第四章プロローグ
殺気と怒号、鬨の声と魔法の衝撃音。
土煙と血飛沫、悲鳴と呼吸音。
『檻の国』と『布の国』の国境にある平原は、幾人もの人々が命を散らせていた。
片方は連邦に属する国々の騎士や徴兵をしてかき集めてできた連邦軍。
もう片方は反連邦組織『リャーヴェ』が有する『戦の国』の軍と、その思想に同調した国々の軍。
数で優勢なのはリャーヴェ軍だ。
連邦一とも呼ばれる大監獄のある『檻の国』を制圧したリャーヴェは、囚人たちを解放。連邦を打倒する兵力として吸収し、さらに力を増した。
しかし兵の質では、連邦軍が勝ると言っていい。
それは聖剣氣を持つ者の大半は、連邦軍に身を置いているからだ。
アイリア学園を卒業した者たちが騎士になるという話はザラにある。
そういった者たちは当然、常人よりも強い。
それでも無敵ではないため、やはり全体的な戦況は膠着状態に陥っている。
「なんだぁ? こんな戦場に貴族の令嬢が迷い込んでるぞ」
「黒いドレス……シェリア魔法学園の魔法使いか?」
「バカ、制服じゃねぇって」
「どちらにしろ俺が行こう。魔法を撃たれる前に片付ければ済むことだ」
「さっすが聖剣氣持ち。だが生かして捕えろよ。ガキだが数年後には美人になる」
「知るか。女くらい『布の国』で略奪でもすればいくらでも手に入るだろうが」
リャーヴェ軍の数人が捉えていたのは、戦場に似つかわしくない黒のゴシックドレスを着た少女だった。
何をするでもなく、ただ亜麻色の髪をなびかせているだけの少女に襲い掛かろうとした男たちは、踏み出そうとして止まる。
「おいなんだこれ――」
気付けば彼らの足元は氷に包まれていた。
驚いて足下を見てからすぐ、少女に目を戻す。
遠くにいるはずだが、灰色の瞳と目が合ったのを感じた。
そして、こちらを指さすように人差し指を向けてきている。
直後、男たちは意識を失った。
聖剣氣で身体強化し、氷を無理やり引きはがした男だけが跳び上がり、助かった。
「やはり魔法……!」
それ以外の男たちは、見えない風の弾丸に撃たれ、吹っ飛ばされている。
「だから女は弱いに限るんだよ!」
男は着地の直前に剣を抜き、ジグザグの軌道を描いて少女に接近する。
通常、魔法使いが撃てる魔法には限りがある。
こういう場面であれば、無駄撃ちを避けて確実に当てるために接近を許すか、それとも魔力切れを覚悟で撃ちまくるか。
どちらにしろ、身体強化をしている以上当たることはないし、当たったとしても大したダメージではないはず。男はそう考え、突撃した。
「なっ!?」
それが過ちであったこと、この少女に近付くべきでなかったと気付いた頃にはもう遅い。
問答無用の【風砲】の雨が、男の体を撃ち抜き、男は仲間たちと同じく意識を刈り取られた。
少女が――ミア・ブロンズが行った動作は、ただ指を突き出しただけ。
それが無数の魔法陣を描き、敵を圧倒する。
かつて『魔王の騎士』として多くの人間を屠ってきた彼女はまた、命を奪い合う戦場という世界に舞い戻っていた。
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「お疲れさん。今日も無事みたいだな」
「お互い様ね。ありがと」
その夜、やはり勝敗の決しなかった両軍は一度退き、陣へと戻る。
ミアを出迎えたのは、同じアイリア学園に通う1年先輩のスーヤ・ルーニャ。
スーヤは出会った頃と変わらないボサボサの黒髪を持ち、ぐんぐん身長が伸びる同年代の少年少女と比べてまったく身長が伸びない低身長少女だ。
藍色の瞳から覗くダウナーな雰囲気も、気だるそうな喋り方も変わらない。
「にしてもやっぱ似合わねぇって。そのドレス」
「似合ってるわよ」
「ああ、ミアには似合ってると思うが、こんな場所にって意味だ」
他愛のない話をしながら、支給された糧食を分け合う。
味は褒められたものではない。本当に腹を満たすためだけの作業だ。
「そう言うスーヤこそ、そのローブは似合わないわ」
「他の魔法使いも似たようなもんだろ」
「ローブに着られてる」
「そっちの意味か……ほっとけ」
魔法使いは貴重な存在だ。
身分の高い者も多く、魔法という中~遠距離攻撃を行える存在は強力であり、他の兵士よりも位が高い。
それを可視化するためかは分からないが、スーヤなど魔法使いは、高貴な色である黒のローブを着ていることが多い。
「ほんと、戦争ってマジで戦争なんだな」
「誰か殺したの?」
「んー……まぁ、な」
「そう」
「そっちは?」
「誰も」
「甘すぎだろ」
「逃げ回ってそれどころじゃなかったわ」
「嘘つけ」
表に出さないようにしているが、きっとスーヤも戦場など初めてで、命を奪ったも初めてだったのだろう。と思ったミアは自分の固形糧食を差し出すが、「押し付けんな自分で食え」と不味さから逃げようとしているのがバレてしまっていた。
「なぁ、本当によかったのかよ」
「何度も言ってるでしょう。私は望んでここに来たのよ」
「クレアを置いてか?」
「……それも、何度も言ってる」
「知ってるよ。捨ててきたんだもんな。でも未だに信じらんねーな」
「…………」
「そういう顔するってことは、まぁそういうことだろーけど」
「分かってるなら言わないで」
糧食は硬いし不味い。お湯につけてふやかさないととても食えたものではないが、それはそれで不味い味が口いっぱいに広がるのでだめだ。
どうせ再生するのだから歯が折れようが無理やり噛むしかない。
「……ホント、不味いわねこれ」
「とっとと帰りたいな。風呂に入りたい」
「同感ね。食べないの?」
「ああ。別にいらね」
月明りと焚火の光に当てられた2人の少女は、明日も同じ戦場へ赴かねばならないことにため息を吐いた。




