21 運命のエレーナ・レーデン
今回はちょっと長めです
ミアが転移先に選んだのは、エデミナ大森林。
『港の国』を遠く離れ人目が無い場所となると、咄嗟に思い浮かぶのはついこの前通過した人類非生存圏だった。
そこに招かれざる客が来なければ、ミアはこの謎の冒険者から話を聞くつもりだったが、そうはいかない。
執念深い天使が再生中に無理やり体を動かし、触れてしまったせいだ。彼女も【転移】に巻き込んでしまった。
ナギサはともかくマァゼもこの『失われた魔法』に驚いたのか、意外そうな顔で辺りをキョロキョロと見まわしている。
「なんてしつこい……っ!」
「ねぇねぇ、今のって! 今のって!」
「うるさい、もう死になさい!」
いい加減面倒になったミアの周りにいくつもの【雷撃】が展開される。
木々に囲まれたこの場所ならば回避は不可能だ。
「それやだぁ……!」
マァゼがAMフィールドを張る。しかしそれくらいはミアも織り込み済み。
ミアの魔力量は、たとえ天使が相手だとしても絶対的な優位を崩さない。AMフィールドで減衰されたとしても、殺せるくらいの威力は保てる。
【雷撃】の雨はAMフィールドごとマァゼを飲み込み、炸裂した。消し炭にするつもりで放ったが、どうやら原形はとどめているようだ。
「よし、移動するわよ!」
「え、う、うん!」
天使の再生には時間がかかる。このダメージならば動けるようになるまで1分はかかるだろう。
ミアは再び【転移】を使用。エデミナ大森林から移動することはなかったが、かなり遠くへと飛んだ。
□□□□□
「まずあなたは何者? なんで追われてるの? 心当たりは?」
「え、ええっと……私はナギサ、冒険者……って、あなたこそ何者!? なんで生きてるの!?」
「質問してるのはこっち!」
狼狽え続けるナギサに畳みかけるように質問をぶつける。
ミアは自分の正体には触れてほしくないため、とにかく隙を作ることなく攻め立てた。
「分かんないよ! あんな子知らないし、教会とか天使とかも知らないし……! 連れて行くって言ってるくせにあんなでっかい鎌で……」
「あなたが何かしたんじゃないでしょうね。天柱を折ろうとしたとか、外魔を街にけしかけようとしたとか」
「そんなことしないよ!?」
「ならあなた自身がなにか特別な……でもどこから見てもただの冒険者……黒髪? どこの出身?」
「そ、それが……分からなくて。少し前に浜辺に流れ着いてたときより前の記憶が無いの」
「……それが関係してるんじゃない?」
なにやら訳ありげな少女だった。
記憶喪失が嘘にしろ本当にしろ、出自が謎で、さらに天使に狙われるとなれば只者では通らない。
「あ、あの! 名前、くらい、教えてくれても……」
「……ミア。ミア・ブロンズよ」
「ミア、どうして生きてるの? どう見てもさっき2回くらい死んでた気がするんだけど……」
「だから? 結果的にあなたを助けている現状に関係ある?」
「いや普通におかしい……」
「おかしいのは天使に狙われてるあなた!」
ぴっと指を指せば、ナギサは何も言い返せなくなる。
彼女自身、ここまで断言されてしまうと本当になにかあるのではないかと思い始めているのだ。
「ていうか、天使とか意味わかんない……普通さ、天使って白い羽じゃない?」
「は? 天使は昔から真っ黒よ。魔力操作が売りの種族なんだし」
「そもそも天使ってなに?」
「あなたそんなことも……って、記憶が無いのよね……」
冒険者組合のマスターにある程度の常識を教えられていたナギサだったが、まさか天使が実在するとは思っていなかったようだ。
「まず天使は人間じゃないわ。人間の姿をしてるけど、まったく別の種族。魔族となんら変わりないわよ」
「魔族?」
