47 Show must go end 2
水底にいたはずなのに、私は地に足をつけて立っている。
さっきまでのは夢? いいえ、確かに覚えている。何をして、何を言ったか。
その証拠に、いま私が着ている白いドレスには見覚えが――
「って、なんで私、ドレスなんか……」
「似合っていたからね、そのままにしてあるの」
クスクスと口元を隠しながら楽しそうに笑うウェンユェを睨む。
この女が何かをしたのは分かっている。いや、ずっと何かはしている。勇魔大会の会場すべてを覆う黒いなにか、おそらくあれは魔力によるものだ。
つまり、魔法。
「分からないことだらけでしょうから、教えてあげるわね。これが私の固有魔法――【舞台】の能力」
舞台、それが魔法の名前……なんとなく理解する。
さっきの変な舞台も、彼女の魔法で作り出したものだろう。
固有魔法は使い方にもよるが、極端な当たり外れがあると私は思っている。
だって、空間そのものや内部にいる人を自分の意のままに操れるって、強すぎるでしょう。
使い道が限られるような固有魔法と違って、この【舞台】とやらは術者の想像力次第でどうとでもなる。それこそ、こんなに何万人もいる中で堂々と大統領を殺せるくらいなのだから、弱いわけがない。
って、なにいつまでも抱き合ってるの私は。
クレアも離れないし……というか、多分意識がないのだろう。目は開いているものの、虚ろでぼんやりしている。
私はクレアを引きはがし、その辺に座らせた。特に抵抗はなかった。なんか、されるがままみたいな。
「【舞台】は文字通り、舞台を作る魔法よ。戯曲も、役も、演技力も、大道具も小道具も、演出もなにもかも、この魔法の効果範囲内であればなんでも作り出せる」
「つまりさっきのつまらない舞台も、あなたの魔法で作ったということね」
「ええ。でもつまらないとは意外だったわ。ミアちゃんがこうしたいって言うから作ったのに」
「……は?」
いやいや、そんなこと言った覚えないし。
見る分にはどうか分からないけど、やっていてアホほどつまらなかったのは覚えてる。
私が私じゃなさすぎるというか、私だったらただ助けを待つだけなんて悠長なことはしない。
「姫が主役の舞台にしようと思ったのは私だけど、主演のミアちゃんの意見も聞いたんだけど……希望通りにしたのよ?」
「ハァ!? テキトーなこと言わないでくれる!?」
いやいやいや、ありえないありえない。
私が何もできない非力な人間になって、それを助けてもらって、挙句心中?
今の劇がまるで私が望んだ世界みたいな言われ方をされて、自分でも驚くほどに動揺してる。
「なら、ミアちゃんが納得できる舞台を探しましょうか」
「付き合ってられないわ。それよりも――」
「お話は、幕が下りてからね?」
「いや、だから、ちょっ!」
□□□□□
その後も、私は自分というものが無くなってしまうんじゃないかってくらい、色々な人生を送った。
戦乱の世を駆ける女武将、城と見まごうような豪邸のメイド、その日の食事すら不安なスラムの浮浪児。
どれも作られた役のはずなのに、魔法で作られた舞台は、私の頭がすべて本物だと認識してしまう。
役を与えられる度に真っ白にされ、舞台の度に好き勝手に書き換えられていく私。
私そのものが別人になっていく。言い知れぬ恐怖があった。
「舞台の上でなら、どんなことだってできる。舞台の上でなら、何にでもなれる。舞台は奇跡を起こす場所。舞台は別の世界。さぁ、次は何になって、どうしたいの?」
ウェンユェの言葉が右から左に流れていく。
何度目かの正気に、私は羞恥心を隠せずにいた。
厄介なことに、舞台に立って役を演じている私の記憶は残るのだ。私が絶対言わないような台詞を、まるで本心のようにペラペラと口に出した記憶はハッキリ言って恥ずかしい。
唯一私が覚えていないのは、彼女が聞いたという私の希望。
どういう舞台をしたいとか、どういう役になりたいとか、伝えた覚えはまったく無い。
「『死にたい』だなんて……ミアちゃんにも色々あるのかしらね」
なのに彼女は、私の中にある自殺願望を、私から聞いたかのように口にする。
どれくらい時間が経ったのかは知らないけど、いくつもの舞台に上がり、私は必ず最後には死んでいた。
死ぬこと、それは間違いなく私の望みだ。
その私の希望を反映した舞台は、彼女の言う通り私の言葉を聞いて作り上げたのだろうと、嫌でも分かってしまう。
「……あなたは、何がしたいの」
当然の疑問を赤い民族服の女に投げつける。
この女の行動はいまいちよく分からない。
反連邦思想を持っているから大統領を暗殺した。それは分かる。そのために固有魔法でこの闘技場全体を舞台にした。それも分かる。
けどこうして私の希望通り(らしい)舞台を作って、私主演で何度もまったく違うジャンルの舞台をやらせる理由が分からない。
「大統領を殺して、立てこもって、こんなことをして、何がしたいの?」
「そうね……今はミアちゃんに、前払いとして報酬を渡してる、といったところかしら」
「は? 報酬?」
ますます何がしたいのかよく分からず、オウム返しになってしまう。
「ミアちゃんにやってもらいたいことがあるから、お願いを聞いてもらう代わりにあなたにこうして見せているのよ。『魔王の騎士』やミア・ブロンズではない、エレーナ・レーデンの別の生き方をね」
目を見開いた自覚があった。
瞼がいつも以上にせり上がっている。背筋になにか寒いものが奔り、一瞬で頭の中がぐるぐるしてしまう。
この人間は、いまなんて言った?
