37 板挟のエレーナ・レーデン
勇魔大会前日、学園も休日であるこの日に、ミアとクレアは街に出ていた。
彼女らの関係を知らない者ならば、ただの一緒のお出かけ。学園の者ならば微笑ましいデート。そんな何気ないブラつきである。
毎日学園で顔を合わせるものの、ミアは2年生になってからは休日をもっぱら劇場巡りに費やしていたため、こうして2人だけで出かけるのは久々だ。
別に不仲だとか気持ちがすれ違っていただとかではないが、2人きりという状況にクレアは心躍らせる。
「明日は大変だろうから、沢山食べよう!」
ウィンドウショッピングなどを済ませ、お昼時に最近新しく開店したというレストランに入る。
大通りから離れた隠れ家的な店。
立地的にお値段が高いのかと思いきや、学生でも気軽に入れる価格設定。店主が第二の人生に道楽でやっているのかもしれない。
休日ということもありそれなりに混んでいるが、座れないほどではない。
席につき、メニューを見ながらミアは思案に耽った。
明日のこと、気になる点や注意すべき点はいくらでも出てくる。
そもそも勇魔大会の代表なんてものを引き受けなければこんな頭痛は無かったが、決まった時にクレアが「すごいすごい!」と喜んでいるのを見ると、断るに断れなかったのだ。
「(我ながら甘い……)」
種族間の争いなどとうに無くなった平和な世界。
封印される前は戦いだけの人生を送ってきたミアにとって、こういう場所に1年も居座れば平和ボケにあてられるのかもと思えてしまう。
それに、クレアのような者と接するのも初めての経験だった。
故に彼女に対していい恰好を見せようと思えてしまうし、失望させたくないとも思えてしまう。
今になって軽率だと言えるが、クレアに対してはどこか熱に浮かされたような気分になってしまうのだ。
「(いや、これは……まるで……)」
「ミア何食べるー? 私は看板メニューにしよっかな」
「えっ?」
「……ミア?」
「あ、ああ……そうね。じゃあ……私も同じものにしようかしら」
聞くところによると、勇魔大会には観客が入るようだ。王都の闘技場は大きい。何万人と入るキャパシティを誇る大陸随一の闘技場だ。
お祭りとしての側面も持つため、当日は王都も屋台などを出す。ちょうど入学の日のような感じになるだろう。
国内外の人間の衆目にさらされることは避けられない。そして御前試合ということで、大統領もその場にいることになる。
「(勇者、リーザック・レイルシアも大統領の傍で観戦するんでしょうね)」
勇魔大会という催しもそうだが、勇者という存在もまた大きな集客効果をもたらしている。
遠目で見ただけの人物。それだけなのに、油断ならない人物だという印象を受けたあの男。
勇者なのだから強いのは当たり前。そうは言っても先日大通りで見せたあの大立ち回りは、ミアの目ですら捉えられないほどのものだった。
「(魔族だとバレてはいけないのは当たり前だけど、本当に気を付けないと……)」
やがて料理が来た辺りで、騒がしく扉を開ける少女が店に入ってきた。
「ほほう、ここが新しく出来たお店かぁ」
「(っ、ナギサ!?)」
予想外の人物だった。黒髪に銀の瞳を持つ冒険者、ナギサ・バーガーバーガー。
同じ王都に住んでいるのだからこうしたエンカウントもあるだろうが、誰かといる時に彼女を見るのは初めてだ。
そしてナギサは冒険者にしてはどこか抜けている少女だ。一般人というか、よくそれで人類非生存圏を生きて行き来できるなと思う。
「あれ? エレ……ミアじゃない。偶然!」
「え、ええ。偶然ね」
そしてナギサは目敏くミアを見つけた。別に人でごった返していたわけじゃないから当然と言えるが。
早くもボロを出しかけた彼女にミアはヒヤヒヤしてしまう。
「そっちにいるのは……友達? え、友達!?」
何を驚いているのだと言いたくなるくらいにナギサの目が開かれた。
あの孤島に匿った時にリーテが好き勝手言っていたのだろう。曰く『ぼっちで泣き虫で嫉妬心だけは一丁前な子供』と。
その印象を持っているのであれば驚きもするのか。
「ミア、この人は?」
「知り合いよ。冒険者のナギサ」
