30 Knockin' on heaven's door 5
聖剣氣で形作られた剣が砕け、目の前にキラキラした白いものが舞っては消えていく。
私は信じられなかった。いま何が起きたのか。何をされたのか。
「うそ……」
かろうじて動いた口から出たのは、そんな私の正直な反応。
ミアが砕かれた。色こそ違うものの、勇者アイリアが振るったのと同じ形の大剣が、無残に刃を散らした。
少なくないショックが私を襲う。
数歩後ずさり、現実を確かめるようにミアを見る。
白い模造聖剣はやはり、刀身を砕かれている。
少しして、残った柄も消えた。
時間切れか、破損したからか。そこまで頭が回らないが、それによって【砕魔結界】も消える。
怖い。怖い。怖い。
相手がどれほどの力を持っているのか、今のではその一端すらつかめない。それが怖い。
手が動かない。足が動かない。何もかもができない。
だというのに、私の目は主天使から離れない。
漆黒の着衣、漆黒の髪、漆黒の瞳、そしてそれらと正反対の純白の翼。
恐ろしい相手のはずなのに、それよりも美しいという思いが先立ってしまう。
「そこにいろ」
主天使はそれだけ言い残すと、私に背を向ける。向かう先は天使長。
隙だらけだった。
魔力剣で斬りかかれば、簡単に一刀両断できてしまう。
けど、できない。
直感で分かる。攻撃を加えてもやられるのは私だと。
「ミア、ミア・ブロンズ!」
パルラスが私の肩を揺さぶり、私はハッと遠くに行っていた意識が戻る。
「なんてことしてるのよ! 主天使に斬りかかるなんて……ていうか、あの白いミアはなんだったのよ!」
「……うるさい、今そんなことをしてる暇は――」
「ぎゃあぁぁぁ!!」
私の言葉を遮る天使長の悲鳴がドームに響く。
パルラスに気を向けている間に、主天使は天使長の肩を何かの魔法で撃ち抜いていた。
「今のは私の個人的な恨みだ。よくも1000年もの間封印してくれたな。これで赦そう」
「おっ、ぎ……ぎ……っ」
「私のいない1000年は『書庫』で見せてもらった。さて、貴様は己の罪が分かっているな?」
「お、おゆる、しっ、ください……っ! 主天使様! わ、わたしはぁ……!」
「まずは主天使たる私への反逆。恨みを差し引いたとしても、貴様の行いは看過し難い」
主天使が右手に本を出現させる。
やはりページは勝手にパラパラと捲られていく。
「そして次に、人間と通じ、見返りを得ていたこと。財宝、奴隷……攫ってきた少女もか」
「っ、そ、それは……!」
「時には天使に命じ、敢えて下界に混乱が起きるように仕組んだようだな。それを助け、さらに見返りを……第6フロートとやらを作らせたのも、そこにすべてをしまい自分の王国を作るためか」
なにそれ。ひどいマッチポンプじゃないのそれ。
絶対ロクなことしてないと思ってたけど、まさかそこまで酷いとは。
「そして……天使を魔族と交配させ、天魔族を生み出したこと。貴様は自分が何をしたのか分かっていないようだな」
「ひっ、あ、あの……! それは……」
「しかし一方で天使長として、長い間天使を纏めたことは評価しよう」
天使長が一瞬だけほっとする。
が、世の中そんなに甘くないことくらい、私にも分かる。
「よってこの場で処刑する。苦痛の無い即死を与えよう」
「っ!? しゅ、主天使様、まっ……!」
生き残りの望みが絶たれ、天使長が必死に身振り手振りで弁解しようとするも、主天使は聞く耳を持たない。
主天使の掲げる手に、ひとつの魔法陣が構築される。
見たことのない魔法だった。固有魔法だろうか。
「も、元はと言えば! 主天使様がそうだから! 天使は、今のままではいつか優位性を失う! そこのエレーナ・レーデンがいい例でしょう!? アレは天使よりも強い、アレひとりで天使を駆逐されてしまう! だから、私はぁ!」
「御託はいい。消えろ」
魔法陣から、光芒が放たれる。
光は天使長を包んであまりある太さで、まるで柱のよう。
「しゅてんしさ、ま――!」
断末魔もまた、光に呑まれて消えた。
あらゆる魔法を受け止め吸い込むドームの床は無傷だったが、光が消えた跡には何もない。
天使長は文字通り、跡形もなく消えてしまった。
□□□□□
「よし! 戻った!」
「すぐに方向を変えろ!」
「こ、これは……本当に躱せるのか!?」
「主天使様がお戻りになられたのだ! これ以上の醜態は晒せん!」
「無茶な姿勢になっても構わん、とにかく天柱を躱せぇ!」
【砕魔結界】が消えたことにより、魔力を動力とするヘブンズコートの機能も蘇っていた。
中央制御室は歓喜に湧き、すぐさま方向転換を試み、動力を再び島全体に通し空中分解を止める。
第6フロートと違い、他のフロートはガッチリと接続されているためにいまだ無事であった。
しかし彼らはまだ安心しきれない。
既にかなり天柱に接近している。ここから天柱との衝突を避けられるかどうか、まだ油断はできないのだ。
□□□□□
「天使の死に方は限られているが、主に3つだ」
主天使が私に向き直る。
部下を処断したばかりだというのに、やはり感情が動いているように見えない。
人間、魔族、天使、そのどれとも違うナニカを相手にしている気分になる。
「ひとつは寿命、ひとつは魔力切れ、ひとつは肉体の完全なる消滅。再生する肉体が無くなれば、復活もできない」
ふわりと私の前に降り立つ漆黒の美女。
「天使各員はもういい。持ち場に戻れ」
「はっ。主天使様」
再生能力を取り戻した天使たちの復活も終わっている。
ヘブンズアーマーを含め天使たちは、言われた通りにドームから去る。リィリンだけは口惜しそうだったけど、逆らうことはしない。
「次は貴様だ、エレーナ・レーデン。天魔族などという混血種は、存在していてはならない」
主天使の右手に本が現れる。今さら物体が出たり消えたりすることに驚かなくなってきた。
あれって天使長に色々言ってた時も出ていたけど、相手の罪状が見えるとかそういうやつ?
