表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第三章 舞台編
62/212

【 】――ただ、生きてくれたら

 【おそらく君の場所ではないところ。或いは君のたどり着けないところ】



 今さら、私が望むことはありません。

 私は、ただあの子が生きていられれば、それでよいのです。



「そうか、悲しいね」



 悲しい……確かに、悲しいですね。

 あの子に思いを伝えられないこと、あの子の思いに応えられないこと。

 少しくらい、自分勝手に生きてもよかったのでしょうか……



「ボクにそれは答えられない。第三者の意見なんて耳に入れるべきじゃない」



 あら、意外と真剣なんですね。



「『書庫(ライブラリ)』は記憶を見ることができる。けど自分の記憶じゃないから、そこにある感情までは読み取れないんだ。君のこれまでの人生を証明するのは、君と――あの子の気持ちだろう」



 自分以外の心の中など、見ることはできない。

 そうですね。そうでしょう。当然です。それは自分ではないのだから。



「教えてほしいな、君を」



 私の名前はウェンユェ・シンウー。

 『拳の国』の現国家元首であり、劇団の座頭であり、反連邦組織『リャーヴェ』が差し向けた刺客――

 そして、レンファンの叔母です。



 私には大好きな姉がいました。

 生まれた時から、私たち姉妹は常に一緒で、私たちの間には何の違いもありませんでした。まるで同一人物が2人いるかのように振舞っていたのです。


 それでも私たちは違う人間だったから、成長するにつれて違う点が増えていきました。

 好み、趣味、性格、関係、そして才能。

 私と姉さんは、間違いなく別人だったのです。



 私には魔法の才能がありました。シンウー家は魔法使いの血筋ですから、姉妹のどちらかに魔法が受け継がれるのは必然でした。

 どうして私に? どうして姉さんじゃなく? 何度も悩みました。

 だって、シンウー家の者たちは、魔法を使えるかどうかで私たち姉妹の扱いを明確に変えていたのですから。


 私は当主になるよう教育を受け、その代わり望むものはなんでも与えられました。

 一方、姉さんは良く言えば自由。悪く言えば、放任。きっと姉さんからすれば、実家に居場所が無いように感じていたことでしょう。私から見てもそう思えるくらいの格差があったのです。


 人格や性格も、環境の違いからまったく変わっていきました。

 姉さんは外に交友関係を広く持ち、明るく。

 私は令嬢として、次期当主として、冷たく。


 それで姉妹仲が悪かったかというと、そうでもなく、むしろ私たちは他の家の姉妹以上に強い絆で結ばれていたと思います。

 時間を見つけては2人で会い、なんてことはない幸福な時間を過ごしました。

 2人でいる時は、子供のままでいられた。それが私には嬉しかったですね。


 私たちに共通していたのは、演劇という趣味でした。見ることから始まり、いつか演者でも裏方でも、なんでもいいから舞台を作りたいとよく話しました。

 最初は同じ役者を目指そうとしたのですが、姉と私とでは天と地ほどの才能の差があり、私は届かない姉の輝きにその道を諦めました。


 そしてお互いに成人し、私は母の跡を継ぎ当主になり、姉さんはその人当たりの良さから劇団を立ち上げ、家を出ていき、会える時間も少なくなりました。

 それでも私たちの絆は断たれることはない。そう信じてやまなかったのですから。


 しかし、姉は私を裏切った。

 勝手に外で私じゃない誰かを好きになり、勝手に結ばれ、勝手に子供を授かった。

 私たちが共に過ごした日々、それよりも大切なことがたくさんある……そう言われているような気がして、綺麗な水色の感情があった私の胸の中は、黒いもので取って代わられました。


