53 出征のエレーナ・レーデン
※設定と矛盾する部分があったので修正しました(カルネラの武器)
他の話にもクレアが村にいた頃に弓を使っていたことや描写の中で「矢のように~」というものがありましたが、見つけ次第修正しています
この世界には「物を手で投げる」以外の飛び道具がありません。理由については後に説明があります
クミスマエ山脈は、人類大陸の北部を東西にわたってそびえる大山脈だ。
一般的に人類大陸は山脈よりも南側を意味し、山脈を越えた極北地と呼ばれる大陸の北端には何もないツンドラがあり、御伽噺ではさらに海を越えると氷の大地があると言われている。
何故御伽噺なのかというと、言い伝えにそう言われているだけで、実際に氷の大地を見た者はいないからだ。
ツンドラからひとたび海へ出れば、外魔の生息域に入る。
そもそも山脈を越えること自体が不可能に近い。
この山脈は人類非生存圏である。
生存不可能な上層はもちろんのこと、緑に溢れ観光地にでもできそうな緩く穏やかな下層の山地も、普通の人間は立ち入ることはできない。
山脈全体で魔物が出現するからだ。
3年生に進級したミアは、二度目の修学遠征として『柱の国』から馬車で2週間かかるこのクミスマエ山脈の下層を探索していた。
修学遠征と言っても1年生の頃の半分観光のようなものではない。ただただ山脈下層を探索し、魔物を倒しながら教師陣が用意した『周辺のどこかにある判子を紙に押してくる』という課題をこなさなければならない。
これまた4~5人の班に別れる。
ミアの班はクレアと、もう3人。
テッテ・アンカ。
カルネラ・ホッジバック。
ニンネ・ピンクシュガー。
いずれもクレアの友人である。
交友の広いクレアが1年生の頃から仲良くしている女子たちだ。
第3クラスだけで構成された班で大丈夫なのかと思われたが、ミアがいるから大丈夫だろうと許可された。
クミスマエ山脈はエデミナ大森林のようなお試しと違い、冗談抜きに過酷である。
下層だから環境的にはマシであるが、魔物が強いのだ。
「世界が大変なのに、こんなところに来てていいのかなぁ……」
愚痴ったのはクレア同様明るい性格のテッテ。
「学園が決めたんならいいんじゃないの?」
答えたのはサバサバとした中性的な容姿のカルネラ。
「みんなお菓子食べるー?」
マイペースを貫いていたのはふっくらした体型のニンネ。
この3人がクレアと仲がいいことは知っているが、自分が入れる雰囲気ではないのではないか。既に完成した交友関係であり、自分の入る余地は無いのではないか。ミアは訝しんだ。
「私は皆が危なくなったら魔法でなんとかするから、それ以外は頑張ってね」
ミアのその言葉にも「えー!」という反応はあったものの、実際ミアは今回そこまで手を出していない。
3年生にもなるとほとんどの生徒が聖剣氣を使えるようになっている。身体強化をして武器に聖剣氣を纏わせれば、攻撃を当てられれば大抵の魔物は倒せるのだ。
ミアのやることといえば、
大槌で巨大カマキリのような魔物を潰すクレア、2本の短剣で熊型魔物をズタズタにしていくテッテ、槍を突き出し敵より早く攻撃を届かせるカルネラ、それらを後ろから応援するニンネ。
をさらに後ろから眺めることくらいだ。
戦いの合間に地図とにらめっこし、おそらく判子が置いてあるであろう場所を割り出していく。
中層から水が落ちてくる滝周辺が怪しいのではないかということで、ミアたちはとりあえず水場を目指していた。
「クレア、怪我してるわ」
「これくらい気にすることもないと思うけど」
「駄目よ。薬をつけるから腕出して」
「ええっ!? それしみるやつだよね!?」
「傷が残るよりマシでしょ。ほら出す」
ミアは過保護なほどにクレアの体を心配した。
傍から見ていた3人が「お熱いなぁ」と思うほどに、2人はベタベタしていた。
「3年に上がってから、あの2人の距離縮まったよね」
「なんか一線を越えた感があるな」
「もしかして、何かあったとか~?」
これまで偽りの恋人関係だったのが本当の恋人になった、という一線を越えた出来事はあったので、3人の見立ては間違っていないだろう。
だが実際には頬にキスをするのが精一杯の、ゆっくりとしたプラトニックな関係だった。
そのほっぺキスでさえはちゃめちゃに心臓が爆発するので滅多にやらない。
ミアからすれば、長いこと生きてきて初めて出来た恋人だ。大切にしたいという思いのあまり過保護になってしまう。
クレアからすれば、高嶺の花である美少女。自分から色々と求めるのにもやはり腰が引けてしまう。
「ミアさんってクレアとどこまで行ったんですか~?」
