35 選出のエレーナ・レーデン
翌週、ミアとクレアは身内の招待ということでレンファンの親戚がいるという劇団の舞台を観に来ていた。
赤を基調とした劇場は常に満員。流石は王都一人気の劇団といったところか。
その舞台は、歌劇だった。
役者や音楽隊は多く、劇場そのものも大きい。相当なスケールの舞台だ。
現在の統一された言語ではない、古代の言葉を用いた歌詞は何を言っているかは分からないが、レベルの高い殺陣と役者の演技を引き立ててあまりある魅力を出している。
内容は、『拳の国』の歴史を華やかに脚色したもの。
外国という概念が無いほどに世界から隔絶された山脈の向こう側では、かつては絶えず内乱が続いていたようで、『拳の国』として統一する初代皇帝の英雄譚を軸としたドラマのようだ。
「(もしかして、なんでも拳で解決したからそういう国名なの?)」
全体の割合としてはアクションが多い。一歩間違えれば怪我するようなギリギリを攻める度に、観客が息を呑んでいる。
といっても色々なジャンルを抑えているようで、主人公とヒロインのラブロマンスなんかもあった。
主人公は義勇軍から成り立った軍団上がりの君主、ヒロインは悪の国として描かれる勢力の姫武将。
敵対する国同士の、禁じられた恋。
戦場でまみえる度に双方が「戦いたくない」といった思いを描くバラードを歌っている。
「(…………)」
その2人に、自分を重ねてしまうのを自覚して、ミアは悲しくなった。
この舞台では、奇跡的な展開で主人公がヒロインを救って皇妃として娶っている。フィクションかとも思ったが、なんと史実らしい。
「(私も、あんな風に――)」
ミアの目はキラキラと王子様に憧れる少女のものではなく、手から零れ落ちた幸せが戻らないことを知るものだった。
思わず涙が溢れそうになるのを、気合で戻す。
「(あんな風に、一緒になれたら……どれだけよかったか……っ、いけない。舞台に集中しなきゃ)」
物語は佳境。
最初は平和を求める同志で構成された主人公の軍は、いつしか国内の半分を収める勢力になっている。
残った敵は悪の国。天下分け目の最終決戦で、主人公は敵の君主を討ち取り、姫を救い出し、統一を果たす。
カーテンコールでは大絶賛。
舞台を作り上げた花形たちに裏方たち。彼らは多くの喝采を浴び、礼をして舞台を去る。
ミアも拍手を送る者のひとりだ。
レンファンが『見たら絶対好きになる』と言っていた通り、様々なジャンルを含みながらも、話が散らばることなくただただ面白かった。
理性的に話がどうとか構成が~などではなく、見ていると劇の内容に連動するように感情が動くのだ。つまりそれほどレベルの高い劇ということ。
常に予約が取れないほどに大人気なのも頷ける。できれば今すぐもう一度見たいほどだった。
「うううう~~! 面白かった~~!」
「えへへ、よかったです」
クレアもグスグスしながら拍手を送っている。彼女は分かりやすいので、場面ごとにハラハラしたりドキドキしたりするのが隣でよく分かった。
レンファンは何度も見ているのだろう。照れたような誇らしそうな笑顔でクレアにハンカチを差し出している。
「面白かったわ。とても」
「お眼鏡にかなったようで、なによりです!」
「凄かったよねー! あのバーンって感じの動き!」
「私は姫と戦場ですれ違うときの歌が好きね」
席を立ち、歩きながら興奮して感想を言い合う。これもまた観劇の醍醐味と言えよう。
と、何故か自分たちが人の流れから外れているように思えた。
「出口こっちだったかしら?」
「あれっ? どっちに向かってるの?」
「あっ! ご、ごめんなさい! 私いつも舞台が終わったらおばさまのところに行くからつい癖で!」
気付けば劇場の廊下。おそらく関係者用通路であろう場所にいた。
