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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第二章 天使編
28/212

23 難解のエレーナ・レーデン

 時は少し遡る。

 夕暮れになる前、船で天柱まで接近するツアーを終えたクレアたちは、騒々しい現場を通りかかっていた。


 辺りには近くの服屋で買ったものと思われる服とアイリア学園の制服が入った袋が落ちていて、建物と石畳には至る所が斬りつけられた跡が残り、血痕すらある。

 どう見ても殺害か傷害の現場だが、加害者も被害者も行方不明だ。


 目撃者によると、修道服らしきものを着た少女が暴れまわり、近くにいたワンピースの少女を襲っていたというが、教会は関係を否定。そんな者はいないの一点張りであり、天柱教がそう言うのならと信じられている。


「ヤバ、ウチの生徒が襲われたのかな?」

「襲った方じゃない?」

「だとしたら退学どころか投獄でしょ」


 クレアは言い知れぬ不安を覚える。

 今日一日、ミアの姿を見ていない。すれ違う生徒も見ていないという。


 耳に入ってくる目撃談も髪色や背丈などの話から、襲われていたという少女とミアの特徴が一致している。

 もしかしたら巻き込まれてどこかへ連れていかれてしまったのではないか、という心配は、過保護と揶揄されるものではないはず。


「クレア、顔青いけど大丈夫?」

「さすがにミアさんじゃないでしょー。魔法使えるし」

「でも制服見つかってるっぽいよ……」

「コスプレ衣装じゃないの?」


 不安がぐるぐるとクレアの頭を回る。

 現場は間違いなく本物。血痕だってある。

 もしミアが怪我をしていたら、入学したての時のような誘拐事件でもあったら、同じ犯人だったら、最悪殺されてしまっていたら。


 余計なことばかりを考えて、挙句はお世話してばかりだったミアとの日々が走馬灯のようにフラッシュバックする。

 自分はこんなに心配性ではなかったはず。そう言い聞かせようとするも、考えが良い方向に転がってくれない。

 すこしフラつき、クレアの足が一歩二歩とふらつく。


「ちょ、大丈夫!?」

「宿舎戻ろう。横になった方がいいよ」

「あんな生々しい現場見ちゃったらねー……」


 友人らがクレアの肩を抱き、戻ろうと促す。

 もう西日が差し始めている。時間もちょうどいい。海で遊んだし船にも乗ったから楽しかった。

 そう口々にまくしたてる女子たちは自分を気遣っているのだと、クレアには分かった。


「う、うん……そうだね。ミアだってひょっこり帰ってるかもだし、そもそも違う人かもだし」

「そうそう! 晩御飯なにかなー!」

「明日から授業ダルぅー」



 □□□□□


 ナギサを天使から隠した後、【転移】で『港の国』に戻ったのは、門限ギリギリであった。

 既に日も暮れ、食堂に夕飯を食べに行く時間であるが、その足は動かない。


「クレア、そろそろ離れてくれない? 暑い」

「うぅー……!」


 何食わぬ顔で宿舎で休んでいた体を装うつもりで帰ってみれば、エントランスにいたクレアがミアを見るなり抱き着いてきたのだ。

 周りにいたクレアの友人たちは気を利かせたつもりか、さっさと食堂へ向かってしまった。


「あの、クレア?」

「ミア……今日なにしてた?」

「え? あー……買い物」

「制服で?」

「まぁ、ええ……」


 現在、ミアは制服を着ている。

 元着ていた制服は買った衣類と共に現場に置いてきてしまったため、予備のものだ。

 あのワンピースとは短い付き合いだった。


 ついでに言うなら買った衣類も、今頃騎士に押収されているだろう。

「それ私の落とし物です~」などと取りに行くこともできない。2万ダラウ弱がパーになった事実が後になってミアの頭を痛くする。


「さっきね、なんか凄い事件があったらしいの。修道服の女の子が暴れたって」

「へぇ、怖いわね」

「知らなかったの?」

「その辺には行ってない、から……」

「襲われてた人の特徴が、ミアに似てたから、もしかしたらミアが襲われたのかもって、思って」

「へー……へぇー…………」


 力を込めて抱き着くクレアからは見えないが、ミアの目はかなり泳いでいる。

 先ほどまで天使と殺し合いをしていた身だ。

 天使に対しどうするか、ナギサをどこに隠すかなどなど、考えることが多く、ミア・ブロンズのアリバイなどを用意する暇が無かった。


 ミアにとって天使ははた迷惑な存在だ。そんな連中の引き起こした事件に関わっているのを知られたらどんな目にあうか分かったものではない。

 もし天使が起こした事件だと人間たちに知られれば、その天使が襲っていたお前は何者だ? という話に発展しかねない。

 自分は無関係だとするしかないと彼女は考える。


 制服が見つかっている時点で、60人ほどの生徒から特定するのが難しくないという現実はあまり見たくない。


「似た人じゃない? 私は別に服とかを買いに行ったわけじゃないし」

「なんで服?」

「えっ、あー……」

「……あそこにさ、学園の制服が落ちてたんだって」

「そ、そう……それで?」

「だから生徒が巻き込まれたんじゃないかって、先生たちもちょっと騒いでて」


 アイリア学園の生徒は貴重な勇者候補だ。生徒たちは知らないが、エデミナ大森林でのことも含め修学遠征では生徒の安全にもかなり神経が使われている。

 常人より力を持つ生徒たちが事件に巻き込まれることはそうそうないだろうとされているが、あったらあったで大問題だ。

 最悪、引率の人間か『柱の国』の治安関係の人間の誰かしらのクビが飛びかねない。


 そういう事情もあり、教師陣も慎重にコトを見定める必要がある。

 予定外の仕事にローリスあたりは悲鳴をあげていたという。


「食堂に全員いたら、何事も無かったってことじゃない? そのうち点呼がとられるでしょう」

「……ミア、巻き込まれてないんだよね?」

「ええ。巻き込まれていたら、今ここにいないでしょう?」

「そう、だよね……」


 ミアはクレアのしおらしい態度が気になった。

 彼女が世話焼きで自分のことを気にしてくれているのは知っているし、朝などはまるで小間使いのような扱いをしてしまっている自覚もあるが、ここまで気にしてくる関係だっただろうかと思う。