「舞台で役を演じることは、自分でない別人になるということ。平民が王族や貴族だってなれるし、非力な者が英雄にだってなれる。あなたも、ただの人間として生きられる。ずっとではないけれど、この舞台が続く間はね」
「なに……を……」
「勝手にごめんなさいね。でも、あなたの希望を聞くにはあなたのことも知らなければならないから。話してもらったわ。すべて」
よく分からない。何を言っているのだろう。
「どう、いう……」
「最初にあなたに与えた役は、自分の生い立ちを話してもらう役。その時の記憶は残らないよう気を遣ったつもりだったけど……あなたは思ったよりもたくさんのものを抱えていたから、驚いたの」
説明されてもよく分からない。
分からないけど、これだけは分かる。
ウェンユェ・シンウーは、私の口から、私のことを聞いたのだ。
そして私がどういう道を経てここに立っているのか、彼女は聞いてしまった。
「嘘よ……全部、嘘、私は……」
「そうね、嘘ならよかったけど……」
彼女は憐れむような目をして私を見ていた。
なんで、そんな目をしているのか。私には分からない。
数えきれないほどの人間を殺して、背負いきれない罪を引きずって、それを贖う術を知らない私を、なんでそんな目で。
「分かりやすくしておきましょうか。私の魔法」
ウェンユェはその場に王様が座るような椅子を出現させ、腰かけた。
ヒラヒラした赤い服から伸びた足が、私に向けられる。
「私が今どうしてほしいか、分かるかしら?」
そんなこと、分かるに決まっている。
ご主人様があのようにするということは、靴を舐めろということだ。
わざわざ靴を脱いでいる。きっと素足を舐めさせてくれる。
一歩、また一歩、ご主人様との距離を縮め、ついに私は跪き、彼女の足を手に取る。
すべすべで形が良く、爪も手入れされた美しい足に舌を伸ばし、ゆっくりと這わせ――
「はいそこまで」
突然の終了宣言に、私は間抜けな声を出した。
目の前には綺麗な足。え、は? なんで足?
「これが役の刷り込み。あなたは自覚のないまま私の思う通りの役を、自覚のないまま本心として演じていたのよ」
「……っっ!!」
恥ずかしさと怒りに顔が赤くなるのが分かった。
この私が、人間相手に跪いて、足を舐めようとしていた?
それも自分から、何も不自然と思わずに。
屈辱だ。屈辱だ。頭が沸騰する。
「舞台はこの空間そのものよ。その中にいるあなたのことは、"役"としてどうにでもできる。こうやってあなたは私にすべてを打ち明けたの」
ああ、ああそうか。
やっと理解できた。
私は、『私のことを説明する役』を刷り込まれたから、自覚もなしに喋っちゃいけないことをペラペラと説明したわけだ。
理由は彼女も言った通り、私の希望を聞くために。私のために舞台を作ってくれるから。
ああなんともありがたいこと。
で、私についてと、私のことを知って、彼女は私のために舞台を作った。
私の半生を聞いてどう思ったのか、『魔王の騎士』としてではなく、アイリア学園に潜入した魔族としてでもなく、平凡かちょっと特別な人間としての人生を見せてくれた。
まだ内容も明かしていない『私へのお願い』の報酬として。
クソお節介。
何が楽しかったんだコイツは。
「そう……じゃあ、お礼をしないとね」
「いいのよ。これはあなたへの報酬の前払いなのだから」
「そう言わずに、チケット代くらいは受け取りなさいな」
至近距離で【雷撃】の魔法陣を描く。
別にウェンユェは敵ではないと思う。私に危害を加えたわけでもなければ、私が危害を加える理由もない。
でもすべてを赤裸々に暴かれたこの羞恥とムカつきは、飲み下すには大きすぎる。
だからこれはちょっとした仕返し。
私の触れてほしくない部分を覗いたのだから、それなりの罰を受けてもらう。
ただの人間が私をよくも暴いたな。
死なない程度に痺れてもらおう。
「それじゃあダメね」
魔法陣を描き終わり、後は発動するだけ。
1秒にも満たない時間の中で、ふと私は自分の中の何かが消える感覚におそわれた。
「っ……!?」
魔法が出ない。
それどころか、魔法陣も描けない。魔力が使えなくなっている。
「あなたは今、魔法を使えないただの女の子だもの」
ああ、言われてみればそうだった。
私はどうして魔法使いの真似事なんか……いや、前までは使えていたはず。
あれ、どうしたんだろう私?