「1000年前、人類大陸に侵攻した魔族の『魔王の騎士』、そして天使殺し。勇者アイリアに封印され、時を経て蘇った過去の遺物。魔族アデジアの頼みを受け姿を偽り、アイリア学園に潜入。なるほど」
このクソボケ黒女、やりやがった。
パルラスがいる前で私のことあることないこと……全部あることをぶちまけてきた。
ほらもうパルラスなんか目を見開いて私を見ている。
「臆病になったものだな、魔族も」
「ミア・ブロンズ……あなた、どういう」
どうする、どうする、どうする。
どうしようもない。いきなり過去どころか現在進行形のことまで掘られるなんて予想できっこない。
こんなわけのわからない奴と対峙しているだけでも私には手一杯だというのに、人間がこの場に居合わせるなんてマズいどころの騒ぎじゃない。
「……ふっ、ははっ! ははははっ、すごいわね主天使って。そんなことまで分かるなんて。ふふっ」
もういっそ笑えた。
あれこれ考えていてもなんか仕方ない気がした。
「きゃっ……!」
パルラスを押し、隅に転がす。邪魔だから。
「はぁぁっ!!」
魔力剣を出し、主天使を斬りつける。
恐ろしい相手だ。けど容赦していられない。
コイツは危険。とにかく危険。
排除しなければならない。理屈とかではなく、恐怖心が、本能が、私の体を動かす。
天使だから再生するだろうが関係ない。殺して殺して魔力切れにしてやる。
私の聖剣氣はカラッポ。回復するまで模造聖剣ミアはもう使えない。私には体ひとつを消滅させる手段はない。
つまりゴリ押ししか手段はない。
「無駄だ」
「なっ……!?」
ミアの時のように、振り払われるということもなかった。彼女はただ立っていただけ。
並みの天使ならば両断できる角度と力を込めて斬った。そのはずだ。
なのに、まるで岩にぶつけたように魔力剣が砕ける。
「っ、あああぁぁぁぁっ!!」
それでも魔力剣を出す。至近距離で魔力弾も撃つ。
何をやっても意味がなかった。砕かれ、弾かれ、肩で息をする私だけが残る。
「自己紹介がまだだったな。私は主天使、天柱と女神より天使の統括を任された者だ。そしてお前を処刑する者でもある」
「っ!」
あの魔法陣だ。天使長を消し去った光の柱を生み出す魔法陣。
あんな魔法は知らない。見たことがない。『知られざる魔法』と呼ばれる類のもの。
当たれば私もただではすまないし、反転陣も存在しない。
つまり、避けるしかない。
再び魔力剣を出し、真正面から突っ込む。
一見すれば無謀な突撃。主天使もそう思っているのかは分からないが、相変わらず無表情のまま魔法を使う。
光の兆しが見えた。ここだ。【転移】を使い、主天使のすぐ背後に移動する。
狙いは首。長い黒髪に隠れた白い肌。飛ばしてやる。
「がっ!?」
飛んでいたのは私の両腕だった。
原因は細い光の柱。傷口は焼き切られたようになっており、血は出ていない。
直後、私をあらゆる方向から指先程度の太さの光芒が襲う。
AMフィールドを展開させるが、ほとんど意味がない。体がどんどん穴だらけにされ、指や足は焼き切られる。
瞬時に再生させ、力を振り絞って主天使に肉薄。体の多くを欠損させながら主天使に触れる。
「【雷墜】!」
口頭による上級魔法の行使は、魔法陣構築と同様に難易度が違う。しかし難しい分、魔法陣を作るよりも早く撃てる。
普通ならば空中に魔法陣を作り叩き落とす上級魔法。
それを接触状態で発動するのは大抵の敵にはオーバーキルだが、果たしてそれで倒せるのかと不安でしかない。
「無駄だと言った」
主天使は迸る電撃の中、悠々と私の手を掴み、床に叩きつける。
魔法が消え、私の肺の中の空気も一気に吐き出された。
「ぁ……っ、ぐっ!」
「抵抗は無意味だ、天魔族。お前は存在そのものが禁忌、ここで処刑する」
「くっ……!」
私は天井と、その先にある空を見つめる。
先ほど主天使が壊して入ってきた頂点部の穴。
賭けに近いが、やるしかない。
【転移】を発動。行先は、ドームの上空。
触れたままの主天使を巻き込み、私は移動した。よし、賭けに勝った。
密閉されていなければ【転移】への妨害は起きないようだ。
空中に投げ出された私たち2人。主天使にはご立派な4枚の翼があるけど、私には何もない。主天使を踏み台にしてもう一段跳び、上の位置を確保する。
