【 】――ただ、傍にいられれば
【おそらく君の場所ではないところ。或いは君のたどり着けないところ】
……あなた、誰ですか?
まぁ、誰でもいいんですけど。
私のこと? なんでそんな急に……
「まぁまぁ」
はぁ……
私の名前はレンファン・シンウー。14歳。
『拳の国』出身で、今はアイリア学園の1年生第1クラス。
私が物心つく前に、私を産んだ母親は死んでいた。
病気だった。だから私は、母の顔を覚えていない。
父親は、母の死と共にシンウー家から用済みとされ放逐された。顔は覚えているけれど、どこにいるのかは今も分からない。
シンウー家は『拳の国』の八家聖のひとつ。
つまり、国でもっとも偉い8つの家柄のひとつだ。
当主は代々女性が務め、私の母が死んでからは母の妹である叔母――ウェンユェ・シンウーがその座に就いている。
『拳の国』は、元々ひとつの国だったわけじゃない。各地域の豪族たちがずっと戦争をしていた。
それがひとつにまとまって今の国になったのは、歴史的に見ればごく最近のこと。
それまで戦争をしていた主な豪族たちの家系は今の八家聖になり、国家元首はその8つの家から決める。
決める方法はひとつ。武術大会だ。
これまでの戦争を個人戦に凝縮した、つまりは代表同士の代理戦争。
武器も盤外戦術もなんでもあり。相手を殺してもお咎めなし、とにかく試合に勝てばいい。そんな野蛮な大会。優勝した家の当主がこの国を統べる。
私は7歳の頃、この大会にシンウー家の代表として参加した。
母親が死んだ頃から、家は私の使い道を、この武術大会に勝てる存在にすることに決めていた。
体もじゅうぶんに作られていない幼い時分から武術を体に叩き込まれ、人殺しも厭わないよう罪人相手に技の練習をして、素手で人を殺せる人形のようになる。ただただ、シンウー家のために。
この生き方に疑問は抱かなかった。物心ついたときにはそう教育されてきたから。
結果、私はこの大会でぶっちぎりの最年少優勝を果たした。
真っ二つになった対戦相手の返り血を浴びた私を見て、誰もが驚いていた。
でも私にとっては大した驚きはなかった。ただの人間が相手では、私の相手にならないから。
私が優勝できたのは、『拳の国』に伝わる武人育成法というのを幼少期から施されていたから。私は先天的に特異な体質らしく、人より圧倒的に強かった。
そう、聖剣氣を使わずとも。
聖剣氣。私に流れる勇者の力。
体内の『気』を操る力があれば、似たようなやり方で聖剣氣も自在に操ることができる。
魔力も同じように操れるらしいけど、私には魔法の才能が無いから分からない。せっかく魔法使いの家系なのに。
それに私は、聖剣氣を操ることはできても聖剣氣によって強化されすぎた私自身の体を操りきれない。
多分、もっと修練を重ねればこれも解決できるだろうと思ってるけど。
まぁとにかく、私は元から持っていた戦うために生まれてきたような体と染みついた殺人術が合わさり、誰よりも強くなった。
大会に優勝した時も、純粋に嬉しかった。
だって、おばさまに国家元首という一番偉いものを贈ることができたのだから。
私は、おばさまのことが好き。
家族愛とか、そういうものじゃなくて、添い遂げたい方の好き。
私と同じ濃紺の髪が好き。
すっと通った鼻筋が好き。
無駄のない体つきが好き。
常に微笑んでいる唇が好き。
笑う時に細くなる目が好き。
私を撫でてくれる手が空き。
私が笑ったら一緒に笑ってくれるところが好き。
私が泣いたら抱きしめてくれるところが好き。
私が頬に口付けたらお返ししてくれるところが好き。
私が何かしたいと言ったら絶対付き合ってくれるところが好き。
私の知らないことをたくさん教えてくれるところが好き。
私をお風呂で丁寧に洗ってくれるところが好き。
寝るときに色々な話をしてくれるのが好き
ああとにかく顔も体も中身も全部好き。
他の誰でもない、おばさまだから好き。
母を喪った私に、おばさまはずっと優しくしてくれていた。
あの人は有名な劇団の座頭でもあるから、大陸中を回って会えない時間も多かったけど、私が幼い頃は常につきっきりで面倒を見てくれてたし、帰国したときはずっと私と一緒にいてくれた。
自分の手が届く限り、使用人たちに丸投げしたことなどなかった。
私が修行をしていると絶対に止めてきて、他に何かしようと提案して、よく一緒に出かけたり遊んだり勉強を教えてくれたりした。
ご飯も、寝る時も、全部一緒。
シンウー家の令嬢という立場と、幼いながらに大人が束になっても敵わない強さから、私のことは皆が怖がってたから、私の周りには誰もいなかった。
家の使用人も話しかけてこなかったし、友達なんてものも、作れるわけがなかった。
でもおばさまだけは傍にいてくれて、私を愛してくれた。
そうしてるうちに、私にはこの人しかいないんだって思った。
家もなにも関係ない、この人のために生きると決めた。
この人に私の全部をあげたいって思った。
この人が死ねと言えば死ねると思った。
好きだという感情がどんどん大きくなっていった。
おばさまはよく「レンファンはなりたいものになりなさい」と言っていた。
当主になる必要もないし、好きなことを見つけてほしいと。
でも私にとっては、おばさまのために何かをすることが、私の好きなことだった。
10年に一度行われる国家元首を決める武術大会に出て優勝しようと思ったのも、おばさまのため。
