31 Knockin' on heaven's door 6
【エラー。再生させる肉体がありません】
自分と周りの境界線が無い。
私の意識も真っ暗などこかにフワフワと浮き、いつ霧散してもおかしくない曖昧な状態。
漂っている、と言えるかもしれない。
【エラー。再生させる肉体がありません】
これが死後の世界というやつだろうか。
あるいはそこへの入り口?
死んだ人に会えるとか、そういうのをちょっと期待していたんだけど、そんなものはないみたい。
あるのは圧倒的な無のみ。
【エラー。再生させる肉体がありません】
まぁ、実際はこんなものなのかもしれない。
魂とか心とか、結局は生きる者が作り出す概念。それらが行き着く死後の世界っていうのも、実際に死んだ人が「こんなだったよ~」なんて報告できるわけがない。
体のどこをほじくり返しても、目に見えないものなんて出てくるわけがない。
【エラー。再生させる肉体がありません】
そうかぁ、死んだらこういう曖昧な世界で浮かんでは消えていくのかぁ。
罪人の私に相応しい、永遠の闇と孤独。体が無いから、何も感じない。
何もできず、何も感じず、ただただ消える。なんとも無常なこと。
【エラー。再生させる肉体がありません】
……さっきからうるさいわね。
なにこの、声……ではない? 意識に直接送り込まれるような文章は。
【エラー。再生させる肉体がありません】
【コードA。バックアップを確認します】
辛うじて残る私の意識以外、何も存在しない世界。
その世界において、何かが私の耳ではない、私そのものに語り掛けてくる。
【最終地点ロック。バックアップ構築済み】
【肉体を復元しますか? はい いいえ】
【自動意思決定有効。復元開始】
えっえっえっ、なに、なになに?
なんか言葉は分かるのに話が分からない。よく分からないままなんか文章が現れては通り過ぎていく感覚。
心なしか曖昧だった自他の境界が徐々に線を浮かび上がらせる。
体の感覚が戻ってくる。存在しないところから何かを感じる。
「見」て、「聞」くことができるようになってくる。
瞼の向こうに光を感じる。
……瞼? なんで瞼? もう私の体は無くなったはず。
なのにどうして、眩しくて、風を感じて、音が聞こえるのだろう。
目があるのが分かる。開く。
暗闇にいた私は、視界に飛び込む外の光に一瞬だけ目が眩んだ。
□□□□□
ここはどこだ?
瓦礫の山だ。
主天使の魔法で消え去る前に、私がいた場所だ。
「えっ?」
この声は……私のものだ。
無意識に声が出ていたみたい。
キョロキョロと見回す。うん、さっきと変わらない。私の【氷墜】で天井が崩れたドーム。
さっきと同じ場所に主天使もいる。相変わらず少し浮いているから見上げる形になるけれど。
「なんだと?」
目が合って、彼女が表情を少しだけ変えていることが分かった。
眉間が少し寄り、得体のしれないものを見る目を私に向けている。
私、消えてないの?
「どう、いう……?」
また私の声。そりゃ私が出した声だから当たり前だけど、どういうことだ。
私は死んだはず。【天墜】とやらで欠片も残さず消滅したはず。
なのに手がある、足がある。私がここにいる。
ぺたぺたと自分の顔を触る。ある。
って、服が無い! 私いま裸!? なんで!?
「私、どうなって……」
「避けたか防いだか、私が仕損じるとはな。今度は完全に消してやろう」
「え……」
私の頭上に4つの魔法陣が浮かび上がる。
そこから放たれるのはやはり【天墜】。先ほど私を消した光の柱が、今度は4本まとめて襲い掛かる。
私はまた味わった。自分が完全に消滅するというものを。
【エラー。再生させる肉体がありません】
【コードA。バックアップを確認します】
【最終地点ロック。バックアップ構築済み】
【肉体を復元しますか? はい いいえ】
【自動意思決定有効。復元開始】
そしてまた私は瞼を開く。
目に映るのはさっきの光景。
一体何が起きている。
「貴様……何だ?」
いや、何だと言われても、私にも分からないし。
こっちが訊きたいくらいだし。また服が無いし。
「完全に消滅させたはずだ。何故再生できる」
「知らないわよ……」
こっちだってやっと死ねるとか未練とか色々複雑な思いで死んだというのに、何故か生きてるし。そもそも死んでいなかったのかもしれない。
いやそれもおかしいんだけど。ホントになんで死んでないの?
