22 天魔のエレーナ・レーデン
天魔族。
それは天使と魔族から生まれた子供。
それは世界にとっての禁忌。
それはたったひとりを表す言葉。
魔族でありながら、天使特有の再生能力と魔力武器を備えたエレーナ・レーデンは、この世界にあるまじき存在だった。
天使と魔族は似ている。
天使は人間と同じ姿をしているのに対し、魔族はその中でも枝分かれして様々な種族があるが、『人間ではない魔力を使う種族』という点では同じ。
天使が至上とするものは、秩序。
天使が嫌うものは、世界を乱す者。そして魔族。
天使は自らを誇る。この世界の秩序を保つ、世界にとって重要な存在なのだと。
1000年前、天使は人間の祈りに呼応するように現れ、人間と魔族の戦争に介入した。
そこで見た。他種族には決して扱えない誇り高き天使の力を使う魔族を。
存在自体が許せず、攻撃したが、返り討ちにされ、1人は殺された。再生能力を持つはずの天使を、その魔族は殺してみせたのだ。
魔力武器を使い、受けた傷は再生する。紛れもない天使。
認めざるを得なかった。彼女が天使の血を引いていると。
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エデミナ大森林のとある一帯は、不自然に開かれていた。
それはひとりの天使が暴れ、大鎌で木々を切りまくったせいだ。
その戦闘の凄まじさは、魔物ですら本能的に避けるものだった。
そして今、木を切った張本人は目の前にいるひとりの少女に目を奪われ、お姉さまと呼び歓喜に体を震わせていた。
呼ばれる側――銀色の髪に赤い瞳を露わにする、ミア・ブロンズを騙っていた少女、エレーナ・レーデンは数秒遅れてありえないと口走った。
「あなたが天魔族……? 噓でしょ」
「むぅ、本当なの。天使は魔族……私のパパを捕まえて、天使のママに私を産ませたの」
「は、天使が? それこそ嘘でしょう? 天使がそんなことするはずが……!」
天使は自らの種族を誇りに思っている。裏を返せば、徹底的な純血主義だ。他の種族と交わることなどありえない。
魔族との混血であるエレーナは、天使に禁忌とされ、存在を否定されたことがある。
「天使はね、お姉さまのすっごーい力が欲しくなっちゃったの。だから禁忌を犯してでも、自分たちの手でお姉さまを作ろうとしたの」
「……天使も堕ちたものね」
エレーナには少なからぬ衝撃があった。
信頼という言葉とは違う気もするが、わざわざエレーナ・レーデンを生み出すために禁忌を犯すなどするはずがない。そう思っていた。
そもそもエレーナという存在そのものが、長い長い天使の歴史上にも存在しないほどに特殊な、初めての混血種だ。
天使の中で他種族と交わることは禁忌であり、それが当たり前で、破られるなどありえないことだったというのに。
「で、300年くらい前に、あの小さくなった魔族大陸にいる適当な魔族を攫って~、私が産まれたの!」
「待って、あなたたちは魔族が生き残っているって知っているの!?」
「もちろんよ。今はなにもできないからってことで見逃してるの。いてもいなくても変わらないの」
想定外の答えだった。
天使は今の魔族を、世界の秩序を乱すことはしないだろうと判断しているし、手を出す気も無いときている。
喜ばしいことだ。怯える要素がひとつ減った。
「(まぁ、私のせいで狙われるかもしれないけど……)」
それだけは避けたい。
魔族はもう無害→エレーナがいる、有害! なんて認定を受けてしまってはたまったものではない。
最悪あの大陸残滓と縁を切る覚悟をする。
「だからマァゼはちゃんとした天魔族! でも、お姉さまみたいにはなれなかったの。お姉さまみたいな速度で再生できないし」
確かにマァゼの再生速度は、天使のそれ。
むしろエレーナの【超速再生】の方が不自然だし、彼女自身も何故自分の再生速度がこんなに速いのか分かっていない。
「お姉さまみたいにすごい魔力操作もできない。マァゼは失敗作なの」
「失敗作? さっきのを見たらじゅうぶんだと思うけど?」
「うふふ、お世辞でも嬉しいのね。でもマァゼは失敗作。お姉さまになれなければ失敗なの」
天使が求めたのは、『魔王の騎士』にまで上り詰めたエレーナ・レーデンの力。
傷を受けたそばから回復し、どれだけ実力が離れていようと食いつき、結果的に勝利するエレーナの戦いは、【超速再生】無しには成立しない。
