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天柱のエレーナ・レーデン  作者: ぐらんぐらん
第五章 兄妹編
102/212

77 健闘のエレーナ・レーデン

 いざ行動に、と思い立ってから1週間が過ぎた。


 ここは王都で、『柱の国』程とは言えないが広さはある。無論、一国家の王都ともなれば観光できる何かしらもあるだろう。

 ミアは日課のシピエス宮殿周辺徘徊をやめ、王都を回って気になる場所のピックアップに勤しんでいた。

 『布の国』という名の通り、主な目玉は様々な布地を扱った服の数々だろう。

 一大産業である分、地元には定番のものから試行錯誤の最中といった珍しい布や糸が流通する。その環境を欲しがるデザイナーや服飾関連の商会が大小に関わらず拠点を構えているのだ。


 その他にも一般的なもの――名所とされる広場や観光客向けの店などもある。

 それらを実際に目にし、当日用に服を買い、食べ物なら口にするミアは立派な観光客だった。

 そのための費用は、路地裏を歩いていたら悪い顔をした財源たちが向こうからやってきたので正当防衛として気絶させ巻き上げた。両国入り混じり情勢目まぐるしい王都の治安は悪いので入れ食いなのだ。



 そうしてプランは完成した。

 朝、クレアを誘いこの前パルラスに奢られたホテル内カフェで朝食。その後ショッピングに繰り出す。

 昼、気軽な空気を作り出したところで観光名所のピーエ広場の露店で昼食を買い、適当な場所に座る。そのままメインの話をする。夕方や夜までかかる可能性もあるので、その後の予定はアドリブ。


 完璧とは言い難いものだったが、コースの下見や予定場所の休業日なども確認済み。

 あとは誘うだけ。

 誘う決心のためにもう1日を費やした。


 ミアはその夜、クレアの宿泊する部屋の扉を叩いた。

 返事とともに、扉を開けようとする素振りがあったので、ノブを掴んで開かないようにする。


「私……」


 扉の向こうのクレアが、自分が訪ねてきたと知ってどう反応したのか、見ないようにしたミアには分からない。


「あ、明日、一日……付き合ってくれない? 話したいの」


 誰も通っていない廊下に、震える声が響く。

 返答があったのはすぐだったか、それとも長い長い沈黙の末だったか。体感が狂うほどにミアは緊張していた。


「…………いいよ」

「っ! じゃ、じゃあ朝、下のカフェで待ってる、から……!」

「今じゃなくて?」

「い、今は、夜も遅いから……」

「……分かった。おやすみ」

「ありがとう……おやすみなさい」


 ひとまず誘いを受けてくれたことに安堵しながら、ミアは自分の部屋に戻った。高級ホテルに相応しい高級枕に優しく包まれ、一安心。


 話をできる、というのは思ったよりも心に余裕を持たせてくれる。

 しかし余裕が出来た分、余計なことが浮かんできてしまう。

 本来なら余計と表現するのは誰にとっても遺憾なことだが、スーヤのことだった。


 リックスの前で人知れず泣きじゃくり、漠然と受け入れることはできた。死体を見ていない以上、自分の目で見ていない以上、まだ生きているかもしれないという可能性を、駄々をこねるように求めてしまう。