話すのに夢中で違和感に気付くのに遅れたようだ。
「あら、レンファン」
どこかの部屋の扉から、女性の声がかけられた。
その声の方を見れば、扉が開き、レンファンと同じ濃紺の髪の美女が顔を出している。
「おばさま?」
「あれっ、あの人……敵の皇后!」
「クレア、失礼じゃない?」
その美女は確かに舞台で見た、旦那と共に主人公を苦しめる敵国の皇后、ヒロインの母親だった。
悪役として目つきがキツくなるメイクをしているからだろう、怒っているように見えたが、表情は柔らかい。
「ふふっ、その子たちがレンファンのお友達?」
「はっ、はいっ! えっと、おばさま、ありがとうございます。私のわがままで席を用意してもらって」
「いいのよ。あなたにお友達が出来るのはいいことだもの」
「と、いうことは……レンファンの親戚って……」
「はいっ。叔母です」
「はじめまして、レンファンから話は聞いているわ。当劇団の座頭を務めている、レンファンの叔母のウェンユェ・シンウーよ」
「クレア・プレトリアです!」
「ミア・ブロンズです」
ペコリと頭を下げる美女。
舞台後のラフな格好ではあるが、その一連の動作はまるでまだ演劇を見ているかのように美しいものだった。
「座頭って……一番偉い人よね? レンファンとこの人が……」
「あ、あはは……」
「すごいじゃん! この劇団って、王都どころか他の国でも有名だよ!」
ここに来る際に劇団の名前を聞いたときは、ミアも驚いたものだった。
訪れた演劇ブームの中で「どこの劇団が一番か」という話題が出ると、まずここが挙げられるほどの劇団。
先日偶然知り合ったレンファンがその座長の姪であるという事実に、奇跡的なものすら感じる。
「やっぱり間近で見るとキレイ~! なんていうか、立ってるだけで華が!」
「ありがとう。あなたも可愛いわよ。ウチに入らない?」
「ええっ!!? ど、どうしようミア!」
「可愛いまでは認めるけど、ただの社交辞令でしょ」
「あら、そちらも……どうかしら? あなたなら姫の役なんか似合うと思うけれど」
ススッとミアの方へ寄ってくるウェンユェ。密着というほどではないが、近くに来た際に花の芳しい香りが漂ってくる。
美人とは匂いまで美しいのか。
「アイリア学園の生徒さんなら、殺陣もすぐこなせるでしょうし、どう? ミアちゃんが姫で、クレアちゃんが侍女。絵になる2人じゃない?」
「お、おばさま! そうやって口説く癖は改めてくださいとあれほど……!」
実年齢よりも若々しい、ウキウキとした話し方をする女性だった。
リップサービスだと思われるが、こうして話していると本気でスカウトされているのではないかとさえ思えてしまう。
ミアが「すみませんが」と丁重に断りを入れると、ウェンユェは「あらそう?」と残念そうに頬に手を当てた。
「気が変わったらいつでもいらっしゃい。この劇団であなた達が花開く……そんな未来があるかもしれないのだから」
「わ、私が……! 冒険者目指すのやめよっかな……」
「こらクレア」
「冗談だって! でもえへへ、褒められちゃったー」
「はぁ……」
□□□□□
それから数ヶ月、放課後にレンファンと接することが多くなった。
週末には待ち合わせて演劇を見回り、語らう。
クレアの都合が合わない日には、2人で出かけることもある。
そんなことをしていたからだろうか。レンファンはミアに懐いた。
ミアもミアで観劇仲間が増えたのは喜ばしい。
しかしそれに首を傾げるのがクレアであった。
「なんか最近、レンファンのミアを見る目がおかしい気がする」
「なによいきなり。ほら次あなたの番よ」
いつもの学園の午後の訓練。
休日前、週の終わりである日には、毎週生徒たちによる模擬戦を行っている。
2年生になってほとんどの者が身体強化を使えるようになり、聖剣氣を武器に纏うというのも大半が行える。
