36 辟易のエレーナ・レーデン
シェリア魔法学園。
魔法の才能のある人間が通い、魔法について学ぶ。
アイリア学園と歴史を同じくする、連邦樹立後に建てられた、魔法使いの育成を行う施設である。
魔法使いには上流階級以上の者が多い。ほとんどがどこかの王族や貴族だったりする。
ひっそりと暮らす者もいるが、そういった例は極々稀だ。
それは太古の時代から、魔法使いの地位が高かったからだった。
天柱教の経典にはこう書いてある。
『人類が誕生した時、天柱は人々を導く者を選別し、力を与えた』と。
天柱の意思など人間に分かるはずもないが、天柱教が興った時に魔法使いたちが権力を確かなものにしようと書かせたものだ。
実際、常人には到底成し得ないような奇跡を起こす力を持つ者が王や長に選ばれるのは、原始的な時代において絶対のような法則だった。
その上下関係は現代に至るまで続いている。
人間の魔法の才能は、聖剣氣のように誰彼構わずランダムに発現するものではない。
原初の魔法使いたちと呼ばれる者たちの血が流れる人間だけが受け継いできたものだ。
原初の魔法使いたちがどれだけいたのかは定かではないが、決して少なくなかった。
1000年前の魔族侵攻で多くの家系が戦火に消えてもなお、人間の魔法使いそのものが絶滅するには到底及ばないのだから。
国としての集合体は連邦として存在するが、権力者をはじめとした魔法使いのみで構成されるものを『魔法協会』と呼ぶ。
『連邦』、『天柱教』、『魔力協会』、この3つが主な人類の構成要素と言えるだろう。
勇魔大会。
これは歴史の長さを同じくするアイリア学園とシェリア魔法学園とで行われる催しだ。
ある時は祭り、ある時は収穫、ある時は巡礼――
時代と共に様々な形式で行われてきた学園対抗の大会は、数十年前から現在に至るまで御前試合という形式をとっている。
シェリア魔法学園から持ち掛けてきた形式であるが、実際はアイリア学園の連戦連勝。魔法学園側が勝った回数は片手で足りるほどだ。
そして、誰の御前で試合をするのかというと、連邦の頂点に立つ人間。
すなわち大統領である。
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酷い夢を見た挙句レンファンに無様な姿を見せてしまってから数日後、ミアは王都内の刻を鳴らす鐘の塔にいた。
理由は単純。大統領の凱旋パレードの見物だ。
王都内で有数の高さを誇るこの塔の頂上に魔族の視力を持ってすれば、凱旋パレードの順路にいる者の見分けくらいはつく。
パレードは昼前から始まり、屋根のないオープンタイプの豪華な馬車に乗った大統領がゆっくりと王城へと向かう。
普段は多くの馬車が同時に行き交う大通りは、大統領ともうひとりを一目見ようという群衆でごった返している。
やがてミアに見える角度で、その男は現れた。
「……連邦大統領、ロフ・カベリーンゲン」
彼が紛れもない大統領。政治面においての人類のトップである。
比較するならラビス学園長と同じ年頃だろうか。いやもっと上だろう。
白髪に、皺をたくわえた顔。馬車に負けないくらい豪華な礼服を身に纏った老人は、老いているとは思えないほど背筋をピンと伸ばして民衆に手を振っている。
「あれじゃあ、狙ってくださいって言ってるようなものじゃないの」
ミアにここで大統領をどうこうするつもりは無い。ただ顔でも拝んでおくかという見物だ。
しかし彼の命を狙う者がいることは、ミアでも知っていることだ。
「例えば、通り沿いの建物に潜んで魔法で狙撃」
まぁ、そんなことは起きるはずもない。
「例えば、人の隙間から何かを投げ込む」
言ってみただけ。そんなことも起きない。
「例えば、堂々と正面から」
口から出た妄言。まさか本当に実行する奴がいるはずが――
「あら?」
いた。
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「大統領、死ねぇぇぇ!!」
ロフ・カベリーンゲンの乗る馬車の正面、これから通るはずの路上に、数人の人間がいる。
誰もが刃を持ち、馬車目掛けて走り出している。
民衆のうち誰かが悲鳴をあげ、どよめきが伝播していく。
「むっ、敵襲! 大統領をお守りしろ!」
相対するのは『柱の国』の騎士団。
連邦の大統領でありながらこの国の王でもあるロフを守るべく、剣と盾を持って立ち塞がる。
「邪魔だ腑抜け共がぁッ!」
襲い掛かっていたのは手練れの者たちだった。
騎士を避け、あるいは斬り倒し、馬車との距離を詰める。
このままでは大統領が殺されてしまう。誰かがそう思っただろう。
しかしそれは起こり得ない。彼がいる限り。
彼は通り沿いにある建物の窓から、一直線に馬車の前へと飛び降りる。
「がっ!?」
不意に、襲撃者のひとりが悲鳴をあげ倒れた。
