第8話 父の思い
どうして、どうしてなの?
何を考えたらいいのか、私自身が何を考えているのかすらも分からない。
体を揺すってみても、頬に触れてみても、いつきは何も反応してくれない。
玉座に横たわるいつきの胸で涙を流す事しか出来ない。
悲しくて、悲しくて。
優しかったいつき、楽しかった日々が脳裏に浮かんで来て、また悲しくて、悲しくて。
いつきが居ないのに、この先どうやって生きて行けばいいの?
……
どのくらいの時間が過ぎたのか分からないけど――
「おいキミ、立てるか? とにかくここを出よう」
背後から誰かが私に話し掛けて……いる?
「えぐっ、いづきを……いづぎをだずけでー」
相手が誰なのか、何をしに来たのかとか考える間もなく、縋りつくように助けを求めた。
私じゃ何も出来ない。
誰だっていいから、何だってするから。
お願いだから、いつきを……いつきを助けて!
「い゛づぎをだずげでー」
「済まないが俺達では力になれない。この場所は危険だから、すぐにでも移動しよう」
「ぎけんじゃな゛いがら、な゛にもぎげんじゃないがら、いづぎをだずけで――」
「危険じゃない? 何を言っている。ここは魔王城の玉座の間だぞ? そもそもキミはこんな場所で一体何をしていたんだ?」
「えぐっ、な゛、なに゛って言ばれでも――」
「「「……」」」
時間は掛かったけど事情を全て話し終えると、皆困惑した様子で押し黙ってしまった。
そして話をしている間に気付いてしまった。
「あなた『焔帝ゼフス』……でしょ?」
「……俺を知っているのか?」
『月刊イケメン勇者』人気ランキング1位、焔帝ゼフスだったわ。
炎に抱かれる男をイメージして作られたっていう真っ赤な鎧。
短く刈り込まれている真っ白な髪。
左右の腰からぶら下げた、2本の黒い剣。
想像していたよりも身長は低かったけど、待ちに待った勇者達が実際にここまで来てくれた。
それなのにちっとも心がときめかないのは、やっぱりいつきに出会ったからかな。
いつき以外の男性を見ても、……いつき。いつき。グスッ。
溢れて来る涙をグッと堪える。
勇者達なら今の状況を何とかしてくれるかもしれない。
そう考え始めてから、泣くのを我慢して事情を細かく説明しているの。
ゼフスがここに居るという事は、隣にいるハゲの大男は『不倒金剛ゾル』ね。
深緑の鎧と巨大な盾で、如何なる攻撃からも仲間を守り抜くっていう話らしいけど、……ホントかな?
そして――
「ビッチシグナス」
「……ちょっと、聞こえてるわよ」
肩に掛かった瑠璃色の髪を大袈裟に払って、コッチを睨んでいる女は『聖女シグナス』ね。
溢れる色気を使ってゼフスに取り込んでいるっていう噂が絶えないから、女子からは凄く嫌われている。
男子からは凄い人気らしいけど、いつきもこういう女子が好きなのかな……。
「未だに信じられないのだが、本当にキミが魔王ディエイラなのか?」
「そうよ。……討伐対象くらいちゃんと確認してから来なさいよ」
ゼフス達は私が魔王だった事に凄く驚いている。
話を聞くと、私も父みたいな容姿だと聞かされていたらしい。
国王や国の皆がそういう風に思っているみたいなんだけど、よく考えたら私今まで誰にも会った事がなかったし、私の事知らなくても仕方がないのかな?
父みたいな厳つい容姿じゃなくて、私は母さん似なのよ。
母さんは私が生まれてすぐに死んじゃったみたいで、私は全く覚えてないんだけどね。
私の容姿に母さんの面影が重なったからなのか、父は私を見ながらよく母さんとの思い出話を語ってくれたよ。
「その話が本当なら、アナタが自分の魔法で何とかすればいいじゃない。魔法、得意なんでしょ?」
「だーかーらー、さっきから何度も言っているじゃない。何故かいつきにだけは私の魔法が効かないんだってば」
証明する為に、何度も何度も唱え続けた治癒魔法をもう一度いつきに向かって唱える。
しかし治癒の光はいつきの体に阻まれて、バリバリと音を立てた後やっぱり弾き飛ばされてしまった。
「ね? 効かないでしょ?」
「い、い今の魔力を……瞬時に無詠唱で……そんな――」
先程まで威勢の良かったシグナスは、何かブツブツと呟きながらその場にペタンと座り込んでしまった。
「た、確かに彼に魔法は効かないみたいだな。何か別の力が働いていてるようにも見えたが――」
「……城に張られている結界の力ではないのか?」
ゼフスとゾルが二人で話し込んでいるんだけど……はて、結界? 何それ?
