34 観劇のエレーナ・レーデン
時は少し遡る。
『港の国』では天使の招待以外に特にこれといった出来事はなく、学園に戻った頃には王都にも噂が広まってちょっとどころでない有名集団になっていたり、いくつもの季節を巡り、気付けば1年も経っていた。
アイリア学園には他の学校のような進級試験というものがない。数ヶ月に一度ある定期試験で一応の成績を出すシステムだ。
予め定められた期間の中でエスカレーター式に学年が上がり、たとえ訓練や座学といった科目の成績が低くても卒業はできる。
ミアもこの定期試験ではそこそこの点数を出し、無難にパスしていた。
そして、ミアが2年生になる前後の頃のこと。
『柱の国』、国の共同体としての連邦であるが、もし首都という概念が存在するのであれば、この国の王都こそが首都だと言えるだろう。
連邦の脳と言える大統領府のある地域は遠く離れているが、様々な国の物や文化が忙しなく行き交うこの場所は、言うなれば連邦の心臓。
流行り廃れが他の国のどの場所よりも早く、他国から来た者は時間の流れがここだけ早く感じるような街。
そんな王都で流行っているのは、演劇だった。
元々数年前から流行り始めてはいたのだが、連邦が演劇などの舞台芸術業を振興する政策を打ち出してから、各国で演劇ブームが始まったのだ。
よって『柱の国』にもその波は訪れ、王都は古今東西の演劇が見られる場所となっていた。
目を輝かせてチケットを握りしめるクレアに誘われたミアは、ナメた態度を取っていた。
「ふん、作り物の話に作り物の芝居。そんなものにハマる人の気が知れないわね」
その日の終わり、ミアは心の中で自分を殴りまくった。
200年ほど前の実話を基にした悲恋物語。休日にわざわざ王都の劇場まで観に行ったミアは、繰り広げられる王女と騎士のお話に、ものの見事に涙腺を爆発させられた。
共に行ったクレアにそんな無様な姿は見せられないため、劇が終わった後にこっそりトイレの個室にダッシュしてトイレットペーパーを過去一消費した。
もしかしたら人生で初めて流した健全な涙だったかもしれない。
「あっ! ミアどこ行ってたの!」
「ごめんなさい。トイレに」
「だから劇の前に飲みすぎちゃダメって言ったのに~!」
それから何回か、ミアは休日を利用して観劇に勤しむようになった。
都合が合えばクレアと、合わなければひとりで。
人気の舞台はチケット予約という魔族の力でどうにもならない戦いに敗北を喫したこともあったが、ほぼ毎週のように王都各地にある劇場に足を伸ばした。
一日に劇場をはしごすることもあった。
演劇や歌劇。舞台というのはその国の文化そのものである。
無論、それだけですべてを知れるわけではないが、様々な国の舞台を観るのは、様々な国に行ったような没入感を与えてくれるものだった。
なるほどこれは確かに人気が出るのも頷ける。
ミアは1ヶ月ほどで「私、舞台にはちょっとうるさくてよ」感を醸し出す程度になっていた。
そして何度目かの、例の悲恋物語を観に行った日の帰りである。
「ああ……今回も王女と騎士は結ばれなかった……」
「だねぇ。っていうかミア、これで何回目?」
「6回目」
「嘘でしょ!?」
最初のように感極まって泣き出すことはなくなったが、やはり好きな舞台は何度見ても良い。
公演が終わり、劇場からミアのような切ないようなホクホクなような顔で出てくる客が溢れ、それを狙った屋台の店主が客引きを始める。
王都ではそういった光景がよく見られるようになった。
「そういえばミア、毎週行ってるんだって? よくお金あるね。安くもないのに私の分まで買ってるし」
「ああ、それはね――」
ミアにはちょっとした金づるがあるが、ありのまま伝えることは流石にできないので誤魔化しておくことにした。
「仕送りがあるから大丈夫なのよ」
「ああー、謎の実家の」
2人は休日ということもあり、いつも袖を通している学園の制服ではない。
中流階級のカジュアルなドレス、といった服装だ。