仲間たちがそちらを向けば、ひとりの男が立っている。
年の頃は20代。金髪に青い目。どことなく疲労感を感じさせる姿ではあるが、彼の姿を見た者が歓喜に叫ぶ。
「キャーーーー! 勇者様ーーー!!」
勇者、リーザック・レイルシア。
前勇者ラビス・キウラスから異例の早さで勇者の座を受け継いだ男。
歴代最強と噂される彼は、無言のまま一瞬のうちに次々と襲撃者たちを倒していった。
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「あれが……勇者」
勇者の立ち回りは、ミアにもかろうじて見えている。
聖剣氣で身体強化をしているのだろう。あの速さの動きは人間のものではない。
しかも、遠目に見ただけでも分かるほどに――
「彼は強い」
「ッ!?」
ミアは背後から自分の言おうとしていた言葉を浴びせられ、慌てて振り返る。
まさか自分が気配を察知できずに背中を許してしまうとは、という悔しさもあった。
そこには端正な顔立ちをした緑髪の男が立っていた。
彼もまた、勇者と同じ20代に見える。
「失礼、邪魔をしてしまったかな」
「いえ……」
慣れた動作で四角い眼鏡をクイッと上げる彼からは、底なしの冷たさを感じさせる。
なんとなく、出会ったばかりだというのにお近づきになりたくないタイプだ。
「通りの建物、群衆の中。そこには反連邦を唱える不穏分子が潜み、大統領の命を狙っていた。しかし勇者……リーザックはすべてを無力化させた。あの正面からやってきた者たちは最後の手段ということもあり、精鋭揃いだったようだな」
うわぁやっぱり、とミアは心の中で言っておく。
この1000年、連邦というシステムに異を唱える者は少なからずいたという歴史がある。
学園の授業で習う範囲だ。
連邦法などで不利益を被る者、かつての独立国へと戻ろうとする者、戦乱を望む者。
それらは時に現れては歴史の中へと消えていった。
この裏には、今は亡き天使長の存在もある。
反連邦分子をあぶり出し、時にマッチポンプも交えて、天使長は『秩序を保つ』というお題目のもと、連邦にとって有利になるように情勢を調整し、権力者たちから見返りを受け取っていた。
しかし、反連邦という概念が消えることはない。
どの時代にも、どの国にも、連邦を排そうと思う人間はいる。
そういった反体制思想は消えることはない。天使長がこれから恩を着せる用に手を出さないでいた勢力も残っている。
今回もそういった連中の一部だろう。
大統領は自分が狙われる可能性を考慮し、勇者を護衛につけたのだ。
「それで、あなたも見物? ここからじゃろくに見えないでしょう」
「いや。遠くからパレードを狙う者がいないか見回っていた」
「ということは、勇者のお仲間かなにかかしら」
「そうだ。自己紹介が遅れたな。俺はルスト・シンギー。勇者と行動を共にしている」
ルストと名乗った男の片手は、別に握手を求めて差し出されはしない。
いつでも何かができるように人差し指だけが立っている。
「……あなた、魔法使いね」
「よく分かったな」
「何かあればすぐに魔法陣を描けるその手の構え……私が不審者に見える? この制服を見ても」
「コスプレかもしれんからな」
「あなたもコスプレネタかいっ」
ミアが白い制服を着ているにも関わらず、ルストの警戒は解かれていない。
はぁとひとつため息をつき、ミアは両手を上げる。
「私はただの見物人。ここなら静かに見れるし、あなたに見回りご苦労様と労うこともするわ」
「そうか……ならいい」
話している間に、襲撃者たちは拘束され騎士団に連れていかれていた。
大通りからは、勇者を讃える歓声が聞こえる。
あの襲撃者たちは、舞台で言えば主人公の強さを引き立てる噛ませ犬。
この出来事は新聞で華々しく報じられるだろう。『勇者、見事大統領を守り切る』と。
「邪魔をした」
呼び止めるつもりもないが、返事も聞かずにルストは去る。
仕事人間というやつだろうか。その頭が固そうな印象は、前に会った主天使を彷彿とさせた。
「はぁ……ああいうのは苦手だわ。ま、もう会うこともないでしょうけど」
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大統領が来るということは、御前試合である勇魔大会も近いということ。
アイリア学園代表に選ばれたミアは、月に1度くらいのペースで放課後に行われる作戦会議のようなものに呼ばれている。
もうすぐ勇魔大会があることから、これが最後の会議になるだろう。
といっても会議らしい会議とは言えない。名ばかりの駄弁り会みたいなものだ。
「フン、他の代表は君たちか。せいぜい私の役に立ってくれたまえよ」
などと言った貴族の男子は、最初の顔合わせ以降来なくなった。
