49 Show must go end 3
私はエレーナ・レーデン。
ウェンユェ・シンウーを殺す者。
理由は……必要ない。
私の『役』は彼女を殺すこと。それが私に与えられた使命。
理由を気にすることもなければ、逆らおうとか疑問に思うとか、そういうのは無い。
彼女を殺すこと、それが私のやらなければならないことだから。
無抵抗だろうが抵抗されようが邪魔されようが、私なら人間ひとり、確実に殺すことができる。
今ここには、私と標的の彼女のみ。
邪魔者はいない。絶好の機会だ。
魔力剣を出す。
何かの魔法でもよかったんだけど、殺すなら直接手を下すような、手に感触が残るような方法がいいと思った。
ウェンユェは動かない。
動いたところで無駄だけど、黙って殺されてくれるならそれはそれでありがたい。余計な手間が増えなくて済むから。
あと数歩前に出れば、霧のような薄氷のようなこの剣で彼女の胸を貫くことができる。
一歩、一歩、一歩。
微笑みを浮かべる彼女へと近づき、さぁあと一歩。
腕を振り上げようとして、後ろから押される感触があった。
ドンッというほど強くなく、ポスッというほど弱くもない。
いや、押されているだけじゃない。
何かが体に入り込んできた。背中から、硬いものが。
「あ……?」
ウェンユェばかり見ていた目を下に向ける。
黒い刃が胸から生えている。魔力剣か。いや、違う。がっしりしている。
「エレーナ、だめだよ……」
ナギサの声が聞こえた。すぐ後ろから。
辛そうで、声が震えている。
どうしてナギサがここに……
痛みがやってきた。胸を貫かれる痛み。
痛い、痛い、痛い。
そうして理解した。私はナギサに刺されたのだ。
どうし、て。
「っ、ぐ……ッ、ぎ……!」
ああ、そうか。私はどうやら、またウェンユェの魔法にかかっていたようだ。
人を自覚のないままに『役』として操れる【舞台】。私は『ウェンユェを殺す役』として、本心から彼女を殺そうとしていた。
そんなわけないのに。私が、好き好んで殺すわけが。
「い、ったぁ……! ナギサ……」
「エレーナっ?」
「ありがとう、助かったわ」
前に出る。自然と胸に刺さったナギサの剣を抜け、ウェンユェに目と鼻の先にまで近付く。
ああそうだ、やらねば。
私はそのまま魔力剣を振りかざす。
ナギサのことは予想外だったのだろう、ウェンユェの開かれた目がまた細められる。
殺してくれるとでも思っているのか。まぁ私の上げた剣は、このまま下ろす以外に道がないのだけれど。
私は魔力剣を、あっという間に塞りかけた私自身の胸に突き刺した。
「ぐっ、うぅぅぅ……!」
「……何をしているの? その剣を刺すべきはあなたではなく、私のはずよ」
「いいえ……っ、こうしていれば、っ、あなたの『役』に囚われることはない……」
痛みを自分に与え続けること。おそらくこれが【舞台】に対抗する手段としてもっとも手っ取り早く有効だ。
骨が折れるとか、そういう痛みは常に与えていないと感覚が麻痺したり、慣れてしまう可能性がある。だから感じ続けるなら致命傷が一番。
死なない私にしかできない方法だけど、死なない私だからこそ力技で乗り切れる。
ウェンユェの顔が険しくなる。
ただの剣ならば、【舞台】の力で無理やり私から引きはがすこともできたかもしれない。
ただの剣ならば、小道具として魔法に認識されるからだ。大道具や小道具の類は、やはり術者の意のままになる。
だがこれはただの剣ではない。私が意思を持つ限り生成され続ける魔法剣だ。
例えどんな力で取り除かれようと、私の胸を永遠に貫き続ける。
私に痛みを与え続けてくれる。だからウェンユェもそれを承知で、苦い顔をした。
まぁ自分に致命傷を与え続けるとか正気の沙汰じゃないでしょうね。
命に限りがある者は命を大切にしたいだろうから、まともな頭ならこんな手段はとらない。
別に私が狂っているとかじゃない。私はいたって正気だ。
正気な上で、狂気に身を委ねた手段を取れる。そういう私だから、普通なら対抗手段のない【舞台】の恐ろしい力を跳ね除けることができる。
ウェンユェはこうなることを予想していたようだけど、そうならないためにしてきたのだろう。きっとこうなれば私を従えることはできないと踏んでいた。
痛みが糸口であること、簡単な『役』であれば瞬時に刷り込めること、これに気付けなければ対抗はできなかった。こればかりはくらって理解してようやく、『役』を刷り込まれる前に痛みを感じ続けるという手段を見つけることができた。
「さて、私に付きまとうのもやめてもらおうかしら」
【風砲】の魔法陣を描く。
痛みのおかげで『魔法を使えない役』を刷り込まれることもない。魔法は出てくれた。
威力は極めて弱いが、女ひとりを吹っ飛ばすにはじゅうぶんだ。