「ああ、うん……とにかく人間じゃないの。で、あいつらの行動原理は、基本的に『世界を乱す存在の排除』。つまりあなたの存在か行動が世界を乱すということ」
「ええっ!? さっきも言ったけど、私何もしてないよ!」
「だから重要なのは、あなたの存在。息をしてるだけでなにか連中にとって不都合」
自分の行動ではなく、自分そのものが原因。
ナギサは考え込む。自身の持つ2つの道具が関係しているのか。
それとも別の何かか、と思ったところで、ひとつの心当たりに至った。
「……あっ」
「なに」
「あの子が言ってたんだけど、私のこと、天柱の人って」
「はぁ?」
『ねぇあなた、天柱の人よねぇ?』
出合い頭に、マァゼは確かにそう言っていた。
その言葉の意味がナギサには分からなかったが、何かを突き止めるキーワードかもしれない。
「天柱の人って……なにそれ。あなた天柱にでも住んでたの?」
「さぁ……?」
「まぁ記憶ないものね……天柱のことは私もよく分からないわ。ただそこにある馬鹿デカい柱。人が住んでるなんて聞いたこともないけれど」
1000年前でも天柱に人がいるなどという話は聞いたことがない。もし事実なら天柱教の経典にも描かれ、天上人みたいな扱いを受けるはずだ。
しかし天使はナギサを天柱の人だと言って捕まえようとしている。おそらくボーデットが見たという2ヶ月ほど前から探し続けていたのだろう。
そしてナギサが目覚めたというのもほぼ同時期。つながりが見えてくる。
根拠がなければ天使が何ヶ月も探し続けるなどはしない。つまりこのナギサという少女は明らかにヤバい。
天柱は人類の間で神聖なものだ。もしそこに人なんていたら、とんでもない事態になってしまう。
「なるほどね……突飛な話だけど、本当に『天柱の人』ってなら確かにあなたの存在そのものが、世界を揺るがしかねないわ」
「えええっ!?」
「あなたに記憶が無いとしても、天柱に関係するのなら、天使が血眼で探すのも頷ける。下手をすればあなたの一声で世界が大きく変革するかもしれない。それほどの危険性があなたにはあるのよ」
誰が信じるか分からないが、ナギサの記憶が戻って本当に『天柱の人』とやらだった場合、とんでもない事態になる。
ナギサ自身の考えひとつで、話の転がりようによってはこの連邦という時代が終わる。
真偽はどうでもいい。ナギサという存在を認めるかどうかで天柱教が分裂するかもしれないし、現代は規模が縮小したがいまだ存在する反連邦派に神輿として担がれていいように扱われるかもしれない。
爆弾もいいところだ。今の世界の秩序を守ろうとするのであれば、間違いなく消えてもらった方がいい存在だ。
「でも天使はあなたを消すのではなく、連れて行こうとしてるのよね……それがよく分からない」
「わ、私……どうすれば」
「私もあいつらに目を付けられたくないってのに……まったく、なんで私の目の前に出たんだか……」
ブツブツと呟くミア。
ぶっちゃけ人間社会がどうなろうと、ミアには知ったことではない。問題はそこにミアが巻き込まれてしまうことだ。
天使にミアの正体がバレてしまえば、簡単に魔族に辿り着いてしまう。
天使だけならば、仮に種族間の全面戦争になっても勝つことはできるだろう。なんならミアひとりで相手取ってもいい。今を生きる者たちに手を出すことはなるべくしたくないが、天使は別だ。自らを世界の支配者だとでも思っているような傲慢な種族だ。
だがもし天使が人間に魔族のことを知らせてしまえば、それはもうおしまい以外の何物でもない。
勇者やアイリア学園の卒業生を筆頭とした軍団が外魔ひしめく海ですら越えて攻め込んでくる。魔族は絶滅。おわり。
人類など地を這う虫のような存在としか思っていない天使だが、1000年前は人間の祈りに答えるかのように戦争に介入してきた連中だ。