 それから私は、姉のことを認識しないようにしました。

 そっちがそう来るなら、私も同じようにする、と……ありもしない姉からの攻撃に対抗しようとしました。

 私が自分で劇団を立ち上げたのも、姉への敵愾心からだったのかもしれませんね。

 裏方をやりながら役者としても舞台に出ることで、姉よりも優れていると示したかったのかも……



「少し、顔色が悪いよ。お茶を飲みたまえ。この話は終わりにしよう」



 ……ありがとうございます。

 そうですね。姉とはそれから、彼女が死ぬ間際まで顔を合せなかったから、この話はここまで、です、ね。



「ボクは君の魔法に興味があるなぁ。昔から見てはいたけど、【舞台】という魔法をここまで使いこなすのは見たことがなかったよ」



 シンウー家の固有魔法は【舞台】。

 そんな名前だというのに、別にシンウー家が劇団の家系だとか、そういうのはありませんでした。勿体ないですね。

 この魔法は強力です。自分の意のままに他者と空間を操り、望む舞台を作り出すことができるのですから。事象も、思いも、生き死にさえも、私ひとりが自由に操れます。

 極端なことを言えば、範囲を世界すべてに設定して舞台空間を作り上げれば、この世のすべてを支配できる。

 まぁ個人の力でそんなことができるわけはありませんが。

 欠点らしい欠点といえば、術者である私自身が魔法の効果を得られないことですね。


 強力すぎるが故に、この魔法を完全に扱える者はシンウー家の歴史にも片手で数えるよりも少ない記録しか残っていませんでした。

 固有魔法は魔法の才能に関係なく受け継がれますが、肝心の魔法の才能が乏しければ、手に余ってその能力を使いきれないのです。


 例えば歴代当主には、小道具をひとつふたつ出すのが精一杯で『役』の刷り込みすらできない者もいたくらいですから。


 その点、私は奇跡の子と呼ばれるほどに魔法の才能に溢れていました。

 『拳の国』の内向的な気質が無ければ、『教の国』に留学に出されていたことでしょう。

 最大範囲は町の一区画ほど。それをまるごと私の舞台で包み、その中であればすべてが私の思うがまま。凄まじいでしょう?