ついさっき天使長を完全に消し去った魔法だ。その威力はこの目で確認しているし、主天使も私を仕留めたつもりでいた。つまり私は本当に肉体を完全に消滅させ、再生させたことになる。
これも【超速再生】の力ということなのだろうか。
これまで私は色々と自殺する方法を探していた。
火山にダイブしたり、海の底に沈んだり、自分に聖剣氣をぶつけてみたり。
どの方法をとっても死ねなかった。だから主天使の言う『肉体の完全消滅』は私が死ねる方法であると思っていた。だから勇者の膨大な聖剣氣で消滅することに期待したこともあった。
なのに、こうして肉体が消滅してもゼロから復活できてしまうなんて、反則じゃないか。
私はどうやったら死ねるんだ。
「貴様、本当に天使か? その再生速度と、無からの再生は天使のそれではないぞ」
「私だって、おかしいとは思うわよ」
「まぁいい。消滅が叶わぬのならば、このヘブンズコートに永劫に封印してやろう」
主天使が近づいてきて、私に手を伸ばす。
私はハッとして身構えた。
そうだ。状況が理解できずにポカンとしていたけれど、私はまだ死ねないし捕まることもできない。
やり残していることがあるのだから。ここで降りるわけにはいかないのだ。
「抵抗は無駄だというのは分かっただろう」
「っ……!」
せっかく得た再挑戦だけれど、死なないからって勝てるわけじゃない。
相手は天使よりも格上の天使長。今でも見つめられるだけで恐怖で竦むし、勝てる見込みがまったく無い。
だからって、それが負けてやる理由にはならない。
たとえ何度殺されようと、必ず勝ってやる。
魔力剣を出そうとしたところで、私は主天使のすぐ後ろに誰かがいるのが見えた。
天使と同じ修道服に身を包むその人物は両手に大鎌を持ち、主天使の背中目掛け振るう。
「あはぁ~!」
私のAMフィールドすら突き抜ける大鎌が砕け、バラバラと黒い欠片が舞う。
「なんだ貴様は」
「マァゼ……!?」
「あららぁ? 硬いのね」
私と同じ銀髪赤目の天魔族、マァゼ。
彼女は攻撃が通らなかったことを嘆くことなく、前に会った時と同様、甘ったるい声と顔をしている。
「天使長が作らせた天魔族か。貴様も処刑対象だな」
「主天使様、初めて見たの~」
クスクスと笑うマァゼが見せたのは完全なる叛意。
天魔族とはいえ、天使であるマァゼが主天使に攻撃を加えるなど、どういうつもりなのか。
「『書庫』で見たぞ。天使長は既にいない。大人しく処刑されろ」
「やだぁ~! せっかくお姉さまに会えたのにもうさよならなんて嫌なの~!」
主天使の気が逸れた。私もその隙を突いて魔力剣を突き刺そうとし、失敗する。やっぱり硬すぎる。何で出来てるのコイツ。
すぐさま細い【天墜】が次々と私とマァゼに襲い掛かる。
マァゼは器用に避けているけれど、段々とキツくなってきている様子。私と違って彼女の再生は遅い。やられたらそこで終わりだろう。
彼女は天魔族であるが、私のように肉体が無くても復活するか、天使のようにそのまま死ぬかは分からない。
私は光を避けながらマァゼに接近し、触れたところで【転移】を発動させる。
移動先はドームの外。瓦礫に紛れるように隠れる。
意味は無いかもしれないけれど、【天墜】の射線は限られる。
「あはぁ~!! お姉さま助けてくれたの~!?」
「声が大きい……!」
「見て見て~! お姉さまにやられた傷、もうすっかり塞がったの。すっごく時間かかったけど、元通りなのね!」
マァゼがわざわざ修道服のボタンを外して胸を見せてきた。
確かに塞がってる。
……え、うそ、私より大きい。
「ちょ、隠しなさい。はしたない」
下着を着けていないのはどうかと思う。
「えー、お姉さまだって何も着てないの。なんで何も着てないの?」
「え? あっ……! ちょ、羽織る物貸して……」
痴女の度合いで言えばいい勝負だった。
慌ててマァゼの修道服の上着部分を借り、大事なところを隠す。
うん、動いたらすごく見えそう! でも何も着てないよりマシだと自己暗示。
「……それであなた、どういうつもり? 天使のあなたがどうして……」