貴族が代表に選ばれて怪我でもしたらどうするのだと思われるが、御前試合ということもありそういった立場は気にされていないようだ。
大統領であり国王の前でいい恰好を見せたいから多少のリスクも承知の上か。
別に出席しなくてもいい会議ではあるが、他の代表は健気に出席している。
それに会議のある日には社会奉仕(改善傾向にあるとはいえちょくちょく遅刻するのでまた罰として命じられた)をしなくていいので、ミアもすべて出席していた。
それに上級生と会うのは「なるほど〇年生はこんな感じなのか」という勉強にもなる。
今、学園内の空き教室を会議室代わりに使って開かれた最後の会議。
そこにはミアを含め6人の生徒がいる。
代表は総勢7人。貴族を除いた全員が集まっていることになる。
「先輩……!」
そしてその中には、1年生にも関わらず異例の代表選出を果たしたレンファンの姿もあった。
彼女は何をしているかというと、椅子を限りなく近づけて、ミアの腕に抱き着く形で絡んでいる。彼女の香袋の匂いが移りそうなほどの密着だ。
どうしてこうなったのか、理由は分からない。ミア自身困惑している。
「(まさかクレアの言ってたことが本当だったなんて……)」
これくらいアプローチされれば誰でも分かる。彼女は自分に好意を抱いていると。
ライクじゃないラブの方だと。
まさか一緒に劇場に行きまくって語り合っていたら好きになられているとはミアの目を持ってしても見抜けなかった。
「おうおういつにも増してくっついてるな浮気者」
少し離れた位置からは、同じく代表に選ばれたスーヤ。
彼女も魔法が使えるからという理由で選ばれたのだろう。
気だるそうに机に頬杖をつきながら、ニマニマと笑っている。
「あの、レンファン。離れてもらえないかしら?」
「えっ……………………」
やんわり引きはがそうとしたら死にそうな顔をされた。
そんな顔をされては無理に離れてもらうのもなんか悪い気がしてくる。
「先輩……私、先輩の迷惑でしたか? いつも観劇に付き合ってくれるのはいやいやでしたか……? ごめんなさい……私、私……っ」
「あーあ泣かせた」
「スーヤ、なんとかして」
「あたしはこういうの笑って見てるだけって決めてるんだ」
別にレンファンと共に週末を過ごすのは嫌ではないし、観劇仲間がいるのは嬉しいことだ。
とはいえなんかこういうのは、クレアの顔を思い出してしまいよくないのではないかと思える。
「わ、私……先輩のために、これ、またウチの演劇、見てほしくて、用意したんです……」
「『拳の国』の……アレってそうそう見れるものじゃないんじゃ……」
「おばさまに無理言って……また、一緒に観てくれますか?」
ご丁寧にチケットは2枚だけだった。
これはあれか、クレアと2人で観に行けばいいということか。いや一緒にって言ってたしレンファンと2人か。どうすればいいのだろう。
「君たち、そろそろ話をしてもいいか?」
代表の実質的なリーダーである真面目な5年生の男子は、ピキピキと聞こえてきそうな表情を隠そうとしない。
「勇魔大会はもうすぐだ。常勝を誇るアイリア学園の看板に泥を塗ることは許されない。それを分かっているのか君たちは!」
「まーまー、怒ってもしょうがないんじゃない? それに魔法使いなんてサッと近づいてドカッてやれば余裕っしょ」
制服を着崩したチャラい女子が彼をなだめる。確か6年生。
「先輩! そうやって油断していると足下を掬われますよ!」
「じょぶじょぶ、あっちはどうせ戦闘慣れしてない素人たちだし。毎日訓練してるウチらならいけるって」
「あたしは訓練してねーんだけど……」
スーヤの呟きは聞かれなかったことにした。
「……ゴホン! とにかく、我々は足並みを揃えて、大統領や勇者様、来賓の方々にみっともない試合を見せないようにするのが仕事なんだ! 作戦を確認するぞ!」
勇魔大会で行われる試合は、7対7。闘技場の中でチーム戦を行うというもの。
そのため作戦とチームワークは重要であるが、この空気感だとあまり重要視されていないように見える。
魔法使いとはいえ相手はただの人間。身体強化のできる側としては、やはり弱い認識なのだろう。
黒板にカッカッと名前が書かれていく。
全部で6つ。貴族さんは作戦など聞かないだろうということで除外されていた。ナチュラルにハブられている。
【勇魔大会代表】
5年生 オーソー・ハジン
5年生 グダン・ガシュ
6年生 リレル・アンチュブ
3年生 スーヤ・ルーニャ
2年生 ミア・ブロンズ
1年生 レンファン・シンウー
「この6人を、基本2人1組で――」
そうして何度も何度も聞かされた作戦を聞き流しながら、ミアはもはやしがみついてくる勢いのレンファンをグググと制し、スーヤがやる気なさそうにため息をつく。
何度か行われた会議のおなじみの光景だった。