 そこでふと、以前言われたことを思い出した。


「(友達……ね……)」


 クレアは素敵な人柄を持っている。

 ミアを友達と呼び、恋人のフリという無茶ぶりまでやってくれるほどに。

 少し照れくさいものがあるが、ミアにとって初めての同性の友達だ。彼女がこう感情的になってくれるのは、多少の嬉しさがある。


「その、心配……してたの?」

「当たり前じゃん!」

「……友達、だから?」

「え……」

「(え、違うの?)」


 そこで口が止まる理由が分からなかった。

 ミアの予想では「そうだよ!」と言われ、友達ってそういうものか~と結論付けようとしていた。

 "友達"という存在が今までいなかったミアにとって、クレアの行動や考えこそが友達の定義の参考になる。

 だから今回も「ここまで心配するのが友達なのだ」と思おうとしたのだが、ここで口ごもられるといよいよ分からない。


「そりゃ、そうだけど……恋人、じゃん」

「…………」


 目が点になった。

 ああそうか、確かに恋人というものは、パートナーに対して色々と気を揉むものだというし――


「いやいや、恋人だけどフリでしょう」

「……だよね。変だよね」

「クレア?」

「ごめん、迷惑だった? ごめんね」


 ふっとクレアの腕の力が弱まり、体が離れる。


「ちょっと、あの」

「ミアってあんまり自分のこと聞かれたくないでしょ? だから踏み込みすぎるのはよくないかな、って」

「……別に、心配してくれるのはありがたいわよ」

「じゃあ――」


 じゃあなんで目を合わせないの、と聞く勇気がクレアには無かった。

 見たところ無傷で、事件に巻き込まれたのならもっと何か痕があるはず。ミアの言う通り、何もなかったのかもしれない。

 それなのに、何かを隠している。そのコミュニケーション能力で様々な人と接してきたクレアにはそれが感じ取れてしまう。


 そこに踏み込むかどうか、15歳のクレアは、それを判断できるほどの人生経験を重ねていない。

 だから迷う。

 踏み込んで嫌われてしまったらどうしようという思いが行動を鈍らせる。

 そもそも今まで踏み込みすぎだったのだろうか。だからいつも何も教えてくれないのか。そんな気にすらなる。


 そんな折、不意に声がかけられた。


「ミアちゃ~ん、ちょっといい~?」


 第3クラスの担任ローリス・フィリス。

 相変わらず間延びした口調だが、彼女の方を向いてみれば、なにやら物々しい。


「騎士……?」

「なんか~、今日街で事件が起きて~、ミアちゃんっぽい人が襲われてたんだって~。だから~、ミアちゃんいたら話を聞きたいな~ってこの人たちが~」


 夜分の失礼を承知でやってきた騎士2人をつれたローリスが手招くのは、食堂ではない。


「ミア……?」

「大丈夫。ちょっと行ってくるわ。先に食べていて」


 直前まですっとぼけていた手前、この展開は格好がつかない。

 心配を増したクレアの顔を見ないように、ミアは気丈を見せかけローリスたちのもとへ向かった。


「(あああああぁぁぁぁ……!)」


 内心では悲鳴をあげていた。



 □□□□□


 ミアの予想をよそに、騎士の取り調べとやらはすぐに終わった。

 というよりも、中断させられたと言った方が適当だろう。


 現場に落ちていた学園の制服は本物だということくらい、騎士にでも分かる。

 生徒が関係していることは明白だった。故にわざわざ宿舎まで話を聞きに来たのだ。

 目撃者や服屋の店主である老婆から聞いた話に特徴の一致する生徒も見つかった。あとは話を聞くだけだった。


 それが、呼び出していざ話を聞こうとしたときに、また別の騎士が現れた。

 彼に耳打ちされた騎士たちは首を傾げながらも、ラウンジスペースの椅子にかけていた腰を持ち上げる。


「失礼しました。せっかくお呼び立てしたというのに、事情が変わりました」

「は、はぁ~……」

「それでは、これで」


 騎士たちが去り、残されたミアとローリスは揃ってポカンとする。


「どういうことですか?」

「さぁ~? ご飯食べよっか~」


 ローリスはあっけらかんとしているが、ミアはそうはいかない。

 『港の国』では往来であんなに暴れまわる者が現れるのが日常茶飯事、という終わった治安ではない。一歩間違えれば人死にが出ていたような事件がそうそう起きるはずがない。