「あー、マァゼね、まだ死にたくないの。だから天使長様が隠し持ってたコレを主天使様に使えば、マァゼも生き残れるかもしれないのね」
そう言ってマァゼが見せてきたのは、緑色の宝石。
一見して売るか身に着ける以外に使い道が無さそうなものだが、これがなんだというのか。
「これは封印結晶の欠片なの。残骸になった第6フロートを探すのは大変だったのね」
「は、封印結晶!?」
封印結晶といえば、私を1000年もの間封じ込めていたものだ。
言われてみれば確かに、色味はそっくり。まったく同じ物に見える。
「どうやってこんなものを……」
マァゼが語った内容はこうだった。
彼女の部屋という名の牢獄は第6フロートにあり、先ほど何故か扉の魔法錠が機能停止し、外に出られた。
そこで上空を飛ぶ主天使を見たという。
つかの間、激しい揺れがフロートを襲い、あれよあれよというまにとてつもない光と共に第6フロートは破壊され、海に落ちた。
そして残骸からこの封印結晶の欠片をなんとか見つけ出し、やってきたと。
「天使長様がね、万が一主天使様が現れたらこれを使って封印してやる~って言ってたのを思い出したの。話を聞いてるとね、主天使様って絶対マァゼのこと殺しにくるでしょ? マァゼまだ死にたくないのね」
「そ、そう……」
「大変だったの! 光に巻き込まれて再生で時間取られるし、再生したら海の中だし、そこからコレを見つけたマァゼを誉めてほしいの!」
「あ、ああうん、凄いわね。運とか能力とか」
なるほど、天使長というのは用意周到だったようね。
それに封印結晶なんてものを持っていたのも驚き。アレはてっきり魔法で作られるものだと思っていたけど、違うのかしら。
話を聞くに第6フロートに秘蔵していたみたいだし、他にも色々と持っていそう。
ああ、今はもうフロート自体破壊されていて海の藻屑なんだっけ。むしろよく封印結晶が無事だったものだ。というかいつの間にそんなことに。
「……あら? じゃあなんで背後をとった時に封印結晶を使わなかったの?」
「…………てへ。主天使様にマァゼの攻撃って通るのかなーって試したくなったのね」
このアホ……
まぁいい。ともあれこれで勝機が見えた。
私もマァゼも、このままでは敗北必至。
唯一対抗できる手段の封印結晶を、どうにかして主天使に使えれば。
「これ、どうやって使うの?」
「えっとね、まず魔力を込めて――」
ふむふむ。なるほど。
これは、敵の敵は味方ということでマァゼと共闘できるようね。
□□□□□
主天使は動くことなく、残骸と化したドームで少し浮遊しながら私たちを待っていた。
手には何度か見たあの本がある。
「なるほどな、封印結晶か。天使長も執念深いものだ」
「ビビッて謝るなら今のうちよ」
どうやら主天使は敢えて私たちの密談を見逃していたみたい。
それどころか、どうやってか話の内容まで知っている。まぁ十中八九あの本で何かしているんでしょうけど。
その上で邪魔をせずこうして待っていた。まったくなんて余裕な。
「忌まわしいな。1人だけでも世界の理への冒涜だというのに、まさか2人も。私の視界に入るとは」
本が消え、代わりと言わんばかりに【天墜】の魔法陣がいくつも現れる。
「使い方を知っているが故に不可能と分からんか? それは対象に触れなければ効果は発揮されない。私相手に、そう上手くいくとでも?」
「ええ。分かってるわよ。だからどうにかして、コレをあなたに押し付けてあげる」
封印結晶の発動条件は、魔力を込めた者と対象が同時に触れている状態が出来上がること。
つまり持った状態で相手に触れさせればいい。
私は見せつけるように封印結晶の欠片を掲げ、【転移】で移動させる。
これで私とマァゼのどちらが持っているか分からない。
2人で攪乱して、隙を見て叩きこむ。
主天使が使っているのは読心魔法ではない。アレは有名な固有魔法であり、本はおそらく違うものだ。
だから封印結晶のありかはバレていない、はず。
まぁこのアテが外れたらなす術なく今度こそ敗北を受け入れるしかない。
散々この島で戦わされてきたけど、もうこれで最後よ。
「行くわよ」
「はぁい、お姉さま♪」