当時は人類側にも、天使を呼ぶ方法があるようにも見えた。
秩序を保つだのなんだのといったお題目のためなら何でもやる。それが天使だ。
まだ魔族を敵視し、人類にいらぬ知恵を吹き込んでけしかけることもやりかねない。
「あ、あの、さ……」
「何?」
「えっと、巻き込んじゃった形だけど、助けてくれてありがとうね」
「……ほんっと、その通りね。あの時【雷撃】を撃ったのが私の運の尽きよ」
「もし私が大人しくついていったら……どうなるのかな?」
「さぁ? それは天使のみぞ知るといったところね」
天使はナギサを殺すつもりではないという。
マァゼからはそんな気遣いは微塵も感じなかったが、すぐ消さないあたり本当なのだろう。
ならば連れて行ってどうするのか、それこそミアでさえ予想がつかない。
もうこの話はやめよう。ミアはそう思い頭を振った。
考えても仕方がない。天柱に関わる史上初の人物を目の前にしているという夢にも思わない事態だが、手に余りすぎる。
「ミアは、私をどうするとか……ある?」
「えっ? ああ、私があなたを利用するかってこと?」
「うん……私、なんか凄いんでしょ?」
「そうね。とびっきりの凄い人ね。あなたを利用すれば大陸にかつてない混乱をもたらすことができる。どうでもいいけど」
「どうでもいいんだ……」
ナギサはどこか安心したような表情を浮かべた。
どうでもいいというのは本音だ。ミアにはもう人類をどうこうしようなどという意思は無い。
「そういえば、ミアは何してる人?」
「なに急に」
「今頭がぐちゃぐちゃだから、気を紛らわせたいの。教えてよ」
記憶も無く知り合いもいない状況で孤独と共に目覚めた。そんな少女が『お前は世界をひっくり返せるかもしれない』などと言われれば不安にもなるだろう。ミアとてその心中を察することはできる。
「……私は、アイリア学園の生徒よ」
「学園……?」
「勇者の力――聖剣氣を持つ者だけが入学できる、人類の希望候補。ダラダラ卒業しても望めばある程度の将来が約束された勝ち組」
「なにそれ」
「勇者と聖剣氣も知らない?」
「い、一応知ってるけど、あっ! 街で聞いたよ! 勇者が来るって」
「正確には勇者になるかもしれない連中が天柱を見に来る、ね」
「そっ、か……なんかすごい偶然だよね。天使が私のこと連れ去りにきて、逃げたら凄い魔法とかババーンって撃てるミアに出会って」
確かにとてつもない、奇跡のような確率だ。
ミアがアイリア学園に入学する頃にナギサは浜で目覚め、天使も動き出していた。
天使が捜索に手間取っている間に時間が過ぎ、ミアが『港の国』に来たタイミングで発見され、ナギサが逃げ出した先にちょうどミアがいて……
作為すら疑わしいほどの偶然の積み重ね。それがミアにとって厄介な状況を作り出した。
「あれかな。運命かな」
「ふざけないで。誰かに仕組まれたって言われた方がまだ信じられるわ」
「でも仕組めないでしょ。こんなの」
「そうね。仕組まれたってのも信じられないけど、運命とか言われるのも嫌よ。事故よ事故」
少し他愛のない話をしたからか、ナギサが少し落ち着いてきた。
話を戻すときだ。いつまでも森で隠れるなどしたくない。
「それで、これからどうするの? 大人しく天使についていくか、逃げるかの二択しか無いわけだけど」
「う……どうしよう。どうすればいい?」
「あなたのことなんだから人に聞かないで。私の好きにしていいなら私はあなたを天使に差し出して金輪際関わり合いにならないようにするけど?」
「うぐっ」
ナギサは悩んでいた。
記憶のない自分の原点を探そうとぼんやり考え、そのために旅に出ようとまでした彼女に、答え合わせが向こうからやってきた。
このまま天使についていけば、分かるかもしれない。自分のことが。