ミアにも黒のゴシックドレスという唯一の私服があるが、クレア曰くそれ一着だけだと寂しいとのことで、度々買い物をすることがあったのだ。
おかげで自室のクローゼットはギチギチ。互いに調子に乗って買いすぎるという事態に発展していた。
今のミアはクレア無しには成立しない。
クレアに毎朝起こしてもらい、クレアの選んだ服を着て、クレアに贈られたアクセサリーを身に着け、休日にはクレアとどこかに行く。
相変わらず高嶺の花という話しかけづらい立ち位置であるミアだが、孤独感を感じないのはクレアのおかげと言えるだろう。
「やっぱりミアには白が似合うよね。逆に黒はそこまで……?」
「そうかしら? 私は黒好きだけど」
「いっそお揃いの服にする!? その方が恋人っぽいし!」
「えー……ちょっと……」
「むっ、嫌なの?」
「まぁ嫌ね」
「ひどい! 恋人なのに!」
「別に強調しなくてもいいのよ……?」
傍から見ればベタベタなカップルだが、あくまで偽装である。
学年が変わってもナンパ回避のため、2人は以前にもまして仲睦まじい様子を振り撒くようになった。
特に意識しているわけではないが、その様子はまるで本物の恋人のよう。今日も劇場まで腕を組んで来たほどだ。
「よう彼女、この後ヒマ? 俺らと遊ばねぇ?」
なお、劇場近くで客を狙ったナンパ男もちょっとだけ社会問題視されていた。
「ごめんなさいね。私たちこれから熱い夜を過ごすので」
「のっ、ので!」
大抵のナンパは、クレアの腕を引き寄せてニッコリ語りかけるだけで撃退できる。
こういうところでも彼女の存在は便利だなーと思うミアであった。
昼公演が終わって五の刻。そろそろ夕方。
何か食べに行こうかと誘うクレアと話すミアの耳に、声が聞こえてきた。
「はぁぁぁ~……今日も2人は引き裂かれ……うぅ」
風に乗って聞こえてきた可愛らしい声。
ミアは内心でうんうんわかると頷く。
「でも騎士役の人が代わっちゃったのはなぁ……前の人の感じが好きだったのに」
ミアは思わずそちらを向く。
そこにはヒラヒラと異国情緒あふれる服に身を包む少女がいた。
「クレア、ちょっとごめんなさい」
「えっ? ちょどこ行くの?」
スタスタとお団子ヘアーの少女に歩み寄り、ガッと手を掴む。
突然何者かに手を掴まれた少女は「へっ!?」と驚いている。
「ど、どなた……?」
「分かる、分かるわ! 前の人の方が勇ましくも儚い感じをよく出せてたわよね!」
「っ、は、はい! 特に夜中に密会する場面で差が表れてるというか!」
「うんうん……!」
「でも今の人も凄いっていうか、勇ましさが増していて、また違った役の解釈で面白いとは思います!」
「まったく同意見だわ……!」
ミアは演劇通を気取りながらも、周りに深く語り合える者がいないことを嘆いていた。
クレアも一応一緒に観に行ったり感想を言い合ったりできるが、毎週何本も見ているミアとの知識量の差はどうしても出てしまう。
深く語り合える者が身近にいなかった分、「この少女となら語り合える!」というミアのセンサーが反応するようになっていた。
「ちょっとミア! ダメでしょ知らない人に声かけちゃ!」
母親かっとツッコみそうになったが、普段やってもらっていることが母親みたいなことばかりなのでやめておこうと思うミアであった。
「ごめんね! この子、なんか演劇にハマりまくってて」
「あっ、いえ! 私も……そういう相手、探してましたから!」
「ほらねクレア。私たちの間に入る余地なんて無いの」
「言い方! 私が浮気現場見ちゃったみたいじゃん!」
ここではなんだから、と少女の方からどこかへ行かないかと提案してきた。語り合う場が欲しいとのこと。
ミアは二つ返事で了承し、クレアは少しだけむっとなりながらも了承する。
夜ご飯も兼ねて、劇場から少し離れたレストランに入った。味はそこそこ、量もそこそこ、値段は安い。学生にとって使い勝手のいい店だ。
「あっ、自己紹介がまだでしたね! 私、レンファン・シンウーといいます!」
「変わった名前だね。あっもしかして『拳の国』の人?」
『拳の国』というのは、人類大陸の東部に位置する山脈に囲まれた国である。