「【氷墜】! 【氷墜】! 【氷墜】! 【氷墜】!」
無数の巨大な氷塊を出す。狙うは主天使ではなく、ドーム。
アレは天使の魔力を増幅させる厄介な物だ。破壊しておかなければならない。
氷の先に、光る物を見た。
まずい、まだ時間じゃない。
やはりそれは主天使の魔法で、私は咄嗟に【烈風】で体を横に飛ばす。
案の定光の柱が昇ってきた。私は避けきれず、左手と頭を失う。
意識が一瞬失われる。【超速再生】が無ければ重力のままに落下を許していただろう。
下を見る。光に巻き込まれなかった氷塊たちは次々とドームにぶつかり、天上を突き破っている。内部の魔法は吸収しても、外部からの攻撃には防御機能が無いという読みは当たった。
私は【転移】でパラルスのもとに戻り、崩壊する前に彼女を抱えてドームを出る。
死んでもらった方が都合がいいが、やはり殺せない。
「あなた、何を!?」
「パルラス・インフィーフィヴ……逃げたら殺す」
そう言い残し、【転移】で天上が崩落し床が粉々になったドームに戻る。上部は無くなり、もうドームとは呼べない。ただの瓦礫の山だ。
主天使はただただ、宙に浮かび私を待っていたかのようにそこにいた。
「ドームが無ければ、私を殺せると考えたか?」
「ええ。あなたも天使なら、魔力切れで死ぬでしょう」
「愚かなことだ。本当に。そんなことで殺せるはずがないだろう」
無表情のまま、心底呆れたように言い放たれた。
「天柱の被造物たる私を、天使と同列に思われるのは心外だな。【天墜】」
「(っ、口頭魔法!?)」
魔法陣による予兆が無い分、文字通り光の速さで来る魔法を避けられない。
【天墜】、そうか、それがその魔法の名前か。
複数の細い光の束が私の体を貫き、たまらず立っていられなくなる。
「ぁ……っ! ぐ……!」
「貴様の存在、すべてが冒涜的であり、禁忌だ」
「何がっ、禁忌よ……! こちとら好きで生まれたんじゃないっての。魔族と交わるのがそんなに嫌なわけ?」
「魔族だからではない。世界の秩序を守る天使の血は、穢れてはならない。魔族だけでなく、他種族の血が入ること、それ自体が禁忌なのだ」
立て続けに私を光が穿ち、私の反撃を認めない。
このままでは待っているのは死。あの天使長のように肉体を消され、再生すること自体が不可能になる。
「貴様はここにいてはならない。貴様が世界に行える献身はひとつ、消えること。それだけだ」
その通り。まったくもってそう思う。
私自身、死ぬために色々とやってきた。それでも死ねなかったから今がある。
しかし主天使は、私を殺す手段を持っている。
ずっと望んでいた死だ。何もかもを差し置いて縋るほどに甘美な果実。
彼女の言う通り、私の存在そのものが間違っているのだから、消えるべき。
私が抵抗の意思を見せなかったからか、小さな光による攻撃が止んだ。
そして大きな魔法陣がひとつ、作られる。トドメの時だろう。
長かった。やっと終わることができる。
だというのに、ああ、口惜しい。
「(まだ、死ねないのに……)」
やり残してる仕事がある。帰ると言った同胞がいる。後で話そうと言った友人がいる。私に運命を任せた少女がいる。
ここですべてを投げ出せば、後に残された者はどうなる。私の不始末のせいで、どれだけ迷惑がかかる。
それは私の望むところではない。
あれだけ願っていた死を前にして、死を拒絶する自分がいる。
でも、もう遅い。
逃げられない。私は死ぬ。
たとえ【転移】でどこへ逃げたとしても、時間稼ぎにしかならない。結末は変わらない。それこそ誰かにいらぬ迷惑をかけてしまう。
ああでも同じか。人間に私の正体が知られた。何をしても結末は変わらない。私も魔族も、なにもかも。
私のせいだ。私がもっと、もっと上手くやっていれば。
「ここで消えろ」
【天墜】が放たれ、私は光に包まれる。
眩しさに目が灼かれ、体中が凄まじい熱にさらされる。
体が消えていく感覚。どれもこれも一瞬の出来事。
数秒もしない内に、私は消滅する。
肉体の一片も、言い残す言葉も、誰かへの思いも、すべて光へ消えていった。
【エラー。再生させる肉体がありません】