「あれっ、私たち友達じゃなかったっけ!?」
「えっミアに友達が!?」
「なによ」
クレアも驚いていた。
「こっちはクレア。同級生で……」
クレアを紹介しようとしたところで、ミアの口が止まる。
正しく言えばクレアは友達である。しかし対外的には恋人ということにしている。偽装であることを知っているのはスーヤだけ。
対してナギサはミアの秘密――エレーナ・レーデンとしての彼女を知っている。
天使との一件で、隠し事など無いに等しいほどに色々と知られてしまったのだ。
そんなナギサに、クレアをどう紹介しようか。
友達に友達を紹介するという経験など無いミアは、「どっちだ……?」となった。
「クレア・プレトリアだよ! ミアの、恋人の……」
その一瞬の逡巡に気付いたのか、クレアが続けてきた。
恋人という単語にナギサの顔が少し赤くなる。
「ああご丁寧に。私はナギサ・バーガーバーガー……えっ、こ、恋人……!? 恋人!?」
「そう! 恋人……!」
「えぇー……!? ちょ、ちょっとミア!」
ナギサに腕を引かれ、テーブルから少し離れた場所に歩かされた。
クレアは頭の上に「?」を浮かべながら眺めているようだ。他の客の話し声もあり、まず聞かれないこそこそ話になる。
「ちょっと、エレーナどういうこと!?」
「いや、色々あってね。あとその名前はやめなさい」
「ミアって使命あるんでしょ? 魔族がどうとか潜入がどうとか。それなのに恋人いるの!?」
いちゃ悪いのかと言いたくなるが、まぁいちゃ悪いのだろう。
「……厳密には恋人じゃないわよ」
「恋人……じゃない? どゆこと?」
「クレアとは友達でね。色々あって――」
「まさか、勝手に恋人を名乗る人!? つきまとい!?」
ミアはため息をついた。
なにやらテンションが上がってるナギサにいちいち学園での事情を話して説明するのも面倒だ。
あとつきまといをする人間は既にいる。なにやら花の香りがしたような気がした。
「色々あって、学園で恋人のふりをしてほしいと私が頼んだのよ」
「ほーうなにやら大変そう」
「恋人以前に友達だから、こうして休日に一緒に出かけるのも珍しくないってわけ」
「なるほどねぇ」
チラリとナギサがクレアの方を見る。
声をかけるべきか、邪魔しないべきか。いやでも……といったもどかしい思いを抱いているのだろうなと一目で分かるクレアを見て、ナギサは少しおかしくなった。
「そういう割には結構本気みたいだけど……」
「なにが?」
「ううん。野暮ってもんだよねぇ外野が口を挟むのは」
急にニヤニヤし始めたナギサに、ミアは少しイラッとした。
「さて、お邪魔虫は退散しようかな~。お腹空いたし」
「……この店潰さないでよ?」
「潰さないよ! 食べ放題でもないし」
ちなみにナギサはいま王都ではちょっとした噂になっている。
「店の在庫すべてを食い尽くして食べ放題を潰してくる少女がいる」と。
ナギサがひらひらと手を振り遠くの席に行き、解放されたミアは元の席に戻る。
料理が来ていたことを忘れていた。冷めてしまっていないだろうか。
「先に食べていてもよかったのに」
「むー……」
「クレア?」
「なんか、仲良さそうだったね」
クレアは食事に手を付けることもなく、ただただむくれていた。
「というか、あんな友達どこで作ってたの?」
「あぁー、色々あってね」
「むー」
『港の国』で天使に襲われてる彼女を助けたのがきっかけです、などとは言えない。
また増えた隠し事に、チクリとミアの胸が痛む。
「まぁいいし、私は恋人だし、ミアは私に一途だもんね」
「なに言ってるの。食べましょう。冷めてしまうわ」
料理は看板メニューというだけあって美味しいものだった。
食べているうちにクレアも機嫌を直したのか、頬を綻ばせながら「美味しいね」と言い合い、食べ終わると雑談もそこそこに店を出た。
なお、退店時にナギサにも挨拶に行ったのだが、彼女は皿を何十枚と重ねていてクレアをドン引きさせたのだった。
□□□□□
「んふふー」
「クレア、クリームが付いちゃうわ。離れて」
「えー!」
