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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
33/212

28 Knockin' on heaven's door 3

 天使の島、正式名称『ヘブンズコート』。

 第1から第6までの区画――フロートを繋げて成り立つ天使のホーム。

 下部に施された偽装迷彩により、地上からこの浮かぶ島を見つけることは困難。


 第3フロート、訓練区画のドーム。

 本来ならここから中に入れるであろう扉がビクともしないことに、パラルス・インフィーフィヴは舌打ちをしていた。


「確かにここに入っていったはず……中で何が?」


 中からは時折地響きのような音も聞こえてくる。物騒なことが起きているのを予感させる音だ。

 あれこれと中を覗けないか思案していたパルラスは、上空に現れた天使に思わず身を隠した。

 ミアたちを追ってきたから見つからなかったが、生徒は第4フロートから出ることを禁じられている。もし見つかったら大目玉で済むかどうかも怪しい。


「天使……あそこに入る場所が? どうやって行けばいいのよ!」


 4人の天使がドームのすぐ外で滞空しながら待機している。

 それが何を意味するか、パルラスには分からない。



 □□□□□


 ド派手な魔法の撃ち合いから、地味な剣戟へと戦闘が移行した。


 リィリンの魔力剣と、私の短剣が何度かぶつかり合う。

 リーチの差から攻撃が決まっているのはリィリンの方。斬り結ぶ度に私の体は斬られ、回復する。


 途中から回復したゲィンも加わり、さらにポォロクが加わり、3対1。

 私の手は2本しか無い。まして短剣は1本だけ。必然的に回避行動が増える。

 ああ、やっぱりこうなると私は弱い。ボーデットと戦ったときもそうだった。


 それにしても、ドームが天使の魔力を増幅させるなら、私にもその効果を適用してほしい。半分は天使なのにこっちはこれっぽっちも恩恵を受けていない。

 まぁ元々の魔力量が多すぎるから、増幅されても分からないかもしれないけど、もうちょっと何かないの?