ミアが言うには、天使は私欲で動かない。世界の安定に努める種族であるという。ついていくことがすべてにとってハッピーなのかもしれない。
だというのに、ナギサの胸中には言い知れぬ不安があった。
記憶が無いはずなのに、なにか過去のトラウマを思い出したかのような、足元が竦む感覚。
「私、連れていかれたら……どうなるんだろ」
「知らないわ。一生天使に匿われて過ごすのか、連れていった後に殺すのか」
「そう、だよね……」
もしもさっきの『天柱の人』についての話が事実であれば、天使がナギサをこの世界に放置するという選択は無い。
つまり、天使についていくということはナギサが大陸と――この世界との関わりをなくすということだ。
他者とのつながりがなくなり、生きている間はずっと不干渉。ナギサには、それが怖かった。
「私、嫌だな……ひとりは、嫌」
『港の国』の首都という狭い世界ではあるが、せっかく得たものを失うのは、怖かった。
そうだ、とナギサは気付く。今になって初めて思い出した、自分の根幹にあるもの。
誰かと離れること、ひとりになることが、とにかく嫌だったのだ。
「もしかしたら、天使に毎日お世話される日々かも。私は御免だけどね」
「私も、なんか嫌、かな」
あとは単に、連れて行くためなら周りへの被害も厭わない天使のやり方が気にくわないし、そういう連中についていったら何をされるか分かったものではない。
「ミア、私決めた。今は天使についてはいけない!」
「今は、というと?」
「ここで話したこと、事実かもしれないけど、あくまでもしもの話じゃない? だから、まず天使からも話を聞きたい」
「秘密主義のあいつらがそう簡単に話すとは思えないけど……そう、じゃあ逃げるのね?」
「うん!」
ともあれ話は決まった。
ミアにとって、ナギサに手を貸すメリットは無い。それどころかリスキーだ。
だとしても、一度関わってしまった。無責任に放り出すことはできない。
やはりお人好し病にかかったのではないか。ミアは自虐しながらも、手を貸すことを決めた。
「ミア、どうすればいい!?」
「そうね……ならまず――」
「みぃーーーーーーーーーーーーーつけたぁ!」
頭上、木々のはるか上。上空から聞き覚えのある甘い声が響く。
黒い翼をはためかせる天使。マァゼだ。
「ええっ!? なんでここが!?」
「その魔法、大きな音がするから分かりやすいのね。マァゼ耳がとーってもいいから、ちゃーんと聞こえたの」
ミアは舌打ちをした。
【転移】を使う時には、特徴的な重い音が鳴る。それは発動元でも、転移先でもだ。
だからこそ、【転移】は静かに移動するのには向かない。その弱点は心得ていた。
同じ森の中とはいえ、まさかマァゼがはるか遠くの音を聞くことができるのは予想外だった。移動先の選択を誤った。しかもその場で長々と話し込んでしまった。
後悔はいくらでもできるが、そんな時間もないようだ。
「今度は逃がさないの!」
どこにそんな推力があるのか、マァゼがギュンと急降下してくる。先ほど同様、両手で大鎌を振りかぶっている。目掛ける先は、当然ミアたちだ。
ミアは咄嗟に【雷撃】で迎撃するが、翼で器用に姿勢制御するマァゼに当たらない。
「くっ、ナギサ! なんとか自分で身を守りなさい!」
言い終わると同時に、ミアの体に大鎌が食い込んだ。大きな刃が横腹に根元まで食い込み、反対側からは切っ先が露出している。普通ならば致命傷。
急降下してきたマァゼの勢いがそのままぶつけられた形だ。体重の軽いミアの足はたまらず地を離れ、吹き飛ばされる。ワンピースの切れ込みがまた増えた。
だがミアとて最強の魔族の一角『魔王の騎士』。ただではやられていない。
接触した瞬間に手を伸ばし、無数の【雷撃】をくらったにも関わらず原形を保つマァゼの修道服を掴む。