勇魔大会前日ということもあり、街は前夜祭のような賑わいを見せている。
ミアとクレアは初めて出会った入学式の日のように、屋台巡りに午後の時間を使っていた。
その頃と違うのは、やはり2人の距離だろうか。
腕を絡ませ、ミアの持っているクレープが何かのはずみで落ちそうだ。
今年も後輩になる新入生の入学式の際に同じような祭りになっていたのだが、その頃はここまであからさまにくっつくということはなかった。
まるで誰かに見せつけているようなクレアの行動に、ミアはふと思い当たることを言う。
「クレア、もしかしてわざとやってる?」
「うん」
「じゃあ気付いてるの?」
「そりゃ……ねぇ」
2人は尾行されていた。
おそらく、寮を出た時点からつけられている。
ほとんど丸一日という長い時間である。
クレアが気付けたのは、流石は冒険者志望というか狩人というか。
なんとなく、誰がつけてきているのかというのが分かってしまい悲しかった。
「そろそろ構ってあげましょうか」
「えーっ、今日は2人きりなのにー……」
クレープを食べきり、再びむくれだすクレアの手を引き、路地裏に入る。
奇しくも祭りから路地裏というのもまた、2人が出会った日を思い出させた。
「あら、クレア。やっぱりクリームが付いてるわ」
「えっどこ?」
「ここ」
ミアの手がクレアの頬に伸びる。
ほとんど体が成長しないミアと違い、クレアは成長期だ。既に身長が離れてしまう片鱗が見えている。
「へっ!? ちょ、ミア!?」
こうして立ちながら顔と顔を近づけるのは、数年後には難しいだろうと思いながら、ミアは口をクレアの顔へと近づけ――
「ダメーーーーーーーっ!!」
走り寄ってくる少女が割り込もうとする瞬間にその手を取った。
「へ、あれ……?」
「レンファン、あなた暇なの?」
ミアたちを丸一日尾行していたのは、後輩のレンファンだった。
寮を出る時も、街を歩いている時も、食事をしている時も、彼女は遠巻きにつけてきていたのだ。
当の彼女はミアに手を取られたことに顔を赤らめ、あわわと口をパクパクさせている。
「せ、せせ、先輩の手が……!」
「まったく、ずっと見られるっていうのは結構怖いのよ?」
パッと手を離し、レンファンがたたらを踏みながら数歩後ずさる。
クレアは頬を膨らませながらミアとレンファンを見やる。
「も、もー! 急にびっくりしたじゃん!」
「ごめんなさいね。あ、クリームは別に付いてないから」
「まぁ、別にそのまましてくれても……よかったけど……」
「っ、あ、あの……先輩……」
もじもじと両手の指を絡ませるレンファンは、いつの間にかまたすぐ近くまで寄ってきていた。
「……えいっ」
「え?」
「あーーっ! 何してんの!」
かと思えば、ミアの腰に手を回し、抱き着いてきていた。
流石にミアもこれにはフリーズし、クレアが烈火のごとく怒りだす。
「今日、なんでクレア先輩と一緒に出かけたんですか……? 今日も、一緒に演劇見れると思ってたのに……」
「え、いや、今日は流石に……ね?」
「そうだよ! ミアは私の恋人なんだから、2人で出かけるのも当たり前だよ!」
だから離れて! とレンファンを剥がしにかかるクレアだが、レンファンも強い力で抱き着き――もはやしがみついていると言ってもいいほどに密着しているためなかなか剥がれない。
レンファンのミアへの好意は、いつからか日に日に強くなっていた。
それに気付いたクレアは、あまりレンファンと仲良くない……わけではないのだが、やはりこうしたことにいい顔はしない。
まるで恋敵のように、いや、実際にそうなのかもしれない。
事実、レンファンにとってはそうだった。
「と、とりあえず2人とも離してくれないかしら……くるし……」
「っ、ご、ごめんなさいっ……!」
「ごめんミア……!」
『拳の国』で武術を習ったというレンファンの力は強く、もう少しで胃の中が出てくるところだったというのは、ミアの淑女心にかけて言ってはならない。
「……レンファン、どうしてこんなことを? 責めているわけじゃなくて、純粋に疑問なのだけれど」
「私は責めるよ! 人の恋人につきまとって……!」
