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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第三章 舞台編
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第三章プロローグ

 夢を見た。

 間違いなく記憶にある舞台なのに、間違いなく記憶にない舞台。

 夢というのは不思議だ。どう考えてもトンデモなものを自然に受け入れる自分がいて、それに気付いたり気付けなかったりする。


 戦場。自分に襲い掛かってくる人間たち。あっさりと返り討ちにする自分。

 遠くを見れば、同胞が同じように人間を屠っているのが分かる。


 増殖による圧倒的物量で押しつぶす、骸骨の王。

 細かく分裂し雨のように自身を降らせ敵を穿つ、剣の鎧。

 あらゆる城壁や城門を一撃のもとに粉砕する、巨大なる一つ目。

 鉄の忠義すら溶かす魅了、淫靡の女王。

 すべてを飲み込む深淵の大穴、不定形の海。

 山のように巨大でありながら地を踏む、侵攻する城。


 そして、ちっぽけな天魔族。


 彼らが忠を尽くすは、ひとりの魔族、魔王イムグ。

 魔王イムグが自らを捧げるは、魔族の未来。

 未来のための生贄は、人類。


 それが1000年前の戦い。人類大陸のほとんどを巻き込んだ魔族と人類の大戦争。


 その戦場において、人類は等しく蹂躙された。

 人間と魔族では生き物としての戦闘能力が違う。下級魔族の一兵卒であるゴブリンひとりに対しても、人間の兵士2~3人での対処を求められる。

 数こそ人類が多いものの、力の差は圧倒的だった。



 それが、いつからだろう、魔族は劣勢を余儀なくされた。

 たったひとりの人間によって、たったひとりの情によって。


「アイリア!!」


 戦場の中で、天魔族は叫ぶ。

 出会った彼に、魔族を次々と屠る彼に。


「だめ! ここにいては駄目! あなたは!」


 声は届かない。天魔族が叫び交じりに語り掛ける度、迸る白が魔族を消し去っていく。

 一度、また一度、繰り返し繰り返し、そして戦場には、彼と天魔族しかいなくなっていた。


「どうして……なの……」


 彼は答えない。


「やだ、嫌……やめて……」


 天魔族が涙を流す。

 彼は答えない。


「やめてよっ……! もうやめてっ、戦わないで!」


 彼は答えない。

 そして背を向ける。


「っ、だめ、行かないで!」


 気付けば世界は白に染まり切っていた。

 天も地も境界線を失い、何もなくなった世界で彼は歩く。

 いつのまにか彼の横に2人の少女が侍っている。


「返して! 連れて行かないでっ、返してよぉ……!」


 天魔族が手を伸ばす。

 声は届かない。

 遠い。遠い。


「アイリア……行かないで……こっちを向いて、私だけを……見て……」



 □□□□□


「返して――」


 ミアは自分の寝言で目を覚ました。

 それだけ大きな寝言を発していたことを恥ずかしがることもなく、口元を歪ませる。


「最悪……」


 目を開ければもう戦場でも白い世界でもない、アイリア学園の寮の自室。

 窓の外から鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 朝。陽も登り始めた頃の、一の刻よりも前の時間。まだ一日が始まってすらいない時間。