もう思い通りにはならない、そういった意味を込めた反抗として、ウェンユェには一発やられてもらった。
彼女はされるがまま、空気に吹き飛ばされて後方へと吹き飛ばされる。
「ナギサ……」
私は振り返り、どうしてかこの空間において自分を保ち続けるナギサを見る。
ひどく動揺していた。
誰かを刺すのは初めてだったのだろうか。
「エレーナ、ごめん……私っ」
「あなたのおかげで、誰も殺さずにすんだわ」
「っ……」
聞きたいことはあったが、彼女は色々と特別だ。
ボックスという物についても聞いている。魔法の影響を受けない効果があるとしても不思議ではない。
それよりも心配だったのは、糸が切れたように脱力した彼女がその場にへたりこんだことだ。
私は慌てて抱き留め、顔色を見る。悪くはないようだけれど。
「大丈夫?」
「へへ……お腹空いた」
「あなたねぇ……」
「ガチな話、お腹空きすぎてさ……多分、もうボックスも切れると思う。だから、その前にエレーナを助けられてよかったかな」
もう誰も殺したくないんでしょ? と、ナギサは優しい瞳で言う。
どうやらこの状況を理解しているようだ。
気を遣われてしまった。申し訳なくなる。
胸が痛い。二重の意味で。
「私はもう大丈夫。ナギサはここから出られる?」
「ごめん、動けない。私のことは気にしないで、あの人をどうにかして」
「分かったわ。少し休んでいて」
ナギサを覆っていた被膜が消え、虚ろになった彼女を横たえた。
もう一回くらい感謝を伝えておいてもよかったも。
「どうにか、ね……」
この場合の『どうにか』とは、なんなのだろうか。
ウェンユェを拘束して魔法を解除してもらうこと――まぁ普通はそうなのだろう。彼女はもはや大罪人だ。
けど、本当にそれでいいのだろうか。
理由は知らないけど、彼女は死のうとしている。それも殺されたがっている。私の手で。
「訊かせてもらえる? あなたはどうして私に殺されたいの?」
「さぁ、どうしてかしらね」
ウェンユェは何もなかったかのように立っていた。
目が合っているのに、彼女は私を見ていない気がする。
「あなたが素直に私を殺してくれるというなら、それが一番なのに」
「……死にたいなら、私の関係ないところでやりなさいよ」
「それができないのよ。私はここで、殺されなければならない。それが私という『役』の終着点だから」
よく分からない。はぐらかされている気がする。
ここで私が頷いて、一思いに彼女を殺せば、それはそれで事態は解決するだろう。
けど、そんなことできるはずがない。
例えばその辺を歩いている人を捕まえて「自分を殺してくれ」と頼んだとして、二つ返事で殺してくる奴がいれば、ソイツは檻に入るべきだ。
私はあくまで、殺したことがあるというだけ。数は置いておくとして、ただそれだけだ。
できればもう誰も殺したくない。殺さないと決めた。
今の時代を生きる人々を、亡霊である私に害する権利などない。
……それに、もううんざりだ。
痛いのだ。殺すのも、殺されるのも。
一度誓ったものを、突如反連邦を掲げた狂人に頼まれた程度で覆せるわけがない。
要は、私のわがまま。
「殺してほしかったら、このまま騎士に捕まりなさい。きっと死刑でしょう」
「私のお願いは聞いてくれそうにないのね……なら」
ウェンユェのその言葉に、私は嫌な予感がした。
そして、それはすぐ当たってしまう。
赤い垂れ幕の間から、ゆっくりと歩いてくる人物がいた。
私は舌打ちをして、ああやっぱりと苦い顔をせざるを得ない。
「クレアちゃんなら、説得してくれるわよね?」
「ミア……」
「クレア、やめて」
「だめだよミア。ウェンユェ様の言う通りにしないと……でないと、私」
クレアが手に持っていたのは、1本の剣。
その切っ先は、彼女自身の首に向けられている。
「こうしているのがクレアちゃんだけだと思う?」
「っ、やめなさい!」
ウェンユェの力なら、この闘技場にいる全員に剣を持たせ、クレアと同じようにすることができる。
つまりこれは人質。
殺してくれないとみんなが死ぬぞという、単純かつ恐ろしい脅し。
どうしてこんなことを、なんて訊いている暇もない。
とにかく目の前にある現実は、何万人もの人質。
その中にはアデジアもいることだろう。魔族にとってのっぴきならない弱みだ。
この状況を打開できないわけではない。
模造聖剣ミアを使えば、【砕魔結界】の力でこの【舞台】を終わらせることができる。
問答無用で皆が正気に戻り、勇者辺りがすべてを解決してしまうだろう。
しかしそれは、私とアデジアにとって危険極まる。
大勢の人々がいるこの場で、正体を明かすに等しい行為だ。
クレアやアデジアが死ぬ、変装の解けた私たちが見られて騒がれる、天秤にかけるには、私にとって大きすぎる。