「何してるんですか?」
戸惑っていると、すぐ横から声がかかった。
憎悪と怒りを混ぜて煮詰めたような声。思わず肩が震えてしまう。
同時に、魔法陣を描こうと伸ばしていた右の人差し指を掴まれる。
「レンファン……?」
「おばさまに、何をしようとしていたんですか」
バキリ、と嫌な音が鳴った。
捕まれた指が、ありえない方向に曲がっている。
それを認識すると同時に、激しい痛みがやってくる。
「っ、あ、ああぁぁぁぁっ……!! あぁぁぁ!!」
痛い、痛い、痛い!
その場に蹲り、右手首を抑えて呻くことしかできない。
だって、仕方ないじゃない。こんな痛み、今まで経験したこと……
「あ、っ、く……っ、あれ……? 私……?」
いや、これくらい私にはなんてことない。
指が折れるくらいなんだ。これまで指どころか体の色々な部位が折れたり抉れたり吹っ飛んだりしたというのに。
「あら、痛みで役が飛んだみたいね」
「ッ……【雷撃】っ」
今度はちゃんと撃てた。
狙いはウェンユェでもレンファンでもどっちでもいい。とにかく死なない程度の威力で撃つ。
しかし迸る雷を器用に躱したレンファンは、簡単に私の顔面に蹴りを入れた。
あまりの威力に私はボールのように吹っ飛んでしまう。
「もう、レンファンったら。あれだけやったら役が飛んでしまうわ」
「すみませんおばさま。でも、許せませんよ……おばさまに手を出そうとした……それだけで万死に値します」
私は蹴られたことよりも、どうして魔法が使えるようになったのかを考えた。
そして答えに辿り着く。
痛みだ。
思えば最初にウェンユェが大統領を殺した時、私だけが彼女の魔法にかかっていなかった。かかっていれば他の人間たちのように呆けるだけだったはずだ。
その時にも、私は毒で苦しんでいたから周りと同じようにはならなかった。
役を刷り込むこと、これは多分、催眠のようなものだ。
自分を強く持つ程度では簡単にかかってしまうが、痛みで解ける。
「痛みがあれば、あなたの望む役にならずにすむのね」
「正解よ、ミアちゃん。【舞台】は強力な魔法だけど、破る方法はいくらでもあるの。役だって、痛みで意識が乱れれば与えられない」
「へぇ、ならAMフィールドも効きそうね」
「ええそうよ。でも【超速再生】を持つあなたが、いつまでも痛みを引きずれるかしら?」
「今しがたあなたが言った通りでしょ。方法はいくらでも――あれ……」
そうだ、私は傷を負ってもすぐに回復する。折られた指も蹴られた顔も元通り。
私はその辺に刃物が無いか探した。
胸にでも突き刺せば、刺さっている限り痛みは続く。
刃物自体は簡単に見つかった。
そういえば去年の修学遠征で支給された短剣を持っていたんだった。それを自分に突き刺せばいい。
でも、それができない。
「あなたは自傷できない。それに魔法も使えない。私とお話して、私のお願いを聞いてくれる。でしょ?」
「え、ええ……そうね。そうだったわ」
そうだそうだ、そうだった。
なんで自分で自分を傷つけるなんて馬鹿な真似をしようとしたんだろう。
いま私がすべきは、ウェンユェのお願いを聞くことだ。
「2人きりでお話しましょうか」
「え、おばさま……!?」
「レンファン、少し待っていて」
私たちとレンファンの間に赤い幕が下り、空間そのものが分断されたようになる。
本当に便利な魔法だ。空間支配なんて強すぎる。
「それで、『お願い』っていうのはなんなの?」
「まぁ嬉しい。あなたは何よりも私を優先してくれるのね」
「当たり前でしょう。あなたのためなら何でもするわ」
理由なんていらない。
私は彼女が望むことなら、文字通りなんだってやる。
だって、それが私だから。
「あなたへのお願いはただひとつ……私を、殺してほしいの」
そうか、殺してほしいのか。
なら、それを叶えてあげなくちゃ。