「……キミはこの魔王城の主なのに、城に張られている結界の事も知らないのか?」
私の心の中、いつきとの約束に張られた結界の事なら知っているけど、その結界の事じゃないのよね?
「先代魔王、つまりキミの父が倒れる時、自らの命と引き換えで発動する強力な結界を魔王城に張った、と我々の国では言い伝えられているのだが?」
「その結界の効力で、魔王の配下は凄まじい力を発揮していると聞いているぞ?」
「ちょっと、ちょっと待っ――」
頭上に『?』を沢山浮かべていると、ゼフスとゾルがじりじりと言い寄って来た。
そうか、そうだったのね。
父がそんな結界を張っていたのね。
どうりで僕達が異常に強いと思っていたのよ。
アレは父の結界の力だったのね。
ひとり城に残った、当時幼かった私の事を思って結界を張ってくれたのかな?
「……じゃあその結界を解除すれば、いつきにも魔法が効くようになるのね!」
やった。これでいつきが、いつきが元通り元気になるのね!
「いや、それはまだ断言出来ない。もしかしたら全く別の要因が――」
「解除しよう。今すぐ!」
折角私の事を思って張ってくれた結界だけど、私の事なら大丈夫よ。
今の私は大きくなったし、多分だけど世界最強だし。
……父よ、ありがとう。
「解除すると言っても、キミは結界の事を全く知らなかったようだが、一体どうやって解除するつもりだ?」
「それは……アレよ。えーっと、……気合い?」
言われてみれば私、結界の仕組みすら知らないよ……どうしよう。
「ディエイラ様、城の何処かに封印された部屋等は御座いませんか?」
助言をくれたのは、片膝を突いて頭を垂れている聖女シグナス。
……どうしちゃったのよコイツ。頭でも打っちゃったのかしら?
「ちょっと気持ち悪いから止めて貰えない?」
「そんな事を仰らずに! 私の事はビッチとでもメス豚とでも呼んで頂いて結構です!」
面倒クサ。何でこんなに変わっちゃったのよ。
さっきまではちょっと生意気な感じだったのにさ……。
助けを求めるようにゼフスに視線を送ると、片手で顔を覆って項垂れていた。
「……はぁ。シグナスは自分より魔力が高い人を見るとそうなってしまうんだ。無視してくれればいい。それよりどうなんだ? それっぽい怪しい部屋とかあるのか?」
「怪しい部屋、怪しい部屋ねぇ……」
随分と長い間、自分の部屋と玉座の間を行ったり来たりするだけだったし、あまり城の構造とか覚えていないのよね……。
いつきと一緒に城の改革を行った時に色々と見て回ったけど、そんな部屋あったかしら?
確か――僕達の休憩室が狭すぎるっていつきに怒られて。
私専用の風呂が大き過ぎて、水が勿体ないといつきに怒られて。
食糧管理がなってない! っていつきに怒られて。
地下の掃除が全然出来ていないじゃないか! っていつきに怒られて。
僕に任せっきりで、城の事何も知らないじゃないか! っていつきに怒られて。
怒っているいつきはちょっと口うるさいけど、今ならそんないつきにだって会いたい。
……ん? 地下の掃除が出来ていなかったのは、確か……!!
「地下だー! 地下の禁術を使う部屋よ!」
そうだ、僕達は特に用事がない限り、地下には近付くなって父から命令されていたみたいで、掃除が出来ていなかったのよ。
「行くわよ! いつきは私が抱えて連れて行くから、アンタ達も着いて来て頂戴!」
「わかった」
「ああ」
「何処まででも御伴致します!」
すぐに助けてあげるから、もう少しだけ待ってね、いつき。




