第7話 勇者登場といつきの秘密
俺とライバル関係にあったアトス王国の勇者、白雷のイワンが魔王討伐に失敗した。
それからひと月あまりが経過して、勇者の俺とそのパーティー、ゾルとシグナスに正式な魔王討伐命令が下された。
二か月に及ぶ過酷な旅路を経て、漸く魔王城を視界の先に捉えるところまで辿り着いた。
ここからが正念場。
歴代の勇者達は城の警備兵に悉く返り討ちにされていた。
魔族に発見されれば最後、誰一人として生きて帰って来た者はいない。
しかし何処か様子がおかしい。
迷いの森を抜けた所で、暫く城と周囲の様子を窺っていたのだが、警備兵の存在が一切確認出来なかったのだ。
こんな昔話がある。
遥か太古の昔、今回と同様に魔王城周辺から魔族が忽然と姿を消した。
またとない絶好の機会だと考えた王国は、兵士を集めて魔王城へと進軍を開始した。
罠だったとも知らずに。
手薄になった王都に大挙して押し寄せた魔族。
慌てて王国に引き返した軍勢も間に合わず、あろう事か王妃が攫われてしまったのだ。
その数年後、王妃は変わり果てた姿で、王都へと運ばれて来たそうだ。
この話が真実かどうかは別として、魔王城とその近辺から魔族が姿を消した際は、魔王討伐を一時取り止め、勇者達は王都に知らせを入れる事が義務付けられている。
その後も幾度となく魔族が姿を見せなくなる事案が発生したそうだが、その都度警備を厳重に固めていた為か、王都では何事も起こらなかったそうだ。
ここから見る限り、魔族の姿は何処にも見当たらない。
よって俺達の任務は、魔王討伐から王都に一報を入れる事に変更された。
しかし、しかしだ。
想像を絶する強さの警備兵がいない、というのは俺達にとっても好機。
この機会を逃せば歴代の勇者達と同じく、城門に辿り着く事すら出来ないかもしれない。
残念な事に俺達の力が他の勇者達と比べて、抜きん出て優れているとは思っていないからだ。
……
「ゾル、シグナス。このまま城に乗り込むぞ!」
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「――97、98、99っと」
玉座の背もたれ部分に毎日ひとつずつ、赤い絵具で印を付けている。
いつきが私の所にやって来た次の日から、いつきと一緒に過ごした日々を数えているの。
今日で99個目。
明日で私達が出会ってから、丁度100日目を迎えるのよ。
何か特別なお祝いでもしようかなー?
私達2人でお出掛けした時や、何かをした時、必ずいつきが思い出として絵を残している。
以前は薄暗くて殺風景だった玉座の間。
今ではその面影もないよ。
私の魔法で部屋は明るく保たれ、いつきが描いた思い出のひとつひとつに灯りをともしているの。
玉座の間入口付近の床には、私達が出会った初日にお出掛けしたトートキでの思い出が描かれている。
大量の画材を持って、トートキの街を歩いている2人。
焼き鳥とエール酒を堪能しているいつきと、何故かちょっと怖い顔で描かれている私。
指輪を眺めている私は、凄くだらしない顔をしているんだけど、ホントにこんな顔していたのかな……。
床の空きスペースはすぐに無くなってしまい、今度は壁に描き始めたいつき。
扉近くの壁には、2人で魚釣りに行った時の思い出。
当然私達は釣り道具なんて持っていなくてさ。
城の宝物庫に眠っていた長い杖を竿の代わりにしたり、ジャイアントキングスパイダーを召喚して糸を吐き出させたり。