こうなってしまってはマァゼの翼も意味をなさない。2人は組み合いながらゴロゴロと木々にぶつかりながら地面とキスをした。
大鎌が霧散し、ミアの傷口がぱっくり開くが、すぐさま塞がる。
「いい加減にっ……!」
ミアの指が動く。瞬く間に【氷結】の魔法陣を構築し、修道服に叩きつける。
氷がマァゼの体を覆い始めるが、自身を繋ぎとめるミアの腕を再び作った大鎌で切り落としたマァゼは飛び退くと、ひとつの魔法陣を作り始めた。
「ちっ、流石天使。反転陣も得意ね」
「あはは、自分ごと【雷撃】で撃たないのは、痛いのが嫌なの?」
「当たり前でしょう。痛いのは嫌よ」
マァゼが作り出したのは、『反転陣』という魔法を無効化する魔法陣だ。
魔法には魔法陣がある。魔法陣こそが魔法という現象をこの世にもたらしているが、その魔法陣の効果を打ち消すのが反転陣。
反転陣による魔法の無効化には魔法の素質が必要なうえ、使われた魔法を特定する必要がある。魔法によって魔法陣の形がひとつひとつ違うように、それに対応する反転陣もまたひとつひとつ違う。かけ違えば反転陣は作用しない。
AMフィールドで防げないとわかってから自分に使われた魔法を瞬時に【氷結】と見抜き、凍らされる前に処理する。それだけでマァゼが戦い慣れた戦士だと教えてくれた。
「マァゼは痛いの平気! だって、痛みは罰だから!」
再びマァゼが翼を展開し、重力を無視したように浮かび上がる。
グルグルと大鎌を回し、それを投げつければ、木々をなぎ倒しながらミアへ殺到する回転刃の完成だ。
ミアはしゃがんで回避したが、今度はマァゼ自身が回転しながら大鎌と共に突っ込んできた。
その高速回転は、まるで彼女がひとつの球体に見えてくるほどだ。
遠心力が乗ったあの攻撃は、AMフィールドで大鎌だけを減衰させても防ぎきれない。木に隠れたとしても意味がないのは、直前の大鎌投擲で証明されている。
ミアはならばと【雷撃】の魔法陣を10個以上同時に構築し、発動。
いくら反転陣を作ったとしても、この同時攻撃をすべて無効化するのは難しいだろう。
「あはは! 【水壁】!」
それをマァゼは水の壁を作ることで防いでみせた。
水の壁は電気を吸い込み、帯電したままその場から消える。
魔法の使い方という面でのみなら、マァゼの力はミアに匹敵していた。
「なら!」
宙に浮かぶなら、圧倒的な風量で押し出せばいい。
ミアの【烈風】がマァゼに直撃するも、大鎌で空気を切り裂かれ、威力が弱まったところにマァゼも追い風にと【烈風】を使う。結果的に押し切られた。
「ぐっちゃぐちゃにしてあげる!」
【転移】で逃げる暇もない。魔法陣を構築するよりも口頭魔法を喋るよりも大鎌が速かった。
おそらくはこれが彼女の本気なのだろう。ミアは宣言通りぐちゃぐちゃにされる勢いで四肢を切り落とされ、首を飛ばされ、大鎌に体を貫かれ、地面に縫い付けられた。
落とされた五体は【超速再生】で戻るが、体を貫く大鎌は消えてはくれない。いまさらAMフィールドを使っても大した効果はないだろう。
マァゼは笑いながらミアに馬乗りになると大鎌をもう1本作り出し、次はどこを縫い付けてやろうかと狙いを定めている。
こうなってしまっては脱出は難しい。【転移】を使おうにも、マァゼがミアの体に乗っているためにまた巻き込みで一緒に移動させてしまう。
「ねぇ、なんで抵抗するの? 天使に逆らうなんて愚かなの。あの子だって会ったばかりでしょ?」
「……ええ、そうね。天使とあの子、どちらにつくかなら、普通は天使でしょうね」
「それなのに、なんでなの?」
「私、天使が嫌いなの」
魔法陣を構築する。痛いのは嫌だが、もう仕方がない。自分ごとこの天使をなんとかしなければ。
「あっ、もうダメー!」
魔法陣を作る手が止まった。