 ないものねだりしても仕方ないか。


「っ……!」


 ついに避けきれなくなり、短剣を持つ右腕がポォロクの薙刀に斬り飛ばされた。

 短剣を拾いに行くという選択肢はない。

 瞬時に再生させた右手で、お返しとばかりにポォロクの顔面を殴る。

 同じ女として顔は勘弁してやろうかと思ったけど、コイツは先に私の顔を狙ってきたし再生するしおあいこということで。


 そうやって誰かひとりに固執すると、他の天使に隙を与えてしまう。

 ゲィンの槍に脚を貫かれ、私は思わず姿勢を崩す。

 そこに負けじとポォロクがやってくるものだから、反撃するには不利だ。

 手刀でゲィンの槍を折り、その場から飛び退いて回避。


「いい加減に死ね!」


 ゲィンとポォロクの攻撃から逃げた私に、リィリンが迫る。互いに殺しただけじゃ死なないのは分かっているでしょうに、大した気迫だこと。

 持っているのは先ほどまでの魔力剣ではない。魔力を固めて固めて作り出した硬い槌。

 それが振り下ろされ、自分の頭が砕ける感覚がして視界が消え、一瞬だけ意識が飛ぶ。


 ここで動きを止めてしまえば、私はあっという間に拘束されるか袋叩きにされる。

 まだしっかりと意識があるのかどうかも怪しい中、【転移】で少し離れた場所へ移動。ふぅ、ちゃんとできた。

 戦いが始まってから何回かドームの外に移動することも試みたけど、このドームは【転移】の効果を阻害するらしい。ドーム内でなら自在に移動できるけど、外には行けない。


 一時の睨み合いとなった。

 私の白い制服は、右袖は無くところどころが血に染まっていて、逆に白い部分の面積の方が小さくなってきた。

 相手のもボロボロ。教会のとはまた違う意匠の修道服は、私の攻撃でかなり無残になっていたりする。

 それでも互いに体は無傷。

 不死同士の戦いは、こうも不自然な光景になるものか。


 さっきから見ているだけで何もしない天使長は、勝手に勝ち誇ったような顔をしている。


「もう分かっただろう? お前に勝ち目はない。意味もなく時間が過ぎていくばかりだぞ。大人しく私の物になれ」

「お断りよ。それに耐えられないのはどっちかしら? 私は痛みに慣れているけれど、そこの姉妹なんかは怯えてない?」


 レィミとディミ、特に妹のディミはさっきのめった刺しが堪えたのか、回復しているというのに攻撃が消極的になっている。

 姉であるレィミも、私に突っ込まずにディミを庇うような立ち回り。ヘブンズアーマーを生身の天使が庇うってなによ。


「……ちっ、ならばこれはどうだ?」


 またまた天使長が指を鳴らす。

 今度は何が……と思ったところで、高い位置の窓が開き、新たに4人の天使が入ってきた。

 あぁ、最高ね。まったく。


「心変わりする口実はこれくらいでいいかな?」

「ありがたいことね……でも、答えは変わらない。私が魔族だってことを忘れたの? 天使風情に突きつける答えはいつだってこれよ」


 【雷撃】を天使長に飛ばす。

 あっけなくAMフィールドに防がれるから、意思表示以外の効果は無いけれど。


「フン、まぁいい。抵抗する小娘を手籠めにするのは何度味わっても良い物だからな」


 魔力武器を構えた天使が8人、ヘブンズアーマーが1体。大将首には強固な守り。