天使は天魔族を作ることで【超速再生】を持つ天使を作ろうとしたが、結局はマァゼのみが残った。
「あなた以外に、あなたのように生まれた天魔族はいるの?」
「ううん。ほとんどは死産だったし、無事生まれたマァゼもこんなだから、天使も諦めちゃったの。マァゼってば夢の残骸みたい。だからお姉さまを、本物を見てみたかったの! 夢が叶った、夢みたい! ほんっと運命!」
運命。先ほどもナギサが発した言葉だ。
エレーナがミアとなって学園に入学した頃、どこかからやってきたナギサもまた目を覚まし、天使もナギサを探し始めた。
マァゼがナギサを発見。追跡したところ、たまたま『港の国』に来ていたエレーナと出会い――
ナギサを介す形で、世界でたったふたりの天魔族が出会った。
どの要素をひとつでも抜けば、この状況は生まれなかっただろう。
運命と呼ぶのは過言でもないかもしれない。
しかしエレーナは認めない。認めたくない。運命などというものに、この頭が痛い状況を作られたのだと思うと怒りすらこみ上げてくる。
「今日は喜ばしい日よ! お祝いしなきゃ!」
「そう、お祝いついでに私のことは天使に黙っていてくれると嬉しいのだけれど」
「お祝いにぃ、殺し合いをしましょ!」
エレーナが「はぁ?」と言う前に、マァゼはAMエリアを消し、大鎌を出し、またもや襲い掛かってきた。
恐ろしい速度で振るわれる大鎌の刃は、エレーナの肩口を切り裂き、胸辺りまで食い込む。
「あら? 避けないのね?」
「遠慮する必要が無いし、あなたには訊きたいことがまだあるから、ねっ!」
大鎌の柄を掴み、空いた方の手に魔力剣を出す。
エレーナの常套戦術。攻撃後の硬直狙いだ。
素早く振るうが、咄嗟にマァゼが半歩引いたせいで彼女の胸を切り裂くだけで終わってしまった。
人間相手であれば立派なダメージだが、天使相手だと意味をなさない。
成果があるとすれば、エレーナに食い込んでいた大鎌が抜けたことだろう。
「まぁ! 冬の水たまりに張った氷みたいに薄い魔力武器! 初めて見たぁ」
「もういい加減にっ!」
【水壁】を作り、そこに高威力の【炎弾】を当てる。
エレーナの放つ拮抗した2つの魔法は互いに影響し合い、水蒸気となって弾ける。
浴びれば火傷は必至な高温の水蒸気。しかし再生能力を持つ両者にとっては些細なもの。
エレーナが数歩後ろへ飛び退き、【転移】を発動する。
「あはっ、丸わかりなのね!」
マァゼは自身の後ろにも特徴的な重い音が鳴ったのを聞き、振り返りざまに大鎌を振るった。
しかしそこには誰もいない。刃が空を切るだけ。
「(背後からの奇襲、じゃない?)」
エレーナが転移させたのは自身ではなく、足元に落ちていた小枝。
【転移】は自分だけでく、自分の触れる任意の物も移動させられる。先ほどのようにマァゼが突然足首を掴んできた状況と違い、今度はしっかりとどれを転移させるかを選ぶことができた。
それに引っかかり全身で後ろを向いたマァゼの背中は、エレーナにとって恰好の的だ。
「天魔族なら、コレも効くでしょう」
ぐっと足に力を入れ踏ん張り、右手に白い光を纏わせる。
それは聖剣氣。勇者アイリアが使った技のひとつ。
学園でも教えられる、魔族を滅ぼす技。
「アークグレイブ!」
槍状になった聖剣氣の塊がエレーナの右手から発され、水蒸気を切り裂いてマァゼの胸を貫く。
修道服ごと貫いたそれは、マァゼの胸に大穴を開ける。
聖剣氣は魔族特攻であるのが常識だが、天魔族にも効く。それはかつての自分で証明済みだった。
「ぁ……え?」
ドシャリと倒れ伏すマァゼ。
エレーナは今度こそ自身の勝利を確信した。
□□□□□
「ナギサ、もういいわよ」
「はーい……」
すっかり開けてしまった一帯に驚きながら、ナギサが木の陰からおっかなびっくり顔を覗かせる。
マァゼは【風縛】で身動きを封じているので大丈夫だと言えば、ふぅと一息ついたナギサは近付いてくる。
「って、どちらさま!?」
「何を言って……ああ、戻してなかったわね」
再び変装魔法を施し、エレーナはミア・ブロンズに戻る。
顔は同じだが、目と髪の色は印象に大きな影響を与える。ナギサを安心させるにはこちらの方がいいだろう。
「ていうか、ミアさっきなんか違う呼ばれ方してなかった?」
「知りすぎたわね。やはりここで……」
「じょじょじょ冗談冗談!」
どうやらマァゼとの会話は聞かれていたらしい。
事情を知らなければ訳の分からない会話だったが、ミア・ブロンズがただの人間ではないことはナギサの中でも確定事項だろう。