いつきがジャイアントキングスパイダーに食べられてしまいそうになった時は、ちょっと焦っちゃったけどね。
杖を握っているいつきの脇腹をコチョコチョしたり、お昼寝したり。
結局2人共何も釣れなかったけど、ポカポカ陽気のお日様の下、いつきと同じ時間を共有出来たのは凄く楽しかったよ。
西側の壁には、いつきと一緒に料理した時の思い出。
いつも僕のシェフに任せっきりだった食事。
一緒に料理を作ってみようといういつきの提案で、私は生まれて初めて料理に挑戦してみたの。
危なっかしい手付きで包丁を握っている私。
その隣では心配そうな表情で見守ってくれているいつきが描かれている。
私、剣は得意なんだけど……ね。
いつきが教えてくれた、にほんの料理は凄く難しかったけど、感動するくらい美味しかったよ。
……味見の時いつきの顔が一瞬だけ歪んだけど、すぐに笑顔を見せてくれた。
どうやら思っていた味と随分違ったみたい。
それでも残さずに全部食べてくれたの。
私は優しいいつきが大好きだよ。
東側の壁にはいつきが先頭に立って指揮を執り、城の改革を行った時の絵が描かれている。
ずっと城に勤めっきりだった僕達は、いつきの提案で一度国に帰す事にしたの。
殆ど出番もないのに、拘束しっぱなしじゃ可哀相だ、皆にだって家族が居るんだから、きちんと休暇を上げないと駄目だよって。
そして城の警備も廃止したの。
警備を配置しなければ、誰も攻めて来ないのならそれでいいじゃないか、ってね。
万が一に備えて、人間達がこの城に攻め込んで来た場合には、超巨大なダンジョンを攻略しないと城まで辿り着けないようにしたわ。
私の強大な魔力を練り上げて、迷宮ダンジョンを建設。
ダンジョン内部は全ての魔法の効力を無効化してあるわ。
僕達は一切配置されていないけど、歩いて攻略しようとすると、百年は掛かってしまいそうな程深いダンジョンを作ったよ。
そしていつきの提案通り、これらの事を全て紙に書いて、ダンジョン入り口に張り出しておいたの。
このダンジョンなら寿命が短い人間達じゃ攻略不可能だし、諦めて帰るしかないよね。
いつきってば、超天才!
沢山の僕達に感謝されているいつきの絵。
実はこの絵、ちょっとだけ嘘なんだよね。
凄く凛々しく描かれているいつきなんだけど、本当は僕達のグロテスクな容姿に驚いて、ずっと腰が引けていたんだよ。
ウフフ、ジャダールに初めて会った時みたいに、気絶しちゃうんじゃないかって心配していたのよ?
玉座の背後、北側の壁には、2人でダンジョンを攻略した時の思い出が描かれている。
いつきがダンジョンを攻略してみたいと言い始めたので、冒険者達が練習に使用している、初心者専用ダンジョンに向かったの。
いつきの装備品は、城の宝物庫に眠っていた物で、藍がキレイな鎧一式と剣。
この装備品を見付けた時のいつきったら、子供みたいに大はしゃぎしていたわ。
でも体力がないいつきじゃ、鎧を装備しちゃうと動くのがやっと。
「やー、うりゃー!」
威勢の良い掛け声とは裏腹に、剣先にスローモスキートが止まってしまいそうな太刀筋だったわ。
ウフ、初心者用ダンジョンに出て来るゴブリンキッズにすら負けちゃいそうだったよ。
鎧の上からポコポコ殴られているいつきを見ていて、超萌えちゃった。
ダンジョン攻略の記念に、最深部の壁にも私達の絵を描いていた。
勇ましく剣を振るいつきと、傍らで見守る私の姿。
非常に楽しそうな絵だったけど……立場逆だったよね?