 明らかな過剰戦力。まともに戦うなら私は蹂躙される側になる。


「どうする? どうするどうする? 逃げ場はない。お前が苦戦する倍の数の天使。折りたまえよ。心と膝を」

「折るのはひとつ、あなたの高く伸びた鼻っ面だけ」

「フハハハ! 強がりはよせ。確かにこれだけの天使を相手にして折れなかった心意気は見上げたものだが……諦めろ」


 降伏勧告。

 当たり前のタイミングだ。これ以上続けても状況は覆らない。


 先ほどのディミのように、1人ずつに苦痛と恐怖を与えて全員の戦意を折ってしまうやり方もあるけど、増援がある以上そのやり方は望み薄。

 この島には他の生徒たちもいる。

 建前上『見学』として来ているから時間は有限。終わるのは間違いなく私。


 相手が人間ならば、私は何度も全滅させるくらいの戦いはした。けど相手は天使。再生する不死の生き物。

 唯一の殺し方である魔力切れも、このドーム内では起こらない。


 私を相手にしていた者たちも、同じ気持ちだったのだろうか。

 倒しても死なず、復活してきては向かってくる。

 しつこすぎて嫌になる。ホント、いやらしい。


 でもそんなことは、私が負けてやる理由にはならない。

 しつこさで負ける気はない。いやらしさで負ける気はない。戦いに負ける気はない。

 だから強がりな笑みも、自然と作れる。


「私のことを何も知らないのね……私、諦めが悪いの」

「そうか……なら永遠の敗北を味わうがいい。やれ」


 天使たちが一斉に向かってくる。

 そう。負けてやる気などない。戦い続ける。


 突撃してきた1人の攻撃を受け、掴む。

 2人目の攻撃を、掴んだ天使を盾にして受ける。

 盾さんの首を折ってから捨て、3人目の口に手を突っ込んで中に【雷撃】。

 出遅れた天使たちにも魔法を放つ。防がれる。

 相手の刃が私を切り裂く。再生。掴む。盾2号の出来上がり。

 盾2号が自爆気味に【雷撃】をぶっ放してきた。手が痺れ離れる。

 ヘブンズアーマーのパンチに吹っ飛ばされる。水面に石を投げるように何度もバウンドしながら転がる。

 追撃が飛んでくる。魔力弾の雨あられ。


 私も魔力弾を撃つ。また師匠の教えを破ってしまった。こうなっては魔法を美しく使うもなにもない。

 全方位につぶてをばら撒く。AMフィールドで防がれる。

 剣を避ける、槍を避ける、魔法を避ける――

 それでも当たる。避けきれない。


 包囲される。【転移】をしても追いかけてくる。また囲まれる。

 このままでは魔法陣を作る指が飛び、口頭魔法をする時間も与えてもらえなくなる。

 絶対的な敗北が近づいてきていた。


「ぐ……っ!」

「終わりだ、エレーナ・レーデン!」

「ま、だ……」

「気をつけろ、何かしてくる!」

「そんな時間を与えてもらえると!」


 いかに『魔王の騎士(デモンズナイト)』だとしても限界がある。同じ性質の敵に対し多勢に無勢。

 やっぱり、意地は張るものじゃない。

 私ひとりではやっぱり勝てないみたい。


 でもここには、()()()()()()()()()()()

 だから叫ぶ。決着の時がきた。

 ()()()()()()()