空気の読めないニンネが質問を飛ばし、カルネラが「こら」と叱る。
問われたミアが顔を赤らめながら「な、何も……」と目を背けたことで、テッテとニンネは揃って「きゃー!」と黄色い声をあげた。
「にしても意外だなぁ。ミアさんって人とつるむ印象ないから」
「そうね。こういう機会でもなければ、そこまで話す人はいないわ」
「私らクラスメイトなのに話した回数は数えられるくらいだしね」
「それは……ごめんなさい」
「あっいいのいいの! 嫌味で言ったんじゃないから。まぁだからかな、クレアは凄いなーってみんないつも話してるのよ」
何度目かの魔物との遭遇後、少し休憩にしたところでミアはテッテと話していた。
教室では誰もが気後れしてミアに話しかけづらいのだ。意図してクレア以外の友人を作らないようにしてきた身としては耳が痛いことであるが、クレア以外のクラスメイトとじっくり話すのは実は初めてのことだった。
「ええ、そうね……クレアは凄いわ」
「なんか口を開くたびにミアさんの印象が変わってく気がする……人を誉める人じゃないと思ってた」
「私をなんだと思ってるの」
「孤高の美人?」
「なんとも否定しづらいわね」
「はは、そういうところも意外」
一行は水場へと到着したが、同じことを考えていた他の班と鉢合わせるだけで判子を見つけることはできなかった。
ついでに水場にいたワニ型の魔物を倒す羽目になった。
「穂かにめぼしい場所はある?」
「特徴的な場所は特には……」
「……もしかしてさ、ここじゃない?」
カルネラがある地点を指さす。
そこは中層に通じる道のひとつで、ここを通れば山を登れるという場所だ。
変わった地形ではないが、そこにはまるで門番のように待ち構えている魔物がいる。
そいつを倒すかやりすごなさければ中層には行くことにはできない。普通の冒険者なら安全第一に別の道を選ぶところだ。
そして今回の範囲に中層は含まれていない。
「そこ、すっごく怖い魔物がいるって聞いたけど……」
「私は反対よ」
ニンネの言葉にミアがすぐさま反応する。
それは賛同の表情を浮かべていたクレアの反論を誘った。
「えー!? いいじゃんミア行こうよー!」
「駄目よ。危険だわ」
「ここにいる時点で危険だって! それにこういう所にこそあるもんだって!」
「判子は複数あって、どこかひとつのを押せばいいんだからわざわざ行く必要ある?」
3人はそれを微笑ましそうに見ていた。
母親と子供のようなやり取りの中に、ミアの困ったような顔が見え隠れしている。
これはクレアが言い負かされるか、と思い別の候補を探していたところで、その予想は覆された。
「いいじゃんミア、お願い!」
「だ、だから駄目だって」
「ね?」
「…………はぁ、分かったわよ」
「ホント!? やったー! 行こうみんな!」
クレアに強くお願いされると断れない。ミアが新しく発見した自分の弱点だ。
つい付き合ってやろう危なければ自分がなんとかしようと思えてしまう。
そんな自分に再度ため息をつこうとすると、クレアが耳元まで寄ってきた。
「もし強い魔物倒せたらさ、褒めてね?」
「っ、た、倒せたらね。あと急に近付かないで」
真に付き合い始めて分かった。
クレアは意外と強引で引っ張っていくタイプだ。
今までミアの方が振り回していた側だったので気付かなかったが、こういうのも新鮮で悪くないと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。
ともあれ彼女らが向かった先に待ち受けていたのは、これまで遭遇した熊型魔物をより大きく、強くしたような魔物だった。
硬そうな黒い毛並み、口だけでなく肩からも牙が生え、爪も鋭い。
対峙しただけで竦んでしまいそうだ。
「あれか……先手を取る。私が槍で威嚇するから、クレアとテッテは回り込んで挟み撃ちにして」
「了解!」「任せて」
「実際に見るとおっかないな……ニンネは隠れてて、ミアさんはまずくなったらお願い」
「うんー」「ええ」
□□□□□
てっきり教師か引率の冒険者が周りにいて、危険のないよう見張っているものだとすら思われたこの場所には、魔物以外に誰もいない。
そうなるといよいよ当たりかもしれない。
3人が茂みに隠れながら大熊に近付き、気付かれた。
真っ先に飛び出すのはカルネラ。槍を構えて囮役を買って出る。
「くっ!」
空気を震わせる魔物の咆哮に、カルネラが焦って槍を突き出す。
少しタイミングはズレたが、テッテも飛び出して横から斬りつける。
クレアの姿は無い。
気配を消しているのか、あの大槌で隠密は難しくはないのか、そんなミアの疑問の答えは上にあった。