その立地から国家間での交流が無く、独自の文化を築いていた。
1000年前の魔族侵攻時にも特に関わらなかった国であり、他国との国交が始まったのも連邦樹立後数百年のこと。加盟も数十年前。
「はい。この間ここに引っ越してきて。というか、入学があったので……」
「?」
「私こう見えても、アイリア学園の生徒なんです」
「えっ!?」
すごい偶然だった。
クレアが驚くのも頷ける。
この『拳の国』出身のレンファンなる少女は聖剣氣を持つ者。
人類全体で見れば極稀な存在であるのだ。
「奇遇ね。私たちもよ」
「ええっ!?」
今度はレンファンが驚く。向こうもまさか同じ生徒に出会うとは思ってもみなかったようだ。
「私たちは2年。あなたは?」
「わっ私は今年入学しました!」
「おお~! 後輩ちゃんだー! クラスは?」
「第1クラスです」
しかも聖剣氣の保有量が多い第1クラス。
アイリア学園では違う学年ごとの交流がほとんど無い。ミアたちとスーヤ・ルーニャのような個人的な付き合いは誰かしらどこかにあるだろうが、顔を合わせる機会はすれ違う以外に無い。
故に先輩や後輩といったものと話す機会も珍しかった。
ミアたちも自己紹介をそこそこに済ませる。
しかし今はそんなことを話す場ではない。
とにかく溜まりに溜まったミアの『語りたい欲』を発散させる絶好の機会なのだ。
あの舞台は良い、あれは観に行ったか、あそこの劇団は~などなど、料理を食べながら話し合う。
元々『拳の国』は演劇文化が盛んで、国を代表する劇団は連邦内のどこでも大人気だ。この話題に関しては若輩なミアは、幼い頃から演劇に触れてきたというレンファンの話を興味深く聞き、クレアもついていけないながらも「ふんふん」と聞きに回る。彼女は聞き上手だった。
「そういえば『拳の国』の劇は見たことないのよね……予約もいっぱいだし……」
「そうなんですか? 勿体ない、見たら絶対好きになっちゃいますよ!」
「へーそんなになんだ」
「はい! あっ、なら私が予約しておきましょうか? 親戚が劇団をやってて――」
「行くわ! お願い!」
既に七の刻を過ぎている。話過ぎたようだ。
レンファンはミアとクレアの分のチケットを取ることを約束し、この場はお開きになった。
といっても同じ寮に戻るのだから解散というわけでもないから3人揃っての帰路となる。
「あっ、ごめんなさい。私ちょっと人に会う用事があるの。2人で帰っていて」
途中、ミアが抜けた。
「へー、ミアにも会うような人がいたんだ」
「どういうことです?」
「ミアって友達少ないからね」
「えっ、そうなんですか!? なんか人気者みたいですけど」
「人気者……ではあるんだけど、話せる人がいない、みたいな?」
「じゃあクレア先輩は数少ないお友達ってことですか」
「あー……ううん、そのー、恋人なんだよね」
「恋人!?」
□□□□□
冒険者組合というのは、どの国にもある連邦の国営組織だ。
主に人類非生存圏の探索を生業とするのが冒険者。近くにそういった探索場所があれば食いっぱぐれない。
危険度は依頼内容によるが、このナギサ・バーガーバーガーなる黒髪銀眼少女は己の秘密道具を利用し、ソロでありながら危険な依頼を数多くこなす期待の新星だ。
「ナギサ、いる?」
「あっ、エレー……ミア!」
「……本当に、誰かがいる時に間違えないでよね」
組合近くの一軒家、そこがナギサの住処だった。
冒険者は荒事を専門とするためか、粗暴な者が多いというパブリックイメージを持たれている。そのため組合近くには空き家が割と多く、借りるにも買うにも値段が安いのだ。
「夜ご飯は無いからね?」
「別に食べてきたから大丈夫よ」
勝手知ったるといった風に家に上がり込むミア。
実際、勝手は知っている。
ナギサと結んだ契約のようなお目付け役義務は、出会って半年以上経っても続いている。というか多分ナギサが死ぬまで一生続く。
ハッキリ言って面倒極まりないが、あの主天使を折れさせたのだからそれでも安いものなのだろう。