 それほどに失うに惜しい、数少ない友人だった。


 今回も、スーヤも無事に同行していれば、クレアとのことを相談しただろう。学園にいた頃も、何度も相談や惚気を聞かせた間柄だ。気安い存在だった。


 王都に着いてから、誰もスーヤのことを口にしない。

 過ぎたことで、覆らないことで、悔いても栓無いことだと、空気を悪くするだけだと分かっているからだった。

 誰もがつい数日前まで自身の命すら危うかった。死が身近にあった。誰かの死に慣れていた。


 ミアとて1000年前の戦乱を生きた身。死には慣れている。

 しかし友人の死には慣れていない。

 数えるほどのその経験において、少なからぬショックを受け、それに慣れろというのは少女には酷なこと。

 腕の中で魔王が命を落とした時などは、何も考えられなくなり自らの手で城を半壊させたほどだ。


 当時は、明確な敵がいた。死因がいた。

 悲しみに暮れる暇もないほどに怒りと憎しみに身を任せることで、潰れないでいることができた。


 一方、スーヤの死因は分からないままだった。死体すら見ていない。

 何かに当たることもできず、困惑と悲しみが膨らむのみ。


 この苦しみから解き放たれるのは、いつになるのか。それとも、そんな時は来ないのか。


 ミアにできることは、故人を想い泣くことだけ。


「…………ひとつひとつ、よ……ごめん、スーヤ……」



 □□□□□


 翌日、ミアはプラン通りに起き、プラン通りにクレアと合流した。

 オシャレな朝食に驚くかと思いきや、パルラスとここに来る道中にそういう上流なあれこれは経験していたらしい。


「こういうの慣れないよね」


 と事も無げに言うものだから、ミアの驚かせようというちょっとした悪戯心は散った。


「ねぇ、今日は、どうするの?」

「…………昨日言った通り……でも、その前に、クレアと……」


 ミアは言いかけた言葉を止め、テーブルをバンと叩き立ち上がった。


「ご、ごめんなさい!」


 急な奇行に驚くクレアを置き去りに、ミアは頭を下げた。その背の低さから、深く頭を下げたせいで額がテーブルにガツンと当たる。


「え、えっと……?」

「怒ってると思う、から! ごめんなさい!」


 ミアが大声を上げるものだから、周りにいた従業員や客の視線も釘付けにしてしまう。その中にはたまたま通りかかったパルラスの姿もあり、「なにしてんの」と呆れ顔を隠さずにいた。