 まぁ、全力で使ったことなどないのですけどね。

 強すぎる力は、使うだけでも恐ろしいものです。

 怖かったのですよ。私は。自分の魔法が。


 まぁ使わなかっただけで、使えないわけではないので。

 そういう点を見て、家の者も私を特に持ち上げました。

 『この力があれば、シンウー家は安泰だ』と思っていたのでしょう。

 八家聖という歴史と格式のある家ですからね。老人たちが保守的になりすぎるのも仕方ない事ですが。


 魔法の話はこれくらいにしておきましょうか。



「そうだね。君のことは……まぁだいたい分かった。そろそろ本題――レンファンと反連邦について聞こうか。彼女は君の今回の行動と、無関係じゃないんだろう?」



 ええ、そうですね。

 すべてはレンファンが武術大会に優勝したことから始まりました。



「その前に、君はレンファンのことは嫌いじゃないのかい? 大嫌いなお姉さんの娘なのだろう?」



 ……最初は、嫌い、というよりも、認めないという思いがありました。

 レンファンの存在そのものが、私と姉を引き裂いた象徴のようで、生まれてからも顔を合わせませんでしたから。


 姉が病気で死ななければ、一生認識することなどなかったでしょう。

 そもそも、あの姉さんが病気で死ぬなんて、信じたくなかった。ありあえない、そう思っていたのに、姉さんは本当に……



「はいはい、お茶を飲もうね」



 ……んくっ。


 姉は、最後の最後に、私にあの子を託したんです。

 嫌がらせかとも思いました。

 病床に伏せる中、最後の力を振り絞るように、私の手を掴んで、頼んできたのです。

 私は姉の顔すらまともに見れず、ずっとあらぬ方向を向いていました。まるで逃げるように。


 姉はそのまま、帰らぬ人となりました。

 私は最後まで、彼女の顔を見れぬまま、レンファンのことも放り出していました。


 レンファンには魔法の才能が無かったので、シンウー家はあの子を、血を繋ぐための肉袋として、いずれどこかから婿を迎えるための教育をしようということで決まりました。

 私は……それに口出しをしませんでした。私には関係のないことだと、逃げ続けていました。


 そんな中で私があの子と初めてまともに顔を合わせたのは……偶然でした。

 まだ物心もついていない、ようやくひとりで歩けるようになった彼女が廊下で転び、泣いている時のことです。

 私はその泣き声を不快に思い、止めさせようと近付き、その小さな体を抱き上げ、顔を見ました。


 不思議なもので、私がその子に抱いた感情は、どうしようもない愛おしさでした。

 我ながら心変わりが軽すぎると言いますか、あれほど憎んでいたはずの姉の子に対して、同じ感情を向けることができませんでした。


 レンファンは本当に姉によく似ていて、その顔を見ていると、ああ姉さんの娘なのだとハッキリと分かってしまって、本当に愛らしくて……


 その時、私はようやく、姉に向き合うことができました。

 私は、姉が憎くてたまらないはずでした。

 私を裏切り、私の前から去っていった姉さんのことを、大嫌いになったはずでした。

 でも、私はやはり……姉のことを愛していたのです。


 憎いと、嫌いだと思うことで、私は自分の心を守ろうとしていたのですね。

 姉の言うことも、何を思っているのかもも、聞こうとも知ろうともせずに決めつけて。

 別に姉は裏切ったわけではなく、ただ幸せを見つけて、掴んだだけだったのに。私はひとり置いていかれた気になって、勝手に憎んでいました。


 自分の思いを改めると共に、後悔し、何度も何度も姉の墓に向かって謝り、そして大好きな姉の最後の頼みを聞くことにしました。

 レンファンの父親――姉の夫にも、姉に寄り添ってくれたことについてお礼を言いたかったのですが、彼は用済みとばかりにシンウー家から追い出され、消息が分からず……見つけるのに数年を要しましたが、見つけた頃には姉と同じ病で既に亡くなっていました。


 残されたレンファンを愛すること、両親が注げなかった分、いえそれ以上の愛を注ぐこと。

 それが私のすべきことだと決めたのです。


 しかし、私は心を入れ替えるには少し遅かったのかもしれません。

 当主としての責務、劇団の座頭としての業務、私には自由な時間がありませんでした。

 特に姉さんの立ち上げた劇団の人員をすくい上げた私の劇団はどんどん成長し、有名になり、国外にまで名を広めていったので、忙しさは私の手に余るほどでした。


 そのせいでレンファンとの時間もあまり取れず、私の介入がないのをいいことに、シンウー家の老人たちは、武術の才能があると分かったレンファンを戦いの人形に仕立て上げてしまいました。

 すべては武術大会で優勝させるため、ただ自分たちの権威を高めようとした老人たちの思惑にレンファンが染まっていくのを、私は止めることができなかったのです。


 私は足掻くように、自分の時間をレンファンに捧げました。

 忙しい日々の中、あの子はどんどん大きくなって、ますます姉さんに似てきて……ああ、鼻は父親似でしょうかね。

 罪滅ぼしなのか、姉さんに頼まれたからなのか、それとも自分がそうしたいのか、それらが綯い交ぜになって……


 そうしているうちに、私はかつて姉に向けたものと同じ感情を、レンファンに向けていました。

 叔母と姪ではなく、家族としてでもなく、ひとりの人間として、彼女を愛するようになりました。

 『拳の国』では同性愛も近親愛も御法度でしたから、誰かに知られるわけにもいかず、レンファンに応えてほしいわけでもなく、ただただ、私の思うままに、愛情を注ぎ続けました。

 レンファンは私のすべてだったのです。


 その甲斐あってか、レンファンも私に懐いてくれたのは嬉しかったですね。

 それが少し懐きすぎだったというのを知るのは、もう少し後のことですが。


 同時に私は、ただ武術大会のため、ただ子供を産むため、そういった虚しい生き方ではなく、もっと別の幸せをレンファンに見つけてほしくて、それとなく色々と勧めたりもしてみましたが、それらはあまり効果がなかったようです。