 騎士は平和を守るのが仕事だ。観光客が多く来るこの国の騎士なら尚更、こうした事件には厳しく当たるはず。


 一応、これはミアにとって都合のいい展開である。

 このまま有耶無耶になれば、「なんだったんだろうね」で済ませることができる。

 しかしここまであっさり――投げ出しているような捜査姿勢は不可解だ。先に来た2人の騎士だって、不思議そうな顔をしていた。


 まるで何かの圧力があったかのような……


「(なんか、嫌な予感がするわね……)」


 ミアのこの予感は、すぐに当たることになる。



 □□□□□


 それから数日の間、生徒たちは宿舎の教室を使っての授業を受けていた。

 平時は高級ホテルとして営業しているこの宿舎だが、元々はこの修学遠征のために建てられたものだ。100人でも座れるような大き目の教室があり、いつもはクラス別の座学も、ここでは合同で行われる。


 午後の訓練は、日ごとに違う場所で行われた。

 宿舎の裏手にある訓練所、人気のないプライベートビーチめいた砂浜、街はずれの森、様々な環境で訓練が行われる。


 ミアはその毎日に朝寝坊をし、遅刻していた。

 クレアが起こしに来てくれないせいである。


「ブロンズ! お前また寝坊か!」

「すみません」

「まったく……!」


 担任でないギルベルトにも『遅刻常習者』と認識され、怒られる始末。

 起きられないものはしょうがないじゃないか、などとは言えないため、ミアはあくびをしながら大人しくする。

 ギルベルトの矛先は、たまたま近くを通りかかったクレアにも向いた。


「おっ、プレトリア! 同じクラスだろう。起こしてやらないか!」

「えっ!? あー……」


 クレアはミアを見ると、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 ギルベルトでさえ「なんだ? どうしたんだ」となる。


「お前たちは仲が良かったと聞いているが、喧嘩でもしたか?」

「さぁ……」

「さぁってなんだ、お前たちのことだろう!」


「(やっぱり、なんか変ね……あの子)」


 エデミナ大森林までは普通に接していた。

 それが『港の国』に着いた翌日――マァゼと戦った日を境に、クレアはどこかよそよそしくなった。


「(心配させすぎた? でもそれは夜に言ってくれたし……嘘をついたのがバレた? いえ、あれから騎士たちが訪ねてくることもないし)」


 今日もなお人々が噂する『修道女通り魔事件』のことが原因ではない、はず。


「(偽装恋人がダメだった? でもそうならあの子は正直に言うはずだし……)」


 ううむと頭を捻っても答えは出ない。

 それもそのはず。これは人付き合いの足りていないミアの手に余る。


 クレアはずっと前から、ミアにやきもきしていたが、当のミアはそれに気付かなかったのだ。

 ミアにとっては突然のことであっても、クレアにとっては今まで積もったもやもやが少し噴出されている形になる。


『ごめん、迷惑だった? ごめんね』


「(分からない……)」


 何も、分からなかった。



 □□□□□


 その日の昼頃、宿舎を訪れる数人の人物がいた。

 受付で彼らを応対した女性従業員は、その風貌に少し背筋が伸びる。


「失礼、ここがアイリア学園の宿舎ですね?」

「そうですが……どのような御用でしょう?」

「私たちはこういう者です」


 彼は何かを取り出す。

 それは金と銀で作られた、手のひらサイズの天柱教の紋章。

 豪華な意匠は、間違いなく教会の上層部の者であるという証だ。


「教会の……?」

「学園の方をお呼びいただけますか?」

「は、はい。確認してみます」


 少しして、昼食中だった教師陣が出てくる。


「アイリア学園のギルベルト・ファーソンです」

「キラミル・ソトレイナス……です」

「ローリス・フィリスです~」


 3人が出迎えた黒い修道服のようなものを着た男たちは、挨拶もそこそこに両手を広げ大仰に宣言する。


「光栄にお思いください。あなた達を、我ら天使の島へご招待しましょう」

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