2人が戦っている間に木に登って奇襲を考えていたようだ。
「あッ……!」
攻防の中、カルネラの手から槍が弾き飛ばされる。
あの爪に当たったのが槍なのは幸運だろう。体に当たっていれば下手をすれば致命傷だ。
このまま何もしなければそれも時間の問題。テッテは叫ぶ。
「カルネラっ!? クレア早く!」
音も動きも最小限に、クレアが大熊の頭上からその巨大な塊を振り下ろす。
テッテ達に気を取られていた大熊は、その狩人らしい不意討ちをモロに頭にくらい、2歩3歩後ずさりをし、倒れ──なかった。
確かに当たったはずだ。さらにクレアは武器に聖剣氣を纏わせていた。普通ならば頭から崩れてもいいくらいだ。
「やはりこれほどの相手となると、少しの聖剣氣ではやられないか」
魔物や魔族には、個体ごとに聖剣氣への耐性、もしくは許容量のようなものがある。
この大熊はちょっとやそっとの聖剣氣をくらわせたところで滅びないらしい。
だか聖剣氣は間違いなく魔物の弱点であり、大熊にも攻撃が効いていないわけではない。
表面が崩壊しつつある顔、まだ無事なその瞳は怒りと殺気に満ちており、唸り声を聞くだけですら一般人なら震え上がってしまうだろう。
届きはしたが、この初撃で倒しきれていない。
それだけでこの戦いの危険度は跳ね上がった。
大熊が吠え、辺りがビリビリと揺れる。
ミアのすぐ傍にいたニンネが小さく悲鳴を上げた。
大きな爪がテッテを狙って振り下ろされる。
だがそれは当たらない。見た目はただの少女でも、勇者を継ぐ者のひとりだ。
身体強化を施して後ろに飛び退けば、テッテに限った話ではないが避けることなど容易い。
ニンネが「すごい……!」と勝ちの目を探り当てた声を出したが、ミアの顔は険しさを増す。
「(アレを後方に避けるのは……腕でも斬り落とすか動かずに避けるべきよ)」
クレアは大熊がテッテを狙った隙を突いて大槌を振るが、避けられる。
「(敵もあの一撃は警戒してる。最初のが効いた分、当てるのは難しいでしょうね)」
常人では到底扱えないような巨大な槌だ。いくら聖剣氣を持っていても、同じ力では剣を振る方が速い。どれだけ自在に扱えても、あの重量はその分速度を犠牲にしている。
威力と引き換えにした速度の分は、大熊が避けるにじゅうぶんだ。
「はぁぁぁっ!」
避けるということは、逆に言えば当たれば効くということ。そう踏んだクレアは立て続けに大槌を振るう。
どれも避けられたが、余波で折れた木々や抉れた地面がその威力を物語っていた。
「クレア、前に出すぎだ! 味方を待て!」
「大丈夫、いける!」
「(ダメ、危険だわ)」
見かけによらず俊敏に動くとはいえ、大熊は巨体だ。このままいけば確かに当てるだけならクレアでもいけるだろう。
だが大振りな攻撃を繰り返しているせいで、一度下がったテッテが攻撃に混ざることができずにいる。
カルネラはまず槍を拾わなければならない。少しでも時間がかかってしまう。
クレアだけが仲間から離れ、大熊と1対1を演じることになってしまった。
それでも追い詰めはした。
反撃の隙を与えない質量任せの連撃の中で、ここだという瞬間がやってくる。
大熊の動きが止まり、互いに向き合うことになる。頭を狙える。
聖剣氣の少ない第3クラスであるクレアたちは、長期戦をするべきではない。だからこの一撃で決める。
高く跳ぶクレア、振り下ろされる大槌。
頭を砕くはずのその一撃は、大熊の両手によって止められた。
「えっ……!?」
がっちりと槌を掴まれ、衝撃のあまり大熊の立っていた地面がへこむ。
しかしこれといったダメージは無さそうだ。
強いて言うなら槌を纏う聖剣氣が大熊の両手を少し崩壊させ、さらに激昂させている。
クレアは槌を掴まれたことで、空中で止まることになった。
「まずい!」
全力を込めた一撃を止められたことで、クレアは完全に隙だらけになってしまった。
カルネラもテッテも、彼女の位置からすぐに割り込める余裕はない。
大熊の片手は既に槌から離れ、その鋭利な爪をクレアに向けようとしている。
「クレア――!」
「だから言ったでしょう」
瞬間、白い雷が大熊の胸を貫いた。
こうなる数段前から陣を描いていた【雷撃】に聖剣氣を乗せた【アークライトニング】だ。
以前エデミナ大森林で遭遇した魔物たちは簡単に仕留められたこの魔法だが、大熊は大きくたじろぎ苦しみはしたものの即死に至っていない。ミアは二撃目を撃ちながら歩く。
次に狙ったのは大熊の腕。繰り出された雷が焼き切るように腕を落とし、傷口が徐々に崩壊していく。
支えを失ったクレアはすぐには動けず、どさりと地面に落ちた。