国家元首はこの国で一番偉い人。シンウー家の人たちも、みんな「この家が優勝できれば……」みたいなことを言っていたから、私も幼いながらに大人たちの思惑も知らずに「優勝すればおばさまが喜んでくれる」と思って頑張った。
結果は頑張る必要がないくらいに呆気なかったけど。
優勝が決まった私は、真っ先に体から血を洗い流しておばさまのもとへ向かった。
この日は国に帰ってきてたからすぐに会えた。
おばさまは私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。それだけで何もかもが嬉しかった。
でも、お顔は見せてくれなかった。目と目を合わせて気持ちを通じ合わせたかったのに。でも、撫でてくれる手の感触だけで私は幸せだった。
おばさまが国家元首になってから、私はますます修行に精を出した。
もっと強くなれば、もっとおばさまに喜んでもらえる。そんな気がしたから。
私にできることは、戦うことだけだって思ってたから。
私が10歳の頃、おばさまに演劇を見てみないかと誘われた。
あの頃は修行ばかりだったから、見かねて娯楽を与えてくれたのかも。そういうところでも優しいから好き。
初めて見た演劇は、おばさまの劇団がやってた舞台。
舞台上という限られた空間に、間違いなく別の世界があった。
私は気付いたら泣いていた。感動したんだ。
無表情のまま涙を流し続ける私の背中をさすりながら、おばさまはこうも言ってくれた。
よかったら舞台に上がってみないか、と。
誘われるままに、私は舞台に飛び込んだ。
おばさまの劇団はすごく人気で、是非わが子を入れたいという人がいっぱいいて、未来の舞台役者を育てる学校のようなものもあった。
私は修行を続けながら、学校でも3年間、13歳まで通った。
私には武術のほかにも演技の才能もあったみたいで、同年代のどの子よりも、私は観客を魅了する演技を身に着けることができた。
周りの子供たちからは、「すごい」という憧れの声。
周りの大人たちからは、「将来が楽しみだ」「流石はシンウー家」という称賛の声。
みんな私のことを怖がってたから、そこでも友達と呼べるほどの関係は築けなかったけど。
学校全体でやる舞台の主役を演じた私に対して、おばさまが「やっぱり姉さんの子ね」と、何かを懐かしむように頭を撫でてくれたのが印象に残っている。
他の人たちからの評価はどうでもよかったから、おばさまに褒められたのが一番嬉しかった。
『なりたいものになりなさい』――その言葉の意味が少しだけ分かった気がした。
私には武術大会用の人形という道以外にも、生き方があったのだと知った。
学校を卒業したときにはもう、翌年にアイリア学園へ入学することが決まっていた。
聖剣氣を持つ私は、勇者の名を冠するこの学園に通うことができるらしい。
本当は少し嫌だった。
このまま役者見習いとしておばさまの劇団に入って、ずっと一緒にいたかったから。
でもおばさまは入学するよう言ってきた。だから複雑な気持ちだけど入ることにした。
その時、ふと抱えていた思いをおばさまにぶつけてみた。
「おばさまは私と一緒にいたくないのかな」って。
するとおばさまは慌てて、私を抱きしめながら「違うの」と言ってくれた。
――レンファン……あなたは、何があっても私のことを信じてくれる?
その言葉は、今まで聞いたことのない声色で私の耳朶に残った。
返事は……言うまでもない。
私はおばさまのことを信じているし、何があっても疑ったりしない。
おばさまだけが私にとっての家族で、大切な人で、すべてなんだから。
そうして私は、おばさまが反連邦組織の一員だということを知った。
私が入学する年に『勇魔大会』という催しがあって、大統領の暗殺ができる絶好の機会だから、自分もその時期に『柱の国』に行き、決行するということも話してくれた。
驚きはなかった。
連邦とか暗殺とか、そういうのはどうでもよかった。
おばさまがそうしたいと言うなら、私はそれを助けたい。
おばさまのしたいことは、私のしたいことだから。
世界の何に比べても、それ以上の大切なことなんてないから。
それが私の望みで、願いで、運命。
私はおばさまが好き。
世界で唯一、愛してる人。
でもこの思いは、どれだけ行動で表したとしても、口にしてはいけなかった。
『拳の国』は同性同士の愛も、家族同士の性愛も禁じられているから。
おばさまのことは好きだけど、迷惑にはなりたくない。
それでも私のいる場所は決まっている。
おばさまの隣で、ずっと……ずっと一緒に――
「ミア・ブロンズのことは? 好きだって言ってたけど」
は? 好きなわけないじゃないですか。演技ですよ。怒りますよ?
おばさまがあの人に近付けって言うから、仕方なくそういう演技をしていただけです。
「それで恋焦がれたふりをねぇ……」
ミア先輩はクレア先輩にべったりだったから、ああするしかないと思っただけです。
ただ友人関係になるよりは、ああして熱烈に接した方が誘いやすく、尾行するときの口実にもなるんです。
「はっはっは、まぁ両手に花でうろたえる彼女を見られたのは面白かったからいいか。いいものを見せてくれてありがとう」
それで、あなたは誰なんですか?
「おそらく君の知らない人。或いは君と出会わない人だよ」
……まぁ、もうなんでもいいですけど。
私にはもう……
「君はもう少し、自分に与えられる愛に気付いた方がいいね」
は?
「愛は与えるばかりじゃない。君は、愛されていたよ。君と出会わないボクから言えるのは、これくらいかな」




