミアは彼につきっきりということはなくなった。


 旗色は、はっきり言って悪い。敵の勢いが強すぎる。

 このままいけば、防衛軍は押しきられ、屋台骨たる騎士たちが崩れるだろう。

 そうなってしまったら、引き際を誤れば囲まれて一方的に殺される。そんなポジションでもあった。


 やがて迎撃部隊が削られ、時間が経つにつれ漏れ出てくる敵も多くなってきた。


 スーヤはミアを真似し、威力を抑えた魔法を放った。

 キラミルはこの日、生徒を守るためと自分に言い聞かせながら、初めて魔物以外の生き物を斬り殺した。

 生徒のひとりは殺されることを意識して叫び、身体強化を使い人を簡単に殺せてしまった。

 リーパーは最後まで剣を抜くことができず、残り3人も動くことはできなかった。


 端的に言えば、初日はミアとスーヤにおんぶにだっこであった。



 □□□□□


 陽が沈み、どちらからともなく退き始める。

 オレンジに照らされた平原は、土と草を冒涜的に赤で彩られ、至る所に死体が横たわる、凄惨な光景へと変貌していた。


 生徒たちの初陣は散々なものだった。

 ミアやスーヤのように私服ではない、学園の制服を着た者は土と血でその白を汚してしまっている。

 周りが敵だらけにならなかったものの、彼らはその目で、耳で、手で、戦争を経験した。

 戦いが終わったことに気付いて、その場でへたり込んでしまう者が続出するのも無理はない。

 大怪我をする者が出なかっただけでも万々歳だ。


「こっちに魔法使いが来なかったのが幸運だったわね。AMフィールドは張ってたけど、殺傷力の高い固有魔法なんかが来てたら危なかったでしょうね。あとは聖剣氣持ちも……」


 ミアは近くに居たスーヤに話しかけるも、「だな」としか返ってこないことにハッとした。

 彼女もまた、初めての戦争に少なからず思う所があるのだろう。見るからに機嫌が悪い。話しかけない方がいいだろうと判断する。


「全員無事だな。今日はもう終わりだ。明日に備えろ」

「あ、明日もこんなことするんすか……」

「おそらくな、敵が退かなければ、こちらも退けないだろう」

「嘘だろ……」

「来るんじゃなかった……」


 キラミルは生徒たちの弱音を聞き、自分のメンタルも引っ張られていることに気付き、奮起した。

 自分は大人で、教師だ。自分が弱音を吐けば、この生徒たちは一層弱ってしまう。

 無理な要請についてきた勇気ある者たちに、そんな姿だけは見せられない。


「帰りたければ帰っていい。と言いたいが、私たちは背中に『布の国』の民を、連邦を背負っている。生き残りたければ……」


 ――敵を殺せ。

 教師としてそれを言うべきなのか、生徒に対して、そんなことを言えるのか。

 キラミルは葛藤し、結局言うことができなかった。



 □□□□□


 防衛軍は平原近くの町を陣地とし、そこで一夜を明かすことになった。

 町民は疎開しており、もぬけの殻となった町の一軒一軒が兵士たちの休息所であるが、残った4万の軍すべてを泊められるような施設はない。ほとんどがテントか野ざらしになった。


 たった一日で、5万の軍が4万に減ってしまった。

 敵に与えた打撃も、これといったものはない。

 士気は芳しくなかった。


 生徒たちはテント組である。

 与えられた味気のない糧食を無言で食べ、その日は誰もが泥のように眠った。


 ミアは隣のスーヤとキラミルが寝付いたことを確認し、外に出る。

 少し考えたくなったのだ。


「(ここからガラニカ・カンカリオに接触するまで、どうすべきか……)」


 なんとなく考えられるのは、『贄の国』を早々に制したガラニカの軍がこちらに合流し、戦場で相まみえるというもの。

 だが状況は予想よりも悪い。

 反連邦の将は、なにもガラニカだけではない。今回指揮していた者も、おそらくは『戦の国』の将軍だろう。


 かつてのように、ミアが単身突っ込んで手当たり次第に殺しまくって指揮官の首級をあげればいいという話ではない。

 降り掛かる火の粉だけを払い、なんとか敵のトップに接触する。そんなことが果たして可能なのだろうか。


「(まぁ、いざとなれば行方不明のふりをして……ん?)」


 全員寝静まったかと思いきや、男子組のテントから出てくる人影があった。


「眠れないの?」

「ああ……ちょっとね」


 夜闇に負けないほど暗い顔をしたリーパーは、空元気を作ろうとして失敗していた。

 無理もない。彼がどれだけ強くても、人と人とが殺し合う場所にいたのだから。


「寝ておきなさい。明日持たないわよ」

「君は?」

「考え事。私は疲れてないから」

「……やっぱり、君は凄いな」


 凄くはない。経験があるだけだ。

 それに彼らのように、死の恐怖に怯える必要もない。心に出来る余裕の大きさも違ってくるだけのことだ。


「誰かを殺した?」

「……いや、できなかった」

「正しいわ」

「こんなの……間違っているよ」

「そうね。でも現実よ」


 リーパーは深く考え込んでから、再び口を開く。


「勇者なら、どうにかできるのかな」

「さぁね。というかあなたの兄はどこで何をしているのよ、こんな時に」

「分からない……家の者も知らないし、こんな情勢でルスト――兄の友人にも会えないしね」


 この状況下で、宗教的にも戦力的にも希望の象徴である勇者がいない。

 しかし勇者がいたとして、たったひとりで鎮められるものだろうか。

 相手が魔族だった時は凄まじい力を発揮した勇者でも、人間同士の争いの中にある意義などあるのだろうか。


 それでもリーパーは悩む。

 勇者ならこの状況でどうするか。

 彼はまだ理想を追いかけている。


「もし誰も殺したくないなら、後方の救護班に回ってみれば?」

「それは……できない。逃げることなんて」

「逃げかしら? このままここにいても、いずれ敵を――人間を殺すか、人間に殺されるかしかないわよ。あなたはそっちを取るの?」

「それは…………僕はどうすれば……」


 もし悪い言い方をするなら、勇者としての理想を追いかけて戦場に来たのなら、それ自体が間違いだろう。

 大義があるにしろないにしろ、人類同士の戦争なんて主張と暴力のぶつかり合いだ。リーパーの目指す勇者には何もかかっていない。


 さらに悪い言い方をすれば、勇者もまたそういった主張のための暴力装置に過ぎない。

 違いがあるなら、相手が人間か魔族かくらいだ。

 人類のために侵攻してくる魔族を討つ――

 邦のために侵攻してくるリャーヴェを討つ――

 行いとしては何も変わらない。


 そう言ってやれるが、ミアは何も言わない。

 自分が信じる体制のために、刃向かってくる敵を殺せ。それが勇者だ。

 そんなことを、今のリーパーに無責任に言い放つのは、酷というものなのだから。

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