「【風縛】」
口頭詠唱で大熊の動きを万が一にも封じ、さらに攻撃を加える。
ミアの聖剣氣量では、どうやらこれほどの魔物を完全に崩壊消滅させることはできないらしい。数回撃っただけで聖剣氣が切れた。
「ミア……」
「あのままでは死んでたわよ」
既に絶命した大熊に目もくれず、クレアが立ち上がるよりも前に見下ろすミア。
その眉間には皺が寄せられ、口からは咎める言葉しか出せない。
「ここは人類非生存圏で、相手は危険な魔物。どうしてそんな相手にそう、1人で考えなしに立ち向かえるの!」
ミアは極力手を出すつもりはなかった。
ものの数秒で勝ててしまうからだ。それでは他の班員のためにならない。
だから多少のことくらいなら見逃すつもりだった。
しかし相手は手加減など知らない魔物だ。聖剣氣を持っている人間だろうと、あの鋭い爪で切り裂かれようものなら死ぬ。
死なずとも怪我は免れない。今後の生活に影響を及ぼすものになるかもしれない。
人間に【超速再生】など備わっていないのだから。
「ご、ごめん……でも、私だって、ミアと同じ、聖剣氣持ちだもの」
「だからって――」
「だから、私も……」
クレアは焦っていた。
お付き合いをすることになったところで、自分がミアと釣り合っていないという思いは変わらない。
どうすれば彼女と釣り合う自分になれるのか。容姿か、甲斐性か。色々考えた結果が"強さ"だった。
アイリア学園は強くなるための施設でもあるし、強くなるための手段があるのだから。
だから強くならなければいけない。
胸を張ってミアの隣に立てるように。
しかし、道のりは遠く感じる。
ミアはできるだけ隠しているつもりでも、その強さは疑いようもない。
どれだけ強くなればいいのか、目標であるミアの底は知れない。
体の動かし方や武器の使い方などは入学時に比べてはるかに上達したという実感はある。だが上には上がいるものだ。
挫折しそうになることもあったが、自分がミアにしがみつくために必要なのだと、クレアは思っていた。
しかし、それはミアの望むところではない。
クレアの強引さに負けて戦うことを許可したが、こうなってしまっては自分が甘かったと言わざるを得なくなり、こちらも強引に話をつける。
「クレアは戦わないで」
「えっ……?」
「あなたが怪我をすると思うだけで、私は耐えられない。だから戦わないで。後は私がやるから」
ミアの強引な取り決めは、クレアがどう言い返そうと覆ることはなかった。
それよりも、周囲を探索していたテッテが中層への入り口にあった判子を発見し、この実習は終了したのだ。
帰り道の空気はやはり重く、途中に遭遇した魔物もすべてミアが片づけてしまった。
「でも、それでも私は……」
クレアは黙ってミアの後を付いていきながら、静かに燃えていた。
この少女の恋人は自分である。たとえ彼女が他の誰よりも強かったとしても、彼女を守れる存在でありたい。
大陸の情勢がこんな時だからこそ、何かあった時に、守られるのではなく守る側でいたかった。
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ミアとクレアのちょっとしたすれ違いは、修学遠征が終わっても続いていた。
日々を過ごす中で距離が広がったということはないが、どちらも意図的に修学遠征でのことを話題にはしなかったのだ。
そんな状況で恋人としてのステップアップなど望むべくもなく、2人が恋人になってから4ヶ月が過ぎたある日、ミアは学園長に呼び出された。
「非常に心苦しいことを言わなければならないが……すまない」
学園長室、重々しい空気で口火を切った初老の男性――学園長ラビス・キウラスがまず行ったのは、この部屋に集められた10人ほどの生徒たちへの謝罪だった。
「連邦政府は、学園にいる生徒の戦闘能力上位者を今回の内乱鎮圧への戦力として出征させることを決定した」
それは連邦にとっても忸怩たる決定だったが、それほどに反連邦勢力との戦争は旗色が悪い。
騎士や志願兵では足りない時が来ていたのだ。
「これは断ってくれても構わない。私の力でなんとかすると約束しよう」
「行きます」
ミアは一歩前に出た。
そしてもう1人、同時に前に出ている。
「君もか」
リーパー・レイルシア。
つくづくこの男とは腐れ縁だとミアは思う。
次にもう1人が前に出た。
「しゃーねーな」
スーヤ・ルーニャ。
彼女は気だるそうにため息をつく。
他の生徒たちも、思い思いに前に出たり後ろに下がったりする。
説明もろくに聞かないミアに他が釣られた形となり、学園長はひとまず二度目の謝罪を口にした。