つきまとい……クレアのその言葉は間違っていない。
レンファンと出会って数ヶ月、最近の彼女はなにかとミアの周りによく現れていた。
放課後や休日、さらには昼食時。朝早くにミアの部屋の前で待っていることもあった。
後輩に懐かれ慕われるのは悪い事ではない。最初のうちはミアもクレアも受け入れていたが、レンファンのミアを見る目は、段々と熱を帯びていき、舞台チケットや食事などを奢られ、香袋などをプレゼントされるうちにミアも気付いた。これ貢がれていると。
流石に悪いからと断ろうとすると、「ごめんなさい迷惑でしたよねごめんなさい」と今にも死にそうな雰囲気になるために、断るに断れないのだ。
そんなことを繰り返しているうちにズブズブになっていった。
結果的にクレアの危惧していた通りになっていたというわけである。
別に好かれるのも悪い事ではない、と言うべきなのだろうが、ミアとクレアは対外的に恋人関係にある。
ミアはどうすればいいだろうと困り、クレアは思ったよりもムカムカしている自分に気付いた。
「ぁ……えっと……」
「もう!」
「クレア、あまり怒らないで」
眉間に皺を寄せ圧をかけるクレアを見て、レンファンは意を決したように顔を上げる。
「わ、私……み、ミア先輩が……好き、なんです……!」
そうなのではないかと思っていたが言語化されていないから曖昧なまま、というものは崩された。
2人の率直な感想は、ああやっぱりといったものだ。
「だからっ、私、ミア先輩と……っ、お、お付き合いが、したいです!」
「……」
ミアは天を仰いだ。
どうすりゃいいんだと。
ミアとて人を好きになったことはある。ひとりの男を巡って恋敵とバチバチしたこともある。
だが好かれる側に回るのは初めてのことで、さらにクレアという存在がいるのもややこしさを増している。
彼女とは偽装の恋人関係なのだから、ここで「分かったわ付き合いましょうクレアさようなら」と言えれば円満なのだろうが、そんなことはとてもできやしない。ミアの中にそんな選択肢は無い。
クレアもまた、ミアを譲る気はない。
ミアとクレアの友情とも恋とも言えないような曖昧な『好き』と、レンファンのミアへの明確な恋の『好き』が絡まって、一言で言えないような状態になっている。
困り果てた。
好かれるというのは決して迷惑というわけではない。この告白を無下に一蹴するという手酷い真似をすることもできない。
恋愛事において、ミアは見た目相応の小娘の域を出ていないのだ。
「だからっ、クレア先輩! 別れてください!」
そんなミアとは裏腹に、レンファンは思ったより攻撃的だった。
「嫌だよ! ミアと私はす、好き合ってるんだから! ねっ!?」
「え、ええ」
「でもでも、私は先輩と演劇について沢山語り合えます! 共通の趣味があります!」
「ええ……まぁ」
「私だって! ミアと一緒にいる時間は私の方が長いし、一緒に寝たこともあるし!」
「それは実績です! 私だってこれから……そういうこともできますし! クレア先輩はディーク物語のあらすじ言えますか!?」
「ぐっ、ぐぐぐ……ミア!」
「先輩!」
2人の少女に言い寄られ、いつの間にか後ろには壁。逃げ道が無い。
「ミアは私の恋人だよね!?」
「先輩、私を恋人にしてください!」
これまで戦いの中で敵に追い込まれることは何度もあった。
その度に切り抜けてきたミアだったが、今回は切り抜ける方法が分からない。
もしかしたら自分が好きになった彼もこんな気持ちだったのかもと、現実逃避すら始めようとしていた。
「あ、えっと……」
「……分かりました。ごめんなさい、突然でしたよね。先輩たちだって、好きで一緒にいるんですし」
レンファンが静かに呟く。
諦めてくれたのかと思いきや、彼女の闘志に満ちた目を見てしまったら、そんな甘い考えは吹き飛んでしまう。
「私、絶対先輩を振り向かせますから……! クレア先輩より、私の方が良いって、思わせてみせます! まずは明日の勇魔大会で、先輩に惚れてもらえるように頑張ります!」
勇魔大会に関する頭痛の種がひとつ増え、ミアは再び天を仰いだ。