大統領が殺された直後で私たちなど目に入らないかもしれない。けどそんなのは楽観視しすぎだというのは分かり切っている。
要人暗殺、魔族、どちらも人類にとって同等の衝撃を与え、彼らの行動を読めなくしてしまう。
「そこの子から聞いたわ。あなたは誰も殺したくないと言う。立派な信念だと思うわよ。でも……ここにいる人たちと引き換えにしてまで守りたいものなのかしら?」
ウェンユェの言葉が刺さる。
そうだ、私が彼女を殺せば、すべてが救われるのだ。
ナギサは助けてくれたけど、結局は言いなりになるしかない。
確固たる決意で定めた誓いなのに、簡単に揺らいだ。
私は自分を恥じた。なにがもう誰も殺さないだ。
いや、でもこれは仕方ないじゃないか。だって、そうしないと皆が死んでしまう。
「決心がつかないなら、つきやすくしましょうか。クレアちゃん」
クレアの細い首に、剣が当たる。
力を込めれば刺さってしまう。死んでしまう。
「っ……」
首から血が垂れていた。もう既に少しだけ刺さってしまったのだ。
ああ、だめだ、だめ。
「やめろ!!」
私は焦りを隠せず、大声を出してしまった。
ウェンユェの顔が笑みに染まっていき、同時にクレアの剣も首から離れる。
ああくそっ、私は弱い。
なにもできない。言われるがまま。流されるしかない。
結局やることは変わってない。ウェンユェを殺すしかない。
痛い、痛い、痛い。
胸が、心が痛い。
嫌だ、殺したくない。
でも殺さないとみんなが死ぬ。
殺すしかない。嫌だ。嫌だ。
「誰かっ……」
小さく、小さく漏れた。誰にも聞こえないくらい、小さく私の心が漏れた。
そんな小さな悲鳴は、誰に届くこともない。
誰も助けてくれない。私が決めるしかない。私がやるしかない。
「さぁ、私はここよ」
両手を広げたウェンユェを睨む。
足が重い。ふらつくようにしか進めない。
けど、やるしかない。
この女のせいで、私はまた人を殺さなくてはならない。
どんな思いでもう誰も殺さないと誓ったか、知らないくせに、踏みにじりやがって。
分かった、もういい。殺してやる。
「あら?」
私はもたつきながら、クレアのもとへと向かった。
不思議そうな声を上げるウェンユェ尻目に、目の前の手に握られた剣を取り上げ、放る。
「ごめんなさい……痛かった?」
どうしてか、無性にクレアを抱きしめたくなった。
こうすれば、なんとなく許されるような気がした。
あるいは、私は信念を曲げてまで守るものがあるのだと思いたいがための行動かもしれない。
『役』に操られた時の記憶は残る。
だからクレアの目の前で殺してしまえば、きっと彼女の私を見る目も変わってしまう。
彼女は私が人を殺したと知っても、まだ友達でいてくれるだろうか。
分からない。私はクレアのこと、何も知らないから。
だから、クレアはここにいてほしくない。
「クレアをここから出して。見えないところに。そうしたら、言う通りにするから」
「よっぽど大切なのね。いいわよ」
クレアを腕から解放する。
虚ろな目をした彼女は、ゆっくりと歩き出し、垂れ幕の向こうへと姿を消した。
さて、あとはウェンユェを殺すだけ。
なのに、邪魔者は現れる。
「おばさま!」
クレアと入れ替わりになるように、垂れ幕の隙間から手を出し、こじ開けるように、必死な顔をしたレンファンが現れた。
隔離されるように離れていた彼女がどうしてここに来たのか、もしかして幾重もある垂れ幕を押しのけまくったのか。
「ご無事ですか!?」
「レンファン、どうして……!」
初めてウェンユェの動揺した声を聞いた。
……動揺?
どうしてレンファンがここに来たことに、彼女が動揺しているのだろう。
レンファンは別にウェンユェの敵ではない。むしろ心酔するように従順な姪のはず。
私がちょっと攻撃しようとしたら指を折られたくらいだ。
なのにウェンユェは私に殺してくれと頼むときから、レンファンを引き離すように垂れ幕で隔離した。
何故だ?
「っ、貴様ぁ!」
って、考えている暇はない。
レンファンはすぐさま私に飛び掛かってきた。
私は魔力剣を出し、ウェンユェを殺そうとしていた。
それが分かったのだろう。
レンファンからすれば、叔母が殺されかけた場面に間に合ったようなものだ。
「(……ん?)」
レンファンの蹴りを躱しながら、私は矛盾に気付いた。
ウェンユェは殺してくれと頼んで来た。
だがレンファンは、叔母に危害を加えようとする私に攻撃をしてくる。
それは叔母本人の意思にそぐわない。
「まさか、あなた……言ってないの?」
投げかけた疑問は、ウェンユェの沈黙で確信に変わった。
レンファンは、ウェンユェが私に殺されようとしていることを知らないんだ。
だからこうして守るように私に立ち塞がる。
叔母を守るために、まっとうな理由で。