 無論、本来ならば寝坊癖のあるミアが起きるような時間ではない。


 どうしてあんな夢を見たかは分からないが、1000年前の夢を見たのは実に数年ぶりだった。

 封印から解放されたばかりの頃は毎晩のように見ては、とめどなく溢れる涙で溺れそうになったほどだというのに。


 見なくなったのは、数年前に人類大陸を旅していた頃の途中くらいからだっただろうか。

 少なくとも『柱の国』に潜入してからは一度も見ていなかった。


「……っ、グスッ、う、ぁ……あぁぁぁぁぁ……!」


 嗚咽だけでは済まなかった。

 しばらく部屋にすすり泣く音だけが訪れる。


「っく、ぷっ、あっ、お……っ!」


 久しぶりに夢に見たからだろうか、思ったよりも心へのダメージが大きい。

 涙と鼻水だけでは飽き足らず、口からも出てくる。

 寝たまま吐くのはマズいと本能だけでベッドから落ちる。

 ずるずると立って移動するが、トイレに行くにも受け止める物を探すにも時間が足りない。


「おえぇぇぇぇぇ……! げぇぇぇぇ……っ!」


 数歩だけよろよろと前進し、結局びしゃびしゃと床を汚した。

 一度逆流したものを堰き止めることはできない。

 胃の中をすべて出し切る。床に当たって跳ね返ったものが足に飛んできて不快感がより一層増す。

 なんかお腹まで痛くなってきたような気もした。


「けほっ、ぇぇぇ……! はぁっ、はぁっ……はぁっ……!」


 ようやく落ち着いてきた。

 震える手で吐瀉物に触れる。気持ち悪いが、触れなければ掃除ができない。

 【転移】を発動。移動させるのはこの気持ち悪い物。移動先は適当な海。


 特徴的な重い音が響いて魔法陣が消えれば、自分の吐いた物のほとんどはなくなっていた。

 といっても飛び散ったものなどが残っている。においも。拭いて換気しなければ。


「…………」


 窓を開け、扉を半開きにし、拭けるような布を探す。

 無かったのでさっきまで使っていたベッドのシーツを【流水】で濡らし、それで床と足を拭いた。シーツは毎日寮の方で洗濯されるものだから、別にいっかと思った結果だった。


「…………っ、ひっく……グスッ……!」


 自分はなんでこんなことしてるんだろうという虚無感がやってきた。

 起き抜けにゲロを吐いて拭く。なんてみじめなんだろう。


 1000年前の夢というのは、それだけミアの心を抉るものだった。

 もう取り戻せない過去、あの時ああしていれば、こうしていれば、そんなタラレバを考えるだけでも無意味だというのに、そうせずにはいられないほどの後悔。


 一言で言えば――


「最悪……っ……!」


 少しだけ弱気になってくる。もしかしたら自分には何もできず、人類の情報を集めて魔族に良い知らせを届けるという本来の使命も果たせないのではないか、とまで思えてくる。


 切り替えなければ。

 じきにクレアが起こしに来る。それまでにいつも通りのミア・ブロンズに戻らなければ。


「先輩……?」


 不意に扉の先から声がかけられた。

 ビクッと身を震わせ、恐る恐るそちらを見る。

 換気のために半開きにしていたせいで、外から部屋の中が丸見えだった。


 まさかこんな時間に起きて廊下を通る生徒がいるなんて、とミアは思う。

 そしてその生徒は、ミアの知る人物。ミアを知る人物。


「せ、先輩大丈夫ですか!?」


 一部が濡れて汚れたシーツを床に放り、椅子も使わず地べたに座り込んだこの状況。慌てて部屋に入ってくる少女をもてなす準備などできているはずがない。


「あ、ちょっ……!」


 しまったという顔を隠せない。

 涙で目は赤く、寝起きのため髪はボサボサ。密かな自慢のサラサラヘアーは【超速再生】のおかげで傷むことはないが、櫛を通さなければ人に見せられるものではないのだ。


 どう言い訳しようか、勝手に入ってきたことを叱ろうか。

 そんなことが頭を巡り、口から出かかった時、ミアはぎゅうと抱きしめられる感触を味わった。


「何か嫌なことがあったんですか? 私、何かできませんか? なんでもしますっ。だから泣かないで……!」

「ちょ、やめ、わぷっ」


 突然のことにミアがわちゃわちゃと手を動かすも、抱擁という名の緩やかな拘束から逃げられない。

 へたりこんだ状態で固定され、されるがままになってしまう。


「れ、レンファン……! 大丈夫、大丈夫だから離して……!」

「へっ? ……っっっっ!? あ、す、すみません!!」


 年不相応な豊かな膨らみからようやく解放され、新鮮な空気を肺に送り込む。

 先ほどの不快なにおいはなくなっていた。換気しておいてよかったと内心で呟く。

 そして、芳しい花の香りが鼻孔をくすぐる。


「……勝手に人の部屋に入るのが、『(けん)の国』の礼儀なの?」


 ミアは突如抱き着いてきた少女――レンファン・シンウーに抗議の声をあげる。

 顔を真っ赤にしたレンファンはあわわわと口を開閉させ、両手で顔を隠してしまった。


 長い濃紺の髪を団子にした動きやすい髪型に、目尻の赤いメイク、懐に忍ばせた花の香袋。いずれも『拳の国』の伝統的な身だしなみ。


「わっ、私! 先輩に何かあったのかと思って……! ごっごめんなさい! 迷惑でしたよね……?」


 そしてミアを先輩と呼び慕う、後輩。

 後輩。そう後輩。

 1年ごとに数人~数十人単位で新入生が入ってくるのだから、後輩が出来るのも当たり前。


 アイリア学園に入学してからもう1年以上経つ。ミアは2年生に上がっていた。

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