 結果、私には何もかも足りなかったのだと思い知ったのは、武術大会の日でした。



「君はレンファンに、所謂まともな生き方をさせようとしていたけれど、レンファンはそうじゃなかったんだね」



 ……はい、そうなのです。

 レンファンは、自分の意思で戦い、自分の意思で優勝してしまいました。

 優勝してから私に抱き着いてきたレンファンが「これでおばさまもよろこんでくれますか?」と言ってきた時、私は頭と胸を同時に何かで強く叩かれたような感覚に陥りました。


 私の与り知らぬところでレンファンの思考は毒され、自ら戦う人形となることで、それが私のためだと信じていたのでした。


 私は、それまでレンファンが何を思って何をしているのか、何も知らなかったのです。

 まさか進んで修行していたなんて、進んで武術大会に参加したなんて……


 忙しくて暇が無かった……という言い訳はいくらでもできますが、私はもっとも重要なこと――彼女自身の思いを知るということを、していなかったのです。


 後悔しました。あの老人たちの思い通りに育ってしまったこと。

 このままレンファンは、『私のため』だと思ってただ血を残すだけの肉人形になってしまうのでは、という恐怖すら覚えました。


 しかし、私に笑顔を向けるあの子に、その思いをそのまま伝えられるはずもなく……私は手に余り身に余る国家元首という座に就きました。



 反連邦組織『リャーヴェ』が私に接触してきたのは、それから間もない頃でした。

 『拳の国』は元々連邦に属さずに存在し続けていた辺境の国ですから、すべてを支配しようとする連邦のことは、よく思っていなかったようで。

 国家元首は代々その組織に属しているらしく、私も自動的に組織の一員となっていました。


 私にとっては反連邦などはどうでもよかったので、話を聞き流していましたが、それもよくありませんでしたね。

 ええ。私の人生、過ちばかりです。ふふっ、おかしいでしょう。



 それから3年間は、まさに目の回る日々でした。

 当主、座頭、国家元首――大陸を回ったり、色々な場に顔を出したり、書類の山と対面したり、忙殺されるという言葉がこの上なく当てはまっていましたね。

 そのせいでさらに修行に精を出すレンファンにも、ほとんど会えず、3年経って落ち着いてきた頃には、彼女の人形加減には磨きがかかっていました。


 そこでようやく私は、少し強引に、レンファンを演劇に誘ってみました。

 私の劇団の、当時最高の公演を見せ、彼女の母親のいた世界――舞台に興味はないかと。


 演劇を見て無表情のまま涙を流す彼女を見た時には、その誘いはもう一段上の、役者への勧めへと変わりました。

 レンファンに別の生き方をさせるなら、舞台というのは最適だったのかもしれません。


 それからレンファンを私の劇団が運営する演劇学校に通わせましたが、やはりあの人の娘だったのでしょう。彼女は他の誰よりも輝き、役者としての才能を現し始めました。

 10歳から13歳まで、彼女が学校に通う3年間。ようやくあの子に別の道を示すことができたことに、私は嬉しさを隠せませんでした。



 しかし、不都合なことは起こるものです。


 『リャーヴェ』が再び接触してきて、私に命令しました。

 次に行われる勇魔大会で、大統領を暗殺せよ。と。


 勿論断ろうとしましたが、彼らの言う通りにしなければ、劇団やレンファンに何があるか分かりませんでした。

 反連邦組織とは、言ってしまえば戦いを望む集団。

 大切な劇団、大切な姪。私の周りを人質にとるかのような言い方に、私は従わざるを得ませんでした。


 もっと前に彼らとの関係を切っていれば、脅されても負けないほどの地固めをしておけば。後悔は尽きません。


 勇魔大会に来賓として行くにあたり、いくつもの口実がありました。

 大陸で有名な劇団の座頭として、『拳の国』の長として、など。いくらでも。



 このままでは、私は大罪人になってしまう。

 それは避けられない未来であり、そうなってしまえば私の周りも、今までのようにはいられない。


 大統領の暗殺をすれば、成否にかかわらず、連邦すべてを敵に回す。

 暗殺を断れば、反連邦を敵に回す。

 言う通りにするか、断って直接手を出されるような事態になるか。悩みに悩んだ結果、前者の方がマシだと結論付けました。


 どのみち、生き延びることすらできないでしょう。

 暗殺犯として連邦から本気で狙われて、命があるとは思えません。かといって『リャーヴェ』から逃げることもできない。

 それは結局、私にとっての詰みでした。


 ならば、苦しむのも死ぬのも、私だけでいい。

 大切なあの子が私に巻き込まれて危険に晒されることは避けなければ。

 そう思い、レンファンをアイリア学園に入れようと決めました。

 ちょうど聖剣氣を持っているレンファンならば、連邦から悪い扱いはされないでしょう。

 でもそれでは足りない。もっと保険が必要。


 私にはもう、『拳の国』のことも劇団のことも、気にすることなどできないほどに追い詰められました。

 すべてを救おうと手を尽くすには、時間も体もあまりに足りない。

 これまでの人生の中で助けを求められるほどの人間関係も、築けていない。

 できることといえば、せめて私がいなくなってからもやっていけるようにするくらい。


 私にとってすべてに優先するのは、レンファンだけ。

 残された時間を、レンファンを救う策を考えるために使いました。


 私はどうなってもいい。何がどうなってもいい。