「お、おわ、わお詫びに、エスコートさせてほしい!」

「えっと……もしかして昨日の付き合ってほしいっていうのは……」

「で、で、デート……したい……あと、謝りたくて、えっと、話もしたくて」


 何日も準備してきたというのに、ミアはしどろもどろだった。

 情けなさは健在である。直せと言われて直せる部分ではない。

 それをクレアは察した。それなりに長い間を共にしているのだ。それが手に取るように分かり、分かるということに思わず笑ってしまう。


「それで一日ってことか……分かった!」

「えっ、いいの?」

「話したかったのは、私も同じだから……」


 だから、今日は前までと同じでいいのか。とクレアは訊いた。

 ミアは顔を赤くして何度も頷く。


 あくまで今日は、別れ際のことは無かったままに、『柱の国』でいつもそうしてきたように、この『布の国』王都をデートしよう。互いにそこに落ち着いた。



 □□□□□


 最初に回ったのは『布の国』ならではといった風の服飾街。

 平時に行くなら、着飾りたい女性がこぞって訪れる煌びやかな場所だ。


 しかし今は戦争直後。

 人はまばらで、閑古鳥とは言わないまでも賑やかさとは縁遠い。開店休業とも言う。

 それでも店はやっているので、色々と見ることはできる。


「やっぱり、みんなこういうところに来る余裕がないんだね」

「えっ!? あ、ああ、そ、そうみたいね」


 暗に「こんな状況で何遊び回ってんだ」と責められた気がしたミアはあたふた。

「この布が人気で~」「色はこれとこれを合わせて~」といった、この1週間に下調べとしてひとりで来た時の店員の受け売りをしようとしても、空回りした。


「この色が布で~」

「なんて?」

「お客様にはこちらがお似合いですわねー!」


 フォローに入った店員の顔は、ミアにも見覚えがあった。

 以前来た時に応対したのと同じ人物だ。煌びやかな店に相応しい煌びやかな女性。彼女もまた、一度見たら短い間では忘れないミアの顔を覚えていた。

 そして「あの綺麗な子には綺麗なウチの服が似合う!」と再訪を待ち構えていたのである。

 口八丁手八丁が求められる店員は鋭く察し、ミアがご友人の赤毛少女とショッピングをしたいということを見抜き、お節介を焼いた。


「あらぁお客様! この色などはお客様の美しい髪にピッタリですわねー! お連れ様もまた綺麗な赤毛! 青いドレスがよくお似合いになるかとー!」

「え、え、あ、はい」


 どこにいたのか、展示された服の陰から数人の店員がやってきて、他に客がいないのをいいことに、2人の素材を使い着せ替えに勤しんだ。


「やっぱりお似合いですわー!」

「こちらの新作はいかがでしょう!」

「流行の先を狙ってパンツスタイルというのはどうかしら!」

「街歩きに最適なブーツに合わせるならこちらですねぇ!」


 ミアたちは知らなかったが、『布の国』の国民性として、可愛い子には可愛い物を着せよ。というものがある。ある意味、店員たちも楽しんでいた。


 そういうサービスなのかな? と思う2人は、されるがまま。互いに互いの様々な着こなしを見て、雰囲気をほぐす。


「「「ありがとうございましたー!」」」


 そこまでされて何も買わないわけにもいかない。幸いミアには路地裏収入がある。ブチのめした悪漢たち(みんな)の財力を結集した絆の財布だ。

 自分の分とクレアの分、それぞれ3セット、ポンと支払った。


「も、貰えないよ!」

「いいのよ。謝罪の気持ちも、あるから……お金でどうこうじゃないけど」


 クレアは相変わらず謙虚であるが、そう言えば黙って受け取った。



 □□□□□


 お人形にされてるうちに、すっかり太陽は高くなった。

 訪れたのは、王都のランドマークであり観光名所のピーエ広場。様々な露店が並び、毎日がお祭りな場所である。平時ならば。

 現在のこの場所は、露店はまばら、物々しい騎士団のパトロール、こんな時勢に呑気に食べ歩く者もいない。閑散とした広場と化している。


 それでも空気の読めない者か、はたまた商売魂か、露店はある。そんな酔狂な店主がいるからこそ、昼食を買うことはできた。

 買ったものを落ち着いて食べたいという人用に、広場にはテラス席も多い。

 普段なら人が多くてできないだろう選り取り見取り。ここまでくればどこを選んでも同じだが、噴水の近くの席に腰を落ち着けた。


「ミアは何買ったの?」

「ホルアンっていうやつよ。具材を薄い生地で幾重にも重ね着するようにくるむんですって」

「へー……それ重ねただけのクレープじゃない?」

「……一応名物よ。食べ物も着飾らせるのがこの国らしい」

「私は無難に魚のフライをパンで挟んだやつ」

「本当に無難ね」

「ミアは相変わらずそういうご当地的なの好きだよね。限定って言葉に弱い」

「むっ、そんなこと言ってると分けてあげないわよ」

「えーっ、くれないの?」

「……少しだけよ」


 2人の間の雰囲気は、すっかり柔らかくなっていた。

 元々、ここ最近がおかしかっただけで、これが正常だ。正常に戻ったことに、ミアもクレアも安堵している。

 またこうして、街を歩いて食事ができた。


 そんな歓喜にミアの涙腺はかろうじて耐えたが、今日の本来の目的は別だ。仲直りは前段階に過ぎない。

 むしろ事前に決めたプランでは、ここからが本番だ。ミアの心の割合に「気が重い」が増え、半分を超える。


 もう自分のことなど明日か、もっと後にしてもいいんじゃないか。今日は幸せな空気のまま終えればいいんじゃないか。

 今日は頑張った。頑張ってクレアとここまで話せるくらいに持ってきた。奮起して約束を取り付け、下見をして、実際にデートをできた。もう今日の分は頑張りきったのだ。

 弱い心が後回しを選ぼうとする。


「それで、ミア……食べ終わったらどうするの?」

「えっ……! あ……」


 ミアは自分に「バカ!」と言いたくなる。それが楽な方へ流れようとした自分へか、それともあらかじめ追い詰めるようにしていた自分へか。


 もうプランは無い。あるのはここから打ち明けるという予定だけ。

 土壇場でミアの決意が揺れている今、クレアからの言及にオロオロするしかない。オロオロしてる場合ではない。



「そ、そう……そう、ね……聞いてほしい、こと、が……ある……」

「……うん。聞くよ」


 クレアも、ただの世間話をするわけではないというのは分かっている。

 しかしミアは、見るからに悩んで、怯えている。これから話す"何か"に。


 ミアを諦められないから、クレアはここまで来た。

 ミアが謝って、こうしてデートに誘ってきたことは、嬉しかった。

 自分が踏み出せなかった分、ミアが踏み出してきたことに、申し訳なくなると同時に、頼もしさを感じた。恋人に戻れると思えた。


 その頼もしかったミアが、今ではひどく弱弱しい。いや、もしかしたら今日はずっと弱っていたかもしれない。

 それほどまでに話したいことは何だろう。

 もしかしたら、朝の謝罪以上のものだろうか。彼女が出ていく前の、決闘でのあれこれを思い切り懺悔して謝罪するのだろうか。


 ある意味、呑気なことを考えていた。

 クレアの中では、ミアの打ち明けようとしている秘密は、いつか話してくれるだろうという信頼をしている。だから今、この場ですべてを明かされるとは予想していなかった。


「あのね、クレア――」


 既に食べ終わり、一緒に買った飲み物も底をついている。

 それからたっぷり、ミアは深呼吸をし、クレアは待った。


 果たして切り出されようとしている話は、また別の声にかき消される。



「よう! 何してんだ? 昼飯か?」


 聞き慣れない声だった。しかし覚えている男の声だった。

 あまりに気軽に話しかけてきた。そんな男性がこの『布の国』にいるとしたら、リーパーかラルくらいだろう。と思ったが、声の主はどちらとも違う。


 2人してその声の方を向けば、そこにはやはり、覚えのある男がいた。


「ってもう食い終わってんのか。まぁいいや。おい、ちょっと何か買ってきてくれ。昼はここで食う」

「御意に」


 クレアのものとよく似た赤毛の男が、傍にいたモヒカン男を使い走らせる。

 今日はあの銀色の鎧は着ていない。王族の着るような礼服でもない、カジュアルさと貴族っぽさを兼ね備えた出で立ちだ。お忍び感が強かった。


 ミアとクレアは言葉を失った。数日前、殺し合いをしていた相手だ。無理もないだろう。


「な、んで……」

「何でって、そりゃ立場ってもんがあるからなぁ」


 ガラニカ・カンカリオは機嫌よく、当たり前のようにミアたちの隣のテーブルに腰を下ろすのだった。

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