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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
34/212

29 Knockin' on heaven's door 4

 突如として島全体を襲った衝撃。

 それは第4フロートにいても分かるほどに強いものだった。

 周りにいた天使たちも、人間に構っている暇などないかの様に慌てふためく。


「天使殿! これはどういうことだ、何があった?」

「私が知るか! ああぁ、なんてこと……!」


 ギルベルトが近くの天使を捕まえても、やはり答えは得られない。

 立て続けに島を襲う明らかに異常な衝撃。

 教師陣は方々に散り、生徒たちを大聖堂に集結させる。


「先生、これどうなってるんすか!?」

「分からん! 全員いるか!?」

「た、多分」

「いや、パルラスがいない!」


 リーパーの言葉に、パルラスの不在を確認する生徒たち。

 10人しかいない第1クラスの人間だ。いなければすぐに分かる。

 そして30人ほどいる第3クラスも、時間をかけて不在者を特定した。


「ねぇ、ミアはどこ……?」

「クレア、一緒じゃなかったの?」

「みんなといて……ミア、どこに……!?」


 ミア・ブロンズとパルラス・インフィーフィヴ。

 2人の不在は、教師陣をさらに焦らせる。


「くっ……あいつらどこに……!」

「結構走り回ったけど~、見なかったですよね~?」

「私が探しに行く。2人はここを守ってくれ」


 第2クラスの担任キラミルが走り出す。

 教師たちには、『生徒を守る』という使命がある。

 普段は影の薄い彼女であるが、大人として子供たちを守ろうという思いは人一倍強かった


 大聖堂を飛び出したキラミルは、まず外の光景に驚くことになる。


「っ……天柱……?」


 ちっぽけな人間視点では、まるで天柱が移動して近付いているように見えるだろう。

 しかし動いているのはこの島。

 島が、徐々に天柱に近付いていた。


 次の瞬間、島の近くに突如として光の柱が現れる。

 島に直撃はしなかったものの、その余波は大聖堂をはじめとした建物を揺らし、キラミルや天使が立っていられないほどの衝撃をもたらす。


「うわっ……!?」


 その場にしゃがみこんで吹き飛ばされまいと耐えるキラミル。

 天変地異という言葉を使ってしまいそうなほど立て続けに起こる超常現象に、彼女の頭は少しばかり停止する。

 しばらくしてその柱は細くなり、やがて消えていった。


「っ、いかん。2人を探さないと」


 突然起きた衝撃、天柱に近付く島、光の柱。

 あらゆる出来事が予測不能。

 キラミルは生徒を守らねばという一心であてもなく走り出した。



 □□□□□


 『ヘブンズコート』第1フロート、中央制御室。

 約100人の天使のうち、序列50位以下の天使はこういった場所で机仕事に携わるか、各フロートの点検整備、下界への潜入などの仕事に回される。


 制御室は文字通り、ヘブンズコート全体の制御を司る施設だ。

 白一色の大理石めいた床、壁、天上。そこには同じ材質の石柱がいくつも立っている。

 腰ほどまでの高さの石柱には操作盤が浮かび上がり、前面の壁には各スクリーンが映し出される。

 普段ならばとても同じ文明に見えない光景が広がっているこの制御室は今、阿鼻叫喚ともいえる慌ただしさが支配していた。


「モニターが全部死んだ!?」

「す、すべての操作ができません!」

「何が起きているんだ!?」

「馬鹿者! なんとしても復旧させろ!」


 この白一色の空間は、すべての機能を停止していた。

 石は石でしかなく、壁は壁でしかない。


「大変です! 高度が徐々に落ちてきています!」

「戻せ! 落ちては洒落にならんぞ!」

「ほ、方向、姿勢制御、すべて操作できません! コンソール類がすべて停止しています!」

「フロート接続維持も、これでは……!」

「飛んでいた天使が落ちて怪我をして、再生ができないって!」


 ヘブンズコートは歴史という概念が生まれるよりも前、太古の昔より空に浮かぶ空中要塞である。

 その機能がすべて停止するというのは、前代未聞の出来事であった。

 原因も分からなければ解決策も分からない。泡を食ったでは足りないほどの混乱が場に満ち、室長である天使も部下も右往左往する。


「し、室長! このままでは瓦解して落ちます!」

「ど、どうなっているのだ……!」

「室長いらっしゃいますか!? 新造の第6フロートが!」

「どうした!」

「動力を失い、接続部が次々と崩壊しています!」


 その時、天使の島の一部が崩れ始める。

 一度始まった崩壊は止まらず、島の一部が本体から離れ、重力のままにその巨大な質量を落下させる。

 第6フロートの崩壊による衝撃は、島全体を襲った。