 私がいなくなった後で、レンファンが生きていられるように。



 まず、暗殺は決行することにしました。

 そうなれば、私に関わるすべてが反連邦の烙印を押されてしまう。

 なので、『拳の国』の信頼のおける者に、何かあれば私を切り捨てるよう指示を出し、劇団にも同じようなことを言いました。


 そしてレンファンは、言って聞いてくれるほど私を捨てられないほどには、私のことを慕ってくれていたため、なにも言えませんでした。

 だからただ、信じてほしいとだけ伝えました。


 レンファンが私と同じ反連邦の罪人にならないようにするにはどうすべきか。

 考えに考えた結果、これしかないという案が浮かびました。

 けど、それは不安要素もありました。

 それを潰すためには、あの子の周りに、誰か信じられる人を見つけなければなりません。


 シンウー家は駄目ですね。アレはレンファンを道具としか見ていないので。

 すべてが終わった後でレンファンが帰れないようにしなければ。



 そんなことを考えながら色々と根回しをしている頃のことです。

 私は度々接触してくる『リャーヴェ』の長、『戦の国』の長でもある彼から、興味深いことを聞きました。

 1000年前に消えたはずの魔族が、現代に蘇っている。さらに聖剣氣を持ち勇者候補として、アイリア学園にいると。


 話半分に聞いていましたが、どうやら彼は確信を持っているようで、世間話のように、私はその魔族のことを聞きました。


 名前はエレーナ・レーデン。


 それから彼女が蘇った後のことを、まるで見てきたように彼は語りました。

 かつての同胞を葬ったこと、ひとりの人間を庇うために天使と戦ったこと――にわかに信じられない、物語のような武勇伝。


 彼女は魔族を守るために、人間社会に潜り込んでいる。

 さらには、人間であっても手を出さず、助けすらする。

 それを聞いて、私は彼女に賭けてみようと思いました。


 今思えば、賭けは賭けでも分が悪すぎますよね。

 伝え聞いたことしか知らない魔族に縋るなんて確実性のないものを。



 都合よくレンファンと同じアイリア学園。ならば2人を近づけてみようと思い、入学したレンファンに指示を出しました。

 少し不満げでしたが、私の言うことならと素直に聞いてくれて、関係作りは順調だったようです。

 私自身もエレーナ・レーデンと接触することができましたしね。


 一目見た感想は、顔が異様に整っている以外は、普通の人間に見える。でした。

 本当に魔族なのかと、やはり嘘を吹き込まれたのではないか、と。


 私は不安なまま勇魔大会当日を迎えましたが、その試合で、やはり彼女はエレーナ・レーデンであると確信するに足るほどの戦いを見せてくれたのは僥倖でした。

 私の作った空間内ですから、その魔法や再生能力も把握できましたし。

 彼女なら、レンファンを守ることができる。



「……つまり君は、文字通り自分の命すら、レンファンに捧げるのかい?」



 ええ。

 もう閉ざされていることが決まっているのですから、終わり方くらいは自分で決めますよ。



「反連邦の呪縛は避けられず、結局君は大統領暗殺犯になるしかない。その後のこと――レンファンのことを、エレーナに託すと。思い切ったねぇ」



 押し付けられるのは迷惑でしょうが、あとは彼女が優しいことを祈りましょう。

 エレーナ・レーデンでなくとも、彼女の友人のクレアちゃんも、優しいようですし。

 レンファンは姉さんの子です。私と違って、きっと周りと良い関係を築いていけるでしょう。



「しかし、レンファンを反連邦に属させることもできたはずだよ。その方が安全では?」



 それは考えましたが、連邦と反連邦では規模が違います。

 私は、あの連中が革命を成し遂げることはできないと考えています。

 ならばあんなのと心中させるようなこと、できるわけがないでしょう。



「なるほど、君が死んだあと、レンファンが『反連邦組織の一員』とみなされるか、『ただ巻き込まれた身内』と庇われるか。後者を取ったわけだ」



 ええ、そうです。


 私は、レンファンのことを愛しています。

 レンファンもまた、私のことを好いてくれていることでしょう。

 このまま2人で、忙しいながらも穏やかに過ごせれば、それでよかったのですがね……もはや、ありもしなかった未来に思いを馳せることを、やめられません。


 愛しているが故に、あの子とは、ここでお別れなのです。

 姉さんも、同じ思いだったのかもしれませんね。

 あの子がただ、生きてくれたら……それだけで、安心して死ぬことができる。



「そっか」


「それもひとつの答えだ。微笑ましいよ」


「でも君はかつての反省を、なにも活かせていない。元々そういうのが苦手だったんだね」


「ボクから見るに、君はまた、レンファンの気持ちを見落としている」


「君がいなくなった後、レンファンがどう思い、どうするか。それを見ていない」


「いくら通じ合っていても、他人の心の中は見えない」


「見えないからこそ、人は言葉で、行動で、心を伝えようとする。言葉から、行動から、分かろうとする」


「君はそれを怠った。でも、その不完全さこそが、君なんだね」


「愛するあまり、過保護になるあまり、君は押し付けようとしている」


「まぁ、もう遅いか」


「ありがとう、君の話も楽しかったよ」


「エレーナは根暗で性格悪いけど、優しい子だから。君の願いが叶うといいね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