ぶっちゃけ付き合ってやる義理は無いのだが、ミアは一度うんと言ったことを覆せるほど冷血にはなれなかった。
こうして週一でナギサの家に顔を出すのも、監視のための定期視察のようなものだ。
「毎週お疲れ様だねぇ」
「そうよ。だからお疲れ様代を頂戴」
「はいはーい」
なお、ミアに見返りが無いわけではない。
助けてもらったのだからと、ナギサの方から何か返せないかと提言してきて、結果お金ということになった。
最初はなんかいやらしい感じがしたので断ろうとしたが、ミアの財布事情は修学遠征の時点でかなり危なかったので、断り切れずにこうして月に一度くらいに金銭授受を行っている。
「ちょっと多くない?」
「いいのいいの! 気持ち気持ち! ミアは私を助けてくれたんだし、足りないくらいじゃないかな!」
「……まぁ、貰っておくわね。最近舞台を観に行くので割と使うし」
「ああー、舞台ね、舞台。仮面つけたおじさんが美女を攫ったりするやつ」
「なにそれ知らないわよそれ」
「まぁ私も見たことないんだけどね」
「またいつもの妄言か……」
話もそこそこに、ミアはお暇しようとする。
「あれ、もう帰るの?」
「貰う物貰ったしね」
「えーーー! 冷たい~!」
週一で来ていれば、もはや作業じみてしまうものだ。
様子を見て、たまにお金を貰って帰る。
イケナイ取引のようであるが、健全健全。
隠れて知らない女の家に週一で通っている、という文面だけをクレアが知ったらどう思うだろう……ということを想像すると、ミアはふっと微笑んでしまう。
嫉妬するだろうか、怒るだろうか、可愛い反応を返してくるかもしれない。そう思うといじわるな心がつい芽を出してしまう。
「(まぁ、クレアが知ることもないでしょうけど……というか偽装恋人だしそういうのもないか)」
これもクレアに言えない隠し事のひとつであることには間違いない。
自身の正体のことや魔族のことなどに比べれば、些末事みたいなものだ。こっちはバレたらシャレにならないので心を痛めながら必死に隠す。
問題はミアの正体を知る人間が学園内にいることだ。
口止めはしているが、絶対の安心は無い。
「(あの金持ちお嬢様は……いつか本当にどうにかしないとね)」
パルラス・インフィーフィヴに脅迫という手段を使ってしまったのは悪手だったかもしれない。誠心誠意頼んでいればもしかしたら素直に……いや、あの場面ではやはりああ出るしかなかった。
彼女は今に至るまでに何度も図書館を訪れ、歴史書などを漁っていることは確認している。
おそらく調べているのはエレーナ・レーデンのことだろう。
あの人間は、どうやら簡単に折れる心を持っていなかったようだ。
とはいえ修学遠征以降は、入学してからようやく平穏無事な毎日を過ごせている。観劇という新しい趣味も見つかるほどに心に余裕がある。
懸念らしい懸念といえば、ナギサが何かやらかさないかというのと、パルラスが余計なことをしないかというものだけ。
どちらも目を光らせていれば問題は起きない、はず。
今まで半年以上も大丈夫だったのだから、きっと大丈夫。
「(あとはこのまま何もなく大統領府に行ければ……)」
警備が厳重な大統領府に入り、現在の人類が魔族を認知しているか、している場合どう対応するのかというものを探る。
ミアにとって、それこそが優先すべき目標である。
そのためにわざわざ回りくどく学園に潜入して機会を伺っているのだから。
「あっ、そういえばミア知ってる?」
軒先に出たところで、ナギサが呼び止めてきた。
「数ヶ月後だったかな? 連邦の大統領が王都で凱旋するんだって。勇者も来るらしいよ」
「へぇ、興味ないわね」
「あれ、ミアって大統領に会いたいんじゃなかったの?」
「真正面から『魔族のことどう思います?』なんて聞けるわけないでしょう。それにまず真正面から会えないだろうし、意味ないわ」
我関せずを隠さずにナギサ宅を去るミア。
数ヶ月後、彼女は思い知る。
どれだけ振り払っても、嘲るように降りかかってくる火の粉が自分に押し付けられた運命なのかもしれないと。