「室長! 第6フロートが! 室長!」

「な……っ、て、天使長様はどこだ! どこにいる!」

「確か、第3フロートに」

「すぐに呼びに行け!」

「えっ!? で、でも、翼が出なくて……」

「走ってでも行け!!」


 普段であれば翼を使い速やかに移動できるはずの天使たち。しかし今は誰もがその力を使えない。

 その原因もまた分からず、混乱を助長させる。


「室長! 大変です!」

「分かっている!」

「いえ、もっと……! 航路から外れて進む方向が変わりました!このままいけば、進路上に天柱が!」


 その報告は、これまでの異常事態の中でもとびきりの絶望を場にもたらした。

 行き来していた天使や、指示を出していた室長。そのすべてが硬直する。


「うそ……だろ……! お前、嘘だろう!?」

「ほ、本当です! 制御が復活しなければ、このヘブンズコートは天柱に衝突します!」


 室長として混乱を収束させるべく語気を強めていた天使だったが、今度こそ数歩後ずさり、壁にもたれる。


「馬鹿な……そんな……馬鹿な……」

「ッ、室長! 星砕きが!」


 突如として空よりもさらに上、天とも呼べる高度から落ちてくる光の柱。

 星砕きと呼ばれるその柱は、切り離された落下中の第6フロートを巨大なエネルギーをもって撃ち抜き、粉砕する。


「お……おお……天柱は生きておられる……これで第6フロート落下による下界の被害は軽減されるが……」

「あれが星砕き……」


 星砕きはヘブンズコートのように天使に与えられた技術ではない。

 名前だけは天使に伝わっているものの、何がどうやって、誰が使うのかも分からない現象である。

 超長命な天使の中でも、実際に見たのはこれが初めてだという者がほとんど。


 ともあれ海に落ちれば甚大な津波被害がもたらされるような第6フロートの落下は、これでほとんどが阻止された。

 星砕きの余波による多少の荒れは仕方がないが。


「って、第6フロートはどうでもいい! 天使長様はまだか!」

「さっき呼びに出たばかりですよ!」


 時は止まってはくれない。

 制御室は、またも混乱に戻される――


「騒がしいぞ」


 騒然の中でもよく通る、凛とした声が響いた。

 誰もが手や足を止め、そちらを向き、目を見開く。

 そこにいるのは、4枚の白い翼を背にする女性。


「あ、あなた様は……!」

「どうなっている。ふむ……なるほど」


 思わず誰もが跪く。

 唯一立つその存在の右手にひとつの本が現れ、自動的にパラパラとページが捲られていく。


「あ、あの……」

「何も言わなくていい。『書庫(ライブラリ)』ですべて把握した」


 手の中に何も無かったかのように本を消した彼女は2対の白い翼を羽ばたかせ、浮上する。

 その姿はどこまでも神々しく、美麗であった。



 □□□□□


「あなた、なんでここにいるの!」

「み、ミア・ブロンズ……」

「何故ここにいると訊いているッ!」


 私はその生徒にツカツカと歩み寄り、模造聖剣ミアを持っていない左手で胸倉を掴み上げた。

 整えられた長い金髪、強気を感じさせる翡翠色の瞳。貴族かと見まごうけど、何回か学園で見たことがある。確か第1クラスの人間だったはず。


「が……っ、はっ……!」

「死にたくなければ答えなさい!」


 我ながら頭に血が上っていると分かる。

 胸倉を掴んだまま問答無用で壁に叩きつけ、引き千切らんばかりの力が手にこもる。


 私は慌てていた。そして怒っていた。

 あれだけ気を揉んでバレまいとしていた姿を人間に晒してしまったことに。

 そしてこんな場所に紛れ込んできた人間に。


「この人間が……!」

「な、なにを……? あなた、何なの!? ここで何をしているの?」

「訊いているのはこっちだ!! よりにもよって何で今……!」

「ひっ……!?」


 どうやら彼女は何が何やら分からないようで、困惑しながら私のされるがままにされている。

 殺気だけは伝わったのか怯えているけれど。


「第1クラスの人間よね。名前は?」

「ぱ、パルラス・インフィーフィヴ……」


 いんふぃ……? 聞いたことがあるような。

 まぁ今はそんなことどうでもいい。

 見られたからには黙らせるか、最悪殺してでも口を塞がなければ。


「パルラス、もう一度聞くわよ。これに答えなければ殺す。何故ここにいるの?」


 ミアをチラつかせれば、私の剣幕にパルラスはつっかえながら言葉を零す。


「わ、私は……あなたを追って……」

「はぁ? 何故?」

「……天使に、連れていかれるのを見て……気になって」


 ああ、私がリィリンにここに連れていかれるのを見ていたのか。

 確かに出ることを禁じられていた第4フロートから出ていく生徒というのは気になるかもしれない。

 しかし愚かな。その好奇心で命を落とすことになるとは。


 ……って、まだ大丈夫かも?