そして玉座の間の高い天井には、私といつきで描き上げた一大傑作、……まぁ描いたのはいつきで、私はいつきを抱き抱えて宙に浮かんでいただけなんだけどさ。
この絵はつい最近完成したばかりの最新作で、仲良く寄り添う2人、私がいつきの肩にそっと頭を預けている絵。
2人共凄く幸せそうな笑顔を浮かべている絵で、一番のお気に入りの絵でもあるのよ。
このいつきと私を見ているだけで、凄く幸せな気持ちになれちゃうの。
いつきが私の所にやって来てからというもの、毎日が新鮮で、毎日が楽しくて、毎日が思い出。
退屈だった過去がまるで嘘みたいに、今では毎日が充実しているわ。
とても、とーっても幸せだよ。
でも、でもね……少し気掛かりな事があるの。
最近、いつきの睡眠時間が少しずつ長くなって来たのよ。
それに伴って、食事の量も以前より減っちゃったの。
初めは絵を描いたり、お出掛けしたりで、ちょっとお疲れなのかな? って思っていたんだけど、この数日間は起きている時間より、眠っている時間の方が長いくらい。
今も玉座に2人で座っているんだけど、いつきは昨日から丸一日、目を覚ましていない。
私に寄り掛かって眠っているいつきの様子を見ていても、苦しんだり痛そうにしていたりというのは全くなくて、スヤスヤと眠っている。
……深く考え過ぎなのかな?
目を覚ませばいつもと同じ、天井に描かれているような優しい笑顔で微笑んでくれる……よね?
「……ごめんね。ディエイラ……」
そしてこの言葉。
ごめんというのはにほんの言葉で、相手に謝る時に使う言葉だと教えて貰った。
眠っている時、いつきはこの言葉をうわごとのように何度も呟く。
何故いつきが私に謝るの?
「どうしたの、いつき。謝る事なんて何もないよ?」
優しく囁きながら、いつきの前髪を指先でかき分ける。すると――
「ゴフッ! ゴボッ! ゴホゴホッ……」
眠っていたいつきが、突然酷く咳き込んだ。
今までこんな事なかっ――えっ? な、何なの?
髪に触れていた手の袖口が、真っ赤な血に染まっていた。
……コレ、ナンデスカ?
「い、い……つき?」
「ご……めん。……ごめん……」
いつきは大粒の涙を瞳に浮かべ、口からは一筋の血を流し、掠れた声で何度も何度もごめんと呟いている。
そして遂には糸が切れた操り人形のように、私の太ももに倒れ込んでしまった。
「どうしたの! 何処か具合が悪いの? ちょっと待って、すぐに私が治してあげるから!」
こ、こんな事が、突然こんな事が起こるなんて!
何が起こったの? 呪い? 毒? それとも刺客が攻めて来たの?
ううん、今はそんな事を考えている場合じゃないわ、すぐに治癒魔法を唱えないと!
私の魔力のありったけを、ありったけを込めて……ダメ、ダメだよ。
雑念が過って上手く魔力が扱えない……。
いつきが……いつきがこのまま死んじゃう姿ばかりが脳裏に浮かんで来て、全然集中出来ないよ!
いつきの体を抱きしめて魔法を発動させると、何故か拒否するように治癒魔法の優しい光を弾き飛ばしてしまった。
容体は回復の兆しを見せない。
どうしてなのよ! どうして私の魔法が効かないのよ!
自棄になって何度も治癒魔法を唱えてみても、結果は全て同じ。
いつきの体は、治癒魔法の光を悉く弾き飛ばしてしまった。
狼狽えている私とは対照的に、いつきは虚ろな瞳でぼんやりと天井を眺めている。
「……絶対、ぜっだいに治すからね。もうぢょっとだけ我慢じてで」
涙を浮かべている場合じゃないのに。
泣いている場合じゃないのに。
しっかりしろ私! ……でも、でも!
いつきの体から徐々に力が失われて行く感覚が、両腕から伝わって……来るよ。
ちょ、ちょっと待って、イヤ……イヤだよ。
いつきとお別れなんて、絶対に嫌だよー!
いつしか魔法を唱える事も忘れて、ただただ涙を流し、いつきの顔を眺めるだけになってしまっていた。
「……●●……●●●、でぃえ……いら」
聞き取れない小さな声を搾り出した後、いつきは全く動かなくなってしまった。