そんな彼らの間で行われる模擬戦は、一歩間違えれば大怪我は免れないようなものだ。木の剣で打ち合っているとはいえ、強化された人間の一撃は重いのだ。
ミアは実力を隠すべく、いつも早々に降参する。
「んー! なんかこう、なんて言ったらいいか分かんないけど、とにかく変じゃない?」
「変って?」
「クレアちゃ~ん」
ローリスの声を無視してクレアはズイッとミアの目の前に顔を近づけてきた。
「熱っぽいというか、あれ友達に向ける視線じゃない気がするんだよね」
「あー」
「間違いないよ、あれは恋をしている目!」
「クレアちゃ~ん?」
「どうして分かるの?」
「だってそりゃ私も……! って、違う違う! 私はミアと違って沢山の人とお話しするから、分かるの!」
「クレアちゃ~ん……」
「だからこそ、沢山会うのは危険だと思うわけ!」
クレアが指を立てて熱弁したところに、その指を掴む者が現れた。
ミアはさっと目をそらして口笛を吹く。
「クレアちゃ~ん、お話中ごめんね~?」
「あ、はひっ……」
ニコニコと微笑むローリスであるが、彼女から出される空気は尋常ならざるものだった。
「冒険者を目指すのに~、周りが見えなくなるのは危険よ~? ちょうどいいから~今日は先生とやりましょうか~」
「ええっ!?」
周りの生徒が「アイツ終わったな」という目を向ける。
入学時にはその雰囲気から、ローリスは強いのかと疑惑の目を向けられていたが、2年に上がる頃には誰もが認識を改めていた。
彼女はめちゃくちゃ強い。
生徒と戦う時にも、まるで本気は出していないにも関わらず誰も彼女に模擬戦で勝てたことなどない。
「ほらほら~構えて~」
「うううっ!」
「いつでも打ち込んできていいからね~」
ふわふわと佇む彼女には隙がまったくない。
クレアがやけくそに打ち込むも、すべていなされてしまう。
結果、クレアはボコボコにされた。
「クレアちゃんは反応は良いんだけど~、考えなしなのはダメよ~?」
「うぅ……い、痛い……ミア癒してぇ」
「はいはい」
「あいたたたた! そこ打った場所! 腫れてる腫れてる!」
「折れてはないわね」
人目を気にせず膝枕をしてクレアを撫でるミア。
これも偽装の一環であるが、それに「尊い……」と目を奪われる生徒が出るのも日常茶飯事だった。
「あっ、そうだぁ~。みんな~! 今日はね~、おめでたいことがありま~す」
訓練を終え、教室に戻るとローリスが嬉しそうに声を張り上げた。
「なんと今度の勇魔大会に~、このクラスから代表者が選ばれました~!」
おおっと沸き立つ教室。
一方ミアにとっては聞き慣れない単語だった。
「クレア、勇魔大会って?」
「ああ、それはね――」
「なんと~、その代表者はぁ~、ミアちゃんで~す!」
突然の名指しに「へっ?」と間の抜けた声を出してしまうミア。
クレアも驚いたようで、始めようとした説明が完全に止まっている。
クラスメイトは変わらず「マジか!」などとミアを持て囃した。
「なに、え、なにが?」
「選考理由は~、ミアちゃんは魔法を使えるからで~す!」
「ねぇクレア、何なのこれ?」
「え、ああ、勇魔大会っていうのはね……」
「ミアちゃんには~、わが校の代表者として~、シェリア魔法学園の生徒と戦ってもらいま~す!」
シェリア魔法学園、その言葉にミアは眉を寄せる。
「まぁ、そういうわけなんだよね。4年に1度、学園の対抗試合をやってるの。実戦形式で……」
「今年もウチが勝つだろ~! もう何連続だっけ?」
「あいつらも健気だよなぁ毎回毎回」
「既に顔で勝ってるしな。もう勝ち終わってるのでは?」
クラスメイトの思い思いの声が飛び交う中、ミアは苦虫を嚙み潰したような顔を隠す。
シェリアという名前は、ミアがこの世でもっとも嫌う名前だった。