「ミア!!」


 天使たちの攻撃が私に届く直前、私の右手は白い光に包まれる。

 聖剣氣が手から伸び、身の丈を超える大剣の形となって顕現する。


 模造聖剣ミア。

 純白の大剣は、すぐさまその力を発揮する。


「なにっ」

「なんだ!?」


 その輝きは、魔族の私にどうしても似合わない。

 あらゆる魔法を破壊する結界、【砕魔結界】が場を駆け巡り、ドームを超え、島全体を覆うほどに広がる。

 世界から魔法など無くなってしまえという意思すら感じるほどに暴力的な魔法否定。

 範囲はいちいち考えてない。多分ボーデットの時と同じくらい広い設定。


 私に迫っていた魔力武器や翼が瞬時に消え失せ、天使たちは地に落ちる。世界は白に支配される。


「う、動かない……!? どうして!?」


 ヘブンズアーマーも機能を停止。魔力で動く以上【砕魔結界】からは逃げられない。

 受け身を取り損ねた天使が地べたに這い、私を見上げる。


「ああ、やはり、その姿だ……!」


 喜びの混じったようなリィリンの声に、私の変装も解けていることを思い出した。

 正真正銘のエレーナ・レーデンは、いま、どうしようもなくここにいる。



 私は模造聖剣ミアを振り上げ、手近の天使に振り下ろした。

 斬るというよりも叩き潰すような音が鳴り、その天使の頭がカチ割れる。

 再生はしない。魔力によってもたらされる再生能力もまた、【砕魔結界】が否定する。


「どうなっている、何故出ない!? 翼も、武器も!」

「ひっ、来ないで……! いや、やめ……!」


 ひとり、またひとり。

 自分たちの能力がすべて封じられたことに戸惑う者、怯えて逃げる者。

 すべてを斬り、白かった大剣が赤く染まっていく。


「がはっ……! ディミ、逃げ……!」

「お姉ちゃん、どうなってるの!? ねぇ、見えないよ!」


 ヘブンズアーマーは無視。どうせ動けはしない。

 先ほどまでアーマーに拡声されていたディミの声は、機能が無くなったことにより近くに行かなければ聞こえないほど籠ったものになっている。外の様子も分からないのだろう。


「くっ、何をした、エレーナ・レーデン!」


 意図して残したわけじゃないけど、天使長を除いて最後に残ったのはリィリンだった。

 翼も武器も出せない状況だというのに、拳ひとつで私に向かってくる。

 受けるわけにはいかない。私だってこの結界内じゃ怪我をしても治らないのだから。


 先手必勝。リーチの差を活かして先にミアを振るう。

 当てるつもりだったけど流石は精鋭。避けられた。

 でもインファイトに持ち込もうとしていたのは、あなただけじゃない。


 私はミアをリィリンに放り投げ、小柄を活かして陰に隠れ、彼女が私を見失う一瞬の間に距離を詰める。

 リィリンは当然ミアを避ける。狙い通り。拳を叩きこむ。


 魔力は封じられていても、膂力は健在。

 私の拳はリィリンの腹を突き破る。

 吐かれた血を浴びながら足をかけ、彼女を押し倒す。まだ意識があるようだった。


「ぐ、ぁ……まだ……!」

「終わりよ」


 手を引き抜く。しばらく粘っていたが、リィリンはやがて脱力し、息を止めた。


「なっ、な、なに、なにをっ!?」


 面白いくらいに慌てていたのは天使長。

 ついさっきまであれほど勝ち誇っていたのに、落差で思わず笑みが零れてしまう。


「なにって、魔力や魔法を封じただけじゃない」

「なん……だ、と……!? そんなことが、どうやって……なんだその剣は!」

「模造聖剣ミア。【砕魔結界】を作り出す、聖剣氣の剣よ」

「聖剣氣……何故、何故貴様がそんなものを……」

「この制服を着てる時点で分かるでしょう? 私は聖剣氣が使える天魔族様ってわけよ」


 自分で言ってメチャクチャだなと思った。

 天使、魔族、聖剣氣……まるで世界の色んな要素をぐちゃ混ぜにしたような節操のなさ。それが今の私。

 まぁ何ひとつ自分で望んだわけじゃないんだけど。


「この【砕魔結界】がある限り、再生はできない。あなたもあの天使たちと同じ目にあわせましょうか?」

「っ、や、やめ、やめてくれ!」


 鉄壁のAMフィールドを持つ自分がまさかこんな状況に陥るとは思わなかったのか、おそらく初めて体験するであろう命の危機に、天使長は腰を抜かしていた。


「なら今からあなたが話す言葉は、『はい』、『分かりました』、それだけ。分かる?」

「ぁ……っ」

「分からないの?」


 ミアの切っ先を向ければ、天使長は簡単に言うことを聞いた。

 うーん、こういうところも人間っぽい。俗い。


「私は別に天使をどうこうしようというつもりはないの。ただ、私とナギサを見逃しなさい。いいわね?」

「ぐ……!」

「そう、じゃあさようなら」

「ま、待て! 分かった、分かった!」

「返事は?」

「っ、わ、分かりました……!」


 本当に人間相手なら問答無用で殺せばいいんだけど、残念ながら殺せないからこうするしかない。

 【砕魔結界】の発動中は再生しないけど、切れたら普通に再生し始めるからね。

 いま倒れている天使たちも、時間が経てば回復するし。


 それがバレるのは仕方ない。

 それを弱みにしないようにするのが私の仕事。


「もし違えることがあれば、容赦はしない。結界が無くなれば彼らは復活するけれど、私はいつでもこれを使える。この意味が分かる?」

「……はい……っ」

「よろしい。二度とその汚い顔を私に見せないことね」


 よし、これで"交渉"は終わり。

 あとはミアが消えた後どうするか――


「っ……?」


 不自然な衝撃がドームを……いや、この島全体を襲った。

 空に浮かぶこの島に地震はありえない。

 なら何が……


「今のはなに?」

「わ、私が知るか!」


 この反応、本当に知らないみたい。

 あ、まただ。

 一瞬だけガクンと縦揺れするような衝撃。


「いったい何が……」


 多分、異常事態。

 衝撃の間隔は、少しずつだけど短くなっている。


 天使長に刃を突きつけながらキョロキョロと辺りを見回す私は見つけてしまった。

 いつの間にか私の入ってきた扉が開いていることを。

 そしてそこに、1人。誰かが立っていることを。


 白い制服、あれは……


「ッ、馬鹿……!」


 自然と口から小さく悪態が零れた。

 変装を施していない姿を見られた自分にか、あのアイリア学園の生徒にか。

 おそらく両方。


 私は呆然と立ち尽くす生徒に向かい、ミアを引きずりながら早歩きで近付いた。

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