 見られたのはこの姿と模造聖剣だけ。

 状況からして天使を殺しまわっているヤバい奴に見えるかもしれないけど、ドームは今まで外から隔絶されていた。私がエレーナ・レーデンであるというのはまだバレていない。

 上手い事言えば誤魔化せ……ないかも。天使を殺してる時点で人間の目にどう映るかなんて決まっている。


「やっぱり殺すか……」

「っ、そっちこそ何なのよ! その髪とか、ボロボロの制服とか、あそこにいる天使とか、明らかに聖剣ミアみたいなの持ってるのとか!」

「うるさい」


 壁に押し付ける力を増す。

 ちょっと本気になっただけで、パルラスは息苦しそうに喘いだ。

 やはり、人間は脆い。このまま殺せてしまえるほどに。


 その時、一段と強い衝撃が島全体に響いた。

 そういえばこの衝撃の正体も何だろうか。ただ事ではないとは思えるけど。


「ねぇ、本当になんなのこれ。あなたに訊いているのよ天使長」

「だから分からんと言っておるだろうが! こんな事、今まであるはずも……!」


 瞬間、ドームが揺れた。

 島を襲う衝撃の元がついにここまで来たのかと思い、身構える。

 そして上から何か崩れる音が聞こえてくる。

 まさか天井が崩れる?


「くっ!」

「きゃっ!?」


 パルラスを壁から離し、抱え込んでその場にかがみこむ。

 ここはドームの端。もし危ないようならこれを抱えて逃げるしかない。


 天上を見る。

 天窓のガラスが割れる音と、頂点部分が崩れる音、そして瓦礫が落下し床に叩きつけられる音。

 それらとともにドームに入り込んできたのは、白い4枚の翼を持ち、天使長と同じような黒い司教服に身を包む女だった。


「は?」


 天使長の間の抜けた声が耳につく。

 足よりも下まで垂れ下がった長すぎる黒髪をまとめることなく、その妙齢に見える女の表情は、無だ。


「久しいな、天使長」

「なっ……!? な、あ、え、な……なぁっ……!?」


 模造聖剣ミアを前にした時よりも狼狽える天使長。


「だ、誰……?」


 腕の中で呟くパルラスと私は同意見。

 序列1位にあんな顔をさせる相手、あれは何者?


 というか、あの翼は何?

 【砕魔結界】が張られたこの空間で、何故空を飛べるのか。そして何故あの翼は白いのか。天使の持つ翼は魔力由来の黒いものなのに。


「約1000年ぶりか。長い間、ヘブンズコートを任せたな。苦労をかけた」

「しゅ、しゅ、しゅ……主天使様!? どうして!?」

「主天使って、あの……!?」


 天柱教にあまり詳しくない私には分からないが、パルラスは驚きに満ちた声をあげる。

 私はパルラスに顔を近づけ訊ねる。


「主天使って?」

「天使を統べる、女神の次に偉い人……って、あなたそんなことも知らないの!?」

「うるさい」


 ふむ、天使を統べるのは天使長だと思っていたけれど、別にいたようだ。

 確かに天使長のあの態度は、紛れもなく目上の者を相手にした時のそれ。

 それだけでなく、どこか怯えた表情も浮かべている。


「な、なぜ、何故封印が……!? アレは誰にも解かれることはないはず!」

「さぁな。気付いたら解けていた。が、些末なことだろう」

「ひっ!」


 主天使と呼ばれた女が右手を天使長に向ける。

 天使長が明らかに最大限の怯えを見せ、数秒。何も起こらない。


「……ふむ、やはり魔法は使えないか」


 すると主天使は私に目線を向けてきた。

 何の感情も持たないようなその漆黒の瞳と目が合う。いや、彼女は私ではなく、私が持つミアを見ている。


 かと思えば、いつの間にか主天使は私の目の前にやってきていた。

 馬鹿な、警戒していたのに接近を許した。

 私は驚きながらパルラスを背後に放り、ミアを構える。


「それか」

「っ、何よ……!」


 斬りかかる雰囲気を見せて威嚇したが、まるで意味はない。

 私の中には焦りがあった。

 主天使なるコイツは何者だ。何故私はコイツを目の前にして焦るのか。


 理由は簡単。目の前の存在が、私よりも圧倒的だからだ。


 何もしていないのに、膝を折りたくなるような威圧感。下手に動けば一瞬で殺される、そんな気にすらなってくる。

 久しく感じなかった恐怖。ただ対峙しただけなのに、全身から汗が噴き出て呼吸が早く浅くなる。

 本能が訴える。この女は危険だと。


 今なら【砕魔結界】が効いている。主天使だろうが天使。やれる。

 傍から見れば、私は怯えて噛みつく小動物に見えただろう。恐怖から目の前の存在を排除すべく、ミアを振るった。


「……えっ?」


 主天使は避けることも防御することもせず、ただ片手を横に振った。

 まるで目の前にいる虫を払うような、何気ないただの動作。


 それだけで、模造聖剣ミアの刀身が粉々に砕け散った。

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