「――とも言えないか……ミアって人間じゃなかったんだ」
「……そうよ。不本意ながら、私はこのマァゼと同じ天魔族。天使と魔族の混血種よ」
「ミアも天使……天使!?」
「まぁ、驚くわよね」
「ってことは、私を連れてく?」
「まさか。私は魔族よ。天使は嫌い」
もはや隠し事はできない。いっそ打ち明けてナギサの信頼を得た方が早い。
ある程度の不安はあるが、もうナギサも普通の人間では通らないのだからおあいこだろう。
着ているワンピースがもはや原形をとどめないほどボロボロなのに体には傷ひとつないミアは、人間でないと言われた方が納得がいく。
しかし今はナギサに一から説明している暇はない。せっかく拘束した天使がいるのだから。
「あはぁー……全然治らないー……ゲホッ、息もしにくいー」
マァゼは意識こそ取り戻したものの、胸に空いた大穴は塞がっていない。
【超速再生】を持つエレーナをして回復に時間をかける必要がある聖剣氣の攻撃だ。並みの回復能力ならばもっと時間がかかることだろう。
天魔族は魔族であるが、聖剣氣を受けてもボロボロと崩れ去ったりはしない。傷の治癒に時間がかかるだけで済む。
「答えなさい。ナギサを連れて行ってどうするつもりだったの?」
「ナギサってその子のことぉ? さぁ? マァゼは知らされてないの」
「チッ、これだから使い走りは」
観念したのか、マァゼはもう襲い掛かってくる様子はない。
拘束された体で座り込み、目の前に立つ2人を見上げるだけだ。
「マァゼ、ちゃん……は、私を殺すわけじゃないんだよね?」
「うん。マァゼと一緒に来てもらうの。それが使命なの」
「……ゴメン、まだちょっとマァゼちゃんとか天使とか、怖いから。ついていけない」
「えぇー! ダメなのダメなのー!」
「うるさいわね。今度は頭を飛ばされたい? やかましい口が消えてスッキリね」
とはいえただ逃げ続けるだけでは、いつか捕まるだろう。
やはり天使に話を聞くのは必要であるが、手段が思い浮かばなかった。
「他の天使に話とか聞けないのかな?」
「マァゼがこの感じじゃ、他の天使も同じでしょうね。話を聞くなら、命令を出している方よ」
「そうなの! マァゼも他の奴らも、ただ連れてこいとしか言われてないから意味ないの」
「命令を出してる方って?」
「天使長なの!」
「ずいぶん素直に答えるわね」
「へ? あっ、今のはナシなの」
天使長という存在はミアも聞いたことがない。名前から察するに、天使を束ねる者のことだろうが、そんな者がわざわざ下界で話などするはずもないだろう。
ただでさえプライドの高い天使、その長となれば、人間などの他の種族と同じ場所で暮らしたがるはずがない。連中は高慢なのだ。
「ならマァゼ、天使長とやらに伝えなさい。ナギサを連れて行きたいなら説明くらいしろってね」
「え、返しちゃうの?」
「天使を殺す方法くらいあるけど、今やるのは面倒よ。それにもうすぐ夜だから私も戻らなくちゃ。門限があるの」
「わぁ、普通の人間みたい」
「普通の人間よ」
「いや無理があるよ」
「あはぁ、マァゼも夜になる前に帰らないと怒られちゃうの。だからこれ解いてぇ」
また大鎌を出してくることを警戒したが、その時はアークグレイブで黙らせればいいかとミアは【風縛】を解いた。
マァゼの穴はまだ治らないが、少しだけ小さくなったような気もする。
「これ治るのー?」
「いつか治るわよ。私もやられたことあるけど治ったし」
「まだ痛いのー!」
「私に喧嘩を売った罰よ」
むぅと唸り、マァゼが翼を広げる。どこに帰るのかは分からないが、ここからでも帰られるのだろう。
「お姉さま、また会いましょ! 私がお姉さまになるために、次は負けないの!」
できれば二度と会いたくないような捨て台詞だった。
ミアもナギサをひとまず隠さなければならない。今までと変わらずその辺をほっつき歩いていれば、天使に無理やり連れていかれるのは目に見えている。
どこに隠せばいいのか。
『港の国』は駄目。既に天使が何人も入り込んでいる。大陸残滓もマズい。ただでさえ魔族を危険な立場にしたくないのだから、頼ることはできない。
「……仕方ない。ナギサ、また転移するから捕まってて。うかうかしてたら魔物が集まってくるわ」
「オッケー!」
天使の捜索網がどこまで広がるかが分からない以上、どこを選んでも賭けだ。
熟考を重ねた結果、ミアはナギサを連れその場所へと【転移】した。