この場に張られた結界のようなもののせいだ。
「AMエリア!?」
AMエリアはAMフィールドの広域版。領域内のすべての魔法を減衰させ、弱い魔法ならすぐさま消し飛ばしてしまうような『魔法を封じる魔法』。
効果は【砕魔結界】のように問答無用で魔法を破壊するというものには及ばないが、AMフィールドよりも強い。魔法使いにとってAMエリアは致命的だ。
「いつのまに……!」
「えへへ、マァゼってば周到なの」
AMエリアは並大抵の魔法使いには使えないような魔法だ。構築にもかなりの魔力と準備が必要になる。
その準備というのが、対象の範囲を囲むように魔力の起点を打ち込むこと。
複数の起点を打ち込んでしまえば、あとは術者の任意のタイミングで発動できる。
マァゼはミアとの戦いの最中に、こっそりと地面に起点を打ち込んでいた。
大げさに回転しながら突撃していたのは、それをカモフラージュするためだ。
そしてミアが動けなくなるこの瞬間を待っていた。
「こっちも鎌は使えなくなるけど、マァゼ殴るのも好き…………え……?」
マァゼの言葉と、振りかぶられた拳が止まる。
その顔には目の前の光景を認識できないような、そんな驚愕が浮かんでいた。
よく分からないが、その隙を逃がすミアではない。
体と地面を固定する大鎌も消えた。脱出するなら今しかないだろう。
「(一瞬だけなら……!)」
ミアは素早く腕を振った。
大鎌の維持が難しいように、魔力剣も使えるような状況ではないが、一瞬だけなら出せる。
普段よりも弱弱しい魔力剣は、なんとかマァゼの首を飛ばしてくれそうだったが、ハッとしたマァゼは飛び退いて回避。
避けられはしたが、拘束は無くなった。ミアも立ち上がる。
マァゼがまた何かしてくると思ったが、彼女は今までにないほどの歓喜に顔を歪ませると、ぴょんぴょんとその場で跳ねた。
「あははははは!! あははははははははっ!! 嘘! なんで!? あはははっ!」
「なによ急に」
「だってだって! だって! あははっ! こんなところで! 嘘みたい!」
「こんなところで強者と出会えて嬉しいぜ」な戦闘狂のような喜び方ではない。
そこでミアは気付いた。自身の視界の端に映る長い銀髪に。
「(変装が、解けてる……しまった!)」
失念していた。
ミアの亜麻色の髪と灰色の瞳は、変装魔法によるものだ。それがAMエリアで解けてしまっている。
つまり今の彼女は銀色の髪に赤い瞳。エレーナ本来の姿を晒している。
「【超速再生】、【転移】、魔力武器、それにその姿! もしかしてって思ってたけど、もしかしてだったの! 言い伝えと同じ! 生きてるなんてすごい! 立ってる! 喋ってる! エレーナ・レーデン!!」
バレた。完全にバレた。
むしろ今までバレていなかったと思っていたのかと言われれば言い訳のしようもないが、もう完全に後戻りできなくなった。
バレてどうなるか、ああもうだめだ、どうすればいい。
そんな思いがエレーナを支配する間にも、マァゼは喜び続ける。
「きっとこれは運命なの! すごい! マァゼとお姉さまはこうして巡り合う運命! きっとそうだって思ってたの!」
天使のくせにきゃっきゃっと喜ぶマァゼ。
正体がバレたにしても、この反応はエレーナにも予想外だ。
それにお姉さまという言い方にも引っかかる。
「あなたのような妹はいないわ」
「ええ、そうね! 血は繋がってないけど、マァゼはお姉さまと同じなの!」
同じ、という言葉がミアの目を見開かせる。
同じ存在がいるわけがない。エレーナは天使にとって禁忌中の禁忌、彼らがそんな者を認めるわけがない。
ありえないという思いに支配され、マァゼの言葉を否定しようとするが、驚きが勝ち、言葉が上手く紡げなかった。
「会えて嬉しいの! マァゼと同じ、天魔族のエレーナお姉